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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

すべての死因は心不全、24時間働けない僕らは

今日はコンパクト記事です。

先日、こんな報道がありました。



熱血先生26歳の死、労災認定 授業や部活に追われ…:朝日新聞デジタル




一部引用します。

2011年に26歳で亡くなった堺市の市立中学校の教諭について、地方公務員災害補償基金が公務災害(労災)による死亡と認定したことがわかった。「熱血先生」と慕われ、市教育委員会の教員募集ポスターのモデルにもなった。強い使命感の一方、授業や部活指導などに追われ、体がむしばまれたとみられる。多くの新人教諭らが教壇に立つ春。市教委は再発防止に力を入れる。
 亡くなったのは理科教諭だった前田大仁(ひろひと)さん。教諭2年目の11年6月、出勤前に倒れた。死因は心臓の急激な機能低下だった。


まだ若いのに可哀想なことです。
まとめブログを眺めてみると、「26で過労死ってどんだけ働いたんだ…」「部活専門の先生とかコーチがやればいいんじゃないかね」などといった同情的なものから「なんだ残業が100時間未満で過労死とか甘えだわ」「公務員に甘い労災認定」的ないつもどおりの反応まで様々でした。はてぶの人気コメントも、「やる気のある人ほど搾取されて不幸になってるのは本当にもったいない」と、教育現場の在り方に関する疑義についてが多かったです。

さて、その中で、死因について、「心機能低下ってなに? 」という反応もありました。確かに私も一読した際、「それって心不全と何が違うの?」と思いました。ということで、今日のテーマは「心臓の急激な機能低下」なる表現についてです。

最初に読んだのが朝日新聞だったので、アサヒっちゃった感じかもしれませんので、他の新聞記事も参考にします。

3月3日付の読売新聞では「死因は心臓の急激な機能低下だった」。3月4日付の大阪版の毎日新聞では「出勤前に倒れて急激な心機能の低下で死亡した」(リンク先要会員登録)。

大手新聞社を眺めると、いずれも「心臓の急激な機能低下」に近い表現になっています。朝日さんごめんなさい。

うーん、心不全のWikipediaを見ると、「心臓の血液拍出が不十分であり」とあるから、要するに「機能低下」ということだと思うんだけど…。それとも、最近の報道では、「心不全」のことを「心臓の機能低下」みたいな表現で書くようになったのでしょうか。

ということで早速検索をかけてみますが、うーん、結構、訃報には「心不全」が使われていますね。逆に「心臓の機能低下」的な言、死因ではあまりヒットしません。


私は医学は門外漢でよくわからないので、お行儀が悪いのですが、知恵袋を参考にしてみました。要は心不全は病態も表すし、病気も表すが、死亡診断書の死因については、病態の場合、「心不全」とは書けないということですね。


確かに今回は持病があったわけではなさそうなので、急性の心不全ということになり、死因としては書けないのでしょう。そして、多くの場合、死因というものはご遺族からの情報になるわけなので、今回の記事に載った「心臓の急激な機能低下」は、恐らくご遺族側からの情報となります。これは医師が死亡診断書に記入したものそのままなのかまではちょっとわからない(そういう書き方がありなのかもよくわからない)。しかしわかることは、この「死因」は、ご遺族が選んで差し出した情報です。


今回はちょっと飛躍しますが、私はこの「心臓の急激な機能低下」に、そのご遺族の意思を感じました。


よく言われることですが、「心不全」という漠然とした書き方は、場合によっては何かを裏に隠しているというふうにとられることがあります。時津部屋力士の暴行事件では、不審死の疑いがあったにも関わらず、「急性心不全」という表現でまとめられてしまいました。他にも、愛人宅で死んじゃったから「心不全」と称したり、本当は自殺だったのに、世間体から「心不全」で公表したりなんてウワサは結構あります。


「心不全」が本当にそのような「隠蔽」の意味で使われているかは私にはわかりません。しかし、世間ではそう受け取られる可能性がある、という点がポイントなんだろうと思います。


もし、今回の記事の死因を「心不全」でまとめてしまった場合、穿った見方をする人によっては、「自殺」を疑うかもしれません。過労死と自殺は結びつきやすいワードだからです。それはまた、あらぬウワサを広げることになるかもしれない。いや、それよりもご遺族は、亡くなられた前田さんが、最後まで仕事に向かおうとしていたということを強調したかったのかもしれない――私は、そんな意図すらも想像してしまうのです。


というわけで、今日は自分でも論が軽やかに飛び跳ねていることを感じますが、それぐらいやるせない出来事だなと思うわけです。


確か内田樹の『下流志向』という本だったかと思いますが、『二十四の瞳』に出てくる先生の教師としての未熟具合を例に上げ、現代は教師に専門性を求めすぎているという指摘がありましたが、確かにちょっとキツイもんだと思います。そう願ったのが我々だとしても。だからあんまり公務員だからって、条件反射的に叩かずに、もちっとこういう志をもった若者が不幸にならない道をみんなで探していければと思うんです。この世の誰も、24時間働き続けていないんだから。