ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

男は52秒に1回エッチなことを考えているのか、anan特集みたいな記事

古今東西、男性はアレのことしか考えていません、とananなんかは申しております。

「いや、そんなことはない、オレは潔白だ!」

と叫んでも、「いやいやまたまた」と失笑され、「またまた」なんて言葉に卑猥な響きを感じて悶絶する中学生みたいな反応をされる方もいらっしゃるかもしません。いないか。

jin115.com

というわけで、実は男性は平均52秒に1回性的なことを考えているとか。その理由は、人間の基本的な欲求をつかさどる視床下部が女性よりも2倍の大きさがあるからだそうです。

ちなみにソースにしているのはこの記事。

www.skincare-univ.com

脳科学者関係の方が書いているのかなあと思ったら、「恋愛ビューティー 岩本拓也」。「北陸先端科学技術大学院在学中に恋愛とコンピュータ科学の研究に従事」しているとのこと。うーん、「恋愛ビューティー」が普段どんな仕事をしてるか知りませんが、視床下部や脳神経学に詳しいとは思えないので、この話のソースを探していきたいと思います。

 

さて、「52秒に1回」で検索をすると、こんなブログが見つかります。

ameblo.jp

2014年9月18日の記事で、「男性の性欲中枢は女性の2倍の大きさがあり、平均52秒に1回、性的な事柄について考えるそうです。」というヤフーニュースを見たんだとか。記事リンクはないけれども、引用文を見ると、どうも今回の記事と全くおんなじ感じがします。使いまわしか?

 

日本語だけでなく、英語圏に検索を広げてみると、以下の記事が見つかります。

channels.isp.netscape.com

Dr. Louann Brizendineが「men think about sex every 52 seconds, while women tend to think of it just once a day」、つまり一日一回女性が考えるのに対して男性は52秒に一回考えると言っているそうです。

で、Dr. Louann Brizendineで調べると

www.amazon.co.jp

www.amazon.co.jp

 

が出てきます。どうやらこれらの本が出所のような感じです。Dr. Louann Brizendineはwikipediaによると精神神経科医のようです

 

手元に本がないのでアレなんですが、なか見検索で読むと、「男性の視床下部を占める性的衝動を司る空間は、女性の二・五倍ある」とあり、「常に性的な関係をもつチャンスに備えている」そうです。そうだったのか。脚注を見ると、「女性の二倍ほどの大きさ」で、出典に「スワーブ 1985 2009」とあります。

 

スワーブ、Swaabを調べると、確かにそれっぽい論文が出てきます。

www.ncbi.nlm.nih.gov

「We found that the volume of a putative homologue of this sexually dimorphic nucleus (SDN) in the adult human hypothalamus was more than twice as large in men as in women」と、「視床下部のSDNは男性が女性の二倍近い大きさにあったことを発見した」とあります。年が違うので元の論文ではないかもしれませんが、そういう研究があったということでしょう。

 

他にも視床下部の性差についての論文はあり、たとえば

 

Two sexually dimorphic cell groups in the human brain

 

では、視床下部前間質核(INAH)の第3神経細胞群はおよそ2.8倍、女性より男性のもののほうが大きいとあります。視床下部の領域全体、というよりその中の細胞群によって、比率が違うようです。いずれにせよ、視床下部領域には性差が存在する部分があるのは現在の研究に基づくならば確かなようです。

 

「52秒に1回」の出所に関しても、今流布しているものは、前述のDr. Louann Brizendineの著書によるもので(『The Female Brain』)、こんな記述があるそうです。

 

Studies have shown that while a man will think about sex every 52 seconds, the subject tends to cross women's minds just once a day.*1

 

書いてあることはまったく一緒ですね。その著書が出た頃のmailonlineの記事によると*2、Brizendineは「彼女自身の臨床経験と1000以上の科学的論文」からこのような結果を導いたとされますが、具体的にどの研究に基づいているのかまではちょっとわかりませんでした。いずれにせよ、巷にある「52秒に1回」説は、彼女の本が元ネタであるようです。

 

とはいえ、上記リンクが「7秒に1回考えてるってマジ?」という質問であるように、実は「7秒に1回」説も巷では信じられています。これも本当の元ネタはわかりませんが、研究をした人は存在します。

www.telegraph.co.uk

オハイオ大学のProfessor Terri Fisherが、18歳から25歳の160人の女性と120人の男性を対象に行った研究で、いくつかのランダムに選ばれた食品、睡眠、性的な事柄に関する言葉を提示し、それを考えたらカウンターを押してもらうという実験だそうです。

これによれば、性的な事柄は、中央値は男性は1日19回、女性は1日10回となったそうです。ちなみに数としては男性が1~388回、女性は1~140回となったんだとか。仮に388回だとしても、3分に一回ぐらいですか?7秒どころか、52秒にもなりそうもありません。ついでに、男性と女性を比べたときに、他の食欲や睡眠欲といった部分をあわせて考えても、有意な性差というものは見つけられなかったそうです。

Fisherは、その人のもつ社会的な承認欲傾向が高ければ性についてもカウントが増えていたという結果にもふれながら、「男性のほうが性的なことをより考える傾向がある、というステレオタイプの考えに根拠は特にない」と語っています。

この研究についてはBBCでも触れています。

www.bbc.com

BBCによれば、似たような研究に Wilhelm Hoffman が行ったものがあり*3、これは1日に七回ランダムにアラートが鳴り、直近30分にどんなことを考えていたかを教える、というものだとか。回数としては直接比較ができないようなのですが、性的な事柄を考えていたのは、各回4%程度だったとか。いずれにせよ、7秒なり52秒なりには届きそうもありません。

 

ここでBBCが指摘しているのは、「白熊効果」を例に挙げた、この研究の不確実性です。

 

白熊効果とは、「白熊のことは覚えないでください」と言われたグループが、「覚えてねと言われた」「何も言われない」グループよりもより鮮明に白熊のことを覚えてしまった、という心理学の実験を指します。

 

要するに、「性的なことを考えていた」かどうかを調べるために、調査対象に「性的な事柄」のワードを提示することで、より鮮明にそのことが記憶されてしまうのではないか、ということです。確かに、直接脳波から「性的なことがらを考えているぞ!」と読みとれるようにでもならなければ、この実験は本人の申告に頼らざるを得なくなり、Fisherが指摘したように、その人の「社会的承認欲求」などの違いによりアベレージが広がってしまうことにもなります。

 

また、脳について性差があり、性の獲得は生得的である、というのは現代の脳医学界隈の定説となりつつあるようですが*4、その規模の違いが即ち資質や能力の違いにつながるかというと、そこは単純ではないかと思われます。よく言われることですが、イルカの脳は人間より大きいとかいいますが、だからといって知性が人間以上かといわれると常識的には違うでしょう。よって、視床下部が男性のほうが大きいからと言って、直ちに「性的欲求が強い」となるのも、いかがなものかなあという気がします。

 

というわけで、合コンか何かで「男ってみんなエッチのことばっか考えてるんでしょ!」と言われて困ったら、上記記事を引用しながら、「科学は常に進歩し訂正していくものであり、現在の科学的知見からは正確なことを申し上げることはできない」と、メガネをくいっとしながら言えば、きっと女の子をお持ち帰りすることができるでしょう。できないですね。