ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

フィンランドがベーシックインカムをはじめるのは誤報である、実はみんな一次ソースに興味ない

およそ社会保障が国民の納得ずくめですすんでいる国というのはないかと思いますが、昨今は「ベーシックインカム」という言葉が流行っております。ベーシックインカムとは、政府が全ての国民に対して最低限の金銭的保証を与えること、というものです。

で、こんな記事も出ました。

blog.livedoor.jp

フィンランドが、ベーシックインカムとして、月に800ユーロを国民全員に支給するんだとか。ほえー、約11万円。なかなか思い切った政策ですな。最終決定は2016年11月になるんだとか。

 

しかしこのニュースのソース元はbusinessnewsline。そう、あの「ロボット口調で話して解雇された職員の話がいつのまにか高性能AIを職員が作成したという大誤訳記事になった」あのメディアです。

 

ということで調べてみたのですが、結論から言えば、今回の「フィンランドがベーシックインカムを2016年11月までに導入する」という話は誤報です。ただし、ただの誤報ではない感じがとても興味深かったので、以下調べた内容を書いていきたいと思います。

 

さて、businessnewslineはいつもどおりソース元を載せない主義なので、自分で調べてみるしかありません。「finland basic income」で調べてみると、お、いろいろ出ますな。

 

www.independent.co.uk

www.abc.net.au

インデペンデントやオーストラリアABCですね。記事は12月7日付です。2016年11月までに最終決定すること、800ユーロが支払われることなどが書いてあります。ふむふむ。

ところがこの話、結構さかのぼれます。

たとえばこれは12月5日。

qz.com

ベーシックインカムの他国の例や、フィンランド国民の69%の支持があるとか、そういったことを引用しながら書いてます。

で、これは11月3日。

www.bloombergview.com

 

2016年11月までにつき800ユーロ払うと決めようとしているという記述がありますが、ブルームバーグはその予算がどこから出るか、現実的なものなのか、懐疑的な書きぶりです。

で、次のBBCは8月20日。

www.bbc.com

ここでは具体的な日付や金額は提示されず、「フィンランドがベーシックインカムを検討している」こと、「そのための実験を行うであろう」ことが書かれています。

もっといえば、たとえば次の記事なんかは、

www.transform-network.net

2012年11月ですが、この頃から既に議論されていることが分かります。ついでに記事内には「During the EuroMayDay protests in 2005 and 2006 the precariat movement raised the question of basic income again.」とあるので、2005年から既にフィンランドではベーシックインカムの導入の是非について議論が交わされているということです。

 

つまり、フィンランドのベーシックインカムの話は、もう何年も前から議論され続けているのだということになります。

 

これが具体的な数字や日付までのぼるようになったのが今年の11月、そして世界のメディアが発信し始めたのが12月7日ということになります。ここまでの流れはよろしいですか?

 

さあ、ここまで来ると、そもそもこれらのメディアは何をソースにこの記事を書いているのかが気になります。具体的な数字が出始めたブルームバーグの記事は引用を以下のサイトからとっているのですが、

yle.fi

Kelaというフィンランドの社会保険省みたいなところがそういった、とだけしか書いていないので、正確にどの発言がもとになっているかわかりません。

 

ということはもう、フィンランドの役所であるKelaをあたるしかありませんね。というわけで訪れてみました。フィンランド語かと思ったんですが、英語サイトもあってほっとしました。

するとすると、12月8日付でこんなコメントが載っているじゃありませんか。

www.kela.fi

There have been misleading reports in the media about the Finnish experimental study on a Universal Basic Income.

 「ミスリーディング」、つまり、各種メディアがフィンランドのベーシックインカムに関する実験的研究を誤解させるような表現で報じた、というわけです。おお、どういうわけだ?

Kelaは続けて、「12月7日に、多くの国際メディアが、まるでフィンランドが近い将来ベーシックインカムを実施すると誤解させるような話を根拠なしに報じた」というようなことを書いています。で、この調査・研究を行っているOlli Kangas博士はこう述べています。

 

これ(各種メディアの報道)は正しくありません。要はベーシックインカムの予備的な研究(調査)が始まったというだけです。*1

 

つまり、本格的に制度として導入するわけではなく、その前段階として、実施が可能なのかどうか、実験的な研究を行ってみる、というのがそもそもKelaがはじめに発表をしていたことのようです。

ご丁寧に、Kelaは今後のステップも掲載してくれています。かいつまんで書くとこんな感じ。

 

①予備的調査は2015年10月の終わりに実施された。

②他国のベーシックインカムモデルの試みに関してのレビューは2016年春までにまとめる。

③その結果の分析は2016年後期に出せるようにする。

④ベーシックインカムの実験は2017年を目処に計画している。

 

うーん、どこにも2016年11月の文字はありませんし、結局フィンランドの社会保険省内の研究機関が、ベーシックインカムの実験をしてみたいな、という内容が拡大解釈されまくった、ということだけのようです。

 

では、800ユーロとか、2016年11月までに云々の話の元になった話がいったいどこにあるのか。これがちょっとわかりません。

Kelaの11月19日の内容によると、

www.kela.fi

先ほど書いてあるようなことが書いてあり、この研究グループが行ったアンケート結果*2についても言及してあります。そこでは1000ユーロぐらいがちょうどいいんじゃないか、70%近くの人が賛成している、とあり、具体的な数字が書かれていません。

 

残念ながらここでギブアップです。恐らく広がるきっかけはブルームバーグの記事でしょうが、そこが参考にしたYle Uutiset | yle.fiの記事が、いったいKelaのどんな発表を使ったのかのソースをたどれないので、なんともいえません。全くの捏造という感じもしないんですけども。

 

よって、businessnewslineの記事は以下のように誤報となっています。

フィンランドが国民全員に非課税で1カ月800ユーロ(約11万円)のベーシックインカムを支給する方向で最終調整作業に入ったことが判った。→実験的研究の段階なのでまったく調整できていません。

 

政府は複雑化した社会福祉制度をベーシックインカムに一本化することにより→この記述も正確なものを見つけられません。おそらくこの記事の「a basic income means simplifying the social security system」が元になった記述でしょうが、「一本化」と「シンプルにする」ことはちょっと意味が違います。そしてこのJuha Sipilä 首相の発言のソース元も見つけられません。

 

フィンランド国民全体の約69%が導入に賛成の意見表明を行っており→このアンケートは正解。ただし意味合いは違いますが。あと、フィンランド国民全体、という表現もひっかかります。なぜなら15歳以上の1006人の国民からのデータだからです。*3

 

しかし今回はあまりbusinessnewslineを責める気にはなれません。なぜならこんなにも多くの海外も含めたメディアが「もうフィンランドはベーシックインカムを導入しそうだぞ」と報じているからです。誰がわざわざ一次ソースであるKelaをあたろうと思いますか。

 

よく一次ソースが大事だ、とは言われますが、なかなか追っていくのは大変なことですし、そして数が多ければ多いだけ、私たちは情報の信頼性は高いと錯覚してしまいます。その中で真実だけを追い求めていこうなんて、疑りぶかい私だって無理な話です。要は、だいたいのメディアの情報は話半分で聞いときましょうよ、というスタンスでいくのがよろしいんじゃないでしょうか。

 

 

 

*1:This is not correct. At this point only a preliminary study about the basic income has started

*2:Kela - Tutkimusblogi - Kansa kannattaa perustuloa 1/3: Perustulolla suuri kannatus

*3:Tutkimuksen kohdejoukkona ovat Suomen 15 vuotta täyttäneet asukkaat Ahvenanmaan maakuntaa lukuun ottamatta.