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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

デンマークでは給食に豚肉を出すことになったのか、正義の味方は存在しないように悪代官も存在しない

海外ニュース

今日は、ヨーロッパの難民問題の話です。

blog.livedoor.jp

デンマークのラナース市の議会が、「デンマークの食文化を学ばせるため、学校給食では豚肉を用いること」の義務付けをした、というニュースです。

実際のところはどうなんでしょう、ということを検証していきたいと思います。

痛いニュースさんの参照している記事は珍しく海外の直接記事なんですが、なぜかご近所のスウェーデンのものなので*1、デンマーク本国からの発信を読みたいところです。

 

探すと「Randers Kommune」という、ラナース市の情報発信ページが見つかります。

nyheder.randers.dk

デンマーク語で厄介なのですが、英語に翻訳すると多少意味が通るので、がんばって読んでみると、1月18日に、自由党とデンマーク国民党(DPP)の案*2で、特に豚肉について食事を提供しなければならない案が採択された、という意味のことが書いてあります。理由としては「誰もが自分の意思や宗教に反した食事ではなく、健康的でバランスのとれた食事をとること」*3を目標にし、「アレルギーや糖尿病、宗教的な側面は考慮する」というようなことが書かれています*4

うーん、その「宗教」の面でもめているのに、「宗教に反した食事でない」食事を提供するため、というところがよくわかりませんね。

記事には、その両党が提出したproposalのリンクがあるので、それを読んでみます(ただし、なぜか表示されなかったので、キャッシュを拾いました)。

Dokumentvisning

結局は記事と同じようなことになるのですが、この法案(になるのかな)は、DPPが提出した「Randers i fremdrift」というラナース市の推進計画のうちの重点分野の一つ、「子どもと教育*5」に根ざしたものだということが読みとれます。当たり前ですが、デンマーク全体の話ではないということです。デンマークという国は地方分権化が進み、各自治体の権限が強化されてきているので、こういうことができるんですね*6

 

しかし経緯がちょっとわかりにくい。そもそも、デンマークって給食があるのかな?

 

調べると、基本的にデンマークは、「食事管理は親の責任」として、給食の制度はない国だったんですね*7(というか、日本の給食制度の方が世界的には特殊でしょう)。それが、2007年の「幼児保育所、学童保育所、余暇クラブ等に関する法律の改定」により、「全ての保育所はディサービスの一環として、全ての児童にヘルシーな昼食を提供しなくてはならない」として、2010年から、保育所や幼稚園で給食の義務化が始まったわけです*8。コペンハーゲンなどで学校給食は試されているようですが、自治体レベルの対応です*9

 

というわけで始まった幼稚園・保育園での給食制度ですが、このように新たに始まった制度なので、いろいろと問題があるようです。こんな記事がありました。

cphpost.dk

西欧的民主主義、となるのか、子どもの健康に留意するのは家庭の責任であり、それを行政が担うのかどうか、というのが未だに議論になっているようです。

そもそもこの給食制度は、デンマークの肥満児の増加に伴い施行されたものであります*10。栄養のバランスを考えるべきものが、給食自体が貧相で、家庭の物よりたいしたことないじゃないか、といった不満もあるわけです。

そして、こんなことも起こります。

www.voxeurop.eu

いくつかの幼稚園が、豚肉の提供を中止したということがあり、デンマークの首相がそれに対して提供を続けるよう呼びかけたということ。これは、イスラム教徒の子どもが豚肉を食べることを拒否するので、そもそもメニューから省いてしまおう、ということのようです。これが2013年の夏の話*11

 

つまり、2010年から始まった給食制度は、デンマークの文化的背景からも色々と課題があり、それにムスリムの問題が絡み始め、今回のラナース市の議会採択、にいたった、という経緯のようです。

DPPが「宗教に反した食事でない」云々と書いたときの宗教は、彼らのカトリックのものであり、要するに自国の文化を守るために、移民のイスラム教徒の文化が自分たちに影響することがないよう、今回の法案を提出したというわけです。

なので、今回のDPPの主張は、あくまで「給食制度」の課題克服のためのもの、というのが建前になります。「食べることを強制するものではない」としていますからね。しかし結局のところ、デンマークのもつ給食制度の課題につけいり、それを「難民問題」にすりかえた、という感じもあります。

 

個人の意見としては、右派の主張も理解できると思います。要するに、イスラム教徒用のメニューを考えたり、ハラルを使用したり、「なぜ他国の人間のためにこんなことをしなければならないのか」という不満がくすぶるわけです。首相がそちらの派閥ということもあるのでしょうが、デンマークは難民に対して厳しい政策をとり始めています*12

そしてこれはデンマークだけでなく、欧州全体に広がっています。たとえばフランスでも、給食からムスリム用のメニューを廃止した市があったと話題になりました*13

 

しかし、こういった右派や極右の政党が躍進しすぎるのも、懸念すべきことではないか、という思いはあります。ドイツのスムテ村の記事でも書きましたが、その党の一つの主張に賛成だということと、その党すべてに賛成だということを、もう少し我々は区別して考えるべきではないのかなと思います。スムテ村では、難民の受け入れに関して積極的ではないものの、村で躍進するナチ政党を抑えるために、難民受け入れを行ったという経緯がありました。ひとつの政策に囚われすぎて、その派閥を支持することの未来がどうなるかを考えなかった結果が、あのヒトラーだったのではないでしょうか。

完全な正義の味方が存在しないように、完全な悪もまた、存在しません。内田樹がどこかで書いていましたが、そろそろ二項対立ではなく、リスクヘッジ的な考えをこれからはしていく必要があるのかもしれません。

*1:Fläsk blir obligatorisk i skolor i dansk kommun - Nyheter | SVT.se

*2:右派の主張はfacebookでも確認できます。

https://www.facebook.com/df.rds.fn/about

ちなみに反対派の左派はこちら。

https://www.facebook.com/AyseDuduTepe?fref=ts

*3:at alle sikres en sund og varieret kost hvor ingen tvinges til at spise noget der strider mod ens holdning eller religion.

*4:at institutionerne sikrer fleksibilitet som tager de nødvendige hensyn til allergikere, religion, diabetes m.v

*5:Randers i fremdrift

*6:地方分権海外レポート~デンマークの道州制、市の権限強化で何が変わったか

*7:給食万歳 All I Want for School Dinners : デンマークの給食が大人向けすぎる件

*8:日本語では、以下の論文がデンマークの給食制度の理解に役立ちました。

「デンマークにおける保育所の食事改革」

http://www.mgu.ac.jp/main/library/publication/seikatsu/no43/seikatsu43_04.pdf

*9:Bestil skolemad - Frisk og lækkert hver dag - Den nye skolemadsordning

学校ではこういう業者と契約していて、自分でメニューを選ぶようです

*10:前掲『デンマークにおける保育所の食事改革』P9

*11:ちなみに、教育省が管轄をしていると思われる給食メニューの月ごとの一覧を確認することもできます。

School District of Denmark | Official Lunch Menus & Meal Information

ホットドッグなどもあるので、豚肉の提供はあるでしょうが、全体的には少ない印象です

*12:

CNN.co.jp : デンマーク、難民の財産没収法を可決 欧州の強硬姿勢に拍車 - (1/2)

*13:Pork or nothing: how school dinners are dividing France | World news | The Guardian

2015年10月13日の記事。Chilly-Mazarinに住むムスリムの子どもの通う学校が、11月からムスリム用の豚肉料理の代替料理を出さなくなる、との記事。これは、Les Républicainsという右派政党によるもの