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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

クリームシチューの起源はどこにある、昔の人はすごかった

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海外由来のものだと思ったら日本産、というものはいくつもありますが、今日はそんなクリームシチューの話。

blog.esuteru.com

クレアおばさんでも有名なクリームシチューorホワイトシチューは、どうも日本でしか通用しないものらしいという話。記事によれば、1966年のハウス食品のルウのおかげで一般家庭に浸透したものであり、西欧には小麦粉でとろみをつけるシチューはあまりないんだとか*1

果たして、カレーと同じような日本発料理なのか?紐解いてみると、なかなか面白かったのでまとめてみました。

 

さて、はちまさんが挙げてるWikipediaのソースは、おおよそ以下のページのまるパクリです。

jbpress.ismedia.jp

上記「食の研究所」さんのページは文献に当たりながらとてもよくまとめられていて、ここだけ読めば「クリームシチューの起源」については事足りそうです。

食の研究所さんは、クリームシチュー的食べ物が料理書に初めて登場するのは、1924年刊行の、手塚かね子による『滋味に富める家庭向西洋料理』だとしています。

というわけで、近代デジタルライブラリーで、手塚かね子を検索すると、当該の本がヒットします。便利な世の中ですね。

近代デジタルライブラリー - 滋味に富める家庭向西洋料理f:id:ibenzo:20160131004153p:plain

食の研究所さんが指摘する「鶏のスチウ、ダンプリング*2」は、以下のような材料で書かれています。

 

鶏(骨附)五拾匁、メリケン粉食匙一杯、牛酪同上、玉葱三個、湯四合位、塩、胡椒、牛乳*3

 

作り方*4も鶏肉を「牛酪でざつといためてから、メリケン粉を入れ」、「煮汁の二分の一、或は三分の一位ゐの牛乳を入れ」「ソースのとろとろになるまで煮ます」とあるので、確かに現代のクリームシチューとほぼいっしょですね。「このスチウは殊に、冬に適するものであります」と書いてあるあたりは、先見の明があります。

 

西洋料理の紹介はこの本が初めてではなく、もちろんもう少し前から日本では刊行されています。しかし、ざーっと近代デジタルライブラリーを漁った感じでは、「鶏のシチュー」は存在するのですが、牛乳と入れて煮込んだものは、この手塚かね子の著書が初出の感じです*5

 

ということで、インターネット上では、現在のクリームシチューの考案者は手塚かね子としてよさそうです。

 

しかし、手塚はまったく独自の考えでこのレシピを考えたのでしょうか。

 

手塚かね子の著書は、無論上記の『滋味に富める~』だけではありません。『滋味~』の13年前の1911年には『西洋料理法 : 家庭の友』(博文館 1911)という本を出しています。

この本には、クリームシチューのレシピは存在しないのですが、「序」に、なかなか興味深いことが書いてあります。

 

本書は、亜米利加にて家庭料理家として有名なる、コロンビヤ大学教授、ミス、バーローと、ボストン市にて、自分の設立にかゝる料理学校の校長の職にあられるミス、ファーマーと、この二女史の講述させられましたる方法を基礎として、新たに編纂いたしたものでございます*6

 

つまり、この二人の女史の何かを参考にしたというわけです。

残念ながら「ミス、バーロー」については探し出せなかったのですが、「ミス、ファーマー」については意外に簡単に見つかりました。

 

Fannie Farmer - Wikipedia, the free encyclopedia

 

Fannie Farmerは、アメリカの料理史に残るなかなか名高い料理研究家のようで、手塚が書いたように、ボストンに料理学校を創っています。そして、彼女の書いたもの中でもっとも有名な著書が、『Boston Cooking-School Cook Book』です。

 

Boston Cooking-School Cook Book - Wikipedia, the free encyclopedia

 

この本は改訂をいくつも重ねるのですが、最初の発行は1896年。料理をひとつの科学として捉えた料理書として*7、現代でも通用しうる理論だったレシピ集で、当時ベストセラーになったんだとか。

そして、もう100年以上前の本なので、全文がインターネットで読めます。

www.bartleby.com

ちょっと読んでみると、なかなかどうして、手塚の本と、項目や書いている内容がだだかぶりです。「Clear Soup」の説明するあたりは、手塚も「クリーアスープの部」として、似たような説明をしています。恐らく手塚は、当時アメリカでベストセラーとなっていたこのファーマーの本を参考にして、自分の本を書き上げたのでしょう。

とすると、手塚が書いた「鶏のスチウ、ダンプリング」のレシピもこの中にあるのかも!

 

というわけで探してみたのですが、残念ながらどんぴしゃはありませんでした。しかし、恐らく参考にしたレシピは見つけました。

www.bartleby.com

鶏肉を煮込みながら、小麦粉でとろみをつける、まさに「鶏のシチュー」です。ダンプリングを添えるあたりも同じです。しかし、このレシピには肝心の「牛乳」が入っていない。

 

ここからは完全な推測になりますが、手塚は恐らくこのレシピに、わざわざ「牛乳」をつけて改変したのでしょう。そうして読んでみると、手塚の書いたレシピには、「牛乳」を使ったものが多いことに気がつきます。それはなぜか。手塚は、『滋味~』のはしがきに、こんなことを書いています。

 

どんなに日本料理だけの主張論者でも、病人や、小児の為めには、是非共牛乳や牛酪を用ふる西洋料理が必要であるかを排することは出来ないと思ひます。(中略)私の研究した実験からは、洋風料理は、最も簡単で、そして栄養に富んだものが、無数にあるのであります。*8

 

科学的に料理を研究していた手塚にとって、「栄養」は一つの大きな指標だったでしょう。そして、当時の日本にとって「牛乳」は栄養価の高いものとして認知されていました。そこで手塚は、ファーマーなどの西欧のレシピを参考にしつつ、そこに独自に、栄養価をより高める工夫をしていったのではないでしょうか。それが、「Chicken Stew」に、牛乳を加えるきっかけになったのではないか、というのが今回のワタクシの仮説です。

 

手塚は、この「鶏のスチウ、ダンプリング」が気に入ったのか、1926年に出版した『趣味と滋味の和洋季節料理』(文化生活研究会)*9の中でも、「鶏肉のスチウ(ダンプリング入)」として紹介しています*10

 

この手塚のレシピをどれだけの日本国民が参考にしたかはわかりませんが、「クリームシチュー」が日本に広まる基礎となるものは、「牛乳」という「滋養」の考えをベースにして、戦前から脈々とあったのでしょう。戦後の「白シチュー」やハウス食品のヒットは、そういった基礎があってこそのものだと思います。

 

それにしても、海外に行くことなどなかったであろう時代の人が、こうやって西欧の考えをどんどん取り入れて、自分たちのものにしていく、という姿は、全く敬服すべきものであります。というところで、今回の話を終わりたいと思います。

 

 

 

*1:後述するように、ヨーロッパにも、小麦粉でとろみをつけるシチューは数多く存在します。クリーム「スープ」だともっと一般的になりますね。ただ、日本のような「牛乳」+「シチュー」の感覚があんまりないのかもしれません

*2:細かくて恐縮ですが、食の研究所さんは「ダン「ブ」リング」としていますが、「dumpling」なので「ダン「プ」リング」が正解ですね

*3:『滋味に富める家庭向西洋料理』手塚かね子 文化生活研究会 P166

*4:同上、P166 -167

*5:近代デジタルライブラリーで、「西洋料理」で検索をかけました。

近代デジタルライブラリー - 検索(西洋料理)結果

307件ヒットし、手塚の1924年より前のものをザーッと読みましたが、「スチウ」「シチウ」つまり「シチュー」の記述が一番古いもので以下のもの。

「軽便西洋料理法指南 : 実地応用 一名・西洋料理早学び」(1888年)

マダーム・ブラン著 洋食庖人 編

「マダーム・ブラン」が何者かは判然としませんが(「マダム」ってw)、海外からの訳書のようです。上記には「鶏肉シチウ」の項目がありますが(P12)、小麦粉やバターで炒めて煮込むことは書いてありますが、牛乳は使用していません。

*6:『西洋料理方:家庭の友』序1 旧漢字は適宜新漢字に直した。

*7:手塚自信も、『滋味~』の中で、料理についてこう書いています。

料理が単なる技術である云ふ問題は過去の時代の思想であつて、現代に於けるこれ等の問題は、複雑なる科学を基礎としての技術であらねばならないと云ふことは、誰しも知る処でありませう。(はしがきより)

*8:『滋味に富める家庭向西洋料理』はしがき

*9:近代デジタルライブラリー - 趣味と滋味の和洋季節料理

*10:『趣味と滋味の和洋季節料理』P309