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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

デンマークは世界一幸福な国なのか、コインの裏表の世界

国内ニュース

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さて、先日、こんな記事がアクセスを伸ばしていました。

blog.hanauta18.com

「World Happiness Report」において、常連1位のデンマークが幸福である理由というのがいくつも書かれています。日本は2016年度は52位なので、がんばってほしいところです*1

記事の内容をまとめると、ざっとこんな感じです。

①週37時間労働が法律で決まっている
②6週間の有給休暇をとる制度がある
③20~60代の女性の社会進出率が80%以上
④保育施設の利用料の3分の2をまかなってくれる
⑤定年制がない
⑥教育費は大学まで無料
⑦18歳以上の学制には給付金
⑧医療費は無料
⑨介護費用も無料
⑩議員の給料は安くボランティア

代わりに税金が高いのは有名ですが、果たしてこんな夢の国があるのだろうか、調べてみるとなかなかテキトーな記事だったので、全くデンマークには詳しくないのですが、ちょこちょこ間違いを指摘したいと思います。

 

***

 

法律で労働時間は決められていない

①の「週37時間労働」ですが、デンマークでは労働時間に関する法律は存在しません

デンマークの労働形態は我々からみると特殊で、労働者は国の法律というより、雇用側との労使協約でもって決定されます。デンマークは古くから労働組合の力が強い国で、政府の介入なしで、労働条件について決めてしまえるというところに特徴があります*2。「(1)フレキシブルな労働市場、(2)手厚い失業保険制度、(3)積極的労働市場政策」というゴールデン・トライアングルは、「フレキシキュリティー」と名づけられており、デンマークの平均転職回数は6回(EUの平均は3.8回)となるほど、フレキシブルな労働市場となっています*3。つまり、国の法律はその雇用政策自体の整備に重きを置いており、各種労働条件の協定に関しては国が介在しないことに大きな特徴があるのです。

 

なので、「一般的には」、確かに「週37時間」という協約を結ぶ職場が多いのですが、それが法律で制限されている、という書き方は、デンマークの労働環境の主旨がまったくわかっていない書き方です。「破ると罰金がある」という書き方も不正確です。これではまるで、法定刑があるような書きぶりです。

 

ちなみに②の有給休暇については法律で定められていて(Funktionærloven (事務系
労働者法)及びFerieloven (休暇法))、「前年度の労働実績に基づき月当たり2.08日、年最高5週間の有給休暇が与えられ」るので、「6週間」という書き方も間違いです*4。ただ、「6週間」の休暇は一般的になってきているようではあります。しかし、法律で定められてはいません*5

 

保育園はそんなに安くない

③の女性の社会進出が「80%以上」という数字も、OECDの2014年の調査では「73%以上」なので、どの資料を使ったのかが不明です*6。まあ、女性の就職率が高いことは間違いありませんが。

 

④の「保育施設の利用料の3分の2を国がまかなってくれる」かどうかについては、実はちょっとデンマーク語の前に挫折したのですが、例えば幼稚園に実際に支払う費用自体は、毎月おおよそ「5万円」程度であり、これは日本のものとさほど変わりありません*7

 

また、⑤の「定年制がない」という話もちょっと不正確な感じがします。

たとえば以下の記事によれば、

欧州における高齢者雇用の現状と政策(デンマーク:2006年11月)|フォーカス|労働政策研究・研修機構(JILPT)

デンマークでは高齢者の早期退職を推奨してきた経緯もあり、年金開始予定の「65歳」より先に仕事をやめる人の割合も多いようです。そのため、EUの調査では、デンマークの退職年齢は2007年は62歳と若干早めです*8。制度としての定年がどのように明文化されているかはわかりませんが、「定年」という概念はあるのではないかと思います。

 

教育は無料である

高等教育までは無料というのは恐らく正しいのであろうと思われます*9。義務教育期間は「6歳~15歳」までだそうです*10

 

⑦の「学制給付金制度」に関しては、「SU (Statens Uddannelsesstøtte) 」と呼ばれるもので、奨学金のようなもので、一応返済義務はないようです*11。正確に書くならば、「18歳以上」で資格が存在し、「両親との同居の有無」で料金が変わり、20歳以上の「大学生」は、「5903クローネ(=約98000円)」が支払われるようです*12

 

ただし、注意したいのはこの額は課税前のものだということです*13。そして考慮したいのは、デンマークの税金の率はかなり高いということです。残念ながら私の語学力では、いったいこの「学制給付金」にどれだけの税金がかけられるのか発見できなかったのですが、少なくとも満額はもらえなさそうです。 

 

医療費は無料ではあるが…

なるほど、確かに医療費は無料であるのですが、日本と同じ医療サービスを考えるのは早計のようです。以下の記事がなかなか興味深い。

 

「住民からみたデンマークの診療の現状と民間保険への加入意識」

フェレスデザイン株式会社/FÆLLES DESIGN Co,.Ltd.

 

デンマーク国民にはそれぞれ「家庭医」が決められ、その医師の判断によってどのようなサービスを受けられるかが決定します。なので、軽い風邪程度で薬が処方されることはなく、緊急性が高いものほど優先されるため、軽いものは後回しにされていく。病院につながるまでに1週間以上待たされることはザラのようで、日本のような飛込みの診療も行っていない。上記記事は、そういったこともふまえ、自由診療や私立の病院の診療も受けられるように、医療保険の加入が増えているという話。ふーん。

 

なので、「医療費は無料」という書き方は間違いではないのですが、これだけでは日本と同じような「医療サービス」が受けられるものと勘違いされてしまいます。上記記事にもありますが、デンマークは「医療費が無料」なのではなく、「お金がなくて医者にかかれない人などはいない」という考えに基づく「共助の社会システム」であり、その費用は「働くことの出来る元気な国民が負担すべきだ」という考えが根底にある、ということがわかっていないと、何だか都合の良い制度に見えてしまうわけです*14

 

「介護費用は無料」に関しても、その「福祉」の延長にあると思ったほうがいいでしょう。ちょっと介護については調べ切れなかったので、参考記事だけおいておきますが、全てが完全無料というわけでもなく、長期の在宅ケアに関しては、財務状況に応じてコストがかかる場合もあるということです*15

 

議員はボランティアではない

いわゆる「国会議員」にあたる人たちはちゃんと歳費が支払われているので、この「議員はボランティア」という書き方も不正確です*16。まあ、月100万円程度なので、諸外国に比べれば安いのかな…。

 

「無給」なのは、市や地域の議員です。ただこれは日本の市議会議員を想像するとちょっとちがうかもしれません。なぜなら、基本的に別の職についている人が、自薦なり他薦なりで立候補して選挙を行うものなので、中には18歳の高校生が市会議員になったという例もあります*17

 

今日のまとめ

①デンマークは労使協定によって勤務条件を定めており、勤務時間が法律で定められてはいない。

②公立学校の教育費は無料であるが、保育費は助成を受けたにしても、日本と同じくらいである。

③医療費は無料ではあるが、日本と同様の医療サービスが受けられるわけではない。

④市会議員は無給であるが、国会議員は歳費をもらっている。

 

 

元記事でも指摘されていますが、デンマークで今問題になっていることとして「自殺率の高さ」が挙げられます。2012年のWHOの調査では10万人あたり「8.8」という数字です*18。西ヨーロッパの中では高いレートになっているでしょう。しかし日本の「18.5」という数字と比べると、いい方なんじゃないかという気もします。

 

その理由について、Time誌は、生活の満足度があがるほど自殺率が高くなる研究を掲示し、「その格差の比較がより人を鬱的状況にするのではないか」みたいなことを述べています*19。これについては何ともいえないところです。

 

 

デンマークはまるで誰もがハッピーな国のようですが、「豚肉をムスリムにも提供することに決めた」という記事でも書きましたが、移民政策には厳しめであり、その「幸福」は限られた人間にのみが享受されているようにも見えます。財政も最近は回復傾向にあるものの、以前よりは悪化しており、失業保険や高齢者の年金についても、カットされている方向にもなっています*20。手厚い福祉政策が、就労意欲の足かせになるという話もあります*21

 

 

大事なことは、両論併記であることだと思います。日本のデンマーク記事は、どうも単純な「福祉バンザイ!」で終わってしまう場合が多いみたいです。コインの裏表のように、世界はそうそう単純ではないということを、忘れないようにしたいところです。

 

*1:World Happiness Report 2016

http://worldhappiness.report/wp-content/uploads/sites/2/2016/03/HR-V1_web.pdf

ちなみに上記記事には日本が「43位」という記述がありますが、これは2013年調査によるものですね。年度はそろえないといけません。参考→「幸せな国」ランキング:国連によると日本は43位

*2:

デンマークの労働事情については以下のサイトが日本語ではわかりやすかったです。

デンマークの労働事情とデンマークモデル: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

概観としては以下のCFEのサイトがわかりやすい。

Labor Law in Denmark | CFE portal

*3:デンマークの労働市場(デンマーク:2006年4月)|労働政策研究・研修機構(JILPT)

*4:「欧州各国の雇用制度一覧」JETRO

https://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000115/0908R3.pdf

元ソースということであれば以下の条文↓

2. Hushjælpen optjener 2,08 dages betalt ferie for hver måneds ansættelse.

Ferieloven - Bekendtgørelse af lov om ferie - retsinformation.dk

*5:This is often referred to as the sixth week of vacation. These days are not covered by the Danish Holiday Act and are usually part of some kind of negotiated agreement with the workplace. 

Working in Denmark: Vacation and holidays - The Local

有給休暇のとり方は上記のサイトがわかりやすかったです。

*6:OECD Better Life Index

*7:いくつかの日本語のサイトを参照しました。

「保育所・幼稚園の充実」

諸外国・地域の学校情報(国・地域の詳細情報)

デンマーク語でよければ以下が公式ソース。

Priser og tilskud til børnepasning

Google先生に頼ってみると、たとえば

Børn under 3 år * = 6.402 kr. i tilskud om måneden.
ved minimumbetaling på 2.134 kr. i forældrebetaling.

は、「3歳以下は6402クローネ/月だが、最低支払いは2134クローネ/月」と読めるので、3分の2の負担というのは間違いではないかもしれません。しかしそれでも35000円ほどなので、安いというほどではありません。ただ、どうやら民間には色々な施設があり、それによって金額も違うため、選択肢は多いのかもしれませんが

*8:「2009 Ageing Report」P78

http://ec.europa.eu/economy_finance/publications/publication14992_en.pdf

*9:参考:「授業料無料・奨学金つき」大学における学問の自由: デンマークのうちがわ

「高等教育」というのは日本で言う「高校」だけでなく、「大学」なんかも含みます

*10:諸外国・地域の学校情報(国・地域の詳細情報)

*11:SU - su.dk

*12:Satser for SU til udeboende på videregående uddannelser - su.dk

日本語だと以下の記事がわかりやすい。

デンマークの学生は国から生活費をもらって勉強する!? | AdverTimes(アドタイ)

*13:Skat - su.dk

*14:同じような内容として、以下の東洋経済の記事も面白い。

病院無料のデンマーク人が保険に入るワケ | だから日本人は保険で損をする | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

*15:Denmark - Home care - Country comparisons - Policy in Practice - Alzheimer Europe

また、具体的な実情については以下がわかりやすい。

(財)老齢健康科学研究財団

*16:Danes against pay raise for MPs - The Local

*17:19歳の市議会議員、25歳の元市議会議員おおいに語る! | なかよしブログ<教育文化研究所>

*18:GHO | By category | Suicide rates - Data by country

*19:Why the Happiest States Have the Highest Suicide Rates | TIME.com

*20:デンマークの財政収支の推移 - 世界経済のネタ帳

*21:社会福祉: デンマークのうちがわ