ネットロアをめぐる冒険

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がんの検診率を100%にすることに意味はあるのか、がんでなくても人は死ぬ

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都知事選に、ジャーナリストの鳥越さんが出ると話題です。

thepage.jp

ネット的には、鳥越さんはどうも不人気のようなのですが*1、最初の表明会見の「雰囲気」は、まあ、個人的には悪くなかったんじゃないかな、と思います。なんといっても余裕な感じがありました*2

 

しかし、次の日の4候補による共同会見は、なかなかいっぱいいっぱいな感じだったように見受けられました。

news.livedoor.com

 

昨日の出馬会見では一切触れられなかった「がん検診100%」なる突然の公約は、各方面でいろいろな困惑を生んだようです。

 

さて、今回は、「がん検診100%」なるものが、実現可能なのか、というより、そもそも東京都が行うこととして意味があるのかどうか、というところを探っていきたいと思います。

 

 

***

 

 

鳥越氏の共同会見全文

ニュースは切り取りが多いので、まずは鳥越氏の発言の全文を掲載したいかと思います。3分ぐらいの内容ですが、一応わかりやすく段落に分け、小見出しをつけました。

 

①あいさつ

みなさん、こんにちは。鳥越でございます。えー、これまでは、そちら側に座っていたんですけれど、まあこういう事情で、こっち側に座っておりまして、若干落ち着かない感じではありますけれど、私の、この一言というのをですね、述べさせていただきたいと思います。

②将来への不安

日本、なかんずく、東京はですね、何が一番問題なのかと言うとですね、やっぱり、高度成長のころに、今日より明日、明日より明後日はよくなる、みんな思っていた。そういう時代はもう今はとっくになくなって、今日より明日、明日より明後日は悪くなるんじゃないかという、未来から、将来から押し寄せてくる不安で、ほとんどみなさんが、つぶされそうになっております。

③出生率の低さが将来への不安の表れ

その、象徴的に数字で表れているのがですね、東京の出生率は1.17だという全国最低レベルということに表れている。これは、将来が安心して迎えられない、ということから、子どもを産んで育てる、女性や男性が少ないという結果が、こういう数字をもたらしているんだと。

④「がん検診100%」の達成

そういうことを申し上げていく中で、私は、この「がんサバイバー」、自分自身が、がんの経験者である、がん、大腸がんのステージ4から生還した人間として、これはぜひ皆さんに知っていただきたいと思うので…これを

(フリップをだす)

「がん検診の100%」という達成ですね、これは、日本人は、東京都民もそうですけれど、3人に1人はがんになるという時代です。そして、3人に1人はがんでなくなる、これは、将来に対する不安の中でもっとも大きい。いつ自分はがんに襲われるかもしれない、という不安が、東京都民の中にも、みなさん一人ひとりお抱えになっている。この問題を解決していくにはですね、やはり、がんの検診率をちょっとでも高くしていかなきゃいけない。一人ずつがんの検診を受けて、早く見つけて早く処理する。

⑤日本のがん検診の低さ

残念ながら、日本は、そして東京は、国際的に比較をしてもですね、国際的に、欧米で言えば、60%~70%のがんの受診があるんですけども、残念ながら、日本は30%台しかない。東京都も、そういう低いレベルです。これをですね、やっぱり、せめて50%、最終的には100%まで、がんの検診率をあげていく。こういうことをですね、東京都として率先して取り組んでいきたい。そして、3人に1人はがんになるんだけれども、しかし、3人に1人は死なない、明日は必ずしも、そんなに不安ではないよ、というような、がんを取り巻く状況をですね、東京都は、全国に先駆けて、率先して取り組んでまいりたい、こういう風に思っております。

 ③で出生率の低さ(昨日間違えたからですかね)が将来の不安として「数字で表れている」と言ったので、これは少子化対策的なこと(児童福祉、母子保健など)かなあと思って聞いてたら、突然「がん検診100%」と来たので、そのアクロバチックな論理展開に痺れました。私は別に「がん」が「もっとも大きい」「将来に対する不安」なわけではないんですが、それは私がまだ若いからですかね。それを抜きにしても、「出生率の改善」と「がん検診」が、私の中ではどうしても結びつかないのですが、みなさんいかがですか。

 

日本の「がん検診」の割合

まあ、論理の整合性は置いておくとして、鳥越氏の語る「がん検診」が果たして日本や東京では「30%台」なのかを調べてみましょう。

たとえば、厚労省が出している「平成26年度地域保健・健康増進事業報告の概況」を参照すると*3、以下のような感じです。

 

平成26年度(%)

胃がん

9.3

肺がん

16.1

大腸がん

19.2

子宮頸がん

32

乳がん

26.1

 

そうなんです、「がん検診」と一口にいっても、その検診の種類によって、割合に大きく開きがあるんですね。鳥越氏の「100%」は、この「がん検診」全体を100%にするということを目指すのでしょうか。

 

だとすると、現状の日本の「がん検診」の割合が「30%」だというところに齟齬が生じます。この中で30%台なのは子宮頸がんのみで、あとは軒並み低いですね。

 

実はこの報告にはからくりがあって、市区町村や保健所が管轄する住民検診のみのがん検診のデータになるんですね*4。つまり、人間ドックでの検診や、職場の検診(職域検診)での数は省かれているわけです。これは結構実態と誤差が出そうです。

 

というわけで、最近は厚労省の「国民生活基礎調査」を参照する場合も増えてきました。これは、3年ごとに実施しているもので、平成25年の調査では「がん検診の受診率」も設問項目に入っています。

 

それによると以下の通り*5

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これを見る限り、男性はほとんど4割越えです。女性は3割代が多いですが、男女足した平均ならば、まあ4割ぐらいになるんじゃないんでしょうか。

 

この「国民生活基礎調査」の問題としては、「がん検診を受けたか」というような質問項目への回答なので、完全に自己申告になるため、そこらへんの誤差はでてくるというところではありますが、調査対象としては今までの健康事業増進報告よりかは広くなっているでしょう。

ちなみに、東京都でも概ね3割後半~4割といったところのようです。

www.fukushihoken.metro.tokyo.jp

 

海外の「がん検診」の割合

では、「欧米」のがん検診が「60%~70%」というのはどこまで正しいのか。

ぱっと調べるとこんなサイトが出てきます。

www.med.or.jp

「乳がん」や「子宮頸がん」に限れば、OECD加盟の欧米は確かに70%近くとっているということになりますね。

OECDの元データも用意しておきました。

OECD iLibrary: Statistics / Health at a Glance / 2015 /

これは2015年版ですが、日本の「42.1%」という数字を見る限り、OECDは「国民生活基礎調査」の方のデータを使用しているんですね。確かに、日本の数字はOECD平均よりも低いですね。

 

欧米でこんなに高い値を示しているのは、イギリスや北欧では特に「組織型検診」という国策ができているからでしょう。たとえばイギリスは、GPというかかりつけ医が個人に当てられていて、子宮頸がんの検査は、3年ごとに通知が来て無料で行うことができるそうです*6。がん検診に限らず、国全体での「医療」に対するシステムが、取りこぼしのないように、という点ではかなり機能しているということでしょう。

 

では、他のがんについての検診率は諸外国はどうなのか。

 

たとえば、鳥越氏も罹患した大腸がんについてですが、2008年とちょっと古いヨーロッパのみの調査において、OECDが割合を出しています。

Colorectal cancer screening in people aged 50-74, 2008 (or nearest year) | OECD READ edition

50歳から74歳を対象にしたものですが、EU14カ国の平均は13%。およ、ずいぶん低いじゃないですか。ダントツのドイツでようやく54%。うーん、算出方法に違いはありそうですが、大腸がん検査に関して、日本が特段低いとは思えません。

 

つまり、鳥越氏が数字として出した、日本の低い「30%」の検診率、欧米の高い「60~70%」の検診率、とは「子宮頸がん」「乳がん」のみの数字だとなります。鳥越氏の見据えているのは東京都の女性だけということになりそうですが、よろしいんでしょうか。

 

検診率を100%にする意味はあるか

 

子宮頸がんや乳がんの検診率は確かに低い日本ですが、昨今では2年に1回は受診ができる体制が整ってきているようです*7。だから、調査でも子宮頸がんや乳がんの検診率は上がってきているんでしょうね。

 

これは、国の「がん対策推進基本計画」*8というものがあって、平成24~28年度の5年間で、がん検診の受診率を50%達成を目標にかかげているからということもあるでしょう(胃・肺・大腸は当面40%)。

 

鳥越氏は会見で「せめて50%」と言っていますが、これは国の政策なので、既に東京都も政策として行っているところです。

東京都がん対策推進計画(第一次改定)(平成25年3月) 東京都福祉保健局

目 標
 ●がん検診受診率の向上を目指す。
  (胃がん・肺がん・大腸がん・子宮頸けいがん・乳がん 50%)

 

鳥越氏は、なんとか「50%」を達成したいという国内の状況の中で、「100%」を打ち出してきたわけです。インパクトとしてはいいかもしれませんが、少々現実味がありません。

 

なおかつ、私はこの「検診率100%」にこだわる意味はあまりないかと思います。

 

がんの検診を取り巻く状況は、少しデータが古いのですが、以下の国立がん研究センターの情報が詳しいです。

 

がん検診について:[がん情報サービス 医療関係者の方へ]

 

がん検診をなぜ行うかと言えば、それは端的に言えば「がんによる死亡」を減らすためです。逆に言えば、「がんによる死亡」が減らない検査は意味がないということになります。

日本のがん検診は「対策型検診」と呼ばれるタイプで*9、「個人の死亡リスク」ではなく、対象集団全体の死亡率を下げることを主眼におきます。常に「利益」が「不利益」を上回るように、バランスを保つような検査方法や施策が望まれるわけです。

 

そのために、「がん検診ガイドライン」というものがあります。

 

がん検診ガイドライン 推奨のまとめ

 

がんの死亡リスク軽減という利益と過剰診断や偽陰性・偽陽性といった不利益のバランスを考えて、それぞれの検査をランク付けしています。基本的に「胃・子宮頚部・乳房・肺・大腸」については、検査をしたほうが「利益」が大きいということにはなっています。

 

ただ、この「利益」はあくまで対象集団に対する利益であるので、こんな見解もあります。

 

No.366-がんの検診の有効性を考える

 

肺がん検診が死亡率と因果関係がないことを示した「メイヨー・ラング・プロジェクト」や*10、対費用効果のあまりのバランスの悪さなど、いくつかの問題点を示しています。

 

いろいろな学会や派閥の思惑もあるので、どれが正しいかとはいえないところではありますが、そういう状況下において、果たして「検診率100%」を目指すことが正しいのかどうか、というところは疑問に思います。

 

今日のまとめ

①厚労省の「国民生活基礎調査」によれば、「がん検診」の受診率は4割前後と言ったところであり、「地域保健・健康増進事業報告の概況」ではその割合はもっと下がり、2割程度となる。

②欧米で多い検診はあくまで「子宮頸がん」「乳がん」の検診であり、全てのがん検診が日本より高い値を示しているわけではない。

③「がん検診」自体の有効性への疑問も示されており、一概に「100%」にすればいいというものでもない。

 

確かに日本人の死因のトップはしばらくがんではありますが、しかしがんでなくても人は死にます。そして、死ななくとも辛いことはこの世の中にはいっぱいあります。そういう地道なところをもう少し鳥越さんは見ていけば良いのにな、と思いました。ラスウェルのいうところの「自己が受けた価値剥奪に対する補完」なんでしょうかね。

 

 

 

 

*1:Googleのサジェスチョンでは「鳥越 左翼」「鳥越 在日」など、なかなか不穏なワードが出てきます

*2:とはいっても、東京の出生率を間違えたり、昭和十五年生まれなのに終戦時は「二十歳」といったり、アヤシイ感じはありましたが

痛いニュース(ノ∀`) : 鳥越氏 「私は昭和15年の生まれで終戦の時20歳でした」(注:終戦は昭和20年、鳥越氏は5歳) - ライブドアブログ

*3:平成26年度地域保健・健康増進事業報告の概況|厚生労働省

*4:「検診対象者と受診者の管理」

http://ganjoho.jp/data/professional/pre_scr/screening/screening_manual/files/canscrqa_manual2014_15-24p.pdf

*5:「平成25年 国民生活基礎調査の概況」

調査の概要|厚生労働省

*6:Cervical screening - When it's offered - NHS Choices

*7:

大田区ホームページ:がん検診・肝炎ウイルス検診・眼科(緑内障等)検診

文京区 子宮がん検診

自治体によって費用がかかったり無料だったり色々のようですが

*8:がん対策推進基本計画|厚生労働省

*9:市区町村の住民検診みたいなものですね

*10:ただし記事内でも言及されていますが、このプロジェクトはそもそも調査対象の不確定な動きがあり、そのまま信じられるかは難しいところです