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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

ロブスターは不死身か、本当に知りたいことなら自分で調べろ

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不老不死は世のラスボスのポピュラーな願いですが、生物界にはそんな不老不死を実現する生き物がいるんだとか。

 

 

 

ロブスターというと、私くらいの年代は「レッドロブスター」というレストランを思い出すんですが、とにかく、「脱皮する時に殻だけでなく内臓も一緒に新しいものに入れ替わる」から、理論上「死なない」んだとか。フリーザはロブスターの殻でも煎じて飲めばよかったんじゃないんですかね。

 

まあしかし、こういう耳目をひく内容は、まず疑ってかかるのが当ブログの流儀ですので、疑って検証してみました。

 

 

***

 

 

ロブスターとザリガニの関係

そもそもロブスターは大きいザリガニぐらいの認識しかないのですが、生物学的にはどういう種類になるんでしょう。

 

山口恒夫によれば、ザリガニは「節足動物門甲殻類」のカニやエビが所属する「十脚目」に属し、抱卵亜目の「ザリガニ下目」になるんだとか。ロブスターはその下の「アカザエビ上科」に属し、現在の日本に多いアメリカザリガニは「ザリガニ上科」に属します。山口によれば、「アカザエビ上科」と「ザリガニ上科」は「従兄弟のような関係」だそうです*1

図にするとこんな感じ。

 

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なぜザリガニとの関係にこだわっているかというと、「ロブスター」だけを取り扱った研究はとても少ないんですね。しかも研究としては種類の多いザリガニ上科のものが多い。世界には”International Association of Astacology"、「国際ザリガニ協会」なるものも存在し*2、ここは「freshwater crayfish」つまり、淡水域に生息するザリガニについての研究がメインみたいです。

ということで、今回は、ロブスターだけでなく、いわゆる「ザリガニ」と呼ばれる、ザリガニ上科のアメリカザリガニやニホンザリガニなどの研究も対象にして考えていきたいと思います。

 

ザリガニも不死身なのか

実は、「ザリガニは不死身なのか」という話もあります。

ザリガニを長年研究している川井唯史は『ザリガニーニホン・アメリカ・ウチダ』(岩波書店)の中で、「ニホンザリガニは死なない?」という小項目を立てています。

 

 すでに述べたように、ニホンザリガニの生息地には魚類がいないのが大きな特徴です。(中略)そのため、ニホンザリガニの目立った捕食者は存在しないのです。

 室内水槽で脱皮行動を観察する限り、かなりの個体は脱皮に失敗して死亡します。また、脱皮の直後に他の個体に襲われて死亡するのも多く見られます。彼らの死亡原因の多くは彼ら自身にあるのです。(後略)*3

 

これを読むと、脱皮に成功し、捕食者に襲われなければ、ザリガニは永遠に生き続けられる、とも読めます。これは確かに、ツイッターにあった「外的要素」ともとれます。

 

川井はまた別の著書で、このことをもう少し詳しく書いています。

 

ザリガニの「生活史」ということで、ザリガニの脱皮頻度についての研究を載せ、成熟した個体でも、「1年間に1回」は脱皮し、わずかながら体も大きくなる、と記しています*4。川井はこれを「不老」と呼び、先ほどの脱皮に伴う死亡例を挙げ、「不老ではあっても不死ではない」と述べています*5

 

 

内臓とは何を指すのか

ザリガニが脱皮をずっとしていくことはわかりましたが、果たして「内臓も一緒に新しいものに入れ替わる」のでしょうか。

 

これについては、「内臓」の意味するところがちょっと違うようです。

 

たとえば、日本獣医師会が出している『学校飼育動物の診療ハンドブック』によると、

 

脱皮は外側の殻だけでなく、触覚も体の中の胃や腸もすべて脱ぎ替える*6

 

とあります。うむむ?

 

『ザリガニを主材とした甲殻類の実験』という本では、

 

脱皮のたびに胃と食道および腸の部分が、新しくすげ替えられるので、その脱皮時に胃石も動じに脱落する。*7

 

と書いてあり、こちらも「胃と食道および腸」という指定があります。「内臓」というと、心臓などの他の臓器も想像しますが、今までのところ、「胃や食道・腸」などの消化器関係のみのように読めます。

 

先ほど参考にした山口も、自著の中で、

 

前腸と後腸は外胚葉が内側に伸びた結果できたもので、内面は外皮と連続するキチン質で覆われている。そのため脱皮のたびごとに、消化管の内面がすっかり入れ替わってしまうことになる*8

 

と記載しています。「キチン」というのは節足動物や甲殻類の外骨格などの主成分ですので、ザリガニにもあり、それが消化器官の内部にも覆われているんですね。

ザリガニの内面は以下の通り。

 

 

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*9

 

黄色に塗ったところが口から肛門にかけてで、ここが「前腸・中腸・後腸」に分かれている部分で、どうも脱皮で新しくなるところは、ここの消化器管のところであり、「内臓」全てではなさそうです。これは同じ種族のロブスターも同じと考えてもいいんでないでしょうか。

ちなみに、消化器管を脱皮するのはザリガニ類に限ったことではなく、昆虫などの節足動物の多くがします。タランチュラもそうですし*10、セミだって、ぬけがらの白い糸は内臓なんだそうです*11。似ているカニだって胃や腸も一緒に脱ぎます*12。ロブスターだけが特別にすることではありません。

 

 

老化とは何か

とすると、「内臓も新しくするから不死身」という説はにわかにアヤシクなってきます。

 

そもそも、「脱皮して新しくなる=寿命がない」は成り立つんでしょうか。

 

どうもこのロブスターの話が出てきたのは、2007年ごろのラジオ番組みたいです。

www.npr.org

ボストン大学のJelle Atema教授の話ですが(なんかちょっとミュージカルみたいな感じですが)、理論的にロブスターが脱皮により成長し続けるということを話しています。

 

この話には海外でもかなりツッコミが入っているみたいです。

 

NeuroDojo: All lobsters are mortal

 

神経行動学の先生のようですが、「死ぬところを見なければ鳩だって不死身だ」と批判しています。ロブスターのそもそも年齢の推定の難しさ*13、細菌感染も含めた「外的要因」という範囲の広さから、その主張ってどうなの?ということを言っています。

 

上記でも言っていますが、確かにロブスターやザリガニは永遠に脱皮をし続けます。眼柄を切除すると、脱皮間隔が短くなり、通常の数倍も大きくできるという実験もあるそうです*14。しかしその脱皮の仕方に変化はないのでしょうか?

 

ザリガニは脱皮によってハサミが再生するのですが、「体長3cmの幼ザリガニは、体長7cmの老ザリガニよりも再生体の成長度が大きい」という実験があり*15、もう少し細胞レベルで「老化」現象が起こっているのではないか、と推察できます。

 

そもそも「老化」という現象は未だ謎が多い分野で、テロメア説なんかが有名ですが、確実ではありません。確かにロブスターの「老化速度が遅い」研究はありますが*16、「不老」ではなさそうです。

 

また、脱皮は多量のエネルギーを使うようで、体が大きくなればそれだけエネルギー量も増えます。脱皮は定期的に行われるので、脱皮の途中で力尽きることもあるそうです*17。病気にもかかりやすくなり、結局それは、「高齢者が肺炎にかかりやすくなるのと同じだ」と、バージニア大学のJeffrey D. Shields教授は言います。「細菌」に感染するのは「外的要因」ですが、そこと老化にもやはり関係があるのでは?ということです。高齢者の例で言えば、死因は「肺炎」ですが、しかしそれで死んでしまったことには確実に身体の老化が関係しているでしょう。

 

今日のまとめ

①脱皮は消化器管と外殻が対象であり、「内臓」全てを脱皮するわけではない。

②外的要因がなければザリガニ・ロブスターは長生きしそうではあるが、「老化」現象に類するものは見られる。脱皮=不老ではないのではないか。

 

もし本当にザリガニやらロブスターの寿命を調べたければ、水槽で個体で飼い、脱皮に失敗しないように眼を光らせながらやれば、うまくいくかもしれません。今回はここまで調べるのにかなり苦労をしましたが、なかなかすっきりと答えが出るものでもありません。本当に知りたいことは書物の中にあるのではなく、やはり目の前の現象を追っていくしかないんですね。こうやって科学が発展していくわけです。たぶん。

*1:『ザリガニはなぜハサミをふるうのか』山口恒夫(中公新書)P6

この分類はボウマンとアベル(T.E.Bowman & L.G.Abele,1982)によるもので、研究者によっても分類の仕方は大きく変わるんだとか

*2:International Association of Astacology :: IAA Home Page

*3:『ザリガニーニホン・アメリカ・ウチダ』(岩波書店)P92

*4:『ザリガニの博物誌』川井唯史(東海大学出版会)P105

*5:ちなみに川井は、ザリガニの平均寿命を10年程度としています。

前掲書P107

*6:『学校飼育動物の診療ハンドブック』

http://nichiju.lin.gr.jp/small/handbook/0.pdf(PDF重いので注意) 

P167-168 

*7:『ザリガニを主材とした甲殻類の実験ー33章』大澤一爽(共立出版)P58

個人的にはこの本、すごいおもしろいです。ザリガニを材料に、神経系の反応や電気的シナプスの反応などを実験する過程をいくつも紹介していて、「なーるほど」という内容がたくさんです。

*8:『ザリガニはなぜハサミをふるうのか』P83

*9:『ザリガニはなぜハサミをふるうのか』P81

*10:彼らは周期的に外骨格を脱ぎ捨てて脱皮する。その際、メスの生殖器や胃などの内臓が新しくなるだけでなく、失われた付属肢も再生される。

タランチュラ | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

*11:広島市 - インターネット講座「セミ博士になろう!!」〈監修:広島市森林公園こんちゅう館〉

*12:『脱皮コレクション』(日本文芸社)P92

*13:たとえば外殻にマーキングをしても、結局脱皮をしてしまうので、追跡が難しいんですね。

直接測定の研究も出てきているようですが。

http://www.nrcresearchpress.com/doi/abs/10.1139/cjfas-2012-0254#.VJfH2D_ts

*14:『ザリガニ ニホン・アメリカ・ウチダ』P68

*15:『形質発現、発生学実験、科学と実験13』柿沼清P180-183

*16:概要しか読めないんですが。

Longevity of lobsters is linked to ubiquitous telomerase expression - Klapper - 1998 - FEBS Letters - Wiley Online Library

ちなみに「不老(negligible senescence)」の種の研究があるそうで、そこにロブスターは入っていません。

Species with Negligible Senescence

ただし、次の研究には「probably」として、ロブスターを含んでいます。

Emerging Area of Aging Research: Long-Lived Animals with “Negligible Senescence” - GUERIN - 2004 - Annals of the New York Academy of Sciences - Wiley Online Library

本文を読めないので、孫引きの未確認ですが。

*17:Don’t Listen to the Buzz: Lobsters Aren’t Actually Immortal | Science | Smithsonian