ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

東大の女子学生への家賃補助は差別なのか、誰がために金をやる

東大とはあまり縁のないワタクシですが、こんなニュースが話題になっています。

www.asahi.com

来春から入学する予定の女子学生に対し、「月3万円の家賃補助」をするということで、これが「女性だけの優遇ではないか」「男女参画といいながら一方向だけの差別ではないか」のような批判がおこっています。

 

特に東大に義理も恩義もないのですが、うーん、きっとそうする某かの事情があるんだろうなあと推察しましたので、ちょっと調べてみました。

 

 

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部屋は東大が指定する

朝日新聞の記事をよく読むと、単純な「家賃補助」ではないことがわかります。該当箇所を抜き出しましょう。

 

対象は、2017年4月の入学者で、自宅から駒場キャンパス(東京都目黒区)までの通学時間が90分以上の女子学生。主に1、2年生が過ごす駒場キャンパスの周辺に、保護者も宿泊でき、安全性や耐震性が高いマンションなどを約100室用意。家賃を月額3万円、最長で2年間支給する。

 

 

要は、東大が指定したマンションへの入居に関して家賃を補助するというわけです。東大は平成22年までは白金に女子寮があったのですが、老朽化に伴い閉鎖をしています*1。女子学生増加のために、新しく女子寮を建てて破格の家賃で運営していくよりかは、既存の部屋を選定して提供したほうが管理も費用も手軽で安く済む、というところなんではないでしょうか。

 

 

東大は本当に女子が少ない

実はこういう取り組みは東大が初めてではなく、なぜか大阪商業大学も既に行っています。

ouc.daishodai.ac.jp

 

また、家賃補助制度自体は、いくつかの大学で採用されています。

www.oiu.ac.jp

www.musabi.ac.jp

www.gakuji.keio.ac.jp

 

奨学金ではなく、「家賃補助」という形で行うということは、要は県外などから幅広く学生を募集し、定員増を狙うという意図があるでしょう。しかし、どうもこの制度はデメリットの方が多いのか、上に挙げたムサビはH28年度から廃止しましたし*2、ケイオーも家賃補助のPDFはリンク切れを起こしていて、あるんだかないんだかよくわかんない感じです。いわゆる定員割れを起こすような大学が、受験生の増加を見込んで行っているというのが、ざっと見渡した感じであります。

 

なので、その中で天下の東大がこのような制度を実施するということは、よっぽど女子学生の少なさに悩んでいることになります。そして事実、東大の女子在学生の割合はかなり少ないです。

 

president.jp

 

2013年のデータですが、東大の女子学生の比率は18.5%。大学生全体の女子の割合の42.4%と比べると、なんたる低さですね*3

 

東大は2002年から「東京大学男女共同参画室」を設置し、このバランスを是正しようと努力しています。

 

東大男女共同参画の歩み | 東京大学男女共同参画室

 

 

2003年に発行された「東京大学男女共同参画基本計画」によれば*4、2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%にするという政府方針に沿う形で、各学部の努力数値が書いてありますが、うーん、さっぱり増えていないという感じですね。2011年には、2010年に出された「東京大学の行動シナリオ -FOREST2015」に書かれた「2020年までに学生の女性比率30%」を目指すために「女子の進学促進、女子学生比率向上への提言」を行っています*5

 

(1)東京以外の高校生へのはたらきかけ

(2)安心・安全な学生生活の担保

(3)魅力あるキャリア、身近なロール・モデルの提示

(4)文理選択前の中高生へのはたらきかけ

 

が「最重要課題」のようなのですが、今回の家賃補助の件は、上記(1)(2)を具体化したもの、ということになるんでしょうか。そういった形で「家賃補助」という策をとったのであれば、東大もいろんなところかプレッシャーを受けて、もうなりふり構ってられない、ということなんでしょうかねえ。

 

「家賃補助」はいつ決められたのか

とは書いたものの、少々、今回の件については疑問に思うことがいくつかあります。

例えば、今年の1月に提出された「東京大学男女共同参画推進計画 」*6では、「地域格差の是正に資するための取り組み」として、<地方出身者への奨学金の創設や学寮の充実>は挙がっていますが、「女性志望者を増やすための取り組み 」の中身は、<女子中高生のための入試説明会>や<パンフレットの作成>など、おいおいそれじゃあいままでと一緒だろという感じの内容で、「家賃補助」に関連した具体的な計画はあがっていません。

 

実は、今回の報道、よーく読むと、各社少しずつこの「家賃補助」の理由に対するニュアンスが違います。記事執筆時点(11月14日23:30)では、朝日・毎日・サンスポの3社だけが取り上げています。

 

朝日は、

 

地方の入試説明会などで、女子の安全な住まいについて心配する保護者が多かったため、こうした支援に乗り出した

 

と、「安全」に配慮した結果という風に読みとれます。

 

サンスポは、

 

地方での入試説明会で、女子の受験生の保護者から東京での暮らしの安全性を懸念する声が上がっていた。担当者は「女性を支援する姿勢を示すことで、女子高校生らにアピールしたい」と話している。*7

 

と、朝日とほぼ同様の書き方です。

 

ところが、毎日は、南風原(「はえばら」と読みます。すげー名前ですね)朝和副学長の「家賃補助で女性の東大受験者が増えるようにしたい」の発言を載せ、「安全」云々の保護者の声のことは載せていません。毎日は、この記事が議論になることを予測したのか、「男女共同参画問題に詳しい中央大の広岡守穂教授」のコメント

「入試で女性の受験者に加点するなら男女平等に反するが、家賃補助は女子学生を積極的に受け入れたいという姿勢の表れ。関心をもって効果を見ていきたい」*8

を載せており、なかなかかゆいところに手が届く記事ですね。

 

何が言いたいかというと、朝日やサンスポが書くような、地方説明会のでの「安全」云々の懸念の声と、「家賃補助」は結びつかないのではないか、ということです。これが、「経済的懸念」とか「奨学金の充実」とかいう声が上がっているなら、「家賃補助」の話が出るのはわかりますが、そういう感じではないですよね。

 

あくまで「安全」に結びつくのは、「耐震性」や「セキュリティ」を重視したマンションを大学が選ぶということであり、どうも「家賃補助」の話はとってつけた感があります。

 

実は、東大側がこのようなマンションを選定するという話は、今回の報道よりも前に、既に大学のHPに記載されています。

 

女子学生向けの住まい支援 | 東京大学

 

上記のリンクはGoogleのキャッシュで、10月14日に取得されたものです。現在(11月14日)見られるもの*9と全く一緒で、こう記載があります。

 

 本学教養学部前期課程に入学する自宅からの通学が困難な女子学生のために、平成29年4月から、キャンパスに近く、セキュリティ・耐震性が高く、保護者が宿泊可能な安心安全なマンション等の住まいを100室程度用意します。
 詳細は、本学ホームページ等で平成29年1月中旬頃にご案内する予定です。

 

つまり、今回の報道の少なくとも1ヶ月前から、既に「セキュリティ・耐震性が高く、保護者が宿泊可能な安心安全なマンション」を東大側が用意することは発表されていたわけです。しかし、「家賃補助」の話はどこにも書いてありません。

 

ここからは妄想になりますが、そもそも初めは「家賃補助」の話など出てこなかったのではないでしょうか。恐らく、説明会で出た「安全」に関する保護者の懸念から「セキュリティ・耐震性」を重視したマンションを大学側が用意するということは以前より決まっていたんでしょう。そして、当初はそれだけの予定だった。

 

しかし、一向に増えない女性受験者、迫り来る2020年の期限、そういった事柄が、トップダウン的にもっと強い改革を促し、ぎりぎりになって、今回の思い切った施策が決められた、ということではないでしょうか。南風原さんは、結構改革派の方ですし*10

 

今日のまとめ

①今回の「家賃補助」は、東大側が指定したマンションに適用されるものであり、既に閉鎖した女子寮の代わり、という考え方もできる。

②東大の女性の学部在籍の割合は低く、2002年より「東京大学男女共同参画室」を設置しており、今回の件はその施策のひとつと考えられる。

③ただ、1ヶ月前より「安心安全」なマンションの用意をすることを東大は発表しており(以下仮説)、なかなか上がらない女子学生の割合を増やす策として、「家賃補助」は急遽決まったのではないか。

 

③に関しては、急に出た話ではなくとも、少なくとも相当もめた話ではなかろうかと推察されます。日本の女性の社会進出に関しては、散々世界から文句を言われている部分ではありますので*11、東大に女子学生が少ないという問題は、もはや大学の中だけではなく、国全体にかかる課題として、いろんな方面からいろんな「アドバイス」があるのでしょう。しかし、「経済的要因から東大への進学を諦める女子学生が多い」というデータがあるわけでもなさそうですから、あまり効果のない方法だと思うのですけれど*12

 

中央大学の先生は(記事どおりであれば)、今回の件を東大側の「姿勢の表れ」としているわけですが、うーん、ちょっと微妙ですよねえ。LGBTの運動が高まる中、そういう「性差」の区別はより慎重になるべきだと個人的には思います。しかし、東大側も、賛否が起こることは予想していたでしょう。もしかすると、狙いとしては、そうやってニュースになることで、いまの自分たちの現状を訴えたい、という思いもあったのかもしれません*13。それが正しいかどうかはおいといて。

 

*1:ハウジングオフィス|住居情報 |白金学寮

*2:住居サポート(寮・アパートの紹介) | 武蔵野美術大学

*3:ちなみに平成28年5月1日現在の資料によれば18.8%と横ばい。

http://www.u-tokyo.ac.jp/content/400044529.pdf#page=4

うーん、全く変化無しです。そりゃあせります

*4:http://kyodo-sankaku.u-tokyo.ac.jp/about/history/documents/BasicPlanJP.pdf

*5:女子の進学促進 | 東京大学男女共同参画室

*6:http://kyodo-sankaku.u-tokyo.ac.jp/about/history/documents/danjyosuisinnkeikaku_ketteiban160128.pdf

*7:東大が女子学生を支援へ 住居確保、家賃3万円補助 - 芸能社会 - SANSPO.COM(サンスポ)

*8:東大:女子学生対象 家賃補助月額3万円 来春の入学生に - 毎日新聞

*9:女子学生向けの住まい支援 | 東京大学

*10:東大が入試を通じて日本の高校生全員に伝えたい思いとは 「スーパー高校生は求めず」「記述式は受験生との対話」 | 大学入試・奨学金情報 | 高校生新聞オンラインに書いてある「推薦入試」の件とか、あんまり保守的な印象は受けません

*11:世界の男女格差ランキング111位。「女性が輝かない」日本の評価ポイントを読み解く。 - BIGLOBEニュース

*12:ちなみに、男女差が明示されていない統計や研究はあります。東大だけではなく、大学進学の話としてですが。

https://www.pref.shizuoka.jp/bunka/bk-130/documents/01siryou-09.pdf

http://www.he.u-tokyo.ac.jp/wp-content/uploads/2014/04/cb20a722954d0da1d6e7eb17a5824528.pdf

*13:アタリマエですが、東大側の今回の会見は、「家賃補助」の話をしただけではなく、色々な会見内容があった中で、各メディアがニュース性の高いものを取り上げたということになっています。他に出た話題は、

推薦入試の伸び悩みの話

東大推薦入試 2年目も出願伸びず173人 「問い合わせ激減、周知が進んだ」 | 大学入試・奨学金情報 | 高校生新聞オンライン

合格掲示が復活する話

東大の合格掲示、来春復活 推薦入試出願者は横ばい - 産経ニュース

など。まあ、食いつくのは家賃補助の話でしょうね。