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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

ワタクシのこうの史代のオススメは『長い道』なんです

本の紹介

最近、映画の『この世界の片隅に』の評判が上々で、個人的には嬉しい限りです。

 

news.livedoor.com

 

私は、こうの史代は、『夕凪の街 桜の国』からのライトなファンではあるのですが、それ以来、全ての連載と単行本に目を通していて、こういうまっとうな形で評判があがるのはとてもうれしいことです(夕凪の街の映画版には触れない)。

 

映画は、あまりの上映館の少なさに見にいけていないのですが、そんなライトなファンの私が「ベストオブこうの」に選ぶのが、『長い道』なんです。

 

長い道 (アクションコミックス)

長い道 (アクションコミックス)

 

 

アソシエイトをおふみになりたくない方は別に調べていただければケッコウなんですが、いやあ、この超短編集、私はすごい好きなんです。

 

(以下、内容に触れます。ネタバレなんてものはないと思うのですが、まっさらな状態で読みたい方はお気をつけ下さい)

 

 

浮気性で甲斐性無しの「荘介どの」と、能天気な「道」との、

 

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夫婦の日常を3ページほどの短い物語でつむいだ超短編集です。基本的に話同士のつながりはありませんが、読者は読み進めていくうちに、この奇妙な夫婦生活は親同士が勝手に決めたコミカルなものだと知り(「ハゲるぞ!!」「なごり雪」)、そして、天真爛漫に見える「道」の切ない過去を知り(「で誰?」「姉上」「道草」など)、ダメ男の「荘介どの」の温かさ(「夢枕」「ほうきと荘介」「蓋の上」など)に気が付いていきます。そして、最後の「いつか来た道」を読むことで、この短編集が、ある一組の夫婦が夫婦として成立していく過程の物語だということに思い当たるのです。

 

七夕の日に、道は荘介に言います。

 

もし荘介どのの願いがかなって/本当に大切だと思う人に出逢った時/おかえりと言うのはわたしではなくなるのかもね

でもそういう事ならいいのです/シアワセになったかなあと心配しなくてすむもの/竹林どのの時みたいに(「貧乏神!」)

 

このエピソードは物語の初めのほうに語られるものであり、道は「竹林」という男性とあまりよくない(本人たちの意に沿わない)別れ方をしたことがうかがえます。

 

その後、道は、その竹林が結婚をすることを本人から聞き、「素敵になったわね/きっとその人に出逢ったせいなのですよね」と告げ、彼が去った後にこう呟きます。

 

わたしもシアワセになっていいのですよね?(「道草」)

 

私は、全編で初めて(そして最後に)、道が荘介への愛情を表明した印象深い場面だと思います。

 

対する荘介も、「本当に大切だと思う人」に出会い、道に「今度はほんとにしばらく戻らないと思う」と部屋を出て行きます。しかし、偶然、ほうきを持ち空を眺めてたたずむ道の姿を見て、その「大切だと思う人」に別れを告げ、道のもとに戻ります(「ほうきと荘介」)。この場面はセリフ無しで語られ、マンガ的なオチはつくのですが、私の好きな場面のひとつです。この話は、次の「秋の空」に引き継がれ、「・・・今さらイヤだって言っても/おれもう別れてやんないかもよ」という荘介のセリフにつながります(これもマンガ的なオチがつきますが)。

 

こうして、寄り道をしながら、二人の関係は静かに醸成されていき、最後の「いつか来た道」の荘介の何気ない一言から、「長い道」とは、この二人が夫婦になるまでの、その道のことなんだあと、しみじみした読後感を誘うのです。

 

 

 

あとがきによれば、こうのにとって『長い道』は「初めての非四こま誌」の仕事だそうで、「華やかな大作の谷間」で「好き勝手に」描いたものだと述べています。このあとがきに書かれている、こうの自身がこの作品を評した、

 

貴方の心の、現実の華やかな思い出の谷間に、偽物のおかしな恋が小さく居座りますように。

 

というコメントは秀逸ですね。そう、これは恋の話なんですよね。

 

2001年より連載された作品ですが、単行本にあたって、こうのは「いまここまで読んで下さった貴方は、たぶんわたしがまんがを描き始めて以来、ずっと待ち続けていた読者さんです」と書いており、この物語に強い思い入れがあることもわかります。

 

「道」のキャラクターは、『街角花だより』の店長の系譜を継ぐものであり、そして『さんさん録 』の礼花さんやあるいは『この世界の片隅に 』のすずへと続いていくものであり、作者自身に重なる部分も多いのではないかと思われるのですが、しかし「道」が時折示す冷たい表情(「けんか傘」)や、彼女の鋭くそして優しい言葉は、ややアンビバレントで、それが「道」という女性の独立した魅力につながっているなあと思うのです。

 

というわけで、『この世界の片隅に』に感動したあなたは、ぜひ『長い道』も読んで、また違ったこうの史代の世界に触れていただけると幸いです。