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ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

日本の科学力を下げたのは誰なのか、悪代官を疑え

nature[Japan] March 23, 2017 Vol. 543 No. 7646 (単号)

 

ネイチャーの、「日本の科学力がだだ下がり」という記事がいろいろと話題になっています。今日はそんななかで、ずいぶんリツイートを集めているツイートが気になりました。

 

 

ありそうな話です。ありそうな話なんですが、果たしてこの手の言説はどこまで正しいのか?ということを、今日は小姑のように細かい部分にこだわって検証します。

 

 

***

 

 Nature Indexという指標

まずは今回の話がでた「Nature Index」の話。

 

「Nature Index」は、世界トップクラスの研究成果を国・機関別にプロファイリングするデータベースとのことで、今回のような統計的なアプローチはもちろん、研究の概要や結果をデータベース化しているところです。

 

今回の「Nature Index 2017」は、以下のサイトから確認できます。

 

www.natureindex.com

 

英語がお嫌いな方は、以下の記事が読みやすい。

www.natureasia.com

 

この「Nature Index Japan」、2017年が初めてではなく、去年も出ています。

 

Nature Index 2016 Japan : Nature : Nature Research

 

ただしこのときは、「Technology and Innovation conceded its world standing in science and technology was falling.」と、日本の科学技術が停滞していることを紹介しつつも、それはどの国同じであり、全体的には高品質の科学論文を作成できるわけ、というのを、政府主導の共同研究などに理由を求めています。

 

www.natureasia.com

 

1年でちょっとネイチャーは考えが変わったんでしょうかね。

 

研究費を削減しているのは文科省か

まあそれはともかく、twitterにもどりましょう。

 

まず気になるのが、

 

文科省「研究費は削減しま〜す!」

 

のくだりです。

 

研究費というのがどれを指すのかが不明瞭ですが、仮に、日本学術振興会が行う「科学研究費助成事業」、通称「科研費」のことであるならば*1、全体的に見ればその研究費は増加傾向、もしくは横ばいです。

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出典:日本学術振興会「予算額の推移 」

https://www.jsps.go.jp/j-grantsinaid/27_kdata/data/1-1/1-(1).pdf

 

 

まあ、恐らくは、以下のような記事における、「運営交付金」の削減を言いたいのでしょう。

 

newswitch.jp

 

「運営交付金」は、2004年の国立大学の法人化の際に、各校の収入不足を補うために、国が出している補助金のことで、これは「骨太の方針2006」(なつい!)で、平成22年度まで毎年1%ずつ削減*2、それ以降は「大学改革促進係数」でもって削減が図られるという、削減の削減を続けていくというもので、かなり批判のおおい政策です。おかげでずっと減少傾向です*3

 

f:id:ibenzo:20170327232757p:plain

出典:資料4「基礎研究力の強化について」

http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kihon5/3kai/siryo4-4.pdf

 

この運営交付金の削減により、大学内のお金が足らなくなって、個人研究費が減らされているという記事が、先に挙げたものです。なので、正確に言うと、「文科省」が「研究費削減しま~す」と言っているわけでなく、削減しているのは大学側です。

 

いやいや、そうはいっても間接的にせよ削減は削減だ、といえるかもしれませんが、それでも、削減を推進しているのは「文科省」というより、「財務省」な感じがします。

 

univ-journal.jp

 

財政審で、文科省が運営交付金の削減に反論するという記事です。この姿勢がどれほど昔からあるかわかりませんが、自分のところの予算を削減したい、という気持ちにはなかなかなれないんじゃないんでしょうか。

 

そもそも、運営交付金と科学力の失速を関連付けてもいいか、という意見もあります。

 

bio.nikkeibp.co.jp

 

上記記事は、名目GDPがずっと「横ばい」を続け、「予算の組み替えでしか公的資金の原資を捻出で」きないということから、「「だから運営費交付金など研究機関に投入する公的資金を増やせ」と単純に論を張ることに対しては反対」の立場です。大学側も、民間や外部と連携をとっていくなど、時代の潮流にあわせた施策が必要ということでしょう。

 

 

優秀な学生は何を目指すのか

次の、

 

優秀な学生「研究者目指しても将来無いから外資コンサル行くわ」

 

も、気になります。優秀な学生は研究者を選ばず、外資コンサルにいくのか?

 

「優秀な学生」が何を指すのかわかりませんが、Nature Indexにおいても優秀な成績をおさめている東大生だと、ここでは仮定してみましょう。

 

すると、「東大生は研究者を選ばずに外資コンサルに就職する」という仮説が成り立つわけですが、それを調べるためには、東大が出している、東大生の卒業・修了後の進路内訳から考えればいいわけです。

 

調査方法としては以下の通りです。

 

①進路の数については、以下の東大が出している資料を参考にした。

学部卒業者の卒業後の状況 | 東京大学

②「研究者」については、大学・大学院とも、卒業・修了後に「進学」を希望している学生とした*4

③「外資コンサル」は、総務省の産業区分では「サービス業」に属するため、それに準じた*5

 

なので、「東大生は研究者を選ばずに外資コンサルに就職する」という仮説が成り立つためには、ここ10年の東大生の卒業後の状況で、進学の割合が減り、サービス業が増えていればいいわけです。

 

ということで、調べてみたのが以下のグラフ。

 

f:id:ibenzo:20170328224856p:plain

*6

うーん、学部卒業生は、「サービス業」に就職する人は18年度をピークにガクッと落ちてほぼ横ばいです。進学者の数も、横ばいか、せいぜい微減と言ったところでしょう。というか、東大ともなると、進学者の割合が圧倒的に多いんですね。

 

大学院の修了者はどうでしょうか。

 

f:id:ibenzo:20170328225900p:plain

*7

 

こちらも、「サービス業」は、平成20年度がピークになっていて、最近ちょっと持ち直してきた、というところです。「進学者」の割合もほぼ横ばいです。

 

 

 

というわけで、「東大生は研究者を選ばずに外資コンサルに就職する」という仮説はどうも怪しくなってきました*8

 

 

 

いやいや、それは東大生のハナシでしょう、という向きもあるかもしれませんが、日本全体で見たとしても、むしろ「研究者」の割合は増加傾向にあります。

 

たとえば、経済産業省が検証した「日本の研究者総数の推移」では、長期トレンドとしては増加傾向である、と結論付けています。

 

f:id:ibenzo:20170328231014p:plain

出典:http://www.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu_kakushin/tech_research/aohon/a16dai2syou.pdf

 

「研究者」というと、我々はつい、大学とかで研究している人たちを思い浮かべてしまいますが、企業や公的機関で働く人たちも「研究者」になります。

f:id:ibenzo:20170328231450p:plain

出典:平成18年版 科学技術白書 第2部 第2章 第1節−文部科学省

 

そして、日本で一番多い「研究者」は、企業で研究する人たちです。

 

f:id:ibenzo:20170328231702p:plain

出典:http://www.meti.go.jp/policy/economy/gijutsu_kakushin/tech_research/aohon/a16dai2syou.pdf

 

つまり、日本全体でみても、ここ10年、「研究者」自体の数は減ってはいないようです*9

 

AO入試は学力低下を招いているか

さて、最後に気になるのがこれ。

 

文科省「学力テストやめてAO入試メインにしま〜す!」

中高生「勉強やめてボランティアするわ」

 

これでもってツイート主は「科学力がさがってる」という話につなげているのですが、果たしてAO入試は「科学力」を下げているのでしょうか。

 

AO入試は、1989年度*10に慶応義塾が始めたのが最初のようですが、活発になってきたのは2000年前後でしょうか。2000年はいわゆる「AO元年」なんて呼ばれる年で、前年の十数校から七十数校に飛躍的に増えた年です。

 

1998年にAO入試を導入した同志社大学は、2000年の時点で、「初年度の入学者がまだ二年生なので総合的な評価はできない」としながらも、「学生の求めるものと大学が求めるものとの適切なマッチングが必要」という点で適切であると評価しています*11

 

東北大学におけるAO入試の選抜は、その特異性もあってか、「AO入試による入学者は優秀」*12とのイメージが学内にはあるんだとか。また、入学後の追跡調査でも、成績は「全学教育においても、専門教育においても、AO入試で入学した学生は単位も多く取得し、成績も良好な第1象限に分類される率が著しく高い」*13とまとめています。

 

早稲田大学は、AO入試に肯定的で、入試の割合を6割に増やすなんて話もありましたね。

www.j-cast.com

早稲田としては、「GPA(注:Grade Point Average 成績評価値ですね)が最も高い入試区分が「AO入試である」」ということから、拡大をする狙いがあるんだとか*14

 

文科省も中央教育審議会において、入学後の成績が一般組より優れている傾向があることを指摘しています。

 

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出典:「AO入試等の実施状況について」

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo12/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2013/01/09/1329266_1.pdf

 

無論、私は「だからAO入試が正しい」と言いたい訳ではなく、一概に「AO入試は学力低下を招く」とはいえないのではないか、という感覚を持つべきだと考えているわけです*15。結局これらは、「一芸入試」的なイメージで語られる部分が多すぎるのではないかと思います*16*17

 

中高生のボランティアは増えているか

あと、これはついでですが、勉強をやめてボランティアをする中高生は増えてるんでしょうか。

 

総務省が5年ごとに行っている「社会生活基本調査」の中に「ボランティア活動」を聞く項目があってですなあ、平成23年度の調査では、行動者率は5年前より0.1ポイント上昇しているものの、20歳未満では漸減しています。

 

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28年度の結果が知りたいところですが、そんなに大きくは変わらんのではないでしょうか。

 

今日のまとめ

①「研究費」を「科研費」ととらえるならば、削減ではなく増加傾向にある。

②「研究費」を「運営交付金」削減による「個人研究費」の削減を指すのであれば、実施者は大学側であり、文科省は間接的な立場である。また、大学側が努力すべきだという論調もある。

③東京大学における卒業者の進路先で、「研究者」が減っていることを示すものはない。また、「外資コンサル」が入るであろう「サービス業」はむしろ減少傾向にある。

④日本全体における「研究者」の数は長期トレンドでは増加傾向にある。

⑤AO入試と学力低下を関連付ける研究もあるが、逆に入学後の成績向上を関連づける研究も存在する。

⑥中高生のボランティア活動は漸減しており増加はしていない。

 

前回の道徳の話に引き続き、一応誤解のないように付け加えると、だから文科省は悪くないという擁護の立場をとるものではない、ということはご理解ください。

 

私が今回、わざわざこのツイートを取り上げて、小姑のように細かい字義をあげつらったのは、こうやって「イメージ」で語ってしまうことこそ、「科学力」の低下ということではないか、というのを伝えたいからです。

 

何も「科学」は、ラボで実験するだけではないと思います。私は、「科学」的な態度というものは、思いこみやイメージを「疑う」ことにこそあると思います。事象をできるだけ客観的な事実でもって整理し真実に近づけようとする態度にこそ、私は「科学」の醍醐味があるのだと思います。全国民が科学者になるわけにはいかないのだからこそ、こういう科学的態度の育成こそが大事なんじゃないんでしょうか。

 

今回、このツイートがこれだけの反響を得るのは、要するにこの語られる言葉が、みんなが「なんとなくそう思ってる」ことだからです。しかしそこに価値はあるのか。このツイートを読んで、ただちに「文科省が悪い」と思った人は、逆説的ですが、既に「文科省が悪い」と思っていた人です。自分の「なんとなく」が他人の言葉によって補強されただけです。そこには反省も疑義もありません。そこに価値はあるのでしょうか。

 

もう一度言いますが、文科省の政策が正しいとも適しているとも私は思いません。しかし、「文科省」もしくは「政府」という悪役を見つけて、その責任だけにする態度では、物事は発展しないのではないかと思うのです*18。「科学力の低下」といわれて、「ああ自分のことだ」と思った人がどれだけいるでしょうか。現代において(あるいはいつの世も)桃太郎侍などの時代劇に出てくるような悪代官はいないのですから、粛々と色々なことをちょっぴり疑いながら科学的な態度を育てていく方が、よろしいんじゃないかと思うのですけれど。

 

 

 

 

*1:科研費データ | 科学研究費助成事業|日本学術振興会

*2:諮問会議とりまとめ資料等 平成18年 経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006:内閣府 経済財政諮問会議

*3:配分の仕方は以下の記事がわかりやすかったです。

結局、国立大学の運営費交付金はどう配分されているのか。 - 大学職員の書き散らかしBLOG

*4:後述しているように、「研究者」はこの日本においては企業での研究が多くなるのですが、ここでは「学生がどうするか」という仮説なので、研究を続けいこうという意思があるだろうと仮定し、「進学」した学生としました

*5:コンサルティング業は、産業分類ではどこに属しますか。また、一… - 人力検索はてな

*6:

学部卒業生の進路内訳はこちら。

f:id:ibenzo:20170328225753p:plain

*7:

大学院修了者の進路割合の詳細はこちら。

f:id:ibenzo:20170328230131p:plain

平成20年度より前は、内訳の算出方法が違うため、省略しました。

*8:ただ、一応こういう記事もあります。

www.onecareer.jp

ここでは確かに、外資系コンサルが上位を占めています。まあ、希望しても就職できるかは別ですから、そこまで細かく考えちゃうと、この論は成り立たなくなってしまうんですけど、ゆるしてください

*9:ただ、大学の教員という観点でみると、若手研究者の数は減少し、なかなか就職も思うようにならない、という現実もあるようです。

国立大学で若手研究者が減少、「40代でも先見えないのが普通」の声 | THE PAGE(ザ・ページ)

「博士号取得者の数は、世界的に見て日本は少ない方だが、民間への就職希望者が少なく、また就職活動も、新卒一括採用の弊害でなかなかうまくいかない背景がある。一方で高度人材を民間でも活用したいという国の思いは強い。大学や公的研究機関の研究職だけではなく、民間への就職が円滑に叶うような流れを作る必要がある」

https://thepage.jp/detail/20161026-00000010-wordleaf?page=2

研究者全体の数は増加傾向にあるが、年齢別に見ると不均衡である、ということでしょうか?ここら辺はちょっと疲れたのでだれか調べてみてください。

*10:1990年とする資料も多いんですが、後述する尾室の論文は1989年度なのでそれに倣いました

*11:『大学時報』2000年3月号「AO入試の特徴と課題ー同志社大学の例を中心として」 P58

*12:『大学入試研究ジャーナル』2011年3月「追跡調査に基づく東北大学AO入試の評価」P40

*13:前掲 P45

*14:

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/033/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2015/04/30/1357512_08.pdf

*15:ちなみにAO入試と学力低下を関係付けるような研究は以下の通り。

・片瀬一男『AO入試に関する試論(1)―教養学部におけるAO入試入学者の成績の推移を事例に―』

http://www.tohoku-gakuin.ac.jp/facilities/institute/education/pdf/pub08_03.pdf

・西丸 良一「入学者選抜方法による大学の学業成績—同志社大学社会学部を事例に—」
『同志社大学教育開発センター年報』

https://doors.doshisha.ac.jp/duar/repository/ir/14856/045000010003.pdf

など

*16:「AO入試」がどのように社会的に語られてきたかは以下の論文が面白かったです。

・尾室 拓史『AO 入試に対する社会的評価の変遷ー新聞紙上における語られ方の分析』

http://gakkai.sfc.keio.ac.jp/journal_pdf/SFCJ12-2-08.pdf 

学力低下論の頃とAO入試全盛期の時期がかぶってしまった不運もありそうですね。

*17:あと、らくからちゃさんもAO入試だったんですね、と思いました。

www.yutorism.jp

学力試験による選抜を否定する気は全くないのですが、こういた制度が用意されていることによって、学ぶことの意味やその目的について考えるきっかけにはなるんじゃないのかなあと思う

というのは全く同感です

*18:その点、ツイート主の方は、このツイートに続けて、「「学力なんていらない!」という馬鹿思想を作った/利用した全国民だと思ってる」と発言もしているので、そういう一面的な考えの方ではないとは思うのですが。