ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

宿題は悪影響という研究はあるか、桜桃の味

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世間では夏休みが終わり、新学期というお子さんも多いことでしょう。夏休みの宿題は終わりましたか? 今日はそんな宿題の話。

 

 

とある新聞の記事で、アメリカの研究者が、「小中学生の宿題」は「成績向上に効果」がないどころか、「悪影響を与える」という発表をした、という内容のものです。

 

こういう極論は、曲解されている場合が多いので、調べてみました*1

 

 

***

 

記事のソースについて

この新聞について、ツイート主さんは、「週刊事実報道」なるメディアであることを挙げています。

 

www.jhoudou.com

 

「大手マスコミが報道できない事実や…」というくだりに少々胡散臭さを感じますが、まあ今回はそっちは関係ないので追及はしません*2

 

こういうメディアが実際の論文を見てとかということは全く考えられないので、日本語の記事を探すと、GIGAZINEさんがひっかかります。2016年3月9日の記事です。

 

gigazine.net

 

「週刊事実報道」が、これをソースにしたと断言はしませんが、

 

・小学生への宿題は成績向上に関係がない

・200に及ぶ研究結果の分析

・効果が現れるのは、高校生になってからの2時間程度

・小学校の宿題は禁止に値する

 

などの文言が酷似しているので、元になっていると考えるのが妥当でしょう。

 

なお、GIGAZINEの記事は同年3月5日のSALON記事の翻訳であります。

 

www.salon.com

 

「小学校の宿題を禁止にしよう」というちょっと強めのタイトルです。

 

クーパーの研究について

Harris Cooperはデューク大学の脳神経学の教授のようです。教育関係の研究に主題があるみたいですね*3

dibs.duke.edu

 

「宿題に関する研究を行う第一人者」かまではわかりませんが、「宿題」に関する研究はいくつかあります。

 

初めは、1989年のもの。『Synthesis of research on homework(宿題研究の分析統合)*4』というもので、それまでの宿題に関する研究について、分析をしています。

 

 

研究のハイライトで、クーパーは、宿題について以下のように述べています。

 

宿題は目標に対してポジティブな効果を与えるが、学年の段階によって大きく影響は変わる。高校生にとっては、かなりポジティブな効果があるだろう。中学生も同様に影響があるだろうが、半分程度の効果である。小学生については、成績に関する宿題の効果は微々たるものだろう。

Homework has a positive effect on achivement, but the effect varies dramatically with grade level. For high school students, homework has substantial positive effects,. Junior high school students also benefit from homework, but only about half as much. For elementary school students, the effect of homework on achievement is negligible.

「Synthesis of research on homework」P88

https://pdfs.semanticscholar.org/479a/d93fad486fde6309637e7334fa91525024da.pdf

 

んん? クーパーは、学年段階によって宿題の効果は変わるとしていますが、「悪影響」とまでは言っていないようです。具体的な宿題の出し方として、クーパーは次のように述べています。

 

宿題は全ての学年に必要であるが、義務的なものと自発的なものを組み合わせたものが最もよい。

義務的な宿題の期間と頻度は以下のようにすべきだろう。

1.1学年~3学年ー週に1回~3回で、それぞれ15分以下

2.4学年~6学年ー週に2回~4回で、それぞれ15分から45分

3.7学年~9学年ー週に3回~5回で、それぞれ45分から75分

4.10学年~12学年ー週に4回~5回で、それぞれ75分から120分

 

Homework should be required at all grade levels, but a mixiture on mandatory and voluntary homework is most benefical.

The frequency and duration of mandatory assignments should be:

1. Grade 1 to 3 - one to three assignments a week, each lasting no more than 15 minutes 

2. Grade 4 to 6- two to four assignments a week, each lasting 15 to 45 minutes 

3. Grade 7 to 9 - three to five assignments a week, each lasting 45 to 75 minutes

4. Grade 10 to 12 - four to five assignments a week, each lasting 75 to 120 minutes

「Synthesis of research on homework」P90

 

ということで、宿題は出しすぎないで、限度を決めたほうがいい、という感じなんでしょう。

 

2006年の『Does Homework Improve Academic Achievement? A Synthesis of Research, 1987–2003』は、1987年から2003年の宿題に関する研究を分析統合した論文で、宿題の研究に関しては4つのパターンに分かれること、そのどれもに正確性の上で瑕疵があることを指摘しています。しかし、基本的には宿題と成績はポジティブな相関にあり、7~12学年の方が、宿題と成績について強い相関がある、なんてことが書いてあるそうです*5。「宿題は無意味だ」とは言っていません。

 

ただ、宿題が成績と相関があるというよりかは、「成績と宿題の相関は弱く、示唆的なものとみなすべきである*6 という考えのようです。

 

「10分ルール」の推奨

また、クーパーは、2010年12月12日のNYTに寄稿しています。

 

Homework's Diminishing Returns - NYTimes.com

 

クーパーは、宿題の今までの研究が学生自体が違うことを考慮しないことに疑問を呈しながらも、「子どもの年齢と学年に適している場合、宿題は効果的である*7」としており、「10分ルール(the 10 Minute Rule)」の例を挙げています。

 

「10分ルール」は、子どもの学年に×10をするものであり、1年生なら10分、2年生なら20分、宿題をしようというものです。これは「The National PTA」でも、

 

全米PTAと全国教育協会は宿題の許容量として10分ルールを認めています。

Both National PTA and the National Education Association endorse the 10-minute rule, which states that the maximum amount of homework

Hints to Help Reduce Homework Stress - Programs - National PTA

 

と書かれています。クーパーは、この「10分ルール」は「我々の分析と一致する(That recommendation is consistent with the conclusions reached by our research analysis)」としており、短時間の宿題が小学校において勉強の習慣を身につけることに役立つとしています。

 

2006年3月7日のデューク大学のページにも、クーパーの論文に対する説明が載っていますが、

 

today.duke.edu

 

「10分ルール」にも言及し、要するに宿題の出しすぎはよくないよということと、小学校よりも中学校以上の方が、宿題と成績について正の相関がある、ということを述べています。なので、クーパーの主張は一貫して「過度の宿題は不適切」というだけであり、決して「宿題は無意味だ」とは言っていないということです。

 

 

  

SALONは何をソースにしているか

 

では、そもそもSALONは何を根拠にしてこの記事を書いたのか。 

 

SALONは、記事の冒頭に「宿題の量によって小学生の成績が向上するという証拠はない(“There is no evidence that any amount of homework improves the academic performance of elementary students.”)」というクーパーの言葉を引用していますが、これは、元々は1989年の「Cooper, H. (1989a). Homework.White Plains, NY: Longman.」ではないかと推察されます*8

 

では、SALONが1989年の論文を引用したかというと、少し疑問が残ります。

 

実は「There is no evidence...」の引用は、孫引きが多いようで、2006年のCooperの論文からだとする記述もいくつか見受けられます*9

 

“There is no evidence that any amount of homework improves the academic performance of elementary students.”(Cooper, Robinson, & Patall 2006, as citied in Kohn, 2006, p.13)

Building Teachers: A Constructivist Approach to Introducing Education』P42

 

この2006年の論文は前掲した『Does Homework Improve Academic Achievement? A Synthesis of Research,1987–2003』ですが、当該論文に「There is no...」のくだりは出てきません。Kohnの論文は、恐らく以下のものかと思われますが、

 

" "There is no evidence that any amount of homework improves the academic performance of elementary students." That sentence, written by Harris Cooper, the nation's most prominent homework researcher, emerged from an exhaustive meta-analysis he conducted in the 1980s, and the conclusion was then confirmed by another review that he and his colleagues published in 2006.

『The Study of Homework and Other Examples』2006 P13

http://classtap.pbworks.com/f/Homework+May+Not+Be+A+Good+Thing.pdf

 

脚注では、1989のものもあげているので、『Building Teachers』の方の誤りでしょう。しかし、クーパーの研究は2006年のものが大きな注目を集めているようで、そちらを元にしてしまっている場合が多いようです。

 

また、注目したいのは、SALONはクーパーだけでなく、アリゾナ大学のEtta Kralovecの発言もあげていることです。

 

「この研究はとても明白だ」とアリゾナ大学の教育博士のEtta Kralovecは同意する。「小学校段階(の宿題)は何の利益もない」

“The research is very clear,” agrees Etta Kralovec, education professor at the University of Arizona. “There’s no benefit at the elementary school level.”

Homework is wrecking our kids: The research is clear, let’s ban elementary homework - Salon.com

 

Kralovecのこの発言は、SALONがインタビューをしたというわけではなさそうで、彼女の著書の『The End of Homework』に書かれているもののようです。著書そのものは紙媒体しかないので確認できませんでしたが、引用している書籍がありました。

 

 

It's OK to Go Up the Slide: Renegade Rules for Raising Confident and Creative Kids

It's OK to Go Up the Slide: Renegade Rules for Raising Confident and Creative Kids

 

 

上記の本にはこんな記述があります。

 

“The research is very clear,” agrees Etta Kralovec, an education professor at the University of Arizona, in her book The End of  Homework. “There’s no benefit at the elementary school level.”

It's OK to Go Up the Slide: Renegade Rules for Raising Confident and ... - Heather Shumaker - Google ブックス

 

太字にしたところは、今回のSALONと全く同じ箇所です。わざとかどうかわかりませんが「in her book The End of  Homework」の部分だけが削り取られ、あとの引用の仕方は全くおんなじですね。しかも、そのすぐあとの文章に、

 

Cooper himself, although he believes in homework even for first-graders, agrees with Kralovec, Kohn, and others: His own report states; "There is no evidence that any amount of homework improves tha academic perfomance of elementary students."

 

と、先ほどのクーパーの言葉の引用が書かれています*10。しかも、この本の出版は2016年3月8日。SALONの記事は同年3月5日と近い。おお、これはパクリなのか、と思ったら、なんのことはない、SALONの記事を書いたHEATHER SHUMAKERの本が『It's OK to Go Up the Slide』なんですね。なーんだ。ようするに自分の本の宣伝記事ですね。

 

注意することは、Shumakerは、クーパーが妥当と認めたり、全米の多くの学校で採用されている「ten-minute rule」にも批判的で*11、著書の中ではそもそも宿題は不必要だといっていて、その点がクーパーとは違うという事です。前述したように、クーパーは「過度の宿題は不適切」という考えであり、宿題自体が不要とは言っていません。むしろクーパーの主張は「学年と年齢に適合すれば宿題は効果がある」としているのであり、Shumakerの主張はクーパーとは相容れません。

 

SALONの記事のいやらしいところは、この「宿題」に関する考えが、果たしてクーパーの考え方なのか、Shumaker自身の考え方なのか未分なところにあり、あたかも「宿題は全く不必要である」という研究が存在するかのような印象を与えることです。

 

この記事が出た2日後に、実はデューク大学のページに、アテンションのような感じで記事が出ています。

 

「宿題の量によって小学生の成績が向上するという証拠はない」という当大学の宿題研究の主筆であるハリス・クーパーの言葉がありますが、これはあなたが宿題の論議のどちら側に立っていたとしても驚くべきものでしょう。しかし、あなたがこの事実を見たときわかることは、これは「宿題にはメリットがありが、それは年齢による」というものです。

“There is no evidence that any amount of homework improves the academic performance of elementary students.” This statement, by homework research guru Harris Cooper, of Duke University, is startling to hear, no matter which side of the homework debate you’re on. When you look at the facts, however, here’s what you find: Homework has benefits, but its benefits are age dependent.

https://childandfamilypolicy.duke.edu/2016/03/homeworks-benefits-are-age-dependent/

 

そのあとにSALONの記事のリンクが貼ってあります。大学側がどのような意図でこの注意書きのような記事を書いたかは不明ですが、SALONの記事は全世界で広まったようですので、それに対する注意喚起のように思えます。

 

 

フランスとロシアで宿題は禁止されているのか

ついでに、週刊事実報道で気になったのは、宿題が「ロシアやフランスでは法律で禁止」されているという箇所です。

 

2012年の3月に、フランスでは「宿題ボイコット」が行われ、オランド大統領(当時)も、「宿題の廃止」に関する提言をしたという記事があります。

 

president.jp

 

しかし、その後、この提言が法律になったという記事はないので、実際に宿題自体がなくなったようには思えません*12

 

今回のメインの話ではないので、詳しく調べていませんが、ロシアについては一応宿題は法律で禁止されているらしいですが、出しているという記述もあります。

 

また、宿題のことですが、どうもロシアでは「一年生に宿題をやらせるのは法律で禁止されている」らしいです。この法律のことを私たちに紹介した上でうちの担任が下記の言葉を付け加えました。

「宿題はちょっとはやっといた方が子供のためなので、私は宿題を出します。ただし、皆さんはこの宿題を「義務」ではなくあくまでも「推奨」として考えてください。学校は宿題を一切強制してませんからね。」

宿題は法律で禁止、教室のがたがた窓は親が補修……ロシアのぴかぴか小学1年生(タチアナ) : 中国・新興国・海外ニュース&コラム | KINBRICKS NOW(キンブリックス・ナウ)

 

ちなみに、フィンランドの宿題が少ないのについても、そのようだ、という記事はいくつかあります。

www.bbc.com

 

しかし、BBCは、宿題が成績にいい影響を与えている、という研究についても載せており、フィンランドでも議論がされている、ということのようです。

 

今日のまとめ

①クーパーの主張は一貫して、「年齢にあわせた宿題の出し方は成績向上と相関がある」であり、宿題自体に意味がない、としているわけではない。

②今回広がっている情報の大元はSALONの記事であるが、これはShumakerの『It's OK to Go Up the Slide』の内容を紹介したものであり、クーパーの主張とは違うことに留意が必要である。

③各国で宿題に関して禁止する法律があったりその動きがあったりするようだが、議論は様々あり、明確に廃止されているわけではない。

 

今回の記事はいわゆるチェリーピッキングというやつで、自分に都合のいい部分だけとりだして主張する、というものです。「真実」を語るメディアの多くは、甘いさくらんぼだけを見せる場合が多いので、 世の中すっぱいさくらんぼもあるんだということを知っておくのは、我々の宿題にしておいてもよいのかな、と思います。

*1:

と、たらたら書いていたら、いつのまにか元ツイートに返信が増えて、結構今回の記事内容とかぶってしまいました。しかし、ここまで書いていまさら掲載しないのもなんなので、まあ、まとめだとでも思っていただいて・・・

*2:

調べてみると、るいネットが母体のようで、「お、おう」という感じです。

*3:

Dr. Cooper is also interested in the application of social and developmental psychology to educational policy issues.

クーパー博士は教育施策問題の社会発達心理学的なアプローチにも関心をもっています。

 

自分で臨床的に研究を行うというより、研究成果のそれぞれの分析、統合についてが多い印象です

*4:

Synthesis of researchの論文的な訳語はちょっと難しいんですが、以下のページを参照して「分析統合」にしてみました。

"Research synthesis"に対応する日本語は? - korukoru

*5:

以上、Abstractから。

http://ueeval.ucr.edu/teaching_practices_inventory/CooperRobinsonPatall_2006.pdf

*6:Therefore, while there is evidence that the effect of subject matter on the homework–achievement relationship is small, it should be viewed as suggestive rather than conclusive.

*7:

research is consistent with the notion that homework can be a good thing if the dose is appropriate to the student’s age or developmental level.

Homework's Diminishing Returns - NYTimes.com

 

*8:

Rethinking Homework: Best Practices that Support Diverse Needs』の中で、出典を明記された上で引用されています。

“There is no evidence that any amount of homework improves the academic performance of elementary students.” (Cooper, 1989a, p.109).

ただし、元の論文自体はネット上では見つけられませんでした。

*9:

他にも、

This declaration was made after Cooper compiled comprehensive studies in both 1989 and 2006 regarding the relationship between homework and students’ academic achievement.

Is Homework Hurting Our Kids? | Reach Pro Tutoring

 など。

*10:

Shumakerは、クーパーの研究については2006年のものをあげており、「There is no evidence...」の出典については明記していません。なので、この本を全て読めたわけではありませんが、果たしてどの程度著者が、クーパーなどの研究について論文レベルを参照しているかは不明です。

*11:

Dump the ten-minute rule- there's no science there. Adopt the "no-minute rule"

前掲

*12:

とはいっても、フランスでは記述式の宿題は法で禁止されているようですが、守られているかは微妙らしいです

ちょっと面倒なので、Wikipediaソースですが。

Devoir à la maison — Wikipédia