ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

【検証中】北朝鮮の兵士の給料はいくらか、世界の終りと孫引きワンダーランド

大変ご無沙汰をしております。現実が忙しく、長らく更新が滞っておりました。加山雄三みたいな身分になりたい。

 

さて、先日テレビを見ていたら、池上彰さんが「いい質問ですねえ!」という番組をやってました。

 

www.tv-asahi.co.jp

 

色々な「数字」から、世界の今を知るという体裁の番組で、なるほどわかりやすいなとは思ったのですが、しかし、待機児童からテロの問題まで、あまりにも多方面にわたる話題だったため、果たしてその数字の根拠はどこまで正確なのか、というところに疑問を覚えました。

 

特に気になったのが、北朝鮮の話題です。以下のようなやりとりがありました。

 

 (テロップ:兵士の給料は1ヶ月いくら?)

ナレーター:軍隊にお金をかけていると思いきや兵士の給料はこんなに安い?

池上:平均的な4人家族の生活費はおよそ6500円といわれています。

 

(スタジオで予想)

 

ナレーター:およそ「9円」

f:id:ibenzo:20170924161939j:plain

 

ナレーター:韓国国防省によれば、軍幹部でも、およそ78円だという。

 

 

9円ってなんやねん、と思いながら、果たしてこの数字はどこまで正確なのか、というところを調べてみました。ハングルに自信がないので、一応【検証中】をつけておきます。訂正あればお知らせください。

 

 

***

 

国防統計年報に存在しない 

番組によれば、出典は、韓国国防省が出している「2014年国防統計年報」という資料だとか。ハングルでは「국방통계연보 2014」となりますでしょうか。

 

ところが、現在国防省からは、2016年版のものしかダウンロードできなさそうなので*1、他のサイトに掲載されていたものを引っ張ってきます。

 

5032.tistory.com

 

興味がある人はダウンロードしてもらえればいいですが*2、この報告書が当時画期的だったのが、軍人の給与について細かく掲載をしている点だとされています。

 

報告書は、当たり前ですが、韓国国内の国防関係についての統計がほとんどです。北朝鮮に関する統計的な報告は、

 

第1章 政策分野(제1장 정책분야)

1.北朝鮮と周辺国の軍事力の現状(1. 북한 및 주변국가 군사력 현황)

 

と、同じ第1章の

 

20.北朝鮮の対韓国非難件数(20. 북한의 대남 비난 건수)

 

のみです。

 

「1.北朝鮮と周辺国の軍事力の現状」では、アメリカやロシア、日本などの陸海空軍や兵器についての比較が掲載されています。

f:id:ibenzo:20170924172657p:plain

 

「20.北朝鮮の対韓国非難件数」においては、北朝鮮が韓国への非難声明が、誰を対象として年にどれほどされたか、という統計が載っています。

 

f:id:ibenzo:20170924172926p:plain

 

ということなので、どこにも北朝鮮兵士の給料表は載っていません。膨大なページかつ、私のハングル知識もあやふやなため、絶対とは言い切りませんが、目次を見てみても、北朝鮮兵士の給料について書いてありそうな箇所がなさそうです。

 

DailyNKの記事が出所か

うーん、では、「9円」という情報はどこから出てきたか。恐らく、DailyNKという、北朝鮮ニュースサイトの記事がもとではないか、と推測できます。

 

blogos.com *3

 

この記事には、以下のような記載があります。

 

韓国国防省が発表した2014年国防統計年報によると、朝鮮人民軍の末端兵士の月給はたったの700北朝鮮ウォン(約9円)。市場で売られている、小さい器に入った子ども用の冷麺1杯分にしかならない。また、佐官級でも6000北朝鮮ウォン(約78円)に過ぎない。ちなみに、平均的な4人家族の1ヶ月の生活費は50万北朝鮮ウォン(約6500円)だ。

兵士の月給はたった9円…金正恩氏の「腹ペコ軍隊」は餓死寸前

 

「9円」も「78円」も、あと4人家族の生活費「6500円」も全ての数値がぴったり一致しますね。池上ニュースは、このサイトを参考にしたか、この記事を書いた高英起に直接取材したかどちらかの可能性が大いに高いです。

 

ただ、高英起は、北朝鮮内情にかなり詳しく、脱北者へのインタビューも韓国内で定期的に行っており、別の記事では以下のように書いています。

 

デイリーNK編集部が韓国内で定期的に行っている、1年以内に韓国に来た脱北者へのインタビューによると、現在の北朝鮮で家族4人が1日3食をきちんと食べ、衣食住に大きな不足が無い生活をする場合に必要な金額は、毎月400人民元(約6700円)から700人民元(約1万2000円)だ。

北朝鮮4人家族の生活費は1万1000円、金持ちは「サウナ不倫」 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

2016年時点では、生活費に6700円~12000円と開きがあります。もし高英起本人に取材をしたならば、現在の数字を提供するはずでしょうから、池上ニュースはネット情報だけの数字を流用した可能性の方が大きいでしょう。

 

また、番組では触れられていませんでしたが、北朝鮮は社会主義国家であり、そして徴兵制がしかれているという部分にも留意が必要です。

 

消息筋の情報が歪んで伝わったか

しかし、DailyNKも、ソースを「2014年国防統計年報」にしています。私の読んだ「2014年国防統計年報」の情報が正しいとするならば、それは情報源にはなりえないはずです。では、何が情報源なのか。

 

仮説として一つ提示できるのが、ボイス・オブ・アメリカの韓国版の記事です。2015年1月21日。

 

www.voakorea.com

 

北朝鮮人民軍から脱北してきた元軍人が、「韓国軍の給与規模に衝撃を受ける」という記事タイトルで書かれています。

 

先述したとおり、韓国国防省が出した2014年版の「国防統計年報」の特徴は、軍人の給与が公開されたことにあります。給与額について公式な数字を、北朝鮮の脱北者が初めて見た、ということなんでしょうか。

 

このニュースは元は動画であるように思えるのですが、「対北消息筋(대북 소식통)」のコメントを載せています。

 

7백원이고 일반 병사들이요. 위급이 2천 5백원부터 시작하고 소위 이런 사람들이. 그리고 좌급은 4천-5, 6천원 이렇게 한다고 합니다

一般的な兵士で700ウォン(の給与)。위급이と呼ばれる階級は2500ウォンから始まる*4。佐官は4000~6000ウォンだ。

 

700ウォンと6000ウォンのくだりは数字としては同じです。そもそも記事では、北朝鮮兵士の給与について、「正確な数字を公表していないので比較は困難である(북한은 군인들의 연봉을 공개하지 않아 정확한 비교가 어렵습니다.)」と書いています。

 

この消息筋の話を受けてなのか、「2014年国防統計年報」と「北朝鮮兵士の給料」がセットで語られる記事もあります。

 

m.blog.naver.com

 

上記ブログの記事は「北朝鮮軍兵士の給料は劣悪だな(북한군 장교 월급이 진짜 열악하구나)」というタイトルで、VOAの記事を引用しています。「国防省が2014年の国防統計年報で軍人の給与を明らかにした(우리 국방부는 지난 13일, 2014 국방통계연보에서 상세하게 군인들의 연봉을 밝혔습니다.)」という文のあとで、北朝鮮兵士の給料が書いてあるので、一見すると、「国防統計年報」で北朝鮮兵士の給与が記載してあるように思えます。

 

なので、流れとしては、

 

①VOAが「2014年国防統計年報」の軍将兵の給与公開と、その差に驚く北朝鮮の元軍人の話を載せる。

②上記記事がそこそこ拡散され、「2014年国防統計年報」と「北朝鮮兵士の給料」がセットで語られる。

③DailyNKが、「北朝鮮兵士の給料」の出所を「2014年国防統計年報」と取り違える。

④池上ニュースがDaikyNKの記事のみを参照し、北朝鮮兵士の「9円」の出典を「2014年国防統計年報」と孫引きした。

 

というところではないんでしょうか。まあ、私の読み違えで、「国防統計年報」に記載があるのであれば、この説は瓦解するのですけれども。

 

 

北朝鮮の労働者は海外で荒稼ぎ?

実は番組内でもうひとつ気になることがあって、それは、北朝鮮が海外に労働者を派遣していて、そこから外貨を獲得しているという話。

 

池上:北朝鮮の資金源といわれているのがこちら。

 

f:id:ibenzo:20170924220806p:plain

 

池上:海外へおよそ58000人の労働者を派遣しているんです。

(中略:給料の大半は国へ行く話)

ナレーター:海外で働く労働者から北朝鮮政府に流れている資金は、年間でおよそ1300億から2500億円とも言われている。

 

f:id:ibenzo:20170924220935p:plain

 

58000人の労働者で、年間1300億~2500億円まで稼げるのか?というのが、まず感じた疑問です。

 

単純に計算してみて、上限2500億円を58000人が稼ぐとして、一人当たりは年間およそ431万円。年収431万円って、月にしたらだいたい35万ぐらいで、あれ、結構いい額じゃん。うそ、もしかして私の年収低すぎ?

 

58000人は事実だろうが…

まず、海外に派遣される労働者が58000人という数の出典は、「韓国国家情報院」だとされています。

 

この一次ソースを見つけるのが難しくて断念したのですが*5、朝日新聞の記事検索ではよくこの数字が引っかかります。

 

<外貨稼ぎ、過酷な現実 北朝鮮労働者、ウラジオストクで証言>

北朝鮮の労働者は2015年の時点で、近隣国の中国やロシアを中心に20カ国以上で5万人以上が働く。外貨獲得額は年間2億から3億ドルとみられるという。

朝日2016年9月14日 P13

 

<原油全面禁輸、要求へ>
昨年10月の韓国国家情報院報告によれば北朝鮮は50余りの国、地域に5・8万人を派遣し、推計で年間約2・3億ドル(約236億円)を得ている。

朝日2016年9月16日 P1

 

<北朝鮮労働者、中ロと深い縁>
韓国政府は世界五十数カ国に計5万8千人が派遣されているとみている。米政府の推計では世界で約9万3千人。

朝日2017年9月13日 P8

 

池上ニュースはテレビ朝日だし、まあ他のメディアもこの「58000人」という数字は韓国政府の認識している数としてよく使用しているので、この数の出典はきっと正しいんでしょう。

 

報告したのは誰なのか

しかし、注目したいのは、その外貨獲得額です。朝日の記事では、「年間2億から3億ドル」「年間約2・3億ドル(約236億円)」と、資金額が池上ニュースの10分の1です。むむ、おかしくないか。

 

これは他の韓国メディアも同じで、

 

정보 당국은 북한이 근로자들의 월급을 상납 받는 형태로 매년 2억5,000만 달러를 거둬들여 대량살상무기(WMD) 개발 주요 자금원으로 활용한다고 보고 있다

当局は、北朝鮮が労働者の給料を上納させる形で、年間2億5000万ドルをかけて大量破壊兵器(WMD)の開発の主要な資金源として活用すると見ている。

한국일보 : 中ㆍ러 등 北 노동자 고용 국가엔 영향 없어

 

とまあ、ゼロがひとつ足りないです。

 

では間違いかというと、そうではなく、資金流入に関する出典は、池上ニュースは「国連による推計」としているんですね。

 

これが何を指しているかは、推測にはなりますが、恐らく北朝鮮人権状況国連特別報告者のMarzuki Darusmanの発言によるものでしょう。

 

The workers return up to $2.3bn (£1.8bn) per year, working mainly in mining, logging, textile and construction, it said.

北朝鮮労働者は、鉱業・伐採業・繊維業・建設業を中心に、年間23億ドルにおよぶ金額を上納すると同氏は述べた。

'Guest workers': the North Korean expats forced to feed the regime | World news | The Guardian

 

Guardian紙の2015年10月29日の記事では、Darusmanが、北朝鮮の人々が、海外で強制労働をさせられている現状を訴えており、彼らが北朝鮮政府に送る金額について次のように述べています。

 

Darusman cited a report by the International Network for the Human Rights of North Korean Overseas Labor in 2012 that said North Korea earns between $1.2bn and $2.3bn annually from their labour.

Darusmanは北朝鮮海外派遣労働者の人権のための国際ネットワークの2012年の報告を引用し、北朝鮮は12億~23億ドルの資金を労働者から獲得していると言った。

North Korea putting thousands into forced labour abroad, UN says | World news | The Guardian

 

池上ニュースの「1300億から2500億円」の出所はDarsumanのこの発言と考えていいでしょう。

 

ところが注目したいのは、この資金の推定は、Darsumanが国連として行ったのではなく、「the International Network for the Human Rights of North Korean Overseas Labor(INHL)」という団体の報告を引用しているという部分です。

 

2012年の報告書ということで探して見ると、「The Conditions of the North Korean Overseas Labor」というものがひっかかります。2012年12月に出したもののようですね。報告書の中には、以下の記載があります。

 

It estimated that there are between 60,000 to 65,000 workers in over 40 countries worldwide. The annual profits can sum up to a total of 1.5 ~2.3 billion dollars.

40カ国以上にわたって、6万~6万5千ほどの(北朝鮮)労働者がいると推定される。年間の利益は合計15億~23億ドルにのぼるだろう。

The Conditions of the North Korean Overseas Labor P12

 

下限が「12億」と「15億」で、Darusmanの発言とはちょっとずれるんですが、本人もここから引用したといっているので、恐らくはこれが元ネタと見ていいでしょう。朝日などは韓国国家情報院のデータに基づいて、「2億ドル」程度の金額を記載しているものと思われるので、数字にずれが生じているのでしょう。それにしてもずいぶん差がありますが。

 

なので、細かいことを言うようですが、この「1300億から2500億円」を「国連の推計」としてもいいのかは微妙なところです。「国連」という組織が調べたわけではないので。ある意味これも孫引きです。

 

また、池上ニュースでは、派遣労働者数は国家情報院のデータを使い、流入する資金については「国連」の報告を使うというのも、数字のトリックのようであまり好ましいとは思えません*6

 

 

今日のまとめ

①北朝鮮兵士の給与について、池上ニュースが出典としている「2014年国防統計年報」には、その記載が見つけられない。

②「2014年国防統計年報」は、初めて韓国軍将兵の給与が公開された資料である。そのため、脱北した元軍人が北朝鮮との待遇の違いを初めて知ったという経緯があった。その中の消息筋の話として、北朝鮮兵士の給与額について言及がある。

③その情報が混同され、DailyNKなどに誤って「2014年国防統計年報」に記載があるという情報となり、池上ニュースは特に裏取りせずに孫引き引用したのではないか。

④北朝鮮の海外派遣労働者の資金流入の数字に関しても、正確には国連が推計したものではなく、外部団体によるものである。

 

今回の話は、私のハングル読解力次第なので、間違ってたらゴメンナサイ。ただ、がんばって一次ソースにあたろうとはしてみました。恐らく、番組製作者はここまではしないし、できないでしょう。とても時間がかかって、やれたもんではありません。

 

以前にも、池上ニュースについては、その情報の不正確さを指摘したことがあります。

 

www.netlorechase.net

 

最近、ネット情報を鵜呑みにして番組を作っている、なんて話がちらほら聞こえますが、きっとそれは昔から行われていたことなんじゃないでしょうか。ただ、それを指摘できるリソースが私たちに増えただけで、テレビ局の環境が旧態依然しているだけなのかもしれません。我々は幸せになったと思うべきなのか、どうか。

*1:

원문공개 정보목록から見られます

*2:ただし、hwpという一太郎みたいな独自拡張子なので、コンバーターが必要です

*3:DailyNKの記事は広告も邪魔だし無意味にページが分割されていて鬼のように見づらいので、BLOGOSのページをリンクしました

*4:ちょっとこの위급이の訳し方がいまいちわかりませんでした。直訳は「Emaergency」みたいな感じなんですけど。何かの階級なんじゃないかと思うんですが

*5:

一応、韓国内のニュースサイトではよく引用されている数字ではあります。

국가정보원은 지난달 국회 정보위에 해외에서 일하는 북한 근로자가 5만8000여 명이라고 보고했습니다.

国家情報院は先月、国会において、海外で働く北朝鮮労働者が58000人であると報告しました。

[이영종의 평양 오디세이] 자본주의 물들 위험에도, 달러벌이 8만 명 내보낸 북한

 

국가정보원이 지난해 11월 국회 정보위원회에 보고한 바에 따르면 북한은 중국 러시아 중동 아프리카 동남아 등 전 세계 50여 개국에 5만8,000여명의 근로자를 파견하고 있다.

国家情報院が昨年11月に国会情報委員会に報告したところによると、北朝鮮は、中国、ロシア、中東、アフリカ、東南アジアなど世界50カ国以上に5万8,000人の労働者を派遣している。

한국일보 : 中ㆍ러 등 北 노동자 고용 국가엔 영향 없어

なので、この数字は正しいとは思われます。

*6:

しかし、INHLの報告に基づいても、23億ドルを6万人程度で年間稼ぐとなると、一人当たりなかなかの金額になる謎が解けません。平均月額給与が120~150ドルという記載もあり(the reclusive Asian nation earn $120-$150 per month on average: via

UN investigator: North Koreans doing forced labor abroad)、計算が合いません。金融の中枢に入ってしこたま稼ぐ少数精鋭がいるってことなんでしょうかね…

個人的には、国連の報告書の中にこの「1300億から2500億円」のくだりは含まれておらず、あくまでDarusmanが記者会見において引用した数字であり、そのために国連の報告とずれが出ているのではないか、と考えています。この数字はどうも独り歩きしている感じもします。