ネットロアをめぐる冒険

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【追記】『エロマンガ表現史』はなぜ有害図書に指定されたか、読書選択の自由アハハン

【5/2 追記】

議事録は存在するのか道庁に問い合わせしましたので、「議事録を開示請求してみる」の項に追記しました。

 

少し前ですが、北海道で、『エロマンガ表現史』という本が、有害図書に認定されたことが話題になっていました。

www.asahi.com

www.j-cast.com

 

『エロマンガ表現史』は、あまり語られることのなかったアンダーグラウンド的なエロマンガの表現方法について、けっこう真面目に語っている研究書だっただけに、行き過ぎではないのか、というような批判が目立ちました。その理由としては、内容が非公開なだけに、

 

北海道は「男女の性的行為を露骨に描写した場面が多数引用されている」と指定理由を説明する。

タイトルに「エロ」の書籍、相次ぎ有害指定 研究書も:朝日新聞デジタル

 

とあるだけで、どんな議論がなされていたかは不明です。

 

不明ならば公開させればいいじゃない、ということで、今回は公文書の開示請求まで行って調べてみました。労力の割には益の少ない結果ではあったのですが、お蔵入りにするのももったいないので記事にします。

 

 

***

 

どのように有害指定されるか

まずは、北海道において、どのように「有害図書」が指定されるかを見てみましょう。

 

「有害図書」の拠り所となるのは、「北海道青少年健全育成条例」です。

 

1 北海道青少年健全育成条例(昭和30年北海道条例第17号。以下「条例」という。)第15条、第16条及び第22条に規定する「著しく粗暴性を助長し、性的感情を刺激し、又は道義心を傷つけるもの等であって、青少年の健全な育成を害するおそれがある」と知事が認める基準は、次のとおりとする。

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dms/seisyonen/ninteikijun.pdf

 

というわけなので、性的な部分はもとより、反社会的・暴力的なものについても、規制の対象となります。有害図書として指定されますと、道内の書店などで18歳未満には販売はできなくなり、陳列も難しくなる、ということです。

 

で、「有害図書」の指定の審議はどこがやっているかというと、「北海道青少年健全育成審議会社会環境整備部会」になります。

 

北海道青少年健全育成審議会では、道青少年健全育成条例第51条に基づき、青少年の健全な育成のための社会環境の整備や、青少年の福祉を阻害する行為の規制などに適切に対応し、以て、次代の社会を担う青少年が健全に育成される社会の実現に資することを目的として、社会環境整備部会を設置しています。

社会環境整備部会 | 環境生活部くらし安全局道民生活課

 

委員は6名で構成されており、開示した文書によれば*1、学校関係や青少年団体関係、法曹関係と、バランスよく配置されておりました。実は委員には新聞社の方もいて、図書や興行関係の審査をするので、メディア側を配置するのは理にかなっているとは思うのですが、後述するようにほぼ100%諮問されれば「有害」認定される整備部会の現状を鑑みると、ともすれば表現規制の問題にもなりうるだけに、それでええのか、という気もします。

 

で、整備部会においてどのような議論がされているかを知りたかったのですが、残念ながら議事録は公開されておりません。

 

「北海道青少年健全育成審議会社会環境整備部会」につきましては、有害図書等の指定に係る審議が主な内容となりますので、特定の企業の不利益になったり、また、委員の自由闊達な発言を妨げる可能性があることから、非公開としているところです。

平成 29 年度第 2 回
北海道青少年健全育成審議会 議事録 P7

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dms/seisyounen/H29-2gijiroku.pdf

 

まあ、もっともな理由ではあります。

 

議事録を開示請求してみる

というわけで開示請求をしてみましたが、結構はやめに動いたにも関わらず、やはり1ヶ月ほどかかってしまいました。北海道庁の方はとても丁寧な対応でありました。ありがとうございます。

 

まず、今回の『エロマンガ表現史』を含む4冊が「有害図書類」として諮問にかけられたのが今年の3月16日。平成29年度としては第3回の整備部会です。4冊は以下の通り。

 

f:id:ibenzo:20180427233225p:plain

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dms/seisyounen/bukai/H29-3beppyo.pdf

 

確かに、なんかこう、毛色がひとつだけちがう感じです。

 

さて、開示された文書の中には、「社会環境整備部会進行メモ」がありました。議事録ではありませんが、会の簡略的な進行が掲載されております。諮問の流れとしては、

 

①道の事務局側が有害図書類指定の諮問を部会に提出。

②図書を配布し、委員による審査判定(一覧の左側の「指定の可否」に◯をする)

③審査結果取りまとめ

④意見が一致した場合はそのまま知事に答申。

意見がわかれた場合は、委員の意見の集約を行い、調整もしくは多数決。

⑤結果を知事に答申。

 

となっております。これを1時間程度で行います。

 

基本的には委員ひとりひとりが実際に図書を確認しながら有害か否かを個人で判定し、その集約でもって「有害図書」認定がされるわけです。事務局側の諮問の際に、『エロマンガ表現史』は以下のように説明されています。

 

この図書類は、まえがきでエロマンガ表現の変遷等を研究、解説したものである旨記述しておりますが、男女の裸体や性的行為を露骨に描写している場面が多数掲載されていることから、お手元の資料2の認定基準(2)「著しく性的感情を刺激するもの」のうちア、イ及びエに該当するものと認められることから、諮問させていただきます。*2

 

 

なお、「これまでの説明はあくまで事務局担当者としての主観である」ことも発言しており、委員に対しては、「ご自身の主観に基づき」審査するように呼びかけています。

また、認定基準(2)のア・イ・エとは以下のことです。

 

(2) 「著しく性的感情を刺激するもの」
ア 男女の肉体の全部又は一部を露骨に表現し、又は描写して著しく性的しゅうち心を害するもの
イ 性的行為を露骨に表現し、若しくは描写し、又は容易に連想させるもの
ウ 性的行為に至るまでの方法、過程等を過度に表現し、又は描写しているもの
エ その他表現、描写等がアからウまでと同程度に性的感情を刺激するもの

http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dms/seisyonen/ninteikijun.pdf

 

私は青少年ではないので、実際に、『エロマンガ表現史』を購入して読んでみました。

 

エロマンガ表現史

エロマンガ表現史

 

 

なるほど、全体としては、性表現の創作者探しとその変遷と言った感じで至極真面目なんですが、いわゆる「18禁」にあたるような、性交のコマが多数引用されているため、単に画像の総数ということで考えたら、そこらへんの同人誌何冊分とかになるかもしれません。真面目な本ではありますが、英語の辞書のSの項目にもドキドキしちゃう盛りのついた青少年たちのことを思うと、有害にしたくなる気持ちもわからないではありません。

 

そこらへんを委員の方はどう考えていたのか、ということを知りたかったのですが、「議事録」というものは今回の開示された公文書の中には存在しませんでした。これが微妙で、前述した「進行メモ」が議事録にあたるのか、そもそも議事録が存在しないのかがよくわかりません。「進行メモ」は、意見の一致・不一致の際の会の進め方が載っているのみで、肝心の委員の発言内容までは記されていません。

 

今回非開示になったものもあったのですが、「「有害図書指定に係る諮問図書一覧」の議決内容に関する記述」と「各委員の「有害図書類指定検討表」の指定の可否欄」だけで、そこは黒塗りになっていたので、「議事録」が非開示というわけではないようです。ないと言われた日報があったりする世の中なので、ここらへんはもう一度確かめてみます。

 

【追記ここから】

 

道庁に問い合わせしたところ、そもそも、今回の社会環境整備部会では「議事録」を作成していない、との回答でした。ですので、ハフポスが書くように「審議会の議事録は非公開」という表現は誤りです。だって無いんだから。

 

議事録を全ての会議で作れとは言いませんけれども、うーん、「有害図書」に指定される経緯が全く残らないというのは、あんまりよろしくないんじゃないかなあと思います。なので、これ以上いくらがんばっても、この件に関しては新しい情報が出てきません。ぜひ、委員の新聞社の方が某かを語られることを期待したいところです。

 

【追記ここまで】

 

 

 

推測を重ねていいのであれば、基本的には、「有害図書」の候補は、どうやら道の事務局側で選定をしてくるようで、整備部会の委員の方々は、その「有害図書」候補について可否の判断を行っているだけなので、すすんで自分たちで「いや、この本はね・・・」と語る感じではありません。まあ、なかなかな役職の方たちなので、それは当然でしょう。「進行メモ」によれば、委員の意見が一致した場合には、特に議論されることなく「有害図書」として知事に答申されるため、もしかすると今回の4冊は全員一致で「有害図書」となり、特段記載すべき委員の意見というものはなかったのかもしれません。

 

「有害図書」指定は減っている

今回の件はずいぶん批判を浴びましたが、北海道の「有害図書」の指定自体は近年かなり減っているようです。

 

f:id:ibenzo:20180428005317p:plain

北海道青少年健全育成条例に基づく有害指定 より

 

平成25年度はなぜか「指定実績なし」なのですが、全体としては23年度の113件という数字からかなり落ち込んでいるのがわかります。これは、おそらく、H23年度は、「快楽天」や「LO」などの雑誌類も個別で有害図書指定されているのですが、「全裸等での卑わいな姿態等を掲載したページが3分の1以上を占めるもの」が「自動的に有害図書類とみなされ*3」るという文言がどこかで加わったためかもしれません。それでも、減少傾向にはあるのでしょう。それが市場規模が縮小しているのか、整備部会側のスタンスの変化かはよくわかりません。

 

しかし、それより気になるのは、基本的に、事務局側が「有害図書」として諮問にかけたものは、ほぼ100%、「有害図書」として認定されていることです。調べてみると、「有害図書」として「不可」もしくは「保留」になったものは、記録に残るH24では44件中1件、H26は37件中3件のみで、それ以降は、諮問に出された「有害図書」はすべて「有害」として認定されています*4

 

確かに、『業界スクープ!!素人とデキる!ヤレる!裏ネタ帳 』とか『裏モノJAPAN』みたいなのはわかりやすく不適切なのかもしれませんが、本当に精査されているのか、というのは少々疑問です。そもそも、事務局側が選定してくる基準も不明確です。ほぼ全て札幌市内の書店やコンビニなどで購入されたものですので、青少年の目に付きそうなものをピックアップしているのでしょうが、裏を返せばそこで取り上げられないものは、整備部会で諮問にかけられることもないわけで、「有害図書」にもなりえません。穿った見方をすれば、どの本を「有害図書」として部会の諮問にかけるか、という選定に恣意的な意識が働けば、事務局側がかなり審査する部会をコントロールできるということにもなりえます。この方法は果たしてどこまでフェアなのでしょうか。

 

今日のまとめ

①北海道での「有害図書類」の指定の審議は、北海道青少年健全育成審議会社会環境整備部会が行う。

②公開された文書によると、「有害図書類」の選定は事務局提案で行い、委員はその図書類をを個別に判定して審査を行う。意見が不一致の場合は意見交換がされるが、全会一致であれば特に意見を言う機会がないように見える。

③『エロマンガ表現史』は、性交のコマの引用が多く使われており、その多さが青少年にふさわしくないと判断された、と推察できる。

④北海道での「有害図書類」指定の件数は年々減少しているが、諮問にかけられる「有害図書類」候補は、部会においてほぼ100%「有害」認定されていることが、果たしてどの程度審査が機能しているのかに疑義を生じさせる。

⑤加えて、事務局側が「有害図書類」候補を選んでくるという現状は、どの程度公正に判断がされるのかという点で疑問が残る。

 

ハフポスで担当者が答えている通り、今回の件は「この本の価値を否定するものではなく、18歳未満の青少年が読むのには、ふさわしくないという判断」というものは理解はできます。もし『エロマンガ表現史』を有害指定しないのならば、同等量の性交の描写がある本についても、その有害指定を考え直さざるを得ないでしょう。研究的かそうでないか、という分け方は内容に踏み込むものであり、個人的にはより表現規制につながっていくものだと考えます。私はこういった青少年条例的なものはあまり好きではないのですが、もし制度として残さざるを得ないのであれば、もっとシステム的であるべきだと思います。

 

『エロマンガ表現史』自体は、私の好みとしてはもっと重い文体が好きなので読みづらくはあったのですが、膨大な資料を渉猟し、作者の言葉を借りるならば「エロマンガ大陸」という地図を作っていくという作業は私も好きな作業です。未開拓の分野をどのように整備し、道を作っていくかというお手本のような本だと思います。18歳未満に読ませるかどうかの是非はともかく、こういう研究が「有害」という言葉でもって軽くひとくくりにされてしまうことには、なんともいえないやるせなさを感じます。

*1:実は開示しなくても、この情報はネット上に転がっています。ただ、誰が社会環境整備部会なのかはわかりにくくなっています。

*2:ちなみにこの表現は、ハフポスへの回答にも使われていました。

 

「前書きにはエロ漫画表現の変遷について研究・解説したものと書かれているが、男女の裸体や性的行為の露骨な描写が多数掲載されていることから、著しく性的感情を刺激するものと判断しました」

『エロマンガ表現史』 北海道で有害図書指定。なぜ書いたのか? 著者に聞いた。

 

うーん、メディアによって答え方を変えるのはよくないよ…

*3:

北海道青少年健全育成条例に基づく有害指定 | 環境生活部くらし安全局道民生活課

*4:

社会環境整備部会 | 環境生活部くらし安全局道民生活課

の開催結果概要から調べました。