ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

【追記】トイレのジェット式ハンドドライヤーはウイルスをまき散らすのか、ウソはウソと見抜けない

【2/14追記】

今回は「ハンドドライヤーは危なくない」という話ではなく、あくまでWIREDに代表されるような研究記事は業界との関係もあることが多いので留意しよう、という主意ではあるものの、はてぶで指摘された通り、日本のことをまったく書いていないのはフェアではないので、「日本の状況」という項を追加しました。すみません。

 

 

 

私はトイレのあの「ガーッ」ってやるハンドドライヤーで乾いたためしがないんですが、そんな記事の話。

 

 

そこまで話題になっているわけでもないんですが、TLに流れてきたので気になって調べてみました。結論を書くと、「当該研究の研究者はペーパータオルの会社と関係が深いことに留意」「”ダイソンvs.ティッシュ業界”の様相」「とにかく手をちゃんと洗え」という感じです。

 

実験は手を洗っていない

研究方法には以下の記載があります。

 

Participants were asked to rinse their gloved hands in 50 ml of the phage suspension for 10 s and simulate the process of washing during this period followed by shaking three times and then drying them using one of the hand‐drying devices.

被験者は、手袋をはめた手を、50mlのファージ懸濁液(訳注:バクテリオファージMS2)で10秒間すすぎ、手洗いのプロセスに似せるために3回手を振ってから、手指乾燥のための装置のひとつを使った。

Evaluation of the potential for virus dispersal during hand drying: A comparison of three methods

 

つまり、手洗いはせずに、うようよ汚い液の中に手を突っ込んでから行うという方法なので、それは前提としてどうなんだい、という話が出ていました。

 

 

これについては、論文の中では以下の記載があります。

 

However, in reality the general public and some healthcare professionals do not always follow the advice. Washing procedures can be poor and compliance rates low (Knights et al. Unpublished data; Anderson et al. 2008).

(医療機関では確かな手指洗浄が行われているが)しかし、実際には一般の人々や一部の医療従事者は、常にそのアドバイスに従うわけではありません。洗浄の手順が不十分で、遵守率が低い場合があります。

同上

 

そもそも、現実的に考えれば手洗いが不十分な場合が多いのではないか、ということですね。また、執筆者のRedwayは、ガーディアンの「実験の前提は大げさではないのか?(Wasn’t the premise of the experiment a far-fetched one?)」という質問に、「理論上、感染を引き起こすには1つのウイルス・細菌があればいい(In theory, you need one virus or one bacteria to cause an infection.)」としたうえで、こう答えています。

 

“They don’t use soap, just a bit of water,” Redway said. Then, when they stand in front of a hand dryer, “whatever’s left on their hands, which could be fecal material if they haven’t washed them properly, is blown everywhere”.

「彼らは石鹸を使わないし、ちょっとの水だけで洗う」Redwayは言う。彼らがハンドドライヤーの前に立ったとき、「もし適切な洗浄が行われなかった場合、手に残ったものが何であろうと、排せつ物質になりうるし、そこらじゅうに吹き飛ばされることになるだろう」

Hand dryers v paper towels: the surprisingly dirty fight for the right to dry your hands | Society | The Guardian

 

まあ、その理屈は理解できますが、だったらもうちょっと現実に即した感じの前提を作ればよいような気もしますが…

 

Redwayはティッシュ業界から援助を受けている

ところが気になることに、当該研究の執筆者であるRedwayは、ヨーロッパのティッシュ業界*1から援助を受けています。

 

Keith Redway has received honoraria from the European Tissue Symposium for microbiological advice and travel expenses to attend meetings and conferences.

Keith Redwayは微生物学分野での助言のためにETSから、会議とカンファレンスに出席するための旅費を受け取っている。

Evaluation of the potential for virus dispersal during hand drying: A comparison of three methods

 

Redwayは、1994年の研究*2から、ティッシュ会社から依頼を受けており*3、その業界との関係は深いです。

 

ETSは、ヨーロッパのティッシュ関係の団体から構成されており、ティッシュ生産の90%を占めているそうです。で、トップページにはこんな画像があります。

 

f:id:ibenzo:20200212202843p:plain

https://europeantissue.com/ より



思いっきり、「ペーパータオルはいいぞ!ただしハンドドライヤー、てめえはダメだ」という主張の数々が押し寄せてきています。

 

結論をことさら疑う必要はないかとは思うものの、その結論までの過程については、少々眉につばをつけて見た方がいいかもしれません。

 

みんな業界おかかえ研究

上記のことは、ガーディアン紙の記事を読むと大変よくわかるのですが、いささか長い英文なので、私の方でピックアップして記載すると、要はこのハンドドライヤーの話、「ダイソンvs.ティッシュ業界」という構造のようなんですね。

 

ハンドドライヤーの歴史は意外に古く、1922年には既に“warm air towel”の名で使用されていた記録が残っています。しかし普及は遅く、圧倒的にペーパータオルが使われている状況が続いた中、2003年にダイソンが開発したAirbladeが革新的で、欧州ではそれを機にハンドドライヤーが広まり始めたようです。

 

f:id:ibenzo:20200213215238p:plain

https://www.coroflot.com/jamesmartincoleman/Dyson-1st-Airblade-Hand-Dryer-2003-2005 より



日本では東京エレクトロンが特許をとっていましたが、切れた後は大手が参入したため、ちょっとここら辺の経緯はピンとこないところもありますが、比較的最近の話なんですね。

 

ダイソンはティッシュ業界の研究結果を手をこまねいてみていただけではありません。自身の商品の衛生上の効果の研究を発表させたり、

 

Comparative evaluation of the hygienic efficacy of an ultra‐rapid hand dryer vs conventional warm air hand dryers

 

いかにハンドドライヤーは環境的で、ペーパータオルは森林破壊につながっているか、

 

www.theguardian.com(研究内容はリンク切れ)

 

みたいな主張にご執心の時期もありました。

 

そもそも、ガーディアンによれば、この業界から離れ独立した、「ハンドドライヤーかペーパータオルか」の研究は1つしかなく*4、この結論は「ペーパータオルの方が優れているだろう(paper towels are superior to electric air dryers)」なものの、実証実験ではなく、メタ分析的な研究であることにも留意が必要です。

 

ガーディアンには、ETSのシンポジウムに参加しようとしたダイソン関係者がトラブったこととか、いかにETSが扇動的にハンドドライヤーを否定しているかみたいなことも書いてありますが、気になる人は原文を読んでください。ガーディアンは少々ダイソンの肩を持ちすぎなきらいはありますが。

 

本筋には関係ないんですが、記者が「もしハンドドライヤーしかないトイレだったらどうするか」という質問をRedwayにすると、彼は「私はいつも持ち歩いている(“I’ve always got … ”」と答えたそうなんですが、その様子を書いた文がイギリス紳士って感じです。

 

he began, then started digging through the pocket of his coat. A jingle of keys emerged, then some coins, and finally, a crumpled sheet of paper towelling.

彼はコートのポケットを探り始めた。鍵束をじゃらじゃらさせ、コインが数枚出て、ようやく、くしゃくしゃになったペーパータオルが出てきた。

 

まあ、結局結論としては、「ちゃんと手を洗え」に尽きるかとは思います。

 

【2/14追記】 

日本の状況

はてぶで指摘されたので追記しますが、2013年に施行された「国立感染症研究所新型インフルエンザ対策行動計画」においては、ハンドドライヤーの使用を禁止しています。

 

<トイレ>
トイレには以下のものを常備しであるので使用毎にふき取り消毒する。
便座クリーナー:便座、使用前後
アルコールティッシュ:水洗ボタン、水洗レバー、ドアノブ(ロック等手で触れる箇
所)、水道栓(手動式ハンドル類)、照明スイッチ
ペーパータオル:手ふき用。温風ジェット乾燥機は利用禁止

https://www.niid.go.jp/niid/images/PDF/NIID-pandemicflu-BCP-20130910.pdf P28

 

その根拠を何にしているのか気になるところですが*5、国立感染症研究所に記載があるのは今の日本の医療機関の事情を表しているように思えます。

 

論文についても、試みにCiNiiで検索してみると、

 

病院における手指温風乾燥機とトイレ環境の細菌汚染調査

薬剤耐性菌に関する教育に向けて

G-26 ハンドドライヤー使用時における飛散菌とエアロゾルの挙動

 

などが挙げられます。「G-26 ハンドドライヤー使用時~」はハンドドライヤーでシェアを占める三菱電機の研究ことを考慮する必要があります。他は一応大学のものですが、利益相反や妥当性まではなんともいえません。

 

ただ、日本の医療機関の傾向として、どうやらハンドドライヤーよりペーパータオルを推していることは感じられました。その点もみなさんには考慮していただければと思います。

 

【追記ここまで】

 

 

今日のまとめ

①「ハンドドライヤーはウイルスをまき散らす」という研究は、ETSという欧州のティッシュ業界の援助を受けていることに留意が必要である。

②そもそも、ハンドドライヤー側もペーパータオル側も、ほとんどの研究が業界がらみのものであり、客観的な判断ができる材料がない。

③結局、手をきちんと洗えばよい。

 

WIREDのよくないところは、この2016年の記事を、今頃になってツイッター上で無反省に再掲したことです。一応追記として、ダイソンの反論も載せてはいますが、まあ、どうなんでしょうね。コロナウイルス関連できっと載せたんだとは思いますけど。

 

以前、某ひろゆき氏が、「ウソをウソと見抜けない人は」と言っている画像がよく出回っていましたが、世の中そんなに白黒はっきりしていることだけじゃないので、なかなか難しいことでしょう。むしろ、「俺だけは騙されんぞ」と肩ひじ張っている人の方が、色々な情報に振り回されてしまうんでないでしょうか。こういう時は、好きなラーメンを語るのと一緒で、自分のお好みの情報をご自身で楽しむぐらいが健康的によいのではないかと思います。

 

 

*1:

「ティッシュ」という表現だとちょっと不正確な気がするんですが、他にわかりやすい訳も思いつかなかったので、今回はこれでいきます。

*2:

HAND DRYING: A STUDY OF BACTERIAL TYPES ASSOCIATED WITH
DIFFERENT HAND DRYING METHODS AND WITH HOT AIR DRIERS

http://europeantissue.com/wp-content/uploads/5.-IndStudy-AMSTP-study-1994-UoWM.pdf

*3:

Redway, a microbiologist, published his first paper on the subject in 1994, on commission from the Association of Makers of Soft Tissue Papers.

微生物学者のRedwayは、1994年の最初の論文から、ティッシュメーカーからの援助を受けています。

Hand dryers v paper towels: the surprisingly dirty fight for the right to dry your hands | Society | The Guardian

 

*4:

The Hygienic Efficacy of Different Hand-Drying Methods: A Review of the Evidence

*5:

一応問い合わせているので、結果がきたら追記します

京都のホテルはコロナウイルスのせいで価格が下がっているのか

こんなツイートが話題になっていました。

 

 

結論から書けば、上記の値段はホステルなど元々安い価格帯の宿泊施設であり、かつコロナウイルスの前から設定した金額と思われるため誤解を招きます。投稿しようとしたら既にいくつか指摘があがっていたのですが、せっかく調べたので、以下検証結果をぶら下げます。

 

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オランダ警察はドローン撃退に鷲を使っているのか、コンパクト版をやってみます

こんなツイートが話題になっていました。

 

 

さっそく本当なのか調べてみました。

 

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「日本に震度10級の地震」という動画は存在しない、「念のために」は誰のため

今日は鮮度が命の記事なので、ぱぱっと書きます。

 

こんな注意のツイートが回ってきました。

 

 

記事を最後までお読みにならない方のために結論から書けば、このツイートの内容は、デマと言ってよいでしょう。既に何人も指摘されてはおりますが、少し細かく検証したいと思います。いつものことですが、Twitterの日時や言葉は多少変えてます。

 

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ビリー・アイリッシュはなぜダボダボの服を着るのか、昨日の私と今日の私は違うけど同じ

ビリー・アイリッシュ(以下BE)をご存じですか。

 

私はご存じなかったのですが、ただいまはなまる急上昇中の歌手なんですね。彼女のこんなエピソードがたいへんバズっておりました。

 

 

 

私は基本的にこの手のエピソードはまず出所を調べているのですが(見つかったら満足して終わり)、確かにBEはこの話はしていたのですが、彼女の発言を時系列に眺めていくと、このエピソードをちゃんと理解するためには、ツイートだけでは伝わらないのではないかと思い、記事にしてみました。私はファンでも何でもないので、もしかするとニュアンスの違うところがあるのかもしれませんが、そのへんはご勘弁を。

 

【目次】

  • みんなに見てほしい(2017年10月19日)
  • 服は私のセキュリティ(2018年2月2日)
  • 通りを歩くような服を着たくない(2018年9月21日)
  • ダボダボミームの発生(2018年11月ごろから)
  • ビリーがダボダボファッションについて語る(2019年3月‐5月)
  • 「あなたに」気まずくなってほしくない(2019年12月)
  • 今日のまとめ

 

 

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いつまで若者は「海外離れ」をしているのか、あなたは何を捨てますか

世の中うまくいかないことはたくさんありますが、調べかけていたことについて、先に記事を出されることほど悔しいことはありません(長めのマクラ)。

 

ハフポス(正確には新潮社フォーサイト)の以下の記事が話題になっていました。

 

最近では特に若者の「内向き志向」が指摘されている。海外に出かけることを好まないというのだ。(中略)
20代のパスポートの新規取得率は、1995年に9.5%だったものが、2003年には5%に落ち込み、その後、6%前後で推移。2017年には若干上昇したものの、6.9%だ。取得率で見れば、明らかに低迷している。

日本の若者が気付けない自らの「貧困」。海外に出ない、その裏事情 | ハフポスト

 

どこかで聞いたような若者の「内向き志向」を憂う記事なのですが、このパスポートの新規取得率についてツッコミを入れようかと思っていたところ、大変すばやく「More Access! More Fun」さんから記事が出ました。

 

www.landerblue.co.jp

 

上記の記事と私の主張はだいたい同じにはなるのですが、上記記事には細かな誤り(というか誤認)があり、また、ハフポスにも他に誤りというか事実誤認をさせるような書き方があったりとか、そもそも「若者の海外離れ」はどのような変遷をたどってきたのか、というのを、手短にまとめてみたので、二番煎じのような感じになってしまったのですが(でも書き直しですよ…)、それでもよければお読みください。

 

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「戦争は外交の失敗」と誰が定義したのか、要約は口にあまし

ふらっとTLに流れてきて(誰だったかは忘れてしまった)、ちょっと調べてみようかなと思ったので、今日も「この名言誰が言った」のコーナーです。

 


坂本龍一が語る日本...WEB限定ノーカット版2(14/03/30)

 

上記の動画の1:13あたりから切り取られた動画がTwitter上で取り上げられており、坂本氏の言う「戦争は外交の失敗」という表現が話題になっていました。Twitterでは最近*1流れてきましたが、このインタビュー自体は2014年3月29日に、「ポータル ANNニュース&スポーツ」で放送されたものです。

 

さて、彼はこんな風に語っています。

 

「戦争は外交の失敗である」と定義されてます。だから、よくね、攻めてきたらどうすんだということを言う人がいますけど、攻められないようにするのが、日々、するのが外交の力なんですよ。

 

私は内容にはあんまり興味がないのですが、「戦争が外交の失敗であると定義されてます」という一文が気になりました。どっかで聞いたような気もしますが、果たして誰が定義したんでしょうか?

 

【目次】

  • ドラッカーの言葉?
  • トニー・ベンの言葉?
  • 「最後の四重奏」には記載がある 
  • 「外交の失敗」の文脈
  • 「ドラッカー」の言葉なのか?
  • 今日のまとめ

 

 

*1:

とはいっても、2019年8月にも一度バズっています。今回バズっていたのは、同一人物がもう一度流したものと、あとパクツイっぽいものです。

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