もう皆さんお忘れになった頃に話題を蒸し返すのが当ブログの流儀ですが、キャサリン妃のご出産、まことにおめでとうございます。
サルの名前騒動なんてものもありましたが、日本人にとって驚きをもって迎えられたのが出産後の即日退院だったのではないでしょうか。
ポストとセブンをソースにすることに心苦しさを感じます*1が、イギリスでは無痛分娩での出産が多いそうです*2
で、そんな折に目に留まったtwitterがこちら。
イギリス事情にやたら詳しい方のツイートをまとめた記事ですが、「テキトーに書いてんなあ」と思って今日見てみたら、案の定、親の敵のようなリツイートがばんばんついていました。
主張をまとめると、
・白人は骨格が違うからつわりがない。陣痛もそんなに痛くない
・だから女性もばんばん社会進出している
・日本人は世界的に見て出産が難しい民族
・白人は痛みに強いからパンデミックもないしアメリカには医療保険もない
・白人は痛みに無自覚だから残虐なことができる
・白人は寝ないと死ぬ
となります。まとめてみるとなかなか香ばしい意見です。だいたい「白人」ってカテゴライズが前時代的です。
しかし、「人種差別だ!」という反論ツイートも多いんですが*3、「まあそうだよねえ」的なツイートも多いです。要するに、「うちの国あるある」に近い内容なんでしょう。こういうのはきっと、ソースとか要出典とかじゃなくて、なんとなーくみんなが感じているものなんでしょう。血液型占いとか。
しかし、なんとなーくみんなが感じているものは常に正確ではないので、そもそも「白人」にとって、出産は苦しいものではないのか、というところから調べていきたいと思います。「白人」というカテゴライズは意味不明なので、とりあえず今回は英語圏のイギリスとアメリカにしてみました。
「つわりがない」ということですが、「つわり」は英語で口語的には「morning sickness」とか、単に「nausea and vomiting of pregnancy」(治療が必要なつわりは「hyperemesis gravidarum(HG)」)、これで調べてみればいいですね。
アメリカ版Yahoo知恵袋の「YahooAnswers」で、「morning sickness」を調べると、9万件近くヒットします。この質問なんか見ると、「いつまでつわりは続くの…ちょー悲惨なんだけど」と、日本とそっくりですね。だいたい、つわりは原因もあんまりはっきりしていないのに、骨格の違いで「白人」につわりがないとか少ないとかはいえないでしょう。
陣痛(labor pains)についても同様で、「陣痛の痛みは計り知れないわ(The pain is immense)」とか、「もうちょーちょーちょー痛くて、痛み以外何も考えられないぐらい痛かったわ(Just a very very very sharp pain that makes you forget everything else in the world but it!)」とか、痛そうな体験談がいっぱい載っています。
骨盤の大きいほうが出産は楽だという話もありますし、ツイート主の方の「イギリスの兄ちゃん」から聞いた話は、そういう日本でも良くある「あなたって安産型よね」とか「こういうことしたら男の子が生まれやすいのよ」的な話だったんではないでしょうか。なんとなーくみんなが感じてるけど、なんとなーくな話。それを都市伝説といいます。
今回の件で問題なのは、ツイート主の方が「人種」の「違い」という歴史的な論争に無自覚な点です。問題は「骨格が違うかどうか」そのものではなく、「骨格が違うかどうか」という議論は多分に人種差別的議論とかみあう点にあります。「人種別の骨格」や「人種別の筋肉」などの研究がされにくいところには、そういう思想的背景と絡んでくるところがあるからです。それを「うちの国あるある」で笑って済ませられるか、戦争になるかは、非常にナーバスなところです。
では、なぜキャサリン妃はスピード退院ができたのか。
TIMEの記事の文脈とか、こういうTwitterの反応を見ると、 彼らにとってもこの退院のタイミングは早いと感じているようです。ここまで回復が早いとなると、やっぱり欧米で一般的といわれる無痛分娩だったのでしょうか。
無痛分娩をしたかどうかですが、ちょっと正確なソースを見つけられませんでした。いくつかの記事*4には、「no-epidural」などの記載があり、無痛分娩で一般的な硬膜外麻酔を使用していないと言う記述があります。しかしいかんせん、ちゃんとしたメディアではないところなのでホントかどうかがわかりません。唯一、Telegraphがテレビ放送でしっかり「naturally」で「no-epidural」だったと言っていますが、Telegraphだしなあという感じです。(下の動画の34秒あたり)
しかしこれらを信じれば、巷の事情通が指摘する無痛分娩ではなかったことになります*5。けどなあ、私も出産に立ち会いましたが、自然分娩ではなかなか立ち上がれないっすよ!
このブログによると、イギリスは出産費用は原則無料ですが、それは通常の範囲までで、入院などが必要になるとお金がかかるとのこと。だから日帰り退院が当たり前なんですね。最初に掲載したポストにも書かれていましたが、なるべくお金をかけないで、「国民」と同レベルなんだよというアピールのために、こういう形になったのかもしれませんね。そうはいってもプロフェッショナルな医療チームがついているでしょうし…。
というわけで、ところ変わればお産事情も変わるという話でした。ぜひこういうことは頭に入れておきたいですね。海外に行ったときに慎重にならなければならないことは「政治と宗教と民族」の話題です。そしてインターネットは海外とつながる場でもあります。それを敷居が下がったと思うべきなのか、自覚的になるべきと思うべきなのか、なんとなーく考えさせられました。
*1:この記事タイトルのひどいところは、キャサリン妃が無痛分娩も保健制度も使用してるか定かではないのにそうミスリードさせるところです。
*2:そもそも「海外では無痛分娩が多い!」というサイトをよく見ますが、本当にそうなのかなあとも思います。日本産科麻酔学会の出している資料は10年前のものなのでちょっと古いんですが、一番多いアメリカで60%、くだんのイギリスは23%だそうです。残り7割が全部自然分娩ではないとは思いますが、イギリス人妊婦はほとんど無痛分娩だ!という感じの語りは行き過ぎなんじゃないかなあと思いました。
H27/12/13追記
上記イギリスの無痛分娩に関する2006年のデータが産科麻酔学会のリンク先からでは行けないとのことなので、改めてリンクを提示します。
http://www.oaa-anaes.ac.uk/ui/content/content.aspx?id=97
こちらのNOAD2006というPDFから読むことができます。産科麻酔学会が本当にこれを参照したか不明ですが、一応レポートの中には「22.5% regional analgesia rate」、つまり局所麻酔を22.5%の産婦がしたとあるので、これが産科麻酔学会の言う23%とのことかなあと思われます。
*3:本人のツイートによれば、「二番目のツイートが取り沙汰されて鬼の首取ったみたいにレイシストじゃなんじゃかんじゃいわれてますけど一個目のツイートから全部読んで賛否あげてね」とあるので一個目のツイートから読んだけど、要は欧米基準を日本にそのまま持ち込む無意味さについて語りたいのだということはわかりました。しかしその根拠の例に重大な誤謬があるのであれば、訂正をするべきでしょう。個人的にこの方は差別的なのではなく無知であるだけだと思いました
*4:Kate Middleton’s Quick Delivery: The Duchess Gave Birth With No Epidural - Hollywood Life)
Princess Charlotte's Birth Went Extremely Well for Kate Middleton: All the Details! | E! Online
*5:とはいっても無痛分娩には色々な方法があり、今回は硬膜外麻酔は使わないで、なにかpainlessな方法が使用されたのかもしれません。第一子のときはキャサリン妃はHypnoBirthingなる催眠療法的な何かを試みたという記事もありました。