ジュラシックパークのCGには当時感動したものですが、4作目にあたるジュラシックワールドが公開されましたね。いやー、これを見ると、「パーク」のCGはちょっとしょぼく感じちゃうほど、時代の流れって言うのはすごいですねえ。
で、今回は戸田先生が字幕担当なのですが、「また戸田語録が出た!」と、TWITTER界隈で評判になっていたので取り上げます。
戸田先生は、誤訳というかなかなか独特の翻訳センスがあるので*1、今回の「We need more teeth」を、そのまま「歯の数が足りない」という訳にしているところが「誤訳でねえの」という評判を呼んでいるわけです。「tooth」は「激しさ、威力」とか、そういうような意味があるので、そっちを使ったほうがいいんじゃないかというわけです。
さあ、今回ワタクシ、いまだ「ワールド」を見ていないので、ネットの情報だけを頼りに、安楽椅子探偵気取りで、「本当に誤訳なのか?」というところを攻めていきたいと思います。
今回はネタバレ含みなので、「ワールド」をまっさらな状態で見たい人はやめましょう!
「ワールド」のあらすじはこんな感じです。
世界的な恐竜のテーマパーク、ジュラシック・ワールド。恐竜の飼育員オーウェン(クリス・プラット)が警告したにもかかわらず、パークの責任者であるクレア(ブライス・ダラス・ハワード)は遺伝子操作によって新種の恐竜インドミナス・レックスを誕生させる。知能も高い上に共食いもする凶暴なインドミナス。そんな凶暴なインドミナスが脱走してしまい……。
シネマトゥデイ (外部リンク)
「We need more teeth」のセリフが出てくるのは、遊びに来てた準主人公的な兄弟の弟が、このインドミナスに襲われて絶体絶命、のときに言うセリフのようです。このセリフ、すげー大事みたいで、このセリフをきっかけに、1作で登場した「T-レックス(同一かは別として)がいるじゃないか!」ということで、そいつをインドミナスと戦わせるという展開になるわけです。
さて、この「We need more teeth」および「more teeth」は、映画のコンセプトになっている言葉で、劇中にも何回か登場するようですし、「bigger, louder and with more teeth」が今回の「ワールド」のテーマになっています。「より大きく、大きな声で、より強く」みたいな。*2。
つまり「more teeth」という言葉は、劇中のキーセンテンスになっているわけです。こういう言葉は、素直にイディオムどおりに訳すわけにはいきません。
Jurassic World - bigger, louder and with more teeth | Stuff.co.nzによると、パークの運用管理者のクレアが「Consumers want them bigger, louder and with more teeth」と言っているそうです。お客は「もっとでっかくど派手で強いヤツを求めてる」と。これは、1作目の「ジュラシックパーク」とかけた、メタ的な発言でもあるのかなあという気がします。
特に「We need more teeth」はMovie Review: 'Jurassic World,' Come for the Dinosaurs, Stay for More Dinosaurs - The Atlanticによれば、「Those four words are a wonderfully concise and elegant enunciation of the ethos undergirding the entire movie.」と評しています。「この4つの単語はこの映画全体を支える精神の、簡潔で優雅な宣言である」というわけであります。こういうキャッチーな言葉を翻訳するのは、ただ英語を訳せればいいというわけではなく、コピー的なセンスが求められるわけですね。
ここで重要なのは、「もっと強いやつ」という表現をするときに、単純に「Stronger」を使うのではなく、「More teeth」を選んだところに、意味があるのだと思います。
恐竜とジュラシックワールドというサイトによれば
肉食の恐竜ティラノサウルスの歯の数は88本もあります。
グレイはインド ミナス・レックスの歯の数がTレックスより少ない事に気付が付きます。ひょっとしたら、インド ミナス・レックスを倒せるのは
最強の歯を持つティラノサウルスしかいないのでは?
というグレイの発想からクレアがTレックスの檻を解放する最後の手段に出ます。
ということなので、これをそのまま信じるなら、「We need more teeth」は、T-レックスを登場させる伏線の言葉となるので、「歯が足りない」でもいいのかなあという気がします。*3
【8月29日追記】
コメント欄でご指摘をいただいたので訂正しますが、歯の数が88本なのはT-レックスではなく、最後にインドミナスをしとめたモササウルスだそうです。ミス・マープルにはなかなかなれません。
<参考>
http://www.quotev.com/story/6495228/Jurassic-World-Fever/5/
にはそのときのセリフが載っていて、「It has 88 teeth!」と、グレイがモササウルスを見て叫んでいるとなっています。
キャッチコピーの「bigger, louder and with more teeth」は、映画の中盤まではインドミナスを指していたと思いますが、終盤にそれは、実は「パーク」に出てきたT-レックスを指すんだぜ、というどんでんがえしが行われる、というカラクリなんではないでしょうか。あれですは、前作のラスボスだったやつが「待たせたな」といって、仲間として登場するパターンですな。べジータとか。
英語圏の人にっては、「More teeth」というコピーは「より強いやつ」という意味でとらえるでしょうが、映画を最後まで見ると、「ああ、歯が多いT-レックスのことだったのか!」というダブルミーニングに気がつく、とても大切なセリフなんだというわけですが、こんなの一般的な日本人にわかるわけがありません。
なので、映画の流れ的に「歯の数が足りない」は、まあ確かに直接的過ぎてこのダブルミーニングには気付けない翻訳です。さりとて、「歯が立たない」とかにしてしまうと、歯の数を数えてからのセリフとしては整合性に欠ける気がしますし、T-レックスの存在にいたる後のシーンにつながらない。ここは非常に悩ましいところなのですが、戸田先生は映画の流れを優先させた翻訳をした、というところなんではないでしょうか。
かように、翻訳というのは非常に悩ましい作業で、「絶対正しい翻訳」というのはありえないわけです。なので、今回の戸田先生の訳は、どの解釈を優先させるかという話なので、誤訳だと決め付けているのはずいぶん言いすぎです。だいたい、「More teeth」の意味は英語関係に従事している人はさすがにわかると思います。
村上春樹が「間違いについて」*4というエッセイで、誤訳について「ひとつの文章、ひとつの単語を正確に訳すために丸一日うなっていることもあるのだということはわかっていただきたい」と書いていたことがあったけれど、いやはや、本当に難しいものなんですなあ。
<<おまけ>>
他の言語では、「More Teeth」をどのように翻訳しているか。
【スペイン語】
'Jurassic World': Más dientes | MuchCine | Todas las novedades del cine y la tv
ここでは、「Más dientes」と、「More teeth」の直訳になっています。ただし、スペイン語の「dientes」に、「力」とかの意味があるのかが調べたけどよくわからなかった。
【フランス語】
「Plus de dents !」と、直訳ですね。このdentsの意味も「歯」以外の意味があるのかはわからない。
【中国語】
ヨーロッパ圏ばかりもあれなんで。
「更多的牙齿」となっているので、これも直訳です。
なんだ、結構そのまま使ってんじゃん。
*1:誤訳女王!字幕翻訳家、戸田奈津子誤訳への怒りの数々! - NAVER まとめ
*2:この短いフレーズだってどう訳したらいいだろうって考えちゃいます。特にlouderは、大声でという意味が一般的かもしれないけど、けばけばしいとか派手なイメージがあるので、ここは「ど派手に」みたいな訳のほうが適切かもしれないし。
*3:しかし、T-レックスの歯が88本というのはいろんな日本の記事にあるのですが、いったいどこから出てきた数字なのかがわかりません。たぶん、映画の中にそういうセリフが出てきたと思うんですけど。
*4:『村上朝日堂の逆襲』新潮文庫