今日は短くて結論のない、かるーい検証記事。
なでしこJAPANが、リオ五輪の最終予選で、まさかの敗退が濃厚なんだとか。そんな折の、中国戦での大儀見選手のコメントが、ちょっとした物議をかもしています。
「全員がそういう気持ちを持っていなかった。ベンチ、スタッフ、見ている皆さんも含めて」という発言の、「見ている皆さんも含めて」という発言が、よーわからんくて、「そうか、ワイが見てないから負けたんか」というような困惑の反応を生んでいるわけです。
大儀見選手のインタビュー動画が発見できればこの話はオシマイなんですが、残念ながら発見できませんでした。ならば、各メディアが報じる、ちょっとずつ違う表現のコメントをつなぎ合わせれば、大儀見選手の発言の真意がつかめるのではないか?と、無理やり考えてみて、各メディアの表現を比較してみました*1。
さて、問題の発言を載せているのはデイリースポーツ。
「すべて懸けるつもり」という気持ちを、「ベンチ、スタッフ、見ている皆さんも含めて」もっていなかったことが敗因、というように読み取れます。
他のメディアも大儀見選手のコメントを載せています。が、多いので脚注に載せます*2。
各社、それぞれちょっとずつ違いますので、表にまとめてみました。
似たようなことを言っている部分は色分けをしてみました。
メディア名 |
コメント |
デイリースポーツ |
「最初からこの試合にすべて懸けるつもりだった。自分としては準備もしていたし、試合中も諦めなかった」 |
ゲキサカ |
「この試合に負けることが何を意味するのか理解していた」 |
スポーツ報知 |
「自分たちの本当の実力を見せつけられた無力感がある。この試合に負けることが何を意味するのか、理解して挑みました。それをすべての選手が理解していたのかというと、そうではなかったと中で感じた。ピッチに立つ以前の問題だった」 |
日刊スポーツ |
「他の国のレベルも上がっているのは確か。自分たちのレベルが上がっていない。メディアも含めて認めていかないといけない。改善しないと成長した姿を見せられない」 |
朝日新聞 |
「この試合に負けることが何を意味するのかは、自分の中で理解して挑んだ。ただ全ての選手が理解していたかというと、きっとそうではなかった」 |
スポニチ |
「自分たちの実力を見せつけられた無力感と悔しさで、10秒ぐらい動けなかった。私自身はこの試合に負けたらどうなるか理解していたが、全ての選手が理解していたかと言えばそうではない。ピッチに立つ以前のところで負けていた」 |
中日スポーツ |
「本当の実力を見せつけられた。無力感、何もできなかった責任感」 |
毎日新聞 |
「この試合で負けることが何を意味するかを理解して臨んだ」 |
各メディアで同じような部分もありますが、微妙に表現が変わっていることにも気付きますね。問題の「見ている皆さん」という表現は、実はデイリーさんしか使っておりません。なるほど。
次に、共通する言葉について、各メディアがどれを取り上げているか、またこれも表にしてみました*3。
○の数だけで見るなら、スポニチとゲキサカが、一番大儀見選手の発言を細かく伝えていることになるのでしょうか。特にゲキサカは、他メディアが伝えていない言葉を伝えているので、このゲキサカのコメントがベースになると思われます。
さて、後は、この○と×を補う感じで組み立てていけばいいのですが、ちょっと困ったのが日刊スポーツとゲキサカが全く反対の表現をしている部分。
ゲキサカ:相手の実力が上がっているとは私自身は思わない。本当に自分たち(気持ちの部分)の方が大きい。
日刊スポーツ:他の国のレベルも上がっているのは確か。自分たちのレベルが上がっていない
これでは、大儀見選手が、相手のレベルが「上がった」のか「上がってない」のか、どっちと捉えているかわかりません。それに、後に続く言葉も、ゲキサカは「気持ち」のレベルの話ですが、日刊スポーツは、「技術」のレベルの話をしていて、これもよくわからない。どっちかがミスリーディングしていると思うのですが、とりあえず詳報を伝えているゲキサカの意見をとりいれることにします*4
さあ、気を取り直して、各メディアのコメントをツギハギでつなぎ合わせ、意味を通るようにしたのが以下のコメントです。
最初からこの試合にすべて懸けるつもりだった。自分としては準備もしていたし、試合中も諦めなかった。(試合が終わった後は)自分たちの本当の実力を見せつけられた無力感と悔しさで、10秒ぐらい動けなかった。同時に、何も出来なかった責任を感じた。
この試合に負けるということが何を意味するのか、私自身は理解しているつもりだった。だが、その気持ちがチームとしてうまく機能せず、全ての選手が理解していたかというと、きっとそうではなかった。それは中でやっていて感じた。これは、ピッチに立つ以前の問題で負けていたということだ。どの試合も相手の勝ちたいという思いの方が強かった。
相手の実力が上がっているとは私自身は思わない。本当に、自分たちの気持ちの部分の方が大きい。真剣勝負の場で実力を出せないことが実力だ。(チームとして)経験に頼ってしまったところがある。少しでも向上しようという気持ちがないと、現状維持をしているだけでは、結局退化する一方。常に質の向上を追求していかないと、結局周りに追い越されていってしまう。
ほかの選手に原因を向けたくないし、常に原因のベクトルは自分に向け続けていきたい。でもそれだけじゃ解決しない問題がある。この結果を出ていた選手だけのせいにするのは簡単だ。そうではなく、原因を捉えて、その原因を、選手だけでなくベンチや協会、メディア、見ている皆さん全てが認め、改善していかなければならない。そうでなければ成長した姿を見せられない。
なかなか強引にまとめたのですが、いかがなもんでしょうか。結構意味は通ると思うんだけど、やっぱり無理やりかなあ。
この作業は遊びみたいなもんですが、何となく感じたのは、大儀見選手は、「日本は強い!」「なでしこ最強!」みたいな雰囲気が選手やその周り含め存在することを憂慮しているんじゃないんでしょうか。実力を誇大的に宣伝するメディアや、便乗する協会、それを無意識に受け入れる視聴者、そしてその雰囲気に呑まれて実力以上に過信する選手たち。大儀見選手は、そういった、曖昧に流され続ける全てを批判したかったのではないでしょうか。
今回考えさせられたのは、これほどまでにメディアの報道の表現に差があるということです。なんとなく私たちは、活字になった言葉は、「本人の言葉そのまま」だと思ってしまいますが、基本的には、メディアの裁量しだいでいかようにでも変えられてしまうということです。言葉そのものは変えなくても、取り上げる部分やつなぎあわせ方で、ニュアンスというものはだいぶ変わってきます。ドラえもんがフランスで放送禁止と言っただけで叩かれちゃう世の中*5、メディアというものは恐ろしいものです。
私はスポーツ全般に疎いのですが、試合後のインタビューなんて、記者の質問に息切れしながら答えているのをよく見ます。特に敗戦の後なんて考えもまとまらないでしょう。これで叩いちゃうのは、ちょっとかわいそうな気がしないでもない。ましてや本人がしゃべっている動画もソースとしてない状態なので、ぜひどこかのニュース番組が流して欲しいものです。
*1:この大儀見選手のコメントは、恐らく試合後のものであり、一つのコメントを各社がおのおのの裁量で記事にした、という前提で書きました。サッカーには詳しくないんですけど、多分そうですよね?
*2:
ゲキサカ
スポーツ報知
日刊スポーツ
朝日新聞
スポニチ
中日スポーツ
中日スポーツ:なでしこ、リオ絶望 中国に1−2、勝ち点わずか1:サッカー(CHUNICHI Web)
毎日新聞
リオ五輪女子アジア最終予選 中国2−1日本 なでしこ、リオ絶望的
*3:中日の「負ける意味」の△は、「負ける意味」という言葉は使っているけれど、「自分は理解していた」という表現では使っていないので便宜上そうしてみました。
*4:もしかすると、「他の国のレベルも上がっているのは確かだが、私自身はそうは思わない」という表現だったのかもしれない。
*5:もうちょっとやさしく書けばよかったと反省しています。