人間の健康の欲は計り知れず、「健康になるなら死んでもいい」と思っているような人もいそうですが、今日はそんな健康食品の話。
ナッツを定期的に食べると「寿命がより長く、ガン、心臓疾患、呼吸器系疾患で死ぬ人も少な」くなるとのこと。「ハーバード大学の研究結果」によると、「心臓発作のリスクが約半分に減った」んだそうで。
まさにいいことずくめの「ナッツ」ですが、「甘い話は存在しないんだよ」と、いつもばっちゃに教えられてきた私としては、疑ってかかりながら検証してみたいと思います。
1.この話は菜食主義者のGreger先生の話
さて、このLifeActionの記事は、Dailymailの記事を参照しています。
Dailymailは、まあ、東スポ的なところもありますけど、比較的ソースはしっかり載せています。しかし、今回の記事には、研究者の名前も出てこなければ、論文のタイトルも出てこない。確かに「Harvard University researchers」という記述は出てくるんですが、ちょっといまいちどれを指すのかがわからない。
なんだろなあ、と思って、筆者名を見ると、「DR MICHAEL GREGER FOR THE DAILY MAIL」とあります。つまり、「DR MICHAEL GREGER」という人の寄稿のような感じになるんでしょうか。
ということで、「DR MICHAEL GREGER」について調べてみると、Wikipediaでソーリーですが、公衆衛生学のプロフェッショナルな方のようです。
Michael Greger - Wikipedia, the free encyclopedia
うーん、しかしWikipediaを読み進めると、Gregerは「厳格な菜食主義」のようで、彼の主張は彼にとって「都合のいいものばかり」集めているものという批判を受けているんだとか*1。
とりあえずGregerはおいておいて、このナッツの研究のそれぞれについて調べていきましょう。元ソースによれば、ナッツに関して期待される効果は次の3つ*2。
①心疾患のリスク半減
②乳がんリスクのあるデコボコした胸にならない
③ナッツを食べても太らない?
④上記結果から、寿命が2年延びる*3
これらの研究についてそれぞれ調べていけばいいわけですね。
2.ナッツの健康に関する研究
①心疾患について
Greger氏が具体的にどの研究を指しているのかがわかりませんが、とりあえず調べてみると、ナッツと心疾患の関係を書いた論文に次のものがあります。
「ナッツ類やピーナッツが冠動脈疾患を防ぐ役割について」という研究でございまして、ナッツ類やピーナッツを食べることで、「35%程度リスクを減らす」ことができるのだとか。
ただ、私がちょっとばかり疑わしく思ったのは、この研究、どこで発表されたかというと、2007年2月、カリフォルニアのデイビスでですなあ、その名も「2007 Nuts and Health Symposium」つまり「ナッツと健康シンポジウム」なるカンファレンスで発表されたものらしいのですな*4。
そしてこのシンポジウムのメンバーには、「The Peanut Institute - Health and Nutrition Research」「the International Tree Nut Council Nutrition Research & Education Foundation」の2つの団体が混じっています。読んで字の如く、ピーナッツとナッツ系を支持する団体です。
なおかつ、この2団体は、この研究の主筆であるP. M. Kris-Ethertonには謝礼を払い、他のメンバーには交通費まで援助しています*5。ついでにP. M. Kris-Ethertonは、「the California Walnut Board」と「Western Pistachio Association」という、すごいまめまめしい団体からファンディングも受けているんだとか*6。どんだけナッツの団体があるんだ。
ここまで財政的なつながりがあると、どうもこの研究、太鼓もちっぽい感じがしてきませんか?
他にもナッツと心疾患の研究はあるのですが*7、
この研究の「Sabaté J」は、先ほどのナッツシンポジウムの時の研究者のメンバーであり、少なくとも前回の研究では「the California Walnut Commission」と「 the Almond Board of California」という団体から研究費を頂戴しています。
別にこの研究が捏造された、と言いたいわけではなく、心疾患のリスク軽減は、何もナッツに限ったことではないのでは、ということです。過去の研究にはこういうものもあります。
OrsoqAuum Omega 3 For Real Life Changes | Auum Omega 3 for Real Life Changes
1992年の研究ですが、アザラシなどの肉を食べるイヌイットが心疾患の発生率が低いことに着目し、こういった動物の肉や脂を食べることが原因なのではないか、というものです。何もベジタリアンにならなくとも、肉を食べたって心疾患のリスクを軽減する可能性はあるわけです。
②乳がんリスクについて
この動画を見る限り*8、Greger先生が参考にした研究は以下のものでしょう。
「Intake of Fiber and Nuts during Adolescence and Incidence of Proliferative Benign Breast Disease」
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3066086/
良性乳癌の増殖のリスクを、ナッツが下げたという研究結果です。
これに対する明確な反論記事はありませんでしたが、こんな話もあります。
上記記事によれば、カシューナッツに含まれる「palmitoleic」という成分が乳癌リスクと関係しているということもあり*9、どっちもどっちだという感じです*10。
③ナッツを食べても太らないのか
Greger先生が挙げているのは、この動画に寄れば*11、恐らく以下の論文でしょう。
これは、過去5年のナッツと体重減少に関する研究をレビューしたもので、「体重の増加は見込まれない」と結論付けています。
しかし、またしてもなのですが、このレビューは「the Australian Tree Nut Industry」がプログラムしているという書き方になっています*12。またナッツ関係の団体っすか。
そして、ちょっと面白いことに、結果的に体重増加が示されている研究もあります。
A randomized trial of the effects of an almond-enriched, hypocaloric diet in the treatment of obesity1–4
http://ajcn.nutrition.org/content/early/2012/06/26/ajcn.112.037895.full.pdf
この実験は、「アーモンドをいっぱい食べる」グループ(AED)と、「アーモンドを一切食べないグループ」(NFD)に分けて行いました。結果、体重はAEDグループが18ヶ月で-3.7±1.0、NFDグループが-5.9±1.0。つまり、「アーモンドを一切食べない」グループの方が、体重減少が大きかったことになります*13。あら、どういうことでしょ。しかもどちらのグループも、体重増加があった人がいるということになります。論文では「有意な差が見られない」としてはいますが、しかし体重増加するっていうのは、ちょっとどうですか。
4.今日のまとめ
①ナッツの心疾患予防や体重に関する論文は存在する。
②ただし主張しているGreger先生はバリバリのベジタリアンであることに留意する必要がある。
③しかも、提示された研究は、ナッツ関係の団体の援助を受けて作られたものも存在する。
③また、上記ナッツの効能に疑問を呈する研究もあるが、Greger先生はそれを取り上げていない。
要するに、この「ナッツ」関係の健康記事、ひとつひとつの研究は「正しい」ものでも、結局はGreger先生が、ベジタリアンしての主張に都合のいいものだけを挙げている、ということになります。
この、「都合のいいものだけとる」というのを、英語で「Cherry Picking」というんですが*14、なかなか言いえて妙ですな、「さくらんぼをつまむ」、熟して甘いものだけ選ぼうとする、というわけです。
「情報」それ自体は公平ですが、人が何かを言うとき、必ず何かしらの立場に立って語ることになります。そのときに選ぶ「情報」は、どうしても意図的にならざるをえない。当ブログもなるべく両論併記して公平を期すようにはしていますが、しかし今回の記事だって「疑わしい」という立場に立って、そういった「情報」が目立つような書き方になっています。人が何かを語るには、某かの「立場」にたって語らなければいけないので、どうにもならないことだと思います。
しかし、これが極度に反対を貫けば憎悪になり、逆に妄信すれば原理主義に陥ります。ダイエットも健康も食べ物も、何事も「ほどほど」がいいと、昔からばっちゃが言っているわけです。たまには酸っぱいさくらんぼも食べるようにしたいものですね。
*1:Greger's promotion of veganism has been criticized for including exaggerated claims of health benefits and for cherry-picking research.
Michael Greger - Wikipedia, the free encyclopedia
*2:リード文にはガンと呼吸器疾患のことも書いてありますが、まあ本文にないんで省きました。医療論文を探すのってなかなか骨が折れるんで…
*3:ただしこの点に関してはちょっとどの研究をさすのかわからなかった。多分、いろいろなリスクが軽減された際にはじき出された計算だと思うんですけど。そうすると、これはアメリカンに有効であって、他の国ではちょっと違う、ということになりそうです。
*4:Presented at the conference “2007 Nuts and Health Symposium” held in Davis, CA, February 28–March 2, 2007.
*5:The International Tree Nut Council Nutrition Research & Education Foundation and the Peanut Institute provided P. M. Kris-Etherton, the primary author, with an honorarium and all authors with travel expenses. 前掲リンク先参照
*6:P. M. Kris-Etherton, has current funding from the California Walnut Board and Western Pistachio Association and is a member of the Scientific Advisory Council for the California Walnut Board
*7:ちなみに、ソース元の記事にある「ハーバード大学の研究」というのは、以下のものをさすのかな、と思います。
「Frequent nut consumption and risk of coronary heart disease in women: prospective cohort study」
Nuts for the Heart | The Nutrition Source | Harvard T.H. Chan School of Public Health
正確には「Harvard School of Public Health」の研究ですが、スポンサーを受けずに調べているところもあります。
*8:Multivitamin Supplements and Breast Cancer | NutritionFacts.org
*9: palmitoleic acid also has been associated with higher risk of breast cancer.
Macadamia Nuts | Food for Breast Cancer
*10:例えば以下の研究が言及しています。ただ、専門用語が多くて、概要すらよくわからんかった。
”Association between serum trans-monounsaturated fatty acids and breast cancer risk in the E3N-EPIC Study”
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2679982/
*11:Nuts and Obesity: The Weight of Evidence | NutritionFacts.org
*12:A review of the evidence: nuts and body weight
http://apjcn.nhri.org.tw/server/APJCN/16/4/588.pdf
*13:The NFD group lost slightly but significantly more weight thandid the AED group at 6 mo (27.4 compared with 25.5 kg; P =0.04) (Table 2). Both groups experienced small and similar (1%) increases in weight between 6 and 18 mo.