こんなツイートが話題を集めています。
ジョン・ウェイン・ゲイシーという、ピエロの絵で有名な殺人犯の作品を買い漁ってる団体があって、展示や資産価値目当てだと思われてたら、実際は殺人犯の書いた絵がもてはやされてるのに我慢できなくて、私財を投じて買った後に絵を燃やして、この世から消し去ることを目的にしてたの映画みたいな話だ
— ひきこうもり (@Hikikomori_) 2016年6月30日
John Wayne Gacyは後述しますが1980年代の稀代のシリアル・キラーで、33人もの少年や青年を殺害し、死刑になっています。彼のピエロに代表される絵が、現在銀座のヴァニラ画廊で、「シリアルキラー展」として、展示されている*1ことに関連してのツイートのようです。
しかしながら、本当にそんな「映画みたいな話」が存在するのかどうか、ちょびっと調べてみました。
ジョン・ウェイン・ゲイシーとは何者か
まずはジョン・ウェイン・ゲイシーとは、どんな殺人者なのかを簡単に記載します。
1942年にシカゴで生まれたゲイシーは、厳しい父親による躾の元で、歪んだ少年期を過ごし、ある青年の殺人を皮切りに、少年たちを強姦し、殺害するということを33人も行いました。死体は彼の家の床下からほとんどは出てきたそうです。
色々な精神鑑定が行われたのですが、結局は死刑を宣告され、1994年5月10日に薬物注射による死刑が執行されます。通常は7分程度で静かに絶命するというはずが、何かの手違いで20分近く苦しんで絶命したというエピソードは、日本の「世界びっくりニュース」みたいな番組でも放映されて、ご存知の方もいるかもしれません*2。
彼が絵を描き始めたのは投獄されてからで、「Pogo」としてピエロの絵を数多く描き、他にもエルビスプレスリーや、キリスト、骸骨の絵などを描きました。1985年までは、売り上げも手にできていたようです。
絵は燃やされていた
さて、実際に彼の絵を燃やしている団体が存在するかどうかですが、絵が燃やされていたことは事実です。
ネタ元として最も古いのは1994年5月15日の「Chicagotribune」。
「 Joe Roth 」と「Wally Knoebel」というビジネスマン(トラックパーツ会社のオーナーだそうです)が、イリノイ州のネイパービルでのオークションで、「 $15,000 to $20,000」かけてゲイシーの絵画を30点ほど買い上げ、「この絵をこの世から消し去る*3」と宣言しているということがが書かれています。
続く5月18日の記事では、
「ニューヨークの画廊から燃やさないでくれという苦情がきた」ことを明らかにしましたが、「シカゴで来月に燃やす」ということを発表した、とあります。
で、1994年6月19日の「The Southeast Missourian」の新聞に、燃やしたことの記事が載っています。グーグルには新聞のアーカイブもあるんですな。
The Southeast Missourian - Google News Archive Search
記事タイトルは「John Gacy paintings burned」。9人の被害者家族を含む300人の前で、絵は燃やされたといいます。ちなみにこの記事ではかかったお金が「$7300」と、Chicagotribuneと差があるのが気になります。
ゲイシーの処刑が1994年5月10日、ゲイシーの絵のオークションが5月14日とあるので、本当に処刑後すぐの出来事だということになります。人々の記憶も新しく、多くの耳目をひいたでしょう*4。
しかしながら、これ以降、ゲイシーの絵が燃やされたという情報は見つかりません*5。あくまでこの燃やした出来事は、トラックパーツ会社のオーナー個人の行いなので、ましてや、彼の絵を集めて燃やしているという団体は存在しません。この衝撃的なできごとが、どこぞやで尾ひれはひれをつけてしまったのではないかと思われます。ツイート主さんは、会話を見ると、絵のキャプションにそのような旨が書かれていたということなので、記憶違いか、画廊側のミスでしょう。
サムの息子問題
しかしながら、1994年以降も、このゲイシーの絵はたびたび競売にかけられたり販売されたりして、論争を巻き起こしています。
State: Sale of Chicago serial killer's art draws protests
2011年にラスベガスで競売にかけられた際は、その収益を「the National Center for Victims of Crime」に寄付するとされましたが、センター側がそれを拒否した、と上記記事にはあります。その利益は「血塗られたお金」ということになる、というわけです。
この「The ‘Murderabilia’ Market」、すなわち「殺人関連市場」とでも訳しましょうか、これはマーケット界隈では注目されている分野になっています*6。値がつくということは、この「殺人者の作品」という部分に価値を持つ人がいるということで、そしてそこは今まで見落とされていた絶好の市場というわけです。
アメリカのニューヨークには「サムの息子」という、犯罪関連者の出版物などの利益を押収する法律が存在しますが*7、これは犯罪者の資産没収という意味であり、他の人々、画廊や骨董品店の利益を妨げるものではありません。倫理的にはグレーであるが、法律的には問題ないわけです。関係者も「第二次大戦の物品を売るのと何ら変わりがない」と言っています。
なので、今アメリカでは、そういった「The ‘Murderabilia’ Market」を取り締まれる法律を作れないか議論が行われています。
この法案は頓挫してしまったようですが、そういう議論の高まりが起こっているわけです。
今日のまとめ
①ゲイシーの絵は1994年に個人によって燃やされたのであり、彼の絵を集めて廃棄しているような団体は存在しない。
②このような「殺人関連市場」は倫理的に問題視されており、法案の制定の動きも出ている。
日本でも、神戸の少年Aの本の利益をめぐって、同じような論争になったことがありました。個人的には、日本版の「サムの息子法」は、表現の自由にも抵触しないので悪くないのかなとは思いますが、結局最終的な問題は、我々自身にかえってくるような気もします。「殺人者」というものに、某かの幻想を抱くのは、下卑た野次馬根性なのか、それとももっと根源的な何かなのか。
上記記事には、このような「殺人関連市場」のことが詳しく載っていて、英語ではありますが、なかなか読み応えがあります。その中の業者の一人が、この市場を「This is the American dream」と表現していることが興味深いとともに、アメリカのもつなんともいえないヒヤリとする感覚を覚えます。
*1:16/6/9 〜 7/10 特別展示 HNコレクション「シリアルキラー展」のご紹介 ヴァニラ画廊
*2:以上、wikipediaを参考にしました。
*3:"We want them wiped off the map,"
*4:恐らくですが、ゲイシーは前年の10月に、絵画の利益を受け取らないように訴えを起こされているので、画廊側も、彼が死なないと売りさばくことができなかったのではないでしょうか。そのために、関心のある早い段階での競売になったのだと思います。
Owner Will Turn Gacy's Art To Ashes - tribunedigital-chicagotribune
The state sued Gacy last October to prevent him from profiting from the sale of artwork he painted while on Death Row at the Menard Correctional Center in Chester.
*5:ためしに、「john wayne gacy painting burned」でぐぐってみても、1994年の記事が出るだけで、そのような団体がクローズアップされません