食の安全についてはいつも喧々諤々の議論がされるところですが、先週こんな記事が話題になったようです。
記事によれば、「大手製パン企業のパン」には「発ガン性物質の「臭素酸カリウム」」が添加されていて危険であるのに、「いつの間にか、パンに表示さえしなくな」ったということ。他にも、「パン」には油脂など様々な添加物がしてあり、必須アミノ酸だってごはんの方が上じゃい!日本人なら米食ぜよ!という怒涛の文章が続いています。
まあちょっとばかり、香ばしいにおいがしているので、丁寧に調べてみました。
「臭素酸カリウム」を使用しているパン企業はない
さて、くだんの「臭素酸カリウム」ですが、こういうものです。
パンを焼く時の生地に臭素酸カリウムを添加すると、小麦粉のたんぱく質に効果的に作用し、パンの品質(膨らみ方や食感)が向上するといわれています。
パンの膨らみ方に作用するということで、巷では「防カビ」というイメージも強いようですが*1、カビとは全く関係がなさそうです。
さて、「大手製パン企業」(変な呼称だ)とは、筆者は恐らく「ヤマザキパン」を指したつもりではないかとは思うのですが、万全を期すために、全国で販売しているであろう主要6社に範囲を広げて、「臭素酸カリウム」の使用の有無について調査してみました。
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臭素酸カリウムの使用有無 |
過去の使用 |
無し*2 |
不明*3 |
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無し*4 |
無し |
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無し*5 |
無し(1980年より) |
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無し*6 |
無し(1980年より) |
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無し*7 |
不明*8 |
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無し*9 |
2004年~2014年2月まで |
過去に使用していた経緯はあるでしょうが、現在は少なくともどこの「大手製パン企業」も「臭素酸カリウム」を使用していません。「いつの間にか、パンに表示さえしなくな」ったのは、どの会社も使用していないからです。もしかすると、筆者は、加工助剤という、他の添加物の補助剤においては「臭素酸カリウム」の表記をしなくてもいい、という話*10からそんな書き方をしたのかもしれませんが、少なくとも公式の回答としては、「使用」自体をしていないということですので、隠れてこっそりしてたら、そっちの方が問題です。
いや、この回答自体が隠蔽されたものだ、という話になってしまうと、もはや議論が成り立たなくなるので、どうしようもありませんが。
アミノ酸スコアは大切か
これは余談になりますが、筆者の言う「アミノ酸スコア」の話もいかがかなあと思います。
「パン食」などの小麦粉のアミノ酸は37。精白米では61……となっているわけですね。ぼくは玄米が好きですが、精白米でも、「パン食」よりはずっと良質なタンパク質だということになります
アミノ酸スコアとは、食品に含まれる「必須アミノ酸」の構成比で算出されたものです。窒素1gあたりに占める必須アミノ酸が基準値と比較してどれだけ含有されているかを評価しており、算出方法は簡単に言えば、基準値を充たせば100、充たさないアミノ酸の種類があった場合、スコアは最低点のアミノ酸のスコアに合わせる、ということです。桶の論理というそうです。
なので、小麦のアミノ酸のスコアが37というのは、必須アミノ酸の中で最低値を示したリシン*11のスコアが37ということであり、小麦に良質のタンパク質が含まれていない、という話ではありません。精白米も同じくリシンの値が低く61であり、これをもってして、どちらが良質のたんぱく質を含んでいるか、ということはわかりません。
タンパク質の量で考えるなら、むしろ小麦粉は白米より断然多く*12、たんぱく質の含有量とアミノ酸スコアに関連性はないので(窒素1gの割合なので)、ご飯とパンを同量食べるなら、パンの方がむしろタンパク質をとれるのではないか、という気もします。
筆者は「大豆(味噌汁や納豆など)を加えますと、アミノ酸スコアは100にもなります」と書いていますが、それはパンも同じことで、牛肉もアミノ酸スコアは100なので、だったらマックのハンバーガーだって良質のアミノ酸がとれることになります。アミノ酸スコアの話だけで、「パン食」「米食」の優劣をはかることはナンセンスです。だいたい、この話は、特に西欧の小麦文化を真っ向から否定することになります。
今日のまとめ
①「大手製パン企業」において現在、「臭素酸カリウム」を使用している企業は存在しない。
②必須アミノ酸は、含有量ではなく、基準値に対しての割合なので、必ずしも米食でパンより良質のたんぱく質がとれるとは限らない。
うろ覚えですが、私の好きな、詩人の田村隆一が、タバコをやめないのかという質問に対して「君は死ぬのが怖いのか?」と返したというエピソードがあります。このエピソードは田村隆一だから成り立つのだと思いますが、食の安全にやきもきしすぎる人は、いちどご自身で、「生きるとはなにか」という哲学的命題を考えたほうが、よっぽど身体と心にいいのではないかなあと思います。
*1:この本が原因ですね。
ヤマザキパンはなぜカビないか―誰も書かない食品&添加物の秘密
- 作者: 渡辺雄二
- 出版社/メーカー: 緑風出版
- 発売日: 2008/03
- メディア: 単行本
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*2:メールにて問い合わせ
*3:ただし、一貫して不使用の立場をとっている生協に商品を提供していたため、使用したことがないのではないか、とのこと
*4:メールにて問い合わせ
*6:Pasco > 会社情報 > 安全・安心へのこだわり(臭素酸カリウム不使用について)
*7:電話にて問い合わせ
*8:ただし以下のサイトによれば、フジパンも生協に1984年からパンを提供しており、乳化剤・イーストフード不使用という形をとったようで、臭素酸カリウムはいわずもがな、という感じがします。
[東海コープ]食パン(2斤):探ってみようこの商品:生活協同組合コープみえ
*9:【日本の議論】山崎製パン「添加物バッシング」の真相 カビにくいのはなぜ? 臭素酸カリウムは?(3/4ページ) - 産経ニュース
その食品添加物の使用基準で、最終食品の完成前に除去あるいは分解または中和することが定められているもので次のようなものが該当します。
亜塩素酸ナトリウム、アセトン、イオン交換樹脂、塩酸、
過酸化水素、次亜塩素酸水、シュウ酸、臭素酸カリウム、
水酸化ナトリウム、ナトリウムメトキシド、二酸化ケイ素、
ヘキサン、ポリビニルポリピロリドン、硫酸
この話は、いわゆる食の安全に敏感な方たちの攻撃材料になっています