ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

ヴォイニッチ手稿は解読されたのか、ロマンを食べたい

ヴォイニッチ写本の謎

ヴォイニッチ手稿というと、15世紀の謎の暗号のような本、ということで有名ですが、これをロシアの数学者たちが解読したのではないか、という話が出ています。

 

blog.livedoor.jp

 

久しぶりにまとめサイトなんかをソースに持ってきてみますが、ここのスレにもあるとおり、「こいついっつも解読されてんな」という感じがするもの事実です*1

 

というわけで、今回のこの話、どこまで真実味があるのかを調べてみました。しかし残念なことに、あんまりすっきりしたオハナシではありません。

 

 

***

 

ソースはRIAノーボスチ

 

ロシアの色々なニュースサイト、およびそれを元にした英語圏のサイトがソースにしているのは、RIAノーボスチです。2017年4月19日。

 

ria.ru

 

ここの話によると、要はヴォイニッチ手稿は、母音を削除した「二つの言語」を組み合わせる、というような暗号のような手法ではないか、というものです。以下のノーボスチが作った動画がわかりやすいです。

www.youtube.com

 

その他の記事内容は、Google先生を信じるなら、そうそう大差はありません。統計学的な手法によって、ヴォイニッチ手稿にある言語がどの言語に近いかを調べ、どうもテキストの60%が英語もしくはドイツ語でかかれ、残りはイタリア語かスペイン語で書かれているのでは、というようなことが書いてあります。

 

そして、 Юрий Орловという数学者は、「ケシからのアヘンの抽出方法が書かれている」という旨の発言をしています。

 

ロシアの研究所の論文

さて、この研究の論文を探すのが当ブログの王道です。手がかりになる1つ目は、 Юрий Орловという数学者の名前です。英語名では「Yuri Orlov」。

 

Yuri Orlov - Wikipedia

 

元々ソ連の数学者・科学者ですが、弾圧にあい、アメリカへ亡命したとのこと*2。1924年生まれなので、今年で御歳93歳。え、ちょっとご高齢すぎませんか・・・

 

もう一つヒントになるものは、「Препринты ИПМ им. М.В.Келдыша(Keldysh Institute of Applied Mathematics)」という研究所。

 

Главное Меню Администратора

 

ロシア国立の数学・科学関係の研究所のようです。今回のヴォイニッチ手稿の研究はここの研究所の研究員でされたものです。ということはここに、今回の件の論文がある可能性が高い。

 

というわけで調べてみると、ひっかかりました。

 

Статистические закономерности европейских языков и анализ рукописи Войнича

 

英語名は「Statistical regularity of European languages and Voynich Manuscript analysis」。「ヨーロッパ言語とヴォイニッチ手稿の統計的規則性」といったところでしょうか。概要によれば、「統計的性状の分析」によって手稿を調査したところ、二言語で分布構成されていることがわかったというこで、今回の内容と合致していそうですね。

 

しかし今回の論文はPreprintということで、どこかに発表された論文ではなく、精査前のものだという事になるのも留意が必要そうです。ちなみに93歳のYuriは名を連ねていますが、主筆という感じではなさそうです。

 

また、論文は2016年のもので、かつNo.52の表記があります。この研究所のプレプリントの2016年のナンバーは145まであるので、2016年も前半の方ではないか、と考えられます*3。少なくとも2017年に発表された最近の話ではない、ということですね。

 

 

論文*4は当然ロシア語なので、さすがに全部読む気になれないのですが、結論(Заключение)の部分だけ読むと*5、手稿のテキストの6割は「西ゲルマン語群(Западногерманские языки)」、残り4割は「ロマンス諸語(Романские языки)」もしくはラテン語で構成されているとのこと。西ゲルマン語群は「英語あるいはドイツ語(английский или немецкий)」、ロマンス諸語は「イタリア語もしくはスペイン語(итальянский или испанский)」が指定されています。細かな違いはありますが、今回の報道の内容とほぼ変わりはありません。

 

結論では「誰が、なぜ作ったのかは曖昧な形でしか答えられない(откуда он появился и кто, а главное, зачем его создал, авторы не могут пока дать однозначного ответа,)」としながらも、仮定として、「錬金術師(алхимиков)」たちが、実際に存在したフォントに基づいてアルファベットを創り、暗号化を施し、しかし歴史の過程でその暗号解読表のような存在が忘れ去られてしまい、解読できなくなった、というところではないかとしています*6

 

なので、やはり今回の研究は、解読をしたというより、テキストの暗号化パターンの仮説、という程度のものであるようです。

 

アヘンの抽出方法は書かれているのか

実は、そうすると気になるのが、Yuri博士がコメントしていた、「アヘンを獲得するためにはどの年にケシの種を播種する必要があるかが説明されている」という部分です。言語も特定できておらず、解読ができていないのに、なぜそんなことが言えるのか。

 

アヘン云々の話は、もともとの論文には出てきません*7。Yuri博士は、RIAの記事でこうコメントしています。

 

Однако я не знаю, насколько важным на сегодняшний день представляется понимание текста как такового, потому что, судя по рисункам, там объясняется, в какое время года нужно сажать мак, чтобы потом получить из него опий.

しかし、このようなテキストを理解することがどれほど現代において重要かは私にはよくわからない。なぜなら、絵から判断するに、アヘンをケシからとるためにその年のいつ収穫したらよいかの説明がされていたりするから。

 

上記はGoogle先生頼みの意訳なので、正確ではないとは思うのですが、私が注目するのは「судя no рисункам」の部分です。これは英語では「judding by the figure」ぐらいの意味だと思うのですが、「рисункам」は恐らく「絵」「図」という訳になるでしょう。となると、Yuri博士は「図」からアヘンの話を判断しただけであり、今回の統計手法の解読パターンから読みとったわけではない、ということになります。博士は続けて、「数学者にとって大切なことは数学的な証明だ(Для нас же, математиков, самым важным моментом является проверка математи)」と語っており、ケシとアヘンの話は、彼ら数学者にとってヴォイニッチ手稿の内容自体は重要ではない、という主張のためのただの例示に過ぎない、と考えられます。

 

ちなみに、ヴォイニッチ手稿とアヘン・ケシの話は以前から話題に上っています。

 

[ABERIL FOOLS] Zandbergen’s Deceit: A Complete and Holistic Explanation of the Voynich Manuscriptbriancham1994.wordpress.com

 

上記はエイプリルフールネタなのですが、「Figure 26. Left: Bulbous structure on plant on f90r1.」の絵が、ケシと似ているとして写真を載せています。

 

The Voynich Botanical Plants

 

上記も、ケシの花とFolio 38rの図が似ている話を出しています。

 

また、2005年の投稿で、ヴォイニッチ手稿はケシの収穫方法の説明ではないか、というような書き込みもあります。

 

Voynich Manuscript: A Recipe For Harvesting Opium Poppies
Postby geon » Sat Jan 22, 2005 4:18 pm

I think the Voynich Manuscript is a recipe for harvesting opium poppies. The manuscript images found here as well as the astronomical/seasonal one displayed on today's APOD illustrates this. The manuscript shows when to harvest the opium poppy (APOD image), when to cultivate it (image: F34r.jpg) and how to process it (images: F75r.jpg, F78r.jpg) into morphine

Voynich manuscript discussion: 2005 January 22 - Page 3 - Starship Asterisk*(図のリンクはいずれもきれています)

 

 

今日のまとめ

①今回のヴォイニッチ手稿の解読の話は、RIAノーボスチ通信が各社のソースとなっている。

②ロシアの科学・数学研究所の研究員たちが2016年の前半に出した「ヨーロッパ言語とヴォイニッチ手稿の統計的規則性」のプレプリントの論文が元になっている。

③論文においても、二つの言語の組み合わせによる暗号化であることが述べられているが、解読できたわけではなく、統計的手法によって、暗号化パターンの仮説を立てたということのようである。

④「ケシの実からのアヘンの抽出方法が書かれている」という記述が散見されるが、Yuri博士はそれを手稿の「図」から判断しており、今回の解読方法とは関係がない。

 

今回の話は、批判的な見方も多いです。

 

scienceblogs.de

 

上記ブログ記事は、「他のものより信頼度は高そうだが(This makes it more credible than many others, )」としながらも、ここから解読をすることはかなり容易ではないことだとしています。

 

また、

indicator.ru

 

上記記事はロシア語なので斜め読みですが、恐らく様々な言語テキストの同一性がない部分が批判されているように見えます。もうちょっと言語学からのアプローチがほしいといったところでしょうか。

 

 

というわけで、これがきっかけに解読されるのかどうかは、今のところは全くの不明瞭と言ったところですが、ロマンあふれる話ではあります。私もこういうロマンを食べて生活していきたいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:このスレの元になっているのは以下の記事でしょう。

ロシアの数学者たちが「ヴォイニッチ手稿の言語構成の解読に成功」との報道。使われている言語の60%は英語とドイツ語であることが判明。そして内容の一部には「ケシからアヘンを採取する方法論」が含まれる模様 | In Deep

 

ちょっとムーな感じのサイトですが、しっかりロシア語もあたっていて、丁寧な記事です

*2:Yuri Orlov - Wikipedia

*3:

http://library.keldysh.ru//prep_ls.asp?pos=1

*4:

http://keldysh.ru/papers/2016/prep2016_52.pdf

*5:上記論文のP34以降

*6:

Возможно, что некая небольшая группа (алхимиков?) – учитель и его немногочисленные ученики – разработали алфавит на основе современного им шрифта. На данном, весьма неплохо проработанном, надо сказать, шрифте они записали несколько текстов для внутреннего употребления, причем сами авторы, судя по легкости письма (символы не нарисованы каллиграфом, а написаны, причем многие из них слитно – см. рис. 20), хорошо понимали, что написано. Впрочем, сначала мог быть изготовлен черновик с переводом обычного текста на шифр, а уже затем этот шифр был записан в виде изучаемой нами рукописи.

のあたり。

*7:「мак(ケシ)」および「опий(アヘン)」で検索をかけても、論文内では引っかからないから、という判断です。もし記述があったら教えてください