先ごろ、ドイツで「同性婚」の合法化案が可決されたとして、大きく報じられました。
この「同性婚」という日本語に対して、以下のようなツイートが、私の興味を引きました。
今日「ドイツで同性婚が合法化された」と日本で報道されていますが、ドイツでは「全ての人に婚姻が合法的に認められた」というような報道がされています。それで思ったのは、言語的な部分で日本人は人をカテゴライズしているんだなぁと。本当に性別や人種といった枠を取り払うには言語の進化が必要!!
— Yoshitora Mori (@moritora810) 2017年6月30日
ドイツでは、「同性婚」という言葉ではなく、「全ての人」の「婚姻」という形で報道されているとのこと。日本の人権意識の低さをツイート主の方は指摘しています。
また、反響の大きさに詳しい説明が必要と感じたのか、自身のブログでもご自身の発言の意図について、詳しく説明されております。
上記記事には以下のような説明が付け加えられています。
ということで、同性とかいう言葉は出てこないんです。詳細を読んでいくとメルケル首相の発言なんかにはそういう言葉も出てきますが、メディアはほとんどその言葉を使っていません。
細かいところが気になる私としては、果たして本当にドイツでは「同性婚」という言葉が使われていないのか、これは日本だけの現象なのか、他の国ではどうなのか、というところを調べてみました。
ドイツの同性婚への道筋について
そもそもドイツでは、「生活パートナーシップ法」が2001年に成立しており、「官庁に登録した同性カップルについて婚姻に準じた保護が認められるようになった」そうです*1。
当初は税制上の優遇が異性間の婚姻に比べるとないものも多かったようですが、2008年には遺族年金について、2011年には退職年金についてなど、「性的志向に基づく差別」と判断され、段階的に同性婚の待遇が改善されてきたようです*2。養子縁組についても、「養子縁組の対象を他方のパートナーの実子に限定し、そのパートナーの養子との間の養子縁組を認めていないこと」も基本法に反するとして、改善を求めています。
今回の「同性婚」の容認は、制度上ということであれば、この養子縁組についてが特に大きな側面を持つのでしょうが、権利という点から見れば、どんな性別・性志向の人間でも婚姻関係を持つことができると明確に定められた点が、色々な支持者の勝利となっているのでしょう。
ちなみに、今回の法案の名前は「zur Einführung des Rechts auf Eheschließung für Personen gleichen Geschlechts」*3。ドイツ語はよくわからんのですが、「Personen gleichen Geschlechts」は「同性愛者」に近い意味でしょう。「同性愛者のための結婚権利の導入」というところでしょうか。実は、そもそも、この法案の名前に「gleichen Geschlechts」、「同性」の言葉が入っているんですね。うーん、どうなんでしょうね。
では、さっそくドイツ他、各国が今回の件をどのような見出しと内容で報じているのかをまとめてみました。どの記事を採用するかは、一応各国の主要紙から、今回のドイツの決定を報じた一番初めのもの、ということにしました*4。
ドイツでの報道について
まず、今回の「全ての人のための結婚」なる言葉は、ドイツ語で「Ehe für alle」。中道左派のドイツ社会民主党(SPD)が、今回の「同性婚」で大きな役割を果たしていたと思うのですが、SPDの推進ポスターにもでかでかと「Ehe für alle」が掲げられ、「#Ehe für alle」のハッシュタグでもって、twitterなどでの運動も盛んだったようです*5。
Ehe für alle, aber ohne Merkel | ARTE Infoより
つまり、ドイツ国内で「Ehe für alle」は、今回の「同性婚」法案の合言葉のようになって、広く認知されていたという前提が必要です*6。
逆に、「同性婚」や「同性(愛者)」に関するドイツ語は「Ehe für homosexuelle Paare」や「Gleichgeschlechtliche Ehe」などが該当するのかなと思います。もし「同性婚」という言葉でドイツ紙が報じていないならば、「Ehe für homosexuelle」などの語はメディアには登場しないはずです。
以上を踏まえ、ドイツの主要5紙*7は、今回の件をどのように報じているのでしょうか。(なお、新聞名のリンクは此れ以後すべて、当該記事につながっています)
新聞名 |
傾向 |
見出し |
「同性」の有無 |
「同性」該当箇所 |
左派リベラル |
BerlinFreude nach der Entscheidung für die "Ehe für Alle" |
○ |
Nach jahrzehntelangem Ringen hat der Bundestag Ja zur Ehe für Homosexuelle gesagt. |
|
保守リベラル |
Bundestag beschließt „Ehe für alle“ |
△*8 |
die Öffnung der Ehe für homosexuelle Paare. |
|
保守 |
Ehe für alle beschlossen - Konfetti bei den Grünen |
○ |
393 Bundestagsabgeordnete haben für die Einführung der Ehe für homosexuelle Paare gestimmt. |
|
左派リベラル |
75 Unionsabgeordnete stimmen für Ehe für alle |
× |
|
|
オルタナティブ志向 |
Kommentar Ehe für alle-Was für ein herrlicher Tag! |
× |
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Gleichstellung auf der Tagesordnung*9 |
△ |
Danach soll auf Basis eines Gesetzentwurfs aus dem Bundesrat über die Öffnung der Ehe für homosexuelle Paare abgestimmt werden. |
さすがに見出しは全て「Ehe für Alle」で統一されていますが、記事内部に関しては、結構「同性婚」の語が使われていることがわかります。Frankfurter Rundschau紙なんかは使わないようにしているようですが、そこまで各紙とも神経質になっているような気はしません。
とはいっても、私のドイツ語はGoogle頼みのvery poorなので、意味の取り違えや、あるいは「Ehe für homosexuelle」が団体名などの固有名詞として使われている場合なのかもしれません。また、ツイート主の方はブログで「メルケル首相の発言なんかにはそういう言葉も出てきますが」としていますので、私が気づかないだけで、これは誰かの発言の引用部分なのかもしれません。ただ、私ががんばって調べた限りでは、やっぱり各紙とも、「同性婚」という語は使っているように見受けられます*10。
アメリカでの報道について
では、他の国はどうでしょうか。アメリカの各紙を見てみます。
新聞紙 |
見出し |
記事該当箇所 |
Germany Legalizes Same-Sex Marriage |
Germany’s parliament legalized same-sex marriage in a snap ballot Friday despite Chancellor Angela Merkel’s no vote. |
|
After Merkel U-turn, Germany approves same-sex marriage |
The German parliament voted Friday to legalize same-sex marriage, joining many other western European nations and the United States in implementing equal rights. |
|
German Parliament Approves Same-Sex Marriage |
when the lower house of the German Parliament voted to legalize same-sex marriage |
|
Same-sex couples and supporters praise Germany's legalization of same-sex marriage |
German lawmakers voted Friday to legalize same-sex marriage |
|
Germany legalizes same-sex marriage after Merkel U-turn |
German lawmakers voted Friday to legalize same-sex marriage, |
基本的に各紙とも「Same-sex marriage」、つまり「同性婚」という語でもって見出しを飾り、記事内でも同じ語句を使っています。「Ehe für Alle」への言及はあまりありません。
イギリスでの報道について
では、同じ英語圏でも、お近くのイギリスではどうでしょうか。
新聞紙 |
見出し |
記事該当箇所 |
Germany legalises same sex marriage |
The German parliament voted to legalise gay marriage on Friday |
|
Victory for gay marriage despite Merkel’s vote against |
German MPs agreed to legalise same-sex marriage yesterday, |
|
German parliament votes to legalise same-sex marriage |
Germany’s parliament has voted to legalise same-sex marriage by 393 votes to 226 |
|
German parliament votes to legalise same-sex marriage |
German MPs have voted in favour of legalising same-sex marriage |
こちらも、基本的には「same sex marriage」もしくは「gay marriage」で統一されており、表には載せませんでしたが、「Ehe für Alle」に言及しているのはBBCなど、少し限られておりました*11。
スペインでの報道について
他の言語圏ではどうでしょうか。スペインの各紙についても見てみます。
新聞紙 |
見出し |
記事該当箇所 |
Alemania aprueba el matrimonio homosexual |
El Parlamento federal alemán ha aprobado este viernes la legalización del matrimonio homosexual. |
|
El parlamento alemán aprueba la legalización del matrimonio homosexual |
El pleno del parlamento alemán ha aprobado este viernes la legalización del matrimonio homosexual |
|
El Parlamento alemán legaliza el matrimonio homosexual con el voto en contra de Angela Merkel |
El legislativo alemán ha aprobado por mayoría el matrimonio homosexual tras una sesión calificada |
|
Alemania aprueba la legalización del matrimonio homosexual con el ‘no’ de Merkel |
El pleno de la Cámara baja alemana aprobó hoy la legalización del matrimonio homosexual, |
|
Alemania legaliza el matrimonio homosexual |
Después de una semana muy intensa, el Parlamento federal ha dado luz verde a la legalización del matrimonio homosexual. |
各紙とも「matrimonio homosexual」、つまり「同性婚」という表現で見出し・記事内容とも書かれています。ただ、別の表現もあって、El Mundoなんかは、
El resultado de la votación fue 393 votos a favor del "matrimonio para todos" y 226 en contra, entre ellos el de Merkel
と、「Ehe für Alle」を訳して使っています。ただ、限られてはいます。
フランスでの報道について
脚注に書きましたが、フランスでは「Mariage pour tous」「全ての人のための結婚」の語が2013年に民法改正運動に発展していたようで、先駆的な国であったようです。フランスではドイツのことをどのように報じているのでしょうか。
新聞紙 |
見出し |
記事該当箇所 |
|
Allemagne : le Parlement légalise le mariage homosexuel dans un vote express |
Le texte de loi légalisant le mariage en Allemagne entre personnes de même sexe a été approuvé par 393 députés contre 226. |
||
L'Allemagne légalise le mariage homosexuel |
Les députés allemands ont approuvé vendredi à une large majorité la légalisation du mariage gay. |
||
Le Parlement allemand légalise le mariage pour tous après moins d'une heure de débats |
l'accès au mariage aux couples de même sexe, |
||
MARIAGE GAY EN ALLEMAGNE: "UN VOTE POUR L'AMOUR" |
la communauté homosexuelle réunie devant le Parlement exulte en apprenant la légalisation du mariage gay, |
「MARIAGE GAY」や「même sexe」といった、「同性婚」「同性」の語が使われていていますが、例えばFigaro紙の別の記事では「Mariage pour tous : en Allemagne, un vote sans débat」と見出しに使ったり、FranceSoir紙の記事では「l'autorisation du mariage pour tous」と使ったり、全体としては多い印象です。ただ、「同性婚」という言葉を排除しているわけではありません。
中国での報道について
日本と同じアジア圏の中国ではどうでしょうか。統制でもあるのか、あんまり引っかからなかったんですが、以下の通り。
新聞紙 |
見出し |
記事該当箇所 |
德同性婚姻合法化 可領養兒童 |
給予同性伴侶完整的婚姻權利 |
|
德国联邦议院开绿灯 通过同性婚姻合法化法案 |
德国联邦议院30日以投票表决的方式通过了在该国同性婚姻合法化的法案 |
これは結構日本語とおんなじですね。ただ、中国新聞網では「“让所有人都能结婚”的法案」と、「Ehe für Alle」の訳語を載せているあたりがちょっと驚きです。
日本での報道について
さあ、それでは、結局日本ではどのように報道されているんでしょうか。
新聞紙 |
見出し |
記事該当箇所 |
同性婚法可決…賛成多数で 今秋にも施行 |
同性間の結婚を認める法案について審議し |
|
同性婚を合法化 ドイツ連邦議会 |
同性婚を合法化する法案を可決した |
|
ドイツ下院、同性婚法案を可決…首相が態度軟化 |
ドイツ連邦議会(下院)は6月30日、同性婚を認める法改正を賛成多数で可決した。 |
|
ドイツ 議会下院で同性婚認める法案可決 年内に施行へ |
ドイツでも議会下院が同性婚を認める法案を可決し |
|
独下院、同性婚法案を可決=首相、総選挙の争点化回避 |
同性同士の結婚を認める法案を賛成多数で可決した |
ツイート主さんのご指摘の通り、「同性婚」という表現だけでもって見出しも記事内も書かれており、現時点では「Ehe für Alle」の言及はありません。
しかし、今まで見てきたとおり、なにもこの現象は日本に限ったことではなく、多くの諸外国の報道の仕方も「同性婚」でほぼ統一をされてきているわけです。それで、日本の報道だけ槍玉に上がるのは、少々フェアではないというものです。また、ただでさえ海外のニュースは情報のアップが日本では遅いので、これから「Ehe für Alle」も含めた、もう少し深い内容の報道があるかもしれません。
今日のまとめ
①ドイツでは「Ehe für Alle」という「全ての人のための結婚」というスローガンのもと、今回の法案可決の運動が行われてきた経緯もあり、メディアはほとんど「Ehe für Alle」を見出しにつかっている。
②ただし、「同性婚」という語を排除しているわけではなく、主要紙でも記事内では通常通り使用されている。
③他の国においても、「同性婚」という語で見出しや記事を書いており、ほとんど日本と同じ状況であるので、日本だけ槍玉にあげるのはフェアではない。
私はこの「Ehe für Alle」という語はステキだと思います。要するに、「結婚」という概念はもはや「性」という枠組みすら必要なくなってきている、ということを端的に示している事実だと思います。これからきっと、この言葉が徐々に世界に広まっていくのでしょう。人類の進化を感じる出来事です。なので、ツイート主さんの語る意味自体にそれほど反論はありません。
ただ気になるのが、「同性」という言葉の「カテゴライズ」が差別的になりはしないかという部分です。今回のドイツその他の諸外国の報道を見る限り、「同性」という語に関してそれほど神経質になっているようには見られません。ツイート主さんにそこまでの意図はないのかもしれませんが、ことさら「同性」という枠組みを拙速に深刻に考えることは、今回の運動に携わった人たちの本意ではないのではないか、ということです。
それにしても、もし人類が「性差」を乗り越えたとしたら、今度は「種族」になるのでしょうか。人間と動物、あるいは無機物との婚姻とか。もっと哲学的に考えるなら、アイデンティティ、自他も超えて、私もあなたもみんなひとつという状態になるのかもしれません、なんて妄想で今日の記事を終りたいと思います。
*1:
「諸外国の同性パートナーシップ制度」 P35
http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/pdf/071102.pdf
*2:
「諸外国の同性婚制度等の動向
―2010 年以降を中心に―
調査と情報―ISSUE BRIEF― NUMBER 798(2013. 8. 2.) 」
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8243577_po_0798.pdf?contentNo=1&alternativeNo=
*3:Deutscher Bundestag - Startseiteより。これはドイツ連邦会議のサイトなんですが、この法案が可決されたことを示すニュースのタイトルは「Mehrheit im Bundestag für die „Ehe für alle"(「全ての人のための結婚」が連邦会議で過半数をとる」なので、連邦会議は「Ehe für alle」を採用していますね。
*4:が、英語以外はわからんちんなので、ずれていうのもあったらすみません
*5:
参考→
#Ehe für alle - Twitter Search
*6:ただし、恐らくではありますが、「Ehe für alle」という語自体はSPDが考えたものではなく、何年か前から、「同性婚」を議論する際に出てきていた言葉のようです。以下は2012年8月10日のSüddeutsche Zeitungの記事タイトル。
Was der "Ehe für alle" im Wege steht
Streit um Homo-Ehe: Wo Schwule und Lesben benachteiligt sind - Politik - Süddeutsche.de
この語がドイツ生まれでない可能性もあります。例えばNYtimesの記事。2013年2月1日。
...for a law allowing same-sex marriage. The sign reads, "Marriage for all!"
フランスの同性婚についての行進についての記事で、プラカードに「LE MARIAGE POUR TOUS」、つまり「全ての人のための結婚」という今回の語が出てきます。
他にも、
"Mariage pour tous" : Bertinotti estime "qui'il faut que revienne le temps de l'apaisement"
などの記事を斜め読みしてみると、どうも「LE MARIAGE POUR TOUS」の運動が2013年ごろに起こったようで、これが民法の改正につながったのでしょう(
http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_8243577_po_0798.pdf?contentNo=1&alternativeNo=のP3参照)。なので、このフランスの運動がドイツへと引き継がれたと考えられるならば、この語の発祥はフランスということになります
*7:
在日ドイツ大使館のページが挙げているものを主要5紙としました。
一番上が空欄で何かがよくわからないんですが、たぶん「Sueddeutsche Zeitung」だと思いそうしました。
他の国に関しても、今回は主要紙と呼ばれそうなもの個人的にピックアップしました。
*8:Frankfurter Allgemeine Zeitung紙を「△」にしたのは、「für homosexuelle」の前に、「Öffnung der Ehe」という、「開かれた結婚」、つまり今回の「Ehe für alle」と似たような意味なので、どっちともとれると思い、△にしました。
*9:
Bundestag zur Ehe für alle: Gleichstellung auf der Tagesordnung - taz.de
*10:
また、ツイート主の方はブログ内で、ZDFの記事を引用し、「同性」の語が使われていないとしていますが、一応その中にも「同性婚」に関する語は出てきます。
der zu den erklärten Befürwortern der Homoehe in der Unionsfraktion zählt
Historische Abstimmung: Bundestag beschließt Ehe für alle - heute-Nachrichten
ただ、団体名や固有名詞っぽい感じもしたので、カウントしなかったのかな…とも思ったので、脚注だけの指摘にしておきます
*11:
As the news spread on Twitter, supporters rallied under the hashtag #EheFuerAlle (MarriageForAll) - and started calling for a vote as soon as possible.
首相の姿勢転換の情報がツイッターで広まると、合法化を支持する人たちは「#EheFuerAlle(すべての人の結婚)」というハッシュタグで、できるだけ早く採択するよう呼びかけた。
Germany gay marriage approved by MPs in snap vote - BBC News