ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

金属の溶けた塩酸から再び金属を取り出す実験は存在するか、事実は事実だけを伝えていない

こんなに更新があいたのは新記録です。では新記録的に世事が忙しなかったかというとそこまででもないので、これはもう単に、年齢の問題です。もうずっと寝ていたい。

 

というわけで、世の中、総選挙で騒がしいですが、私は偏屈なので全く関係ない話を。

 

web.archive.org

 

既に元記事は削除されているのでアーカイブですが、理科の実験で、小学生が気分が悪くなり、病院に搬送されたとのこと。

 

ところが、NHKの記事内に書かれている実験の内容がちょっとおかしくて、すこーし話題に上っていました。

 

大阪市教育委員会によりますと、実験は金属を溶かした塩酸を加熱して蒸発させ再び金属を取り出すというもので、有毒の気体が発生しますが、窓を開けて換気をしていたということです。

 

この「再び金属を取り出す」という表現がひっかかりますね。こんなツイートもありました。

 

 

 

ツイートのコメントにも「錬金術」なんて表現が出ていますが、果たしてそんな実験は存在しないのでしょうか?

 

 

***

現行の教科書に存在する実験

さて、「金属を溶かした塩酸を加熱して蒸発させ」る実験は存在します。今回の事故のあった小学校は東淀川区にあるので、啓林館のものを使っているようです*1が、私が入手できたのは学校図書のだけなので、とりあえずそっちでご勘弁願いたい。

 

小学校6年生の「水溶液の性質」という単元の中の実験のひとつです。

 

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学校図書は、「塩酸に金属がとけた水溶液からとけているものを取り出す」というタイトルで、

 

①チャレンジ3実験の塩酸に金属がとけた水溶液を、それぞれ少量ずつ蒸発皿とり、アルコールランプで熱する。

②蒸発皿がじゅうぶん冷えたら、出てきたものにうすい塩酸を加えてみる。

 

という手順をとります。教科書では、結果は以下の写真のようになるとしています。

 

f:id:ibenzo:20171013002923p:plain

 

「塩化水素」という用語は出てきませんが、発生する気体についての注意書きも教科書には出てきます。

 

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恐らく啓林館は「とけた金属のゆくえ」というようなタイトルで教科書掲載しているのか、似たような実験をしている教員のブログらしきものも発見できます。

 

mixi.jp

 

なので、「そんな有毒ガスが発生する実験を勝手にするなんて」みたいな批判は適当ではありません。

 

 

金属の変化を見る実験

ですが、この実験の目的は、「再び金属を取り出す」ことではありません。

 

指導書を読んでみると、蒸発させて出てきたものを調べる過程があります。予想される子どもの考えとしては以下のようなものが出されています。

 

「塩酸だけを蒸発させても何も残らない」

「アルミニウムを溶かした塩酸を熱すると、粉のようなものが出てきた」

「熱して出てきた粉の色を調べてみると、元の金属をではなさそうだ

「出てきた粉をもう一度塩酸に溶かしても、泡を出して溶けるようなことがなかったから、この粉は元の金属ではないはずだ。」

「アルミニウムが塩酸に溶けると、元の金属とは性質の違うものになったのではないか」

『みんなと学ぶ 小学校理科 6年 教師用指導書 詳説編』P209

 

「粉」がいったいなんなのかは、見た目や塩酸にもう一度溶かしたときの反応だけでなく、伝導性を調べるために、「乾電池や導線、豆電球」の準備も促しています。

 

また、子どもの読む教科書のまとめにはこう書いてあります。

 

 塩酸にとけたアルミニウムや鉄などの金属は、とかす前の金属とはちがうものに変化しています。

 このときの変化は、食塩やミョウバンが水にとける場合とは、ちがう変化です。

 

要するに、これは化学変化の実験です*2。「粉」の正体は、アルミニウムを溶かしたのならば、「塩化アルミニウム」ですよね(たぶん)*3。小学校ではその用語は出てきませんが、この実験の主眼は、金属を取り出すことではなく、溶けた金属が別の物質に変化していることを確かめることです。その意味で、NHKの記事は不正確です。

 

5年生の時点で、食塩やミョウバンを水に溶かした「水溶液」については学習をするのですが、そのとき、その水溶液を蒸発させて出てきたものは、一応、元の「食塩やミョウバン」のままなので、この学習はその既習事項との対比でもあります。

 

30年ほど前から存在する

この実験自体がどれほど前からあるのかは、今回は調べ切れていないのですが、文科省の学習指導要領解説には、平成19年度改訂にこんな記載があります。

 

ウ 水溶液には,金属を入れると金属が溶けて気体を発生したり,金属の表面の様子を変化させたりするものがあることをとらえるようにする。また,金属が溶けた水溶液から溶けている物を取り出して調べると,元の金属とは違う新しい物ができていることがある。これらの実験から,水溶液には金属と触れ合うと金属を変化させるものがあることをとらえるようにする。

小学校学習指導要領解説 理科編 P68

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/12/28/1231931_05.pdf

 

平成19年度の学習指導要領自体の記載は以下のようになっています。

 

(2) 水溶液の性質
 いろいろな水溶液を使い,その性質や金属を変化させる様子を調べ,水溶液の性質や働きについての考えをもつことができるようにする。
ア 水溶液には,酸性,アルカリ性及び中性のものがあること。
イ 水溶液には,気体が溶けているものがあること。
ウ 水溶液には,金属を変化させるものがあること。

第2章 各教科 第4節 理科:文部科学省

 

この記述は遡るとしばらく続き、平成元年度改訂までは存在します。

 

(1) いろいろな水溶液を使い、その性質や変化を調べることができるようにする。
ア 水溶液には、酸性、アルカリ性及び中性のものがあること。
イ 水溶液には、気体が溶けているものがあること。

ウ 酸性の水溶液とアルカリ性の水溶液を混ぜ合わせると、別のものができること。

エ 水溶液には、金属を変化させるものがあること。

第4節 理 科

 

昭和52年度の改訂では、

 

(1) 水に溶けている物を調べ,水溶液の性質を理解させる。
  ア 水溶液には,気体が溶けているものがあること。

  イ 水溶液には,酸性,アルカリ性及び中性のものがあること。

  ウ 水溶液には,金属を溶かすものがあること

第4節 理 科

 

と、金属の変化には言及されていないため、推察にはなりますが、恐らく平成元年の改定から入ってきた学習事項なのではないかと思われます。とすると、この実験は、およそ30年ほど続けられてきた、という可能性があります*4

 

NHKの記者の誤りか

「再び金属を取り出す」という表現は、果たしてNHK、教育委員会、教員の誰がしたものなのか、というのも気になるところです。

 

インターネットメディアでは、今回の話は毎日系列のものしか見つけられなかったのですが、そこではこんな表現です。

 

実験は鉄とアルミをそれぞれ溶かした薄い塩酸をガスコンロで加熱して蒸発させる内容で、塩化水素が発生するという。

毎日新聞 2017/10/7

https://mainichi.jp/articles/20171007/ddl/k27/040/424000c

 

 大阪市教育委員会によりますと、教室には児童38人と教諭3人がいて、鉄やアルミを溶かした塩酸を熱して蒸発させ、残った物質の変化を確認するという実験をしていました。実験の過程で塩化水素などが発生するということです。

毎日放送 2017/10/6

http://www.mbs.jp/news/kansai/20171006/00000062.shtml

 

毎日放送の表現が一番正確ですね。

 

では、そもそもの大阪市教育委員会の発表がどうかというと、こんな表現です。

 

6年生が理科室で金属を溶かした薄い塩酸を蒸発させる実験を行った際、複数名の児童が体調不良を訴えたため別室に運び、119番通報を行いました。

大阪市:報道発表資料 大阪市立西淡路小学校における救急搬送について(17時30分現在)

 

「再び金属を取り出す」という表現は、報道発表資料上では確認できません。恐らく記者会見をした時に、実験の詳細が質問され、それがNHKの記者に誤って伝わった、というところなんではないでしょうか。

 

原因はなにか

それにしても、今回の事故の原因はなんでしょうかね。これは純粋な好奇心の推理なので、読み流してもらってください。

 

毎日放送での校長のコメントでは、「事前の予備実験をして換気等をして」とあり、教員は事前に実験をきちんとしていたこと、換気にも気をつけていたことがわかります。最低限のことはしていたのではないか、と推測はできます。教諭も3人もいたようですし。

 

興味深いのが、毎日新聞が、今回の授業は「1クラス38人が9班」に分かれて行ったという点です。ということは、1班4人~5人

 

毎日新聞によれば、まず最初に気分が悪くなったのは「4人」。それで、小学校に戻って経過を観察していたけれども、「別の5人も体調不良を訴えたため」に、119番通報したというわけです。

 

何が言いたいかというと、どうもこの気分が悪くなった「4人」と「5人」は、それぞれ同じ班の子どもだったのではないか、ということです。とすると、この2班の実験内容になにか問題があったという推測の推測ができます。可能性としては、「①加熱中の塩酸と子どもの距離が近かった②この2班の場所が換気の場所から一番遠かった」などが考えられますが、まあ、それはなんともいえませんね。あくまで知的好奇心の思考実験です。

 

今日のまとめ

①「金属を溶かした塩酸を加熱して蒸発させ」る実験は、現行の教科書に存在する。

②この実験の主意は、「金属の変化」を見ることであり、「再び金属を取り出す」ことではない。

③推測ではあるが、だいたい30年ほど行われている実験内容ではないか。

 

記事や発表資料を見る限り、まあ、そこまで責められるべき内容かな、という感じはします。この程度なら、119番しない学校だってありそうですし、大事をとった行動だともいえます。重大な事故につながるまえに、マニュアル通りに動けたいい結果ではないでしょうか。

 

基本的に教育委員会は、程度がなんであれ、事故・不祥事は報道機関に公表をします。しかし、それをメディアが報道するかしないかは、そのメディア次第です。我々が目にする情報は、既に取捨選択されているのです。特に教育現場の報道は、表層だけ伝わることが多いというのは、個人的な感覚です。事実は事実だけを伝えているわけではない、というのは、常に意識をしておきたいところです。

*1:

「平成29年度 大阪府 小学校・中学校 教科書一覧表」

http://www.chuoh-kyouiku.co.jp/pdf/corporation/support/h29/h29_27.pdf

*2:自信ないですけど、「2Al + 6HCl → 2AlCl3 + 3H2」ですかね・・・

*3:

ただし、水酸化アルミニウム Al(OH)3に反応する場合もあるのではないのか、ということもありそうです。

塩化アルミニウムの反応について - 化学 解決済み| 【OKWAVE】

昔は、残った物質を水に溶かす実験もしていたようですが、水酸化アルミニウムでは溶けないので、塩酸に再び溶かして溶け方を見る、という方法に変わったのではないか、と推察できます

*4:

本来は指導要領解説と当時の教科書を見なければ、正確なことはいえないので、あくまで推察です。しかし、この2つの資料は探し出すのがとっても大変なので・・・