日大の事件については、いかにも日本のメディアらしい展開を見せてはいますが、私はこんなツイートが気になりました。元ツイートにはがっつり名前が書かれているので、イニシャルで伏せ引用します。
日大アメフト事件、「これだけ内田監督の悪名が広まれば理事は難しいだろ」と思うかもしれないが、M高の売春斡旋事件(野球部の名監督を呼ぶために未成年の少女を使って性接待)の中心人物であるYは、現在M高の校長だぞ。
このツイートのリプの前半のやりとりだけ読むと、「その情報ってどこからですか？」→「自分で調べてください」→「日刊大衆の記事*1を信じたのですか？」→「M高のwikiにありますよ」という、いつもの怪しいパターンではあるのですが、調べてみるとそうでもなかったので、確実性の高い情報を提供すべく、短めに記事を書きます。
ネット上での広がり
このY氏についての話は、ネット上では（特に５ちゃんで）高校野球の辞退の話題が出るたびに挙げられているもののようです。一応リンクは外します。
16 ：名無しさん＠お腹いっぱい。：2005/08/08(月) 15:48:39
1985年、〇〇大・〇〇監督に家出少女を暴力団通じ売春紹介したYという人が 校長になっちゃてる。
7 ： 風吹けば名無し[] 投稿日：2012/08/18(土) 21:27:21.07
M高の売春斡旋部長ってその後校長になったんだっけ
19: ジャック＠＼(^o^)／ 2017/10/31(火) 23:53:11.70
>>1
さすが現校長が、暴力団とつながって少女売春斡旋やってたなんていうスキャンダルを起こしただけあるわ
ネット上で、Y氏についての話が出始めたのが、上記の2005年の書き込みからです。だいたい話題に出るときには、この書き込みが引用されています。
1985年の事件
ネットの情報もなかなか有用で、こんな書き込みもあります。
24 ：名無しさん＠お腹いっぱい。：2005/08/11(木) 01:20:31
売春斡旋事件なら昭和60年1月20日付けの新聞に掲載されてます。
（図書館の新聞縮刷版で調べがつきますよ）
報知高校野球1985年3+4月号の120ページにも掲載がありますよ。
というわけで、朝日の記事で調べてみました。記事には実名も出ていますが、引用はイニシャルにしています。
初報は1985年1月19日の朝刊。
売春あっせん容疑で逮捕状
暴力団がらみの売春事件を調べている〇〇署は、〇〇県〇〇市、M高校長代理の前野球部長（３８）*2が知人に女性をあっせんしていた、として売春あっせんの疑いで逮捕状をとり、１９日朝、出頭を求めて取り調べる。
調べによると、前部長は昨年７月、高知市内の暴力団組員に金を渡し、高知を訪れた東京都内の友人に女性を紹介した疑い。（中略）前部長は事件発覚直後の去年暮れ、部長を辞任。（後略）
朝日1985/1/19 １１P
あら、本当にあった事件ですね。事件自体は１９８４年７月のできごとだったようで、同日の夕刊には逮捕され、実名も出して報道されています。記事の書き方から、事件自体は既にスキャンダルとして報道されていたということなんでしょう*3。
報知高校野球には、もう少し事件の概要について詳しく書かれています。
Yは昨年（注：1984年）7月中旬、Mの選手を視察のために〇〇を訪れた〇〇大学野球関係者をもてなすため、暴力団幹部に依頼して〇〇市内のホテルへ16歳の少女を呼んで売春を斡旋、代金として数万円を渡したというもの。（中略）同校と暴力団の”学校ぐるみ”の黒い関係が問われることになってしまった。
報知高校野球 1985年 3-4月号 P120
２２日のスポーツ面には選抜の推薦が取り消される旨が記載され、２４日の朝刊には、Y氏が懲戒免職になったことが伝えられています。
事件はどうなったのか
その後、どうなったかというと、処分保留で釈放に一度なっています。
M高校の前校長代理で前野球部長Y（３７）＝懲戒免職＝を売春法違反（あっせん）などの疑いで逮捕、取り調べていた〇〇地検は四日夕、処分保留のまま釈放した。（後略）
朝日 1985/2/5 P23
で、最終的には罰金刑になっています。
〇〇簡裁は、売春防止法違反罪などに問われていた〇〇県〇〇市、M高校の前校長代理で前野球部長Y（３７）に、罰金十五万円、同校相撲部監督Hと、〇〇市、暴力団組長の妻N（４８）の二人に各同三万円の罰金を、１９日付で言い渡した。いずれも求刑通り。
朝日 1985/2/22 P22
この処分が軽いか重いかはよくわかりませんが、まあ法定刑通りというところでしょう*4。
なので、細かい指摘にはなりますが、ネット上にあるように、「数多くの大学野球部関係者に少女売春を斡旋した」というのは、法的に問われているのは１件だけですので、断言はできないところです。
校長にはいつなったか
現在、YがM高校の校長であることは学校のHPですぐに確認がとれますが、いつから校長になったのか、というのはちょっと調べきれませんでした。
確実な線としては、1997年2月2日付の朝日に、「Y校長から選抜出場決定の連絡を受けると」という一文があるため、年度ごとに考えるなら、少なくとも1996年から校長に就いているのではないか、と考えることができます。事件から10年を、長いと見るか、短いと見るかですが。
また、事件の年の１９８５年２月１日に、M高校の創立者・校長のY氏の父親が辞任をしています。そのY氏の父親は、同年の１０月１１日に亡くなられているんですね。事件の心労もあったんでしょうか。
後任は麗澤大学の教授のU氏が着任していますが、当時でも既に６５歳で、そんなに長く校長職に就いておられたとは思えません。前述した96年まで校長をしていたとすると、当時は75歳ぐらいになり、ちょっとお年を召しているかな、という気もします。Y氏が校長に就いたのはもう少し早い段階かもしれません。
今日のまとめ
①Y氏は1985年1月19日に売春防止法違反罪で逮捕され、その後罰金刑を受けている。
②校長職に就いたのは、1996年よりも前のことである。
結局、今回のネットの情報は正しかったわけですが、私が考えさせられたのは、情報の真偽、という部分ではありません。
１つ目は、時間の経過した情報について、我々はどういう態度であるべきか、ということです。例えば、2011年3月11日に震災が起こったことは自明であり、いちいち「自分は信じない、ソースを出せ」という人はいないわけです。しかし、今回の件については、30年以上経過していること、場所が限定的であったことなどから、多くの人からその出来事が忘れ去られています。しかし、覚えている人にとってはこれは自明なことでもあります。そういう人にとっては、「なんでいちいちソースを出さなきゃいけないんだ」と思うかもしれません。ただ、年月の経った情報は改変されていっており、現にツイート主の発言も、斡旋の理由を「野球部の名監督を呼ぶため」としていますが、各種報道から大学進学の足がかりにするため、という理由のほうが正しいようです。些細なことですが、こうしてネット情報は変容し、拡散していきます。そのことには留意していくべきです。
2つ目は、過去の罪について我々は何かを言える立場にあるのか、という点です。なるほど、事件としては高校野球史に残る不祥事と思いますが、言ってしまえば外野の我々がそれを糾弾すべきなのでしょうか。私が危惧するのは、結局それは私刑になりうるだろうという可能性です。私刑の根本は嫉妬の感情だと私は思います。現に、この売春斡旋の事件には、M高校の別の部の教員も関わっていましたが、彼は現在も現場で活躍しているにもかかわらず、全く話題にのぼりません。Y氏がやり玉にあがるのは、結局はその地位によるところが大きいのでしょう*5。では、我々はその罪が憎いのでしょうか？ それとも、その優位なる地位が憎いのでしょうか？
日大の件を見ていると、そこには砂漠の傭兵がいるような気分になります。「悪」を見つけ出しては荒野に赴き銃を撃ち続ける雇われ兵士たち。しかしそういう社会をつくり続けていくことは、自身も撃たれる戦場をつくり出していくことにはならないでしょうか。
*1:
昭和６０年２月１１日の記事の復刻版。
［復刻大衆1985］名門高校野球部監督に起こった「少女売春あっせん」:日刊大衆ブロマガ:日刊大衆チャンネル(日刊大衆編集部) - ニコニコチャンネル:エンタメ
*2:初報は３８ですが、続報はすべて３７で統一されているので、これは誤記でしょう
*3:そのへんは当時の週刊誌なんかを読めばわかるかもしれませんが、今回はめんどうなので調べませんでした
*4:
売春防止法で逮捕された時に知っておきたい知識 | 刑事事件弁護士、埼玉地域限定
*5:もちろん、事件の関与の度合いも考えられているのでしょうが
