ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

ベトナムの彼はカモをとってはいけないと知らなかったのか、片側通行の多文化理解

今日は文化の違いのお話です。

 

NHKにめずらしいニュースが流れました。

 

東京・江戸川区の公園でかわいらしい姿を見せていたカルガモが、近くに住むベトナム人に捕まえられてしまいました。ベトナム人は「日本の食事が口に合わずカモを使ってベトナム料理を作るつもりだった」と話していて、警視庁は鳥獣保護法違反の疑いで書類送検しました。

「日本食合わず…」公園のカルガモ捕獲 ベトナム人 書類送検 | NHKニュース

 

今回、私が気になったのは、これを受けたツイートです。もとのものは載せませんが、「彼は野生のカモをとってはいけないのを知らなかっただけ」なのに、このような報道をすることに悪意を感じる、というようなことを呟いていました。

 

なんとなく私はこの発言を読んで、大変モヤモヤしてしまったので、モヤモヤしてしまったことを、自分なりに解消するための、今日は個人的な記事だと思ってください。「自分はそうは思わないなあ」という人も、たぶん中にはいらっしゃるかと思います。

 

 

***

 

ベトナムではカモをとっていいのか

今回の件は、日本では鳥獣保護法違反になるようですが*1、このベトナムの彼が、もし本当に「カモをとってはいけないと知らなかった」のなら、ベトナムでは自由にカモをとれるということが前提になるのではないでしょうか。

 

ということで、ベトナムで鳥獣保護法にあたる法律を探してみます。

 

「ベトナム国民の狩猟・繁殖・森林伐採について(VỀ SĂN, BẮT CHIM, THÚ RỪNG CỦA NƯỚC VIỆT NAM DÂN CHỦ CỘNG HOÀ)」が、それに当たるのかなあと思います。1963年とちょっと古めで、どうも暫定的なもののようなんですが、ベトナム語が難しくてこれしか見つけられませんでした…

 

たとえば、禁猟区として、ベトナムでは以下が指定されています。

 

1. Những nơi tập trung đông người như nội thành, nội thị (thị xã, thị trấn) v.v...

2. Những khu bảo vệ thiên nhiên, những khu dự trữ chim, thú rừng và những khu chăn nuôi đã được Chính phủ quy định.

1.都心部や町(県下、コミューン下)*2)などの密集地

2.自然保護区、鳥獣保護区、および政府が規定する繁殖区

Nghị định 39-CP Điều lệ tạm thời về săn, bắt chim, thú rừng

 

また、狩猟免許が必要だという記述が第11条にもあります。

 

1. Giấy phép loại A để săn, bắt các loài thú rừng nhỏ như chồn, cầy, don, dím, v.v.. và các loài chim.

小さな野生動物(例えばキツネやシベット*3、ドン、ディム*4など)や鳥を狩猟・捕獲する際のタイプAの免許

 

ただこの免許が、狩猟自体に免許がいるのか、狩猟道具を使用してのハンティングに免許がいるのか、あるいは第一条に定められた特に保護が必要な希少種に当てはめたものなのかが、この条文からだけではよくわかりませんでした。

 

また、期間はわかりませんが、第4条に「狩猟期間(mùa săn)」という語が出てきており、その時期であれば鳥や野生動物を狩猟できる旨が書いてあるので、日本と同じように、狩猟には期間が定められてそうなことも推測できます。

 

この法律の最後には「山岳地帯の人々のために、この法の適用は段階的に行われます(Đối với đồng bào miền núi, việc áp dụng điều lệ này sẽ tiến hành từng bước.)」とあり、ここから、これが出された1963年当時には、狩猟についてベトナム国内では、特に山岳地帯の民族にとっては生活要件であったことがうかがえます。

 

ただこの法律(規則)の有効性や周知具合がよくわからないので、現在の狩猟に関する記事などを集めてみます。

 

たとえば、狩猟用の銃に関するこんな法律的質問があります。

 

Thưa luật sư người dân bình thường tự chế súng thì có vi phạm pháp luật không? Nếu súng đó chỉ sử dụng để săn bắt chim thì sao?

鳥を狩猟するための銃であっても、一般の人々が銃を作ることは法律に違反していますか?

Vi phạm pháp luật khi tự chế súng săn

 

この回答を読むと、銃の製造は狩猟用のライフルであっても禁止されているようなんですが、そういうことがしばしば行われているような印象を受けます*5

 

他には、クアンニン省が、渡り鳥シーズンの鳥類の保護についての行政文書を出しています。

 

Để bảo vệ các loài chim di cư, UBND tỉnh yêu cầu UBND các huyện Yên Hưng, Hoành Bồ và các địa phương chỉ đạo kiểm tra tình trạng săn bắt chim trời để có biện pháp xử lý kịp thời theo các quy định của pháp luật.

渡り鳥を保護するために、人民委員会は、法律の規定に沿った適切な措置を講ずるために、Hoành Bồ区のYên Hưng区の人民委員会に、鳥の狩猟及び捕獲状況を伝えるよう指示した。

Bài viết chi tiết

 

その渡り鳥の中にはカルガモ(マガモ?)(vịt trời)も含まれており、この文書は「狩猟をするな」というものではないですが、乱獲や規則の逸脱を懸念しているように見えます。

 

他にも、野生動物の商業利用を促す発表も2012年に出されています。

 

The Ministry of Agriculture and Rural Development has issued a circular legalizing exploitation of unendangered wildlife for commercial purposes.

農業農村開発省は、希少種ではない野生動物の商業利用の合法化を発表しました。

Vietnam permits commercial exploitation of non-threatened wildlife | Society | Thanh Nien Daily

 

「鹿やヘビを含む160種類」が狩猟できるようなライセンスを発行する、という内容の記事ですが、これは裏を返せば、今まではその辺の狩猟に制限があった、ということにはならないでしょうか。

 

また、鳥インフルエンザの広がりに関して、鳥の取引について制限がかけられたこともあったようです。「ベトナム・ハノイにおける鳥インフルエンザH5N1と野鳥の取引について(Avian Influenza H5N1 and the Wild Bird Trade in Hanoi, Vietnam)」という研究では、ハノイにおける野鳥取引の実態について述べられています。

 

This 2007 study provides evidence for a significant decline in the scale of the wildbird trade in Hanoi since previous surveys in 2000 (39.7% decline) and 2003 (74.1% decline). 

この2007年の調査は、ハノイにおける野鳥の取引が、2000年の前回の調査(39.7%減少)と2003年の調査(74.1%減少)以降、大幅に減少していることのエビデンスが示されています。

Avian Influenza H5N1 and the Wild Bird Trade in Hanoi, Vietnam | Kelly Edmunds - Academia.edu

 

この理由を研究者は2005年の169/2005 / QD UBNDという*6、野生の鳥や観賞用の鳥の移動・販売の禁止を定めた法律が原因だろうとしています。この研究に出てくる野鳥については、主に観賞用の鳥みたいなんですが、捕獲や飼育に関しても、このような制限がかけられたことがある、というのが大事なところです。

 

要するに、ベトナムでは、日本と比べれば鳥の狩猟に関しては一般的なように見えますが、根底として日本と同じような、鳥獣保護的なルールが存在し、たびたび制限がかけられている、ということではないでしょうか。

 

ベトナム人の感覚はどうか

とはいっても、行政的な建前はそうかもしれませんが、現実的にはカモの狩猟に関しては、ベトナムの人はどういう感覚をもっているのでしょうか。

 

残念ながらベトナムの友人はいないので、ネット上で探してみます。

 

探してみると、今回のNHKの記事は、ベトナム語に翻訳されています。

vietnamnet.vn

 

上記の記事のコメント欄に、興味深いコメントが2つあります*7

 

1つ目は、

 

Xấu hổ quá!

恥ずかしすぎる!

 

というものです。素直に考えるなら、このベトナム人実習生のした行為が「恥ずかしすぎる」ということでしょうから、これは、「普通だったらこんなことしないよ」ということなんでしょうか。記事執筆時点で、13件の共感示されており、どうもこの投稿者だけの感覚だけではないようです。

 

もう一つは、

 

Ở Việt Nam người ta còn tận diệt chim trời cá sông có sao đâu. Nước Nhật thật lắm chuyện vớ vẩn.

ベトナムでは、鳥や川の魚を殺しても問題ない。全く日本はばかげてる。

 

というコメント。このコメントは前項の行政的な事実とは相反しますが、現実的には、ベトナムの人々は、野生の鳥や魚を獲っている、ということなんでしょうか。こちらも8つの共感がついており、この人だけの感覚ということではなさそうです。

 

他には、JAPAN PORTALという日本紹介のベトナム語のニュースサイトに、日本のジビエを紹介する記事が出た時に、こんな記述がありました。

 

Nếu bạn là tín đồ của thịt thú rừng, nhưng lại không thể ăn quá nhiều ở Việt Nam. Đừng ngần ngại mà book ngay một vé đến Nhật Bản nhé.

あなたが野生動物の肉を崇拝する人間ならば、ベトナムで食べることはあまりできません。近々日本への航空券を予約することを躊躇わないでください。

Lạ đời Nhật Bản hợp pháp hóa việc săn bắt thú rừng – JAPO Japanese News

 

ベトナムでは、鹿や熊といった野生の肉を食べることができない、という話になっています。これが本当かどうかはともかく、鳥の話ではありませんが、野生の狩猟に関してはベトナムの方が厳しそうだという感覚がある人もいるみたいです。

 

また、Wikipediaではあるんですが、野生動物の取引に関する項目で、こんな記述がありました。

 

Trong khi săn bắn đang dần mất đi tầm quan trọng trên phương diện sinh kế của cộng đồng địa phương thì đối với một số thôn, săn bắn vì mục đích tự cung tự cấp vẫn quan trọng xét trên mục đích cung cấp nguồn thực phẩm cho nhiều hộ gia đình, đặc biệt những hộ thiếu đất canh tác và thiếu lương thực.

地域社会における生計の観点としての狩猟は次第に重要性を失いつつあるが、一部の村の、特に耕作地や食料が不足している世帯においては、自給自足のための狩猟は食料源を提供するという観点から、未だに重要である。

Buôn bán động vật hoang dã – Wikipedia tiếng Việt

 

ソースがまったくない記述なので真偽の程はわかりませんが、「全体的に狩猟は衰退傾向である」という感覚をもつ人もいる、ということです。

 

 

他にも反応が欲しかったので、困ったときのHiNativeでも、質問をしてみました。

 

hinative.com

 

「ベトナムでは野生のカモを狩猟するのは一般的か?*8」という質問で聞いたところ、お二人から回答をもらいました。ここに直接回答を載せるのがよいかどうかわからないので、概要を載せると、

 

◯カモ(アヒル)を食べることは一般的である

◯カモをハンティングすることはない

◯野生の動物を狩猟することは違法である

 

ということでした。大事なのは、この回答がベトナムの法的に真実なのかどうか、ではなく、ベトナム語ネイティブの人の何人かは、カモの狩猟についてはそういう認識をもっている、という点です。

 

とってはいけないと知っていた

既にこれは指摘されていることですが、メディアによっては、書類送検されたベトナム人の男性は、カモをとることが「違法」であることを知っていた、という供述を載せています。

 

違法だと分かっていたが、自分の欲に負けて軽率な行動を取ってしまった」

食用目的でカモ捕獲容疑 ベトナム人を書類送検 - 産経ニュース

 

「ベトナム人の知り合いから『(日本では)野生動物を捕ったらダメだ』と聞いていた。捕まえたらダメだと分かっていた」(中略)「日本の食事が口に合わず、自分の欲に負けて軽率な行動を取った。反省しています」

日本食合わず?野生カルガモ捕獲したベトナム人逮捕|ニフティニュース

 

捕まえてはいけないのは分かっていた。日本の食事があわず、カルガモを捕まえてベトナム料理のお粥に入れようとした」

カルガモ2羽を食用に捕獲、ベトナム国籍の技能実習生 書類送検 TBS NEWS

 

警察発表であろうこの言葉の真意をどう受け取るかは判断がわかれるところですが、捕まえることがよくなさそうだという認識は確実にあったのでしょう。ちょっと気になるのが、この「『(日本では)野生動物を捕ったらダメだ』と聞いていた」という言葉を信じるなら、裏を返せば、この男性は、ベトナムでは野生動物をとってもよいとする認識だということになります。

 

 

今日のまとめ

①ベトナム国内においても、鳥獣保護の観点の制限は存在する。

②ベトナムでは野生動物を狩猟することが違法であるという認識の人もいれば、そうでない認識の人もいる。

③今回のベトナム人男性自身は、日本での違法性について認識していた。

 

ベトナムでの狩猟の認識の違いは、都市部か農村部かなどの地域差や、年代差もあるように感じました。そこら辺はベトナムにご友人のいる方、聞いてみてください。

 

私が今回感じたモヤモヤは、個人の出来事を、果たしてその国全体の文化ととらえていいのか、という点です。こうやって試みに調べてみても、ベトナム人の間でも、狩猟に関する認識は違います。その個人の違いを顧みずに、「ベトナムの文化だから仕方ない」というような割り切り方に、私はどうもどうなのかしらと思った次第です。

 

以前、こんな記事を書きました*9

 

www.netlorechase.net

 

こちらは、「FREE Tea」という商品が発売された時に、これを「FREE=無料」と勘違いした外国人がとってしまった、というエピソードに関するものでした。この話の真偽はともかく、私はこのときも、「その対象の行動が文化によるものなのか個人的性質によるものなのかというのは、冷静に吟味される必要がある」というようなことを書きました。

 

 

多文化共生という言葉はよく聞きますが、多くの場合、これはやってきた外国人の文化に対して寛容的であるべし、というような使われ方をするように思います。ただ、私は、「共生」という言葉の通り、これはその外国人が、来訪先の国の文化について理解する、という意味も含んでいるだろうと考えます。

 

今回の例で言えば、日本人の視点からすると、「ベトナム人にとって日本の文化は知らないのだから仕方ない」になりますが、それは、日本の文化を理解しようとするベトナムの彼の行為の可能性を否定することにはならないでしょうか。今回のベトナム人男性は、2017年より来日しているということで、事件を起こす1年の間、多くの日本の文化に接する機会があったでしょう。ベトナムの彼が、その文化を肯定したか否定したかはわかりませんが、彼が日本の文化について学んだという可能性を考えずに、安直に「日本の文化は知らないのだから仕方ない」と割り切ってしまってはいけないと思います。

 

厳しめに書けば、「野生のカモをとってはいけないのを知らなかったから仕方ない」という発想は、「ベトナムのような国では日常的に野生のカモをとっているに違いない」というステレオタイプ的発想であり、相手の理解からは程遠い認識です。「郷に入れば郷に従え」と言いたいのではなく、自分たちが相手の文化を尊重しているように、どうして相手も自分たちの文化を尊重してくれているという可能性に立てないのか、ということです。多文化理解は、片側通行で考えてみるといいかもしれません。向こう側から車が来たと思うとき、向こう側もまた、車が来たと思っているのだ。

 

とまあ、モヤモヤしたことをモヤモヤしたまま書きました。確かに、各種メディアの報道の仕方に疑問は残りますが*10、これからの時代の考えるきっかけになる話題だったとは思います。

 

*1:

ここの解釈はちょっと混乱しそうですが、日本の現在の保護法のスタンスは、「鳥獣の捕獲は原則として禁止」ながらも、「基本的には日本全土で狩猟OK(日本野鳥の会 : 鳥獣保護法 Q&A(回答編 Q11~Q21))」なので、逆に保護されているのはどの地域でどの区間でどんな場合なのか、というところを考えなければならないようです。

 

で、カルガモは、国が指定している49種類の狩猟鳥獣の中に含まれているので(日本野鳥の会 : 鳥獣の捕獲規制について)、冬期の狩猟期間内で、休猟区外や公園や行動などの場所以外であれば、捕獲はできるというわけです(わなや空気銃など捕獲する際に指定器具を使う場合は狩猟免許が必要)。今回は、素手でとっているのですが、「公園」であること、そして8月という狩猟期間ではなかったことが、鳥獣保護法違反なんでしょう。既に多くの方が指摘されていますが。

*2:

District-level town (Vietnam) - Wikipedia

Commune-level town (Vietnam) - Wikipedia

*3:

Civet - Wikipedia

ジャコウネコ科の動物ですね。

*4:

この2つがよくわかりませんでした。dimは「dinosaurs」とか訳されちゃうので、トカゲとかのことですかね…

*5:

Vậy, có thể thấy việc người dân thường tự chế tạo súng (dù súng chỉ dùng săn bắn chim) là hành vi bị nghiêm cấm.

「しばしば人々は銃を作るが」みたいな意味に捉えました。ベトナム語難しい…

*6:

ただ、この法律が何を指すのかがよくわかりませんでした。調べると、以下の文書がでてくるのですが、

Quyết định 169/2005/QĐ-UBND điều chỉnh quy hoạch Trung tâm Thương mại quận 3 QĐ 144/2003/QĐ-UB - Thư viện thông tin pháp luật

これはトレードセンターの開発計画の文書に見えるのですが…

*7:

実は今回の件について、ベトナムではカモを狩猟するのは一般的なのかをそのコメント欄に問うたのですが、特にお返事ありませんでした。

*8:

私は英語で「Wild duck」と聞いたのですが、回答者が、アヒルとカモ、どちらを想像したか、あるいはどの程度区別しているのかはちょっとわかりません。

*9:

英訳の間違いもあり、検証と見ると少々できの悪い記事です。

*10:

彼の罪状的に、どうして全国区のニュースにせねばならなかったのか、という点は確かに思います。メディア側の本音は、単純に珍しく話題になるニュースソースだったからというところにしかないのではないでしょうか。

また、技能実習生という報道もあり、そこでの境遇や彼の生活水準など、いろいろな面から語れる内容でもあるとは思います。