算数はみなさんお好きでしたか? 今日は算数あるあるの話。
どうして小学校の算数ではリンゴを数えさせるのでしょう?リンゴって1人1個も食べないから数えるモチベが低いでしょ。うちはギョーザです。「今日のギョーザは20個!4人で分けるといくつ?」というと子供はマジで数えます。
— Yasuyuki Ozeki (@ysozeki) March 10, 2019
確かに、記憶にあるはるか昔の算数の授業では、リンゴを数えていた気がする…という気もしたんですが、気がするだけだと気持ちが悪いので、ちょっと調べてみました。
リンゴは確かに多い
ということで、現在の小学校の教科書に「数えるもの」として出てくるものをカウントしてみました。対象としては、検定済みの6社の平成27年度版教科書の1年生の最初の単元である「いくつかな」*1と「たしざん」を検証範囲としています。
また、同ページ内に全く同じイラストが現れたときはまとめて1回としてカウントしていますが、別ページに出てきたときは1回ずつとして数えました。
ということで結果は以下の通りです。一覧にしたPDFのリンクも載せておきます。
https://ux.getuploader.com/storefornetlore/download/18
*2回未満のものは省略した(一覧にしたPDFには記載あり)
1位は自動車、2位がリンゴという結果でした。 おお、やっぱりリンゴは多いですね。
どんな感じで出てくるかというと、
と、リンゴの絵とブロックを対応させるものや、
という足し算のものまで、幅広くありました。
自動車が多くなるのは、「たしざん」の「ふえるといくつ」という内容の際に、自動車が駐車場にやってくる問題を各社とも取り上げるため*2、多い結果となっています。
啓林館は少ない
ところが、啓林館だけは、上記の検証の範囲の中では、実はリンゴを取り上げていないただ一つの出版社となっています。
しかし、範囲を広げれば、啓林館もリンゴを出しています。
たとえば、「20までのかず」のたしかめの問題で、
2とびで数えるのに出されたり、木になっている様々な果物をカウントしていく絵の中にはリンゴが描かれたりしています。ただ、他の教科書会社が、まんべんなくリンゴを取り上げているところをみると、どうも啓林館はリンゴに対してなにか思うところがあるのかもしれません(ないか)。
かけざんではどうか
ツイート主の子どもはかけざんを現在やっているような旨がリプにぶら下がっていたので、2年生のかけざんでも調べてみます*3。ただし、時間がなくて3社だけしか調べていません。
で、結果はご覧の通り。
遊園地の乗り物系が多くなるのは、各社とも、かけざんの計算を作るときに遊園地の絵を採用しているからです。「○人乗り」から、かけざんを導き出すのが容易だからなんでしょうね。
リンゴは確かに入っていますが、かけざんは「同じ数のまとまり」が「何個分」かを考えているので、自然とそういった観点でのものが多くなります。先程あげた遊園地の乗り物は、「○人乗り」が考えやすいですし、お菓子やケーキは、箱の中に「○個」入っていると考えられるようにしています。その意味で、かけざんでリンゴは少々扱いづらいかもしれません。
全体ではどうか
ちなみに、たしざんとかけざんの全てを合わせると、以下のようになります。
というわけで、1・2年生全体を通すとリンゴが1位となりました。このブログでは珍しく、イメージ通りの結果となりました。
ちなみに、カテゴリ別にまとめるとこんな感じ。
動物が多くなるなあという印象です。
戦前はどうか
このテーマはなかなか興味深く、教科書に出てくる「もの」の傾向を歴史的に見ていくとそれなりに体裁が整った記事になるとは思うのですが、さすがにそれは骨が折れるので、とりあえず今回は、戦前の算術の教科書を例に考えてみました。明治38年発行の、尋常小学算術書の1年生です。いわゆる「黒表紙」と呼ばれている、日本で最初の国定の算数の教科書です。
こちらの教科書は1年生であるものの、問題は割り算まで存在します。明確な区分も難しいので、1冊まるまるで数えてみました。結果が以下です。
「筆」や「紙」といった、文房具用品が4割近くを占めています。中には、「石」とか「板」とか、それ数えても面白くないだろうというものも混じっていますが、動物では「ネズミ」や食べ物では「米」といった*4もののように、身近なものを題材にしている印象があります。
山澤(2008)によれば、当時の算術教育の目標では「日常生活に算数を活用すると言う
考え方は,以前から意識されてきた」*5としており、応用問題は現実場面との乖離が見られるものの、ある程度の日常的な用具の用例が見られます*6。リンゴも、1回だけですが出てきます。
リンゴ、九ツカラ、八ツヲトレ。
ただ、果物としては桃が圧倒的に多く、これはまあ、認知度の違いでしょうか。セイヨウリンゴが日本に入ってきたのも明治からみたいですし*7。
「筆」がやたらめったら多いのですが、それは、「棒」としての認識が強かったからかな、と思いました。これは全くの想像ですが、当時の「数」の感覚は、指を折って数えるような、「棒」の認識だったのではないでしょうか。続けての「紙」や「はがき」は、四角形として「何枚」と数えるような感じだったのでしょうか。
現代においてリンゴが多くなるのは、このへんにあるんじゃないかと勝手に想像したくなります。まずは教科書がカラーであり、赤が表現できるということ。リンゴのような「◯」の表現は、数の認識をもう少し抽象化した数カード的なものとの関連が期待されること。
算数の指導要領の解説によれば、
ものの個数を比べようとするとき,それぞれの個数を数えなくても,1対1の対応をつけることで,個数の大小や相等が判断できる。
「小学校学習指導要領解説 算数編」P62
とあり、ブロックやおはじきに対象物を置き換える活動の大切さを説いています。そうすると、リンゴのような「◯」の形は、数の概念として抽象化されたブロックやおはじき、数カードなどと結びつきやすく、多用されるようになったのではないでしょうか。
ということは、戦前において、数を数える時の概念が「棒」的なものだったのが、「◯」に変化していった、という風に考えることもできるかもしれません。ココらへんは資料不足なので、もうちょっとまとめる機会があったら、ちゃんと記事にしたいところです。
ツイート主の餃子の話は面白いのですが、教科書は全国の色々な子どもに向けているので、最大公約数的に支持されないものは、採用しにくいのかもしれません。そうすると、リンゴとか、動物とか、そういうちょっとおもしろみのない普通のものを選ばざるを得ない状況はあるんではないかな、と、教科書会社の人たちの気持ちを想像してみます。そこら辺を、どう目の前の子どもたちに料理していくのか、というのは現場の教師の腕次第なんではないでしょうか。
最近、しっかり調査してから記事にしようとすると、途中で飽きちゃってお蔵入りしていることが多いので、今回は途中なんですが、暫定版として出してみます。気が向いたら更新しようかなあと思います*8。
*1:
これは1年生が最初に行う、具体物を数える単元で、各社単元名はバラバラですが、子どもたちが初めて出会う数の概念として、調査対象にしました。
ただ、こういう絵が各社ともあり、
これらの絵の内容をすべて取り上げると冗長な内容となってしまうので、このような絵の場合は、教科書の中で特に取り上げられた形のもののみカウントしています。
*2:
など
*3:
かけざん全てではなく、各教科書会社とも、かけざんは2つに分かれていたので、前半までとしました。
*4:
ちなみに「米」は、俵の一俵で数えています。「俵」表記でもよかったんですが、問題文に「コメ」とあったので、そのままにしました。
*5:
「尋常小学算術の内容の新たな教材化の可能性 」山澤 晴子 P145
http://www.juen.ac.jp/math/journal/files/vol23/yamazawa08.pdf
*6:より日常場面との関連が見られるのは「緑表紙」と呼ばれる1935年以降の国定教科書かと思われますが、それはまた気が向いたときにまとめます。
*7:
では、現在食べられている「西洋リンゴ」が普及したのはいつ頃でしょう? それはアメリカから75品種を輸入、苗木を全国に配布した明治4年(1871年)以降です。
*8:
暫定版らしく、副題の格言っぽい言葉は全く意味なしです。昔どっかで見て、ちょっとおもしろいなと思ったヤツです。