ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

【追記】イラッとしたら誰かをイジメればいいという研究は存在するか、私をほっとかないで

【7月3日追記】

くだんの『イラッとしたときのとっさの対応術』を読んだので該当箇所に追記しました。なかなかひどい本でした。

 

 

みなさんはイラっとしたときはどうしてますか。私はたくさん睡眠をとることにしていますが、こんなツイートがバズってました。

 

 

画像部分を書きだすとこんな感じです。

 

 たとえば、職場でイラッとしたときなど、後輩をちょっぴりイジメるくらいならいのことは、やってもいいのではないかと思われる。

 米国カンザス大学のスコット・エイデルマン博士は、同一集団内にイジメる人を作るのはグループのためであると述べている。

 みんなでよってたかって、ひとりをイジメるのは、「グループの一体感を高める」効果があるのだそうだ。また、「個人の精神を満足させる」効果もあるという。

 ようするに組織内がビシッとまとまって、しかも個人はスッキリするという一石二鳥の効果があるのである。これを”ブラック・シープ効果”(「黒い色の羊はイジメられやすい」の意)と呼ぶ。

『イラッとしたときのとっさの対応術』P39-40

 

後半は画像が切れているので読み取れないのですが、「これを”ブラック・シープ効果”という」ぐらいでしょうか。

上記追記しました。

 

あまりにもドイヒーな内容で、反応のほとんどが否定的な論調であるのですが、私は、そもそもそんな研究があるのか、というところに疑問を覚えましたので、調べてみました。

 

 

 

*** 

 

「ブラック・シープ効果」とはなにか

 

筆者の言う「ブラック・シープ効果」とは、一般的にはどのように説明されているのでしょうか。

 

当初、集団心理学では、「内集団の成員をひいきし、外集団の成員を差別する」という「内集団ひいき」の現象*1が報告されてきました。Tajfel(1978)は、人間が所属集団をアイデンティティとしてその事実でもってひいきしたり差別したりする、「社会的アイデンティティ理論(SI)」を提唱しました。

 

ところが、それと矛盾するかのように、内集団の中でも差別を助長するような研究結果が出てきました。Marques,et al.(1988)によれば*2、「内集団と外集団の同じ程度に優れた,もしくは劣った成員を比較する場合,内集団の優れた成員はより高く,内集団の劣った成員はより低く評価される現象」があるとされました。これが、「ブラック・シープ効果」のもともとの意味です*3

  

大石(1998)は、この効果の理由を「内集団に劣った成員がいると,集団全体の足を引っ張る存在として認知され,このような成員を排除しようとする動機が発生する」としています。同じ所属の集団であるにも関わらず、劣っていると認識された場合は、外集団よりも内集団の方が対象をより低く評価し、集団から排除しようとする、というわけです。

 

ここまでの概観を見ると、当該ツイートの著者である内藤誼人の話とはちょっとずれているようにも感じます。実際、別の記事で内田は、「ブラック・シープ効果」について以下のように説明しています。

 

人間が集団になると、『ブラックシープ効果』が働くことがあります。白い羊の集団に黒い羊が一匹いると、黒い羊が迫害を受けてしまうという現象です。人間もこれと同じで、集団になると異物を排除しようとする心理になることがあるのです

年配者ばかり、若者ばかりの職場で働く際の注意点 (2016年4月4日) - エキサイトニュース

 

もちろん、一人だけ違う存在になった場合は、理不尽な仕打ちを受けることもあります。これを『ブラックシープ効果』といいます。白い羊の集団の中にいる黒い羊が迫害を受けてしまうという現象です。一人だけ違う存在は、時によって善意を受けることもあればいわれなき扱いを受けることもあるのですね

男性ばかりの職場で女性はどう振舞えばいいのか?心理学者がアドバイス(教えて!goo ウォッチ) - goo ニュース

 

 

内藤は「ブラック・シープ効果」について、ここでは「組織のために一人をいじめるべきだ」という論調ではなく、より原義に近い意味で語っていることがわかります。

 

エイデルマンの研究とは何か

内藤が「同一集団内にイジメる人を作るのはグループのため」としている研究は「カンザス大学のスコット・エイデルマン博士*4」のものであるとしています。

 

スコット・エイデルマンは現在はアーカンソー大学の准教授で、確かにカンザス大学で博士号をとっています。

 

Scott Eidelman | Faculty & Staff | University of Arkansas

 

彼は確かに社会心理学の専門で、ブラック・シープ効果についての研究も数多くしているのですが、いまいちどの研究にあたるかがわかりません。ので、内田の別の本*5から引用元を探してみました。

 

【ここから追記】

後日、『イラッとしたとき~』の本も手に入れましたので、参考文献の箇所を読んでみると、エイデルマンの2003年の同じ研究が載っておりましたので、間違いないでしょう。

【追記終わり】

 

失敗を上手にリカバリーする方法

失敗を上手にリカバリーする方法

 

 

『イラッと~』が2010年の発行ですので、こちらはより後になるのですが、同じような意味で「ブラック・シープ効果」を説明している個所がありました。

 

 

心理学では、「黒い羊効果」と呼ばれる心理法則が知られている。「黒い羊」というのは、同じ組織内にいるいじめられる対象のことであるが、みなと結託して、ある特定の人をやっつけたり、悪口を言ったたりするのは、一体感を高める効果があるのである。これが、黒い羊効果だ。

(中略)

カンザス大学のスコット・エイデルマンによると、同じ組織の中に、共通の敵(黒い羊)をつくると、それだけで人間関係の絆が強化されるのだそうだ。

同上 

 

この本の中には引用が示されており、それによれば、内藤が言うようなエイデルマンの研究は以下のものになります。

 

www.sciencedirect.com

 

意訳するなら、「ブラック・シープ効果の切り捨て現象について:グループ保護か個人保護か?」といったところでしょうか。こちらは2003年の論文になっています。ネット上では、エイデルマンやこの研究の存在も疑われていたので、研究自体はある、ということにはなります。

 

内容は違う

ただ、内容は違いそうです。アブストを読んでみると、今までの「ブラック・シープ効果」の研究では、内集団の不利な立場の対象を外集団よりも低く評価するのは「集団の保護(group protection)」であるとしてきましたが、エイデルマンの研究結果はそれとは対照的であるとしています。

 

we argue, suggests that the primary motive behind ingroup derogation in our study was distance augmentation, an individual protection strategy.

私たちの主張は、我々の研究における内集団の差別の背後にある動機が、個人の保護戦略における距離の増大によるものではないかと示唆されています。

 

これだけ読むと、この研究の主眼は「ブラック・シープ効果」の動機は元来「集団の保護」と考えられてきたが、実際は「個人の保護」戦略によるものではないか、というもので、内藤の言うような「同じ組織の中に、共通の敵(黒い羊)をつくると、それだけで人間関係の絆が強化される」研究結果だとは読みとれません。

 

仕方がないので、研究の全文を取り寄せて読んでみました。

 

エイデルマンらの検証方法は、「カンザスに5年以上住み」「進化論への信念を示した」カンザス大学の学生64人を対象にしたものです。被験者は「カンザス州(コロラド州)の科学教師が進化論を教えることを拒否した」という記事を読み、その教師に対する印象を答えていきます。この場合、「カンザス州」が内集団、「コロラド州」が外集団になり、この教師は「不利な立場」にある対象ということになります。被験者によって、教師の在籍地は「カンザス」もしくは「コロラド」のどちらかで提供されるので、それによって内集団・外集団への反応の違いがとれるというわけです。

 

で、ここが不勉強であいまいな書き方になるのですが、この研究では、対象の集団からの「切り捨て」が、集団の保護によるのか、自分自身の保護によるものなのか、というのを識別できるような指標を加えていることが特色です。その結果、エイデルマンらは以下のように結論付けています。

 

We have argued that the derogation of unfavorable ingroup members—at least under certain conditions— might be the result of an interpersonal distancing strategy. Threatened by an association with a similar but unfavorable other, individuals try to create distance between themselves and this threat.

我々の主張は、少なくとも一定の条件下においては、内集団における不利な立場の成員への差別は、対人的に距離をとった戦略の結果であるというものである。似たような、しかし好ましくはない他者との関係に脅かされることで、個人は彼ら自身とその成員との間に距離を作ろうとしているのだ。

Eidelman(2003) P608

 

当然ですが、「同じ組織の中に、共通の敵(黒い羊)をつくると、それだけで人間関係の絆が強化される」という結論ではありません。

 

 

 

結果とその適用の関係

とはいうものの、このエイデルマンの研究を引用している他の論文を見ると、「集団」と「個人」はそんなにプッシュしてないなあという印象です。

 

For example, when a group member’s behavior contradicts prototypical group behaviors, other group members may start to dislike the deviant group member or disidentify with the group (Eidelman & Biernat, 2003)

たとえば、ある成員の行動が典型的な成員の行動と矛盾するとき、他の成員は逸脱した成員を嫌い始めるか、同じ集団の所属と認識しなくなります。

Yilmaz, Peña(2012) P339

 

Research about the “black sheep effect” suggests that group members reject ingroup criticism and devaluate ingroup critics.

「ブラック・シープ効果」の研究は、成員が内集団から対象を切り捨てることで、不利な立場の成員の評価を下げていることが示唆されている。

Dang, Liu, Zhang, & Li, 2019 P2

 

エイデルマンの2003年の研究は、結構「ブラック・シープ効果」の説明に使われている感じがします。ただ、それであれば、エイデルマン以前の研究ですでに示唆されていることのように思います*6

 

また、内藤が著書で書いている「グループの一体感を高める」というのは、エイデルマンの言う「group protection」であり、「個人の精神を満足させる」というのは、今回の研究のメインである「individual protection strategy」を解釈することができます。そうすると確かに、エイデルマンの研究を引用している、と考えられます。ただそれを「イジメ」「悪口」などという表現で一般化するのはいかがかなと思います。

 

研究によっては、内藤の主張のようなものも存在します。

 

In accordance with social identity theory, this reaction enables groups to maintain a positive social identity. Indeed, a deviant in-group member represents a potential threat for the group’s overall stability and cohesion (Biernat, 2003; Eidelman & Biernat, 2003) because he or she destabilizes the group’s norms (Marques et al., 2001).Rejecting this member is hence a means to avoid this destabilization or even to reinforce the norms in effect.  

SI理論に従えば、この反応(注:内集団の不利な立場の成員への差別)は集団がポジティブなSIを維持することを可能にします。実際、不利な立場の内集団の成員は、集団の規範を不安定にするため(Marques et al., 2001)、集団から逸脱した成員は、集団全体の安定と結束への潜在的脅威になります(Biernat, 2003; Eidelman & Biernat, 2003)。従って、この成員を切り捨てることは、不安定化の回避や事実上の集団の規範の強化の手段にさえなりえます

Zouhri & Rateau, 2015 P671-672

 

個人的には、エイデルマンのような「ブラック・シープ効果」の研究は、「集団もしくは個人の保護」という動機の元、「不利な立場の成員を差別する」、という現象があるのであり、これを逆転させて「不利な立場の成員を差別する」と「集団もしくは個人の保護=絆が強化される」となるのかがよくわかりませんでした。私は社会心理学の専門でもなんでもないので、現実世界への適用はよくわからないのですが、研究結果というものを可逆的に考えることは可能なんですかね。

   

今日のまとめ

①著者のいうエイデルマンの研究というものは、2003年の「Derogating black sheep: Individual or group protection?」である。

②上記の研究は、「ブラック・シープ効果」の動機は、「集団の保護」だけでなく、条件によっては個人のアイデンティティ保護もありうるという検証をしたものであり、内田の主張とずれがあるように感じる。

③ただ、同じようにエイデルマンの研究を引いて集団の結束の強化を説くものもある。

 

今回の記事は全くの付け焼刃なので、話半分で読んでもらえばいいのですが、恐らく今回の話が穏当に落ち着くためには、「ブラック・シープ効果」が現実にはあるのだけれど、それを踏まえた上で安定した集団をつくるにはどうしたらいいですかね、という感じで書けばよかったんでしょう。しかし、社会(心理)学の実験って、現実世界に適応すると倫理観から外れるようなものもあるなあという印象があります。囚人のジレンマとか*7。だから、倫理的に問題はありそうだけれども、最新の研究結果に基づいて考えたら、「ブラック・シープ効果」ってどうなの?というところが、私たちが知りたいところなんですが、ちまたの「心理学」の本で、なかなかそういうのにお目にかかったことがありません。

 

そう考えると、今回の内藤のような、研究結果を逆手にとったような内容の本って、本職の研究者からしたらどう思われているのか、とっても気になります。以前、なんちゃら国紀とか逆説のうんたらに対して、呉座先生が丁寧に反論していた記事*8を読みましたが、あまたある「心理学」の本を専門家はちょっと放置しすぎなんじゃないかと思いました。

 

*1:

it was found that the subjects favoured their own group in the distribution of real rewards and penalities...

被験者は実際の報酬とペナルティにの分配において、内集団を支持することがわかった。

Tajfel, Billig, Bundy, & Flament,1971

*2:

たとえば

The black sheep effect: Judgmental extremity towards ingroup members in inter‐and intra‐group situations

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/ejsp.2420180308

*3:

以上、大石(1998)・大石(2001)を参考にした。

『内外集団の比較の文脈が黒 い羊効果 に及ぼす影響
-社 会 的 アイ デ ンテ ィテ ィ理 論 の観 点 か ら-』

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpsy1926/71/6/71_6_445/_pdf

『黒い羊効果(black sheep effect)
一社会的アイデンティティヘの脅威となる内集団成員への差別現象一』

https://ci.nii.ac.jp/naid/120000840073

*4:

後述するように、この研究はエイデルマンがカンザス大学の博士課程中に発表したものなので、「博士」という肩書は当時の肩書とするならちょっとおかしい気がします。調べた感じではカンザス大学で勤務はしてなさそうだから、2010年当時の肩書としてもちょっと変な気もします。

*5:

本来であれば当該ツイートに「イラッと~」の本から探すべきなんですが、なぜだか中古価格が値上がりしていて、さすがにこの本にお金を払うのもバカバカしいので、他のお安い価格のものにしました。手に入れば追記します。

*6:

Eidelman(2003)では先行研究としてDoosje &Ellemers, 1997やCooper&Jones、1969などを挙げていますが、さすがにいちいちチェックする元気はありませんでした

*7:

古いですが、私の好きな吹風日記の記事をおいておきます。

靖国神社と囚人のジレンマ、主人と奴隷の戦略、自分の為に生きること - 吹風日記

*8:

「俗流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る(呉座 勇一) | 現代ビジネス | 講談社(1/6)