閣僚の辞任は日常茶飯事ですが、こんな毎日の記事が話題になっていました。
誰もがまたか、とウンザリしたことだろう。菅原一秀前経済産業相に続き、今度は河井克行法相の辞任である。第2次安倍晋三政権発足後、不祥事や失言での閣僚辞任は9人(健康問題をのぞく)。そのたびに首相が繰り返す「任命責任は私にあります」はもう聞き飽きた。なぜ首相は「任命失敗」を繰り返すのか。
安倍首相が「49回」も、「任命責任は私にあります」と言っていた、という記事です。細かいところが気になる私は、「ほんとに49回言ってるの~?」と思ったので、そこんところ、調べてみました。まあ、こういう記事にするということは、どうやら49回ではなさそうだなと勘のいい読者諸賢はお分かりかとは思いますが、「安倍バンザイ!」の人も、「打倒安倍!」の人も、その主張には1ミリも関係しませんのでご安心ください。
調査方法を考える
この毎日の記事、せこいことに有料記事で、「記者もヒマだな、とおっしゃらないでいただきたい。数えてしまった。閣僚」で切れちゃってるんですね。だから、見出しにある「49回」という数字がどのように弾き出されたのかがよくわかりません。
というわけで、有料会員になって続きを読んでみました(なんと、今申し込めば1か月100円のところ、もう1か月100円!すごい!入らなきゃ今すぐ!)。
さて、記事の続きによれば、この記者は、安倍首相の「もとより任命責任は総理大臣たる私にあり……」という「言い回し」が第2次政権発足から「国会」で何度繰り返されてきたか、と書いてあり、数えたところ、「33の本会議・委員会で49回」という結果が出たそうです。
うーん、それだけか…。
具体的にどんな言葉で検索をかけ、例えば複数回出てきたときはどういう処理をして、とかそういうルールがよくわかりません。ただ、手掛かりになるのは「国会」での発言ということですから、素直に考えて、きっと「国会会議議事録検索システム」を使って調べたんだろうと推測はできます。
「国会会議議事録検索システム」
http://kokkai.ndl.go.jp/cgi-bin/KENSAKU/
試みに、発言者を「安倍晋三」、期間を第二次安倍内閣発足の「平成24年12月26日」から現在調べられる範囲まで、検索語を「任命責任」で検索かけてみると、
おお、33件(本会議・委員会の数)が一致しました。たぶん記者の方はこの検索条件で調べたのだろうという前提のもと、では本当に49件なのか、ということを調べていきたいと思います。
無関係な発言が含まれる
さて、そうやって調べてみると、おそらく記者が調べたであろう「33件」の中には、今回の安倍首相の「任命責任」とは異なるものが含まれています。
1つめが、平成26年4月15日の国会の本会議のこと。安倍首相が「任命責任」を語る場面があります。
安倍晋三 新教育長については、首長が直接任命することにより、首長の任命責任が明確になると考えております。また、任命に当たっては議会同意を要することから、議会による教育長の資質、能力のチェック機能の強化に資するものと考えております。
んー、なんか話がよくわからないですよね。これは、公明党の稲津議員が「首長による教育長の任命」について総理の所見をうかがったときのものです。これは、新教育長は、市区町村などの首長が直接任命を行うことで、責任の所在がはっきりする、という答弁です。安倍首相自身の任命責任とはなんら関係ありません。なので、おやおや、会議が1減るので「32」になってしまいます。
同じようなものはもう2つあり、平成26年5月23日の本会議*1、同年6月12日の文教委*2でも、同様の「首長の任命責任」という形での発言になっています。そのため、もう2つ減るので「30」ですね。
なんだかきな臭くなってきました。
どうやってカウントするのか
また、その他に関しても、回数の数え方に疑問が残ります。
例えば、以下の例。
安倍首相 いずれにせよ、閣僚の任命責任は私にあります。私が任命した閣僚が交代をするという結果を招いたことにつきまして、国民の皆様に大変申しわけない思いでございます。
安倍首相 その上において、しかし途中で交代せざるを得なかったということについて私は任命責任を感じている、こういうことでございます。
同上
この2件については、馬淵議員の質問に対して答えているのですが、直前ではないものの、同じ流れの中で同じこと(西川農林水産大臣の不祥事について)について質問しているわけです*3。同一会議内の、同一発言者の質問に対しての「私に任命責任がある」は、その都度カウントしてよいのでしょうか?
また、「任命責任」について質問したものの、安倍首相が自身の任命責任について回答していない発言も含まれているようです。
例えば、郡司議員が、西川農林水産大臣について「以前から度々問題を指摘されている大臣を任命した責任についてどう考えているのか、伺います」と質問したのですが、安倍首相はそれに対してこう答えています。
閣僚の任命責任に関する質問がありました。
政治資金については、政治家としての責任を自覚し、国民に不信を持たれないよう、常に襟を正し、説明責任を果たしていかなければならないと考えております。
西川大臣に関する報道については、既に西川大臣が説明しているとおり、政治資金規正法上は問題ないと承知しております。西川大臣には、農林漁業者の所得を向上させ、農山漁村のにぎわいを取り戻すという大目標に向かって、農協改革を始めとする諸課題について、引き続き職務に邁進してもらいたいと考えております。
これは正確には、「私に任命責任がある」とは答えてないですよね。「政治家には説明責任があり、西川大臣は説明を果たした」というような回答に見えます。同じように「説明責任がある」という話にしているのが、平成28年9月27日の答弁にもあります*4。
この毎日の記者の「検索」の仕方で、しかし上記のような答弁を除いた場合、安倍首相が「責任は私に」発言をしたのは、「33件の本会議・委員会のうち49回」ではなく、「27件の本会議・委員会のうち42回」になります。
逆に言うと、上記のような怪しい例も回数としてカウントするのであれば、確かに「33件の本会議・委員会のうち49回」となるので、毎日の記者は私の予想通り、議事録検索システムで、
- 期間を平成24年12月26日から
- 発言者に「安倍晋三」
- 検索語に「任命責任」
で、出てきた結果を数えたものと思われます。しかしながら、これは、ただ出てきた結果を内容を確認せずにぽちぽち数えていくだけなので、おヒマでない記者の方も、10分ほどあればできるような方法ではあるでしょう。
詳しいリストをご覧になりたい方は、PDFにしたのでどうぞご活用ください。
【安倍首相の「任命責任」の発言リスト】
https://ux.getuploader.com/storefornetlore/download/23
無論、私の「42回」というのも正確ではありません。なぜなら、この結果には「任命責任」というフレーズが含まれていなければならず、「責任がある」や「任命の責任」などといった言葉で言及された場合はカウントできません。なので、回数としては42回や49回よりももっと上になりますので、ここまで読んでヒートアップしてしまった方もご安心ください。
民主党政権と比べてみる
ちなみに、この「検索」の仕方で、民主党政権時代の首相は、どの程度「任命責任」について述べられているかも調べてみました。
リストは以下のものになります。
【民主党政権首相の「任命責任」の発言リスト】
https://ux.getuploader.com/storefornetlore/download/24
内容を精査し、関係のない発言を省くと、平成21年9月16日から平成24年11月16日の間、「12件の本会議・委員会のうち12回」となります。安倍首相は6年10か月で42回ですから、1年間に6.1回ぐらい。民主党政権は3年2か月*5ですから、1年間に3.7回ぐらいとなります。確かに、安倍首相の「任命責任」に関する答弁は多いとは思います*6。
ただ私は思うんですが、「任命責任」に関する発言をするには、質問者が(多くの場合野党が)「任命責任をどう感じるか」と質問しなければならず、逆に見れば、安倍内閣の場合は、野党側が多くその質問をしている、という見方をすることもできます。民主党政権下でも、同じ程度のペースで閣僚は辞任していたわけですから、安倍政権下において野党は紋切り型の質問ばかりしている、という考え方もできますし、野党側からしてみれば、同じようにコピペでしか安倍首相は答えていない、というどちらにとっても都合のいい解釈もできそうです。要するに、この手の発言の回数でもって判断できることなどなんにもないということです。
「任命責任」とはなにか
少し話を変えて、安倍首相は「任命責任*7は私にある」というとき、どういう責任のとりかたを想定しているかというと、こんな感じです。
二人の閣僚が交代する事態を招いたことについて、国民の皆様に対し、大変申しわけなく感じております。任命したのは私であり、任命責任は私にあります。(中略)二年前の総選挙で国民の皆様からいただいた負託にしっかりと応えるため、政治を力強く前に進め、国民への責任を果たしていく決意であります。
衆議院会議録情報 第187回国会 本会議 第8号 (小渕・松島両大臣の辞任について)
閣僚の任命責任は私にあるわけであります。その責任は、究極的には、しっかりと政策を前に進めていくことによって果たされるべきものだと考えています。
衆議院会議録情報 第190回国会 予算委員会 第17号 (丸川環境大臣の失言について)
要するに、安倍首相の言う「責任」のとりかたは「仕事をしっかりする」ということでしょう。
ところが、この言い方は、安倍首相だけの十八番というわけでもありません。歴代の首相たちもよくこういう表現をしています。
小泉首相 引き続き、村瀬長官の下で、今回の事案の全容解明と再発防止に万全を期すとともに、職員の意識改革を始め組織改革や業務改革に全力で取り組んでもらいたいと考えております。
参議院会議録情報 第164回国会 本会議 第29号(社会保険庁の不祥事)
森首相 閣僚の任命責任は、すべからく内閣総理大臣である私にあると考えております。(中略)
私といたしましては、今後とも、内閣を挙げて国民が今まさに求めている施策を推進していくことで内閣をお預かりする責任を果たしてまいりたいと考えております。参議院会議録情報 第151回国会 本会議 第2号(額賀防衛大臣の不祥事)
福田首相 その任命した石破大臣もそうです、私も、それを追認した私の立場もそうでありますけれども、そういう問題をいかにして改善させるかということ、事態の究明をし、そしてこういうことが二度と起こらないようにするかということに専念すべきである、そしてそれをきちんとやり遂げるというのは私どもの責任だというように心得ております。
参議院会議録情報 第168回国会 外交防衛委員会 第9号(守屋事務次官の不祥事)
もっと言うと、当時の民主党の野田佳彦元首相も使っていました。
野田首相 任命した責任はもとより総理たる私にあり、失われた信頼を取り戻すためにも、内閣が一丸となって原発事故の収束と被災者支援に邁進することを改めてお誓いを申し上げます。
参議院会議録情報 第178回国会 本会議 第2号(一連の大臣不祥事について)
野田首相 残念ながら、職務を全うし切れないでやめざるを得なかった閣僚もおりますが、その任命責任については重く感じておりますし、その後の後任閣僚とともに職務を果たしていきたいと考えております。
衆議院会議録情報 第181回国会 予算委員会 第2号(一連の不祥事について)
今回の毎日の記事の結びは、当時の自民党・安倍総裁が平成24年に当時の野田首相に向かって「総理は一体何を意図してこうした人事をなさるのか、お伺いをいたします」と発言したことを皮肉めいて書いていますが、これについても、野田首相はこう答えています。
野田首相 任命した閣僚が職務を全うできなかったという意味で、責任は自覚をしています。新たに滝大臣を任命し、内閣全体で職務に邁進することによって、その責任を果たしてまいりたいと考えます。
衆議院会議録情報 第181回国会 本会議 第2号(田中防衛大臣の不祥事)
結局ここからわかることは、政治家は立場が変われば同じような答え方をする、ということでしょう。責任なんて自民党だろうがなんだろうが、誰もとらないんです。
今日のまとめ
①「49回」の中には、明らかに関係のない文脈が含まれていたり、「責任は私にある」という表現とそぐわないものなど、回数の数え方が不明確である。
②民主党政権の「12回」と比べると安倍首相の回数は多くなるが、それは質問者が「任命責任」という語を使っているためということもあり、そもそもその回数で何かの優劣を判断すること自体に疑問が残る。
②「任命責任」を、「責任をとって仕事をちゃんとする」という意味で使っているのは安倍首相だけでなく、歴代の首相も同じ使い方をしている。
このエントリの指摘でもって、「だから安倍政権は正しいんだ」「だからアベはだめなんだ」と言えると思う方がいるなら相当オメデタイと思いますが、今回のメインは、この毎日の記事の書き方の杜撰さ、というより、不誠実さです。
【「責任は私に」49回 なぜ安倍首相の「任命」は失敗続きなのか】という記事タイトルから、みなさんはこの記事がどう続くと思われましたか? 有料記事のため(しかもデジタルオンリー)、恐らくほとんどの方が続きを読まれなかったでしょう。
実はこの記事、続きは自民党の村上誠一郎元行政改革担当相へのインタビュー、自民党職員出身で、政治アナリストの伊藤惇夫氏のコメントを持ってきており、至極まっとうに、「任命責任」について考える構成になっています。内容への賛成反対はあるでしょうが、「自民党の関係者もこう言っている」という形は、毎日の立場を考えると構成としては悪くありません。
しかし問題は、そこに杜撰な「49回」の話を入れてきたことです。なぜ入れたか。想像をするしかありませんが、要するに、【安倍首相の任命責任を識者に問う】みたいな見出しでは、誰もクリックしてくれないからでしょう。この「49回」の挿話があったことで、この記事は、他の政治の記事に比べてアクセスが伸びたのだと思います*8。悪い言葉で言えば、アクセス稼ぎというヤツです。
そして、ほぼほぼ、ネット上の反応は「49回」に終始しています。村上議員の安倍首相の閣僚の選び方への苦言や、伊藤氏の内閣支持率と閣僚辞任の負の相関の話など、誰も話題にしません。この事態を記者がもし想像していなかったのだとしたら、世論をはかるという意味で致命的ですし、わかってやっているのだとしたら、コメントをとってきた方々にあまりに失礼な話です。いい記事書いた自信があるなら、そんな小手先の(しかも誤っている)エピソードなど無理やり入れずに直球で勝負しろよ!熱くなれよ!と、私なんかは思ってしまいます。
別の見方をすれば、これは「有料記事」の弊害なのかもしれません。見出しだけで「読んだ」気になる人々が多い中、誰がお金を払ってまで記事を読むんでしょうか。ビジネスモデルとしては諸外国を含めて確立してきているようですが、情報の多様性ということを考えたとき、こうも有料記事だらけになってしまうと、ネットは産経の記事だらけになってしまいますよ。NYTみたいに、1カ月10本まで無料とか、それぐらいはしてくれませんかねえ。
*1:
改正案では、首長による大綱の策定や総合教育会議の設置を通じて、より一層民意を反映した教育行政の推進を図るとともに、首長が教育長と教育委員長を一本化した新教育長を直接任命、罷免することにより、首長の任命責任を明確化することとしております。
*2:
当然、この(首長の)任命責任というのは重いものであると、このように思います。
*3:
しかも、「任命責任」という一つの単語ではないものの、この馬淵議員の質問の流れの中で、「全体として私は責任を負っている」「私が任命している以上、責任を持つ」という形で安倍首相は答えているので、これも入れたらもっと数が多くなってしまいます
*4:
大臣や政務官の資質と任命責任についてお尋ねがありました。
今回の組閣に当たっては、多士済々の与党の中で、その専門性や政治経験などを踏まえ、適材適所の人事を行ったところであります。もとより政治活動については、内閣、与党、野党にかかわらず、一人一人の政治家が、国民の信頼が得られるよう、みずから襟を正し、説明責任を果たすべきものと考えています。
*5:
正確には夏の選挙の日を踏まえるので3年3か月ぐらいですが、鳩山内閣発足から数えました
*6:
ただ、片っぽは安倍首相という個人単位での政権、片っぽは民主党という党単位での政権を比べるという比較が正しいのかはわかりません。これは、毎日の記事にもある、閣僚の辞任数の比較においても指摘されうるべき事項です。
1年あたりの辞任閣僚が1・3人という割合は、安倍首相が常々「悪夢」と批判する旧民主党政権時の1・5人(3年3カ月で5閣僚が引責辞任)に並びかける。
*7:
ちなみに、国会答弁において「任命責任」というフレーズで最初に登場するのは平成6年5月24日の予算委員会において、共産党の志位議員が永野法務大臣の失言について羽田総理に「ああいう人物を法務大臣に任命した首相の任命責任が、私は今厳しく問われているというふうに思います」という発言が初めてです。羽田総理は「結果としては残念」という答え方をしています。
あんまり詳しく調べてませんが、新聞紙上で「任命責任」というフレーズが登場するのは、1988年12月30日の読売の「長谷川法相は適切さを欠いた 任命責任には触れず」あたりで、すごーく昔からあるわけではなさそうですね。
*8:
記事執筆現在(11/7)ですが、週間ランキングで12位を獲得しています。