ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

「戦争は外交の失敗」と誰が定義したのか、要約は口にあまし

ふらっとTLに流れてきて(誰だったかは忘れてしまった)、ちょっと調べてみようかなと思ったので、今日も「この名言誰が言った」のコーナーです。

 


坂本龍一が語る日本...WEB限定ノーカット版2(14/03/30)

 

上記の動画の1:13あたりから切り取られた動画がTwitter上で取り上げられており、坂本氏の言う「戦争は外交の失敗」という表現が話題になっていました。Twitterでは最近*1流れてきましたが、このインタビュー自体は2014年3月29日に、「ポータル ANNニュース&スポーツ」で放送されたものです。

 

さて、彼はこんな風に語っています。

 

「戦争は外交の失敗である」と定義されてます。だから、よくね、攻めてきたらどうすんだということを言う人がいますけど、攻められないようにするのが、日々、するのが外交の力なんですよ。

 

私は内容にはあんまり興味がないのですが、「戦争が外交の失敗であると定義されてます」という一文が気になりました。どっかで聞いたような気もしますが、果たして誰が定義したんでしょうか?

 

【目次】

 

 

 

***

 

ドラッカーの言葉?

さて、単純に「戦争は外交の失敗 名言」で調べてみると、以下のような感じで引っかかります。

 

戦争は、外交の失敗以外の何物でもない。
ピーター・ドラッカー(オーストリア出身の経営学者 / 1909~2005)

戦争は、外交の失敗以外の何物でもない。 ピーター・ドラッカー(オーストリア出身の... : ~偉人の名言~ - NAVER まとめ

 

戦争は、外交の失敗以外の何物でもない。

ピーター・ドラッカー

戦争とは (センソウとは) [単語記事] - ニコニコ大百科

 

ドラッカーの言葉として認識されているようです。この手の名言には珍しく、出典を記載しているサイトもあります。

 

[ 出典 ]
ドラッカー
[ピーター・ドラッカー、ピーター・F・ドラッカー]
(20世紀オーストリア出身の経営学者、社会学者、1909~2005)
最後の四重奏』(=処女作小説)

名言ナビ - 戦争は、外交の失敗以外の何物でもない。

 

 

ドラッカーが小説を書いているのを初めて知ったのですが、長らく絶版だったものの、Kindle版が出てるんですね。

 

最後の四重奏

最後の四重奏

 

 

しかし、載っているかどうかもわからない書籍に2200円も出すか…という気もしますので、ひとまず脇に置いておきます。

 

トニー・ベンの言葉?

ところがこの「戦争は外交の失敗」がドラッカーだという話は、英語圏ではほとんど引っかかりません。試しに、「war failure of diplomacy  quote」で検索してみると、「Tony Benn」の言葉だというサイトがたくさん出てきます*2

 

“All war represents a failure of diplomacy.”

― Tony Benn

全ての戦争は外交の失敗である。

Quote by Tony Benn: “All war represents a failure of diplomacy.”

 

"All war represents a failure of diplomacy. 

Tony Benn: His views on socialism, Europe, war and writing - BBC News

 

Tony Bennはイギリスの労働党の議員で、1950年頃から活躍し始めました*3。いわゆる左翼的な立ち位置にあり、晩年は「Stop the War Coalition」という団体の代表も務めていたようです。

 

日付が指定されているものもあります。

 

All war represents a failure of diplomacy.

TONY BENN, speech, Feb. 28, 1991

Diplomacy Quotes

 

1991年2月28日のスピーチということになります。さくっと調べると、当時の議事録が発見できます。

 

Will the Prime Minister also recognise that the United Nations charter begins with the words about freeing the world from the "scourge of war" and that all war represents a failure of diplomacy? That is one of the lessons of this period.

首相はまた、国連憲章が、「戦争の惨害」から世界を救うという言葉から始まっており、すべての戦争が外交の失敗を表していることを認識しているでしょうか? これは時代の教訓のひとつでああります。

https://api.parliament.uk/historic-hansard/commons/1991/feb/28/the-gulf

 

この「戦争」は、湾岸戦争に関してのことであり、1991年2月28日とは、その湾岸戦争が終結した日です。Tony Bennは、首相にこの戦争の責任を問うているわけです。なるほど、この典拠ははっきりしていますね。

 

ということは、ドラッカー説は日本語でしか出ず、出典も絶版本、かたや英語は出典も発見でき、圧倒的な量でもってTony Bennの言葉だとしている…とするなら、「戦争は外交の失敗」と言ったのがドラッカーとするのは間違いなのではないか!

 

「最後の四重奏」には記載がある 

とまあ、検証をしているといろいろ疑り深くなるので、上記のように考えがちなのですが、残念ながら、ちゃんと『最後の四重奏』を読むと、くだんのくだりは出てきます。

 

「私は平和主義者ではありません。しかし、戦争を軽く見るのはきわめて危険だと思っています。参謀本部の幹部養成学校では毎度、クラウゼビッツの警句がとうとうと論じられていますが、私はクラウゼビッツの考え方には賛同していません。クラウゼビッツによれば、”戦争は別の手段による外交の継続”ということですが、私は、”戦争は外交の失敗”以外の何物でもないと考えております*4

『最後の四重奏』(1983) P28

 

上記のセリフは、ソビエスキーというロンドンに駐在するオーストリア大使の言葉として語られているものです。小説の舞台は第一次大戦前であり、ソビエスキーがオーストリアの参謀本部の「軍事挑発行動」に異を唱えたという形になっています。

 

Tony Bennのスピーチは1991年ですので、ドラッカーの『最後の四重奏』は1982年の出版を考えると、小説の中の登場人物のセリフというキャプションはつきますが、一応ドラッカーの言葉としていいでしょうか。

 

「外交の失敗」の文脈

しかし、本当に「外交の失敗が戦争である」の初出はドラッカーなのでしょうか。

 

実は、「failoure of diplomacy」で検索をすると、サジェスチョンには「WW1」が現れ、どうやら、第一次世界大戦と「外交の失敗」は関連付けて語られることが多いようです。

 

「外交」と戦争を関連付けさせて論じた有名な例としては、クラウゼビッツの『戦争論』中の「戦争は他の手段による政治(外交)の継続である(Der Krieg ist eine bloße Fortsetzung der Politik mit anderen Mitteln)(第1編第1章第24項)*5」でしょう。彼が念頭に置いたのは19世紀初頭のナポレオン戦争でしょうが、クラウゼビッツの『戦争論』は多くの国に影響を与えています。この考えは一般的には19世紀のヨーロッパの国民国家の成立と関係して考えられているかと思います。まずヨーロッパの「戦争」の考え方にこのくだりが影響されてきたという認識は必要でしょう。

 

その前提があり、第一次世界大戦は、前述したように「外交の失敗」として取り上げられています。

 

The outbreak of WWI must be considered as a failure for European diplomacy, as diplomacy is the business of peace.
外交は平和への働きかけであり、第一次世界大戦の勃発は欧州外交の失敗と見なさなければなりません。

World War I: Why did European Diplomacy Fail – Could it Happen Today? | ACUNS

 

European diplomacy in the late 19th and early 20th century was in the hands of extremely capable and experienced men. ...In the various mini-crises of the decade before the outbreak of war on August 4, 1914 they had had many successes. A European-wide war was averted again and again.
19世紀後半から20世紀にかけてのヨーロッパ外交は、非常に優秀で経験豊かな人物たちの手にありました。(中略)1914年8月4日の戦争勃発前の10年間にあった様々な小危機に対して彼らは成功を収めてきました。ヨーロッパの戦争は何度も回避されてきたのです。

World War I and the Failure of Diplomacy Two | American Diplomacy Est 1996

 

これは後世の歴史家たちの後付けの理屈だけではなく、およそ大戦直後においても同じように考えられていたようです。

 

20世紀初頭に活躍したイギリスの政治家アーサー・ポンソンビーは、第一次世界大戦のさなかの1915年に書かれた『Democracy and Diplomacy』において、外交を以下のように定義づけています。

 

The aim of diplomacy also is the maintenance of peace. If it fails, there is better reason for believing that its failure is due to a faulty method and an outworn tradition than there is for attributing its breakdown to uncontrollable forces imbued with irrepressibly hostile intentions. If that is so, a means must be found to correct the method and steps should be taken to abandon the tradition.

外交の目的は平和の維持にあります。もしそれが失敗したなら、その理由は抑えきれない敵意に満ちた制御不能な力に起因するというよりも、杜撰で古臭い伝統によるものであろうと信じたほうがよいでしょう。もしそうであるなら、正しい方法を見つけ、その伝統を捨てるための措置を講じる必要があります。

Full text of "Democracy and diplomacy; a plea for popular control of foreign policy"

 

ボンソンビーは、当時のイギリスの秘密主義的な外交方法を「古臭い伝統」と批判し、その外交の失敗が開戦の理由のひとつであると述べています。

 

吉川(1979)は、第一次大戦において、「旧外交」が当時大いに批判されていたことを指摘しています。

 

第一次世界大戦は、それが「諸国人民の戦争ではなくて、専制君主と外交官の戦争」であると叫ばれる程、外交ないし外交官に対する激しい批判を呼び起こした戦争であったのである。外交は戦争を回避しえなかったために失敗の責任を問われたにとどまらず、戦争を醸成する要素の一つでもあるということからも攻撃されるようになった。

吉川 1979 「「旧外交」批判と外交観の分裂」 P627*6

 

つまり、「外交の失敗」によって戦争が起こったという考え方は、第一次世界大戦を端に発したと考えると妥当でしょう。

 

「ドラッカー」の言葉なのか?

その文脈を踏まえたうえで、もう一度『最後の四重奏』に戻るのですが、今回「戦争は外交の失敗」と語ったソビエスキーのいる時代は、第一次世界大戦が始まる前の1906年として設定されており、彼はオーストリア出身の老練な外交官として描かれています。ドラッカー自身も1909年にウィーンで生まれており、第一次世界大戦からその後のヨーロッパの旧秩序の崩壊を経験しています。

 

ソビエスキーが政治について語る場面は少ないのですが、ドラッカーによって彼は先見の明をもった人物として描かれているように見えます。クラウゼビッツの「戦争は外交の延長」に対比させる形で、ソビエスキーに「戦争は外交の失敗」と語らせているのは、1982年という時代の立場から、第一次世界大戦を眺めたときに知恵ある者が(歴史の後付けとして)口にする格好のセリフではあったでしょう。しかしそれは、「ドラッカーの言葉」なのでしょうか。

 

確かに境遇から見ても、ドラッカーとソビエスキーは重なる部分はあるとは思うのですが、登場人物の語った言葉がそのまま作者の言葉となるかというと、少々留保は必要かと思います。特に今回の「戦争は外交の失敗」という言葉は、歴史的背景を鑑みながら、キャラクターの特徴づけとして言わされた感のあるものです。英語圏にほとんどこの言葉がドラッカーのものとして出てこないのは、作品のマイナーさと共に、そういった事情もあるのではないか、と思います。

 

ちなみにソビエスキーは、その後に続けて、外交の「最上の定義」をこう語っています。

 

引き返せるという確信が持てない限り絶対に前進してはならないということです。第二の原則は、先頭の者は残りの三人が安全な手掛りなり足掛りなりを確保するまでは絶対に移動してはならないということです。

『最後の四重奏』P31

 

今日のまとめ

①英語圏では「戦争は外交の失敗」は、イギリスの政治家Tony Bennのものとして紹介されており、1991年に実際に演説で口にしている。

②日本語では「戦争は外交の失敗」はドラッカーの『最後の四重奏』が典拠とされており、実際に登場人物がそのセリフを言っている。

③「外交の失敗」が戦争につながるという考え方は、国民国家の成立後、第一次世界大戦を経て、主にヨーロッパで培われてきた文脈である。

④③のような文脈を背景に、『最後の四重奏』では、老練な外交官に言わせているセリフであり、直ちにドラッカーの言葉としていいかは注意する必要がある。

 

なので、「戦争は外交の失敗と定義されている」かどうかは、以上のような歴史的背景から「そのような見方が第一次世界大戦を機にヨーロッパで生まれた」ぐらいが穏当なところで、「定義」されているかどうかは何とも言えないでしょう。まあ、これは揚げ足取りではありますが。こういうのを教養豊かに当意即妙で指摘できればいいんですが、言葉尻をあれこれ検証して誤謬を見つけて悦に浸るというのはまあ、後付けだからこそできる技ですので、あんまりスマートなことではありません。

 

私は名言・格言の類を調べるのは好きなのですが、その言葉だけを後生大事に考えるのはちょっと違うかな、という気もします。名言はスパイスみたいなもので、メインディッシュにはなりません。コショウや豆板醤だけで料理を楽しめないように、名言もそれ単体で楽しむというよりは、実際に語られた文脈なりなんなりの中だからこそ正しく読めるのではないか、と思います。そういう意味で、もしかすると最近の人は要約を好み、あんまり本を読まないんでしょうか。黙読の歴史は浅いのかもしれませんが、それが情報を得るうえでの人間の進化の一形態なのだとしたら、手放すのは少々惜しい気がします。

*1:

とはいっても、2019年8月にも一度バズっています。今回バズっていたのは、同一人物がもう一度流したものと、あとパクツイっぽいものです。

*2:

もうひとつ、 John Dingellというアメリカの民主党下院議員の言葉だとするサイトも結構出てきますが、

War is failure of diplomacy. - John Dingell Quotes - 9quotes.com

Quotes Daily

こちらは出典をまったく見つけられなかったので、今回の検証から省いています。どういう人に言わせたいか、という観点からは面白いですが。

*3:

Tony Benn - Wikipedia

*4:

実は原著の『The Last of All Possible Worlds』で調べると、上記の英文がGoogleBooksで引っかかります。

 

I do not subscribe to the famous Clausewitz epigram always spouted in your General staff schools: 'War is the continuation of diplomacy by other means.' I see it as the failure of diplomacy." 

The Last of All Possible Worlds and The Temptation to Do Good: Two Novels by ... - Peter F. Drucker - Google ブックス

 

「”戦争は外交の失敗”以外の何物でもない」に対応するのは「it as the failure of diplomacy」ですが、日本語訳は少々表現が大げさなような気がしますが、いかがでしょうか。「私は”戦争は外交の失敗”と認識しております」ぐらいだと思ったのですが。

*5:

Carl von Clausewitz – Wikiquote

*6:

「旧外交」批判と外交観の分裂 : HUSCAP