ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

「アヒル軍団」はバッタ退治に派遣されない

コロナばかりでイヤになっちゃっているのか、こんなほっこり(現実はそうではないものの)ニュースが世界をかけめぐりました。

 

2020年2月27日、中国メディアの観察者網は、パキスタンで発生している蝗害(こうがい=イナゴ・バッタ類による被害)対策で、中国から大量のアヒルを送ることになったと伝えた。

パキスタンのバッタ被害対策に中国が10万羽「アヒル軍」派兵 - ライブドアニュース

 

ツイートもしましたが、結論を書けばこの話は、構想の段階であり、パキスタンの状況と合わせても現実的ではないということになります。以下、検証をまとめました。

 

 

***

 

中国圏・英語圏のメディアから

色々な記事を読んでいくと、どうやら中国語圏の初報は、浙江省紹興市のローカルメディアである越牛新闻の2月26日のようです。既に元記事は存在しないため、キャッシュから拾います。

 

本网讯 “绍兴鸭子,今年将出国灭蝗!”昨天晚上,浙江省农业科学院家禽研究室主任、二级研究员、国家水禽产业技术体系岗位科学家卢立志告诉记者,日前,巴基斯坦两所大学已与他联系,就牧鸭治蝗研究与他合作。

「今年、紹興のアヒル*1は、バッタ退治のために海外に行きます!」昨夜、浙江省中国農業科学院の家畜研究室主任であり、二級研究員、国家水鳥産業技術システムのポスト研究員である卢立志は記者に告げ、前日にパキスタンの2つの大学に、バッタのアヒルによる制御の協力をする連絡をとりました。

http://www.shaoxing.com.cn/xinwen/p/2792803.html*2

 

 

アヒルがいかに有用であるかは、卢立志という浙江省にある中国農業科学院*3の研究員がインタビューで語ったものです。ちょっとここの時系列がよくわからないのですが、同じ時期に卢立志は英語圏のメディアにもインタビューで答えています。

 

"A chicken can eat 70 locusts (a day), but a duck can eat 200," Lu said, noting that "They won't even leave a locust cocoon behind."

「ニワトリは1日70匹食べられるが、アヒルは200匹だ」と、卢立志は言った。「さなぎさえ残さない」

Chinese experts mull using duck legion to help Pakistan wipe out locust plague - Global Times

 

ここらへんの情報を元に、27日の早い段階でAP通信が記事にします。記事内容は既に更新されていますが、TIMEなんかに名残が残っています。

 

At least 100,000 ducks are expected to be sent to Pakistan as early as the second half of this year to combat a desert locust outbreak, according to Lu Lizhi, a senior researcher with the Zhejiang Academy of Agricultural Sciences.

浙江省中国農業科学院の卢立志主任研究員によると、砂漠のバッタの発生と戦うために、少なくとも10万匹のアヒルが今年後半には早くもパキスタンに送られると予想しています。

Army of 100,000 Chinese Ducks Ready to Fight Locust Plague | Time

 

これがNYTなど英語圏各紙に流れていったという感じです。

 

対策チームの見解ではない

中国政府がパキスタンに対策チームを送ったのは2月24日。

 

工作组由农业农村部国际合作司、国家林业和草原局草原管理司、全国农业技术推广服务中心、中国农业大学和山东省植保总站派员组成

対策チームは、農業農村部の国際協力部、国家森林草地局の草原管理部、国家農業技術普及サービスセンター、中国農業大学、山東植物保護局のメンバーで構成されています。

中华人民共和国常驻联合国粮农机构代表处

 

 機械翻訳をしただけですが、どうも公式リリースの中に、卢立志の所属する中国農業科学院は含まれていません。

 

ここがちょっと面白いのですが、初報と思われる越牛新闻には、上記の対策チームの話は出てきません。他のメディアが多くソースとしている27日の宁波晚报は、その話と絡めているので*4、初報は越牛だとしても、情報の元になっていったのは宁波晚报かもしれません。

 

つまり、対策チームの派遣と今回のアヒルの話は直接は関係がないのでは、という推測が成り立ちます。こんな報道もあります。

 

中国蝗灾防治工作组组长、全国农业技术推广服务中心首席专家王凤乐介绍说,用鸭子来治理蝗虫是一些中国专家做的探索性课题,暂时没有进入政府援助方案。

蝗害対策チームのリーダーであり、国家農業技術普及サービスセンターの主任専門家である王凤乐は、アヒルを使用してバッタを制御することで、中国の一部の専門家によって行われた試験的なトピックであり、中国政府の支援プログラムに入っているわけではない

十万鸭子出国灭蝗?中国蝗灾防治工作组:牧鸭治蝗不适合巴基斯坦 - 最新消息 - cnBeta.COM

 

卢立志も「今年の後半に実施可能になる予定*5と強調しており、いずれにせよ公式的に決まったわけでもすぐに実施されるわけでもありません。

 

実現は難しいのではないか

しかし、そもそもパキスタンにおいてアヒルによる駆除は難しいのではないか、という意見もあります。GIZMODEは、南イリノイ大学の水鳥の専門家であるMichael Eichholz教授に話を聞いています。彼は、アヒル種は水辺に生息するのは、餌をとるときに一緒に水分もとるためだと説明し、パキスタンの砂漠の気候に言及しました。

 

“I am not aware of any species of duck that would get enough moisture from the food sources that they wouldn’t also have to get water, so you couldn’t just put them in this arid environment without a source of water.”

食糧源から十分な水分をとることができない場合、水を必要としないアヒルの種を私は知りません。したがって、水源がない状態で、この乾燥した環境にアヒルを配置することはできないでしょう。

China Isn't Sending Giant Duck Army to Fight Pakistan's Locusts

 

GIZMODEはなかなか詳しい説明をしていて、国際連合食糧農業機関(FAO)の主任蝗害予報官(!)*6のKeith Cressmanにも話を聞いています。

 

FAOによれば、1㎢あたりに4000万から8000万のバッタがいるとしています*7。ありがとうございます。Cressmanによれば10万匹のアヒルが1日に2000万のイナゴを食べたということで、これでは半分も満たしません。

 

“There are not enough ducks, and they cannot eat enough desert locusts to have a significant impact,” 

十分なアヒルがおらず、砂漠の蝗害に対して十分な影響を与えるほどまでに食べることはできないでしょう

同上

 

と、Cressmanは答えています。

 

そのため、対策チームとしては、化学・生物農薬の使用を考えているようです*8。他にも、バッタを食べたアヒルを果たして食用にしていいのか、などのも問題もありますね*9

 

なので、仮にアヒルを送ったとしても、小規模多発的な発生には対応できるかもしれませんが、パキスタンの情勢に適合するかはなかなか考えどころかもしれません。

 

今日のまとめ

①アヒルの派遣は、現在の対策チームの見解ではなく、試験的なアプローチの一つにすぎず、実施の見通しが立っているわけではない。

②そもそもパキスタンの砂漠に、水棲のアヒルが適合するかは疑わしいとする意見もある。

③また、アヒルの処理能力と実際の大規模な蝗害が見合っておらず、使用できるとしても小規模な発生に対してであろう。

 

このニュースが広まったのは、まず中国国境付近で4000億匹のバッタがやってきたという偽ニュースが2週間ほど前にあり、パキスタンに中国の支援があったという下地があった、という経緯があるようです。

 

新京报が面白い記事を書いているのですが、

 

www.bjnews.com.cn

 

昔から人々は災害をジョークとして扱う場面があり、それがプラセボとして機能しているというような話をしています。しかし、その被害を無視して冗談としてだけ扱うことの危険性も併せて記述しています。これはなかなか現在の日本の状況にも当てはまりそうです。このニュースでほっこりした人は、パキスタンをはじめとした蝗害の深刻さも、少しは思いを馳せることも、必要かもしれません。

 

*1:

アヒルなのか鴨なのかといった違いは生物学的にはないそうなので、今回の記事ではすべてアヒルとしました

*2:キャッシュはこちら→

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache%3Awww.shaoxing.com.cn%2Fxinwen%2Fp%2F2792803.html&oq=cache%3Awww.shaoxing.com.cn%2Fxinwen%2Fp%2F2792803.html&aqs=chrome..69i57j69i58.3197j0j4&sourceid=chrome&ie=UTF-8

*3:

中国农业科学院 - 维基百科,自由的百科全书

*4:

宁波晚报•数字报刊平台

*5:

目前计划今年下半年能够成行

十万鸭子出国灭蝗?中国蝗灾防治工作组:牧鸭治蝗不适合巴基斯坦 - 最新消息 - cnBeta.COM

 

*6:

senior locust forecasterなんですが、国際的なちゃんとした訳語ってあるんですかね…

*7:

Locust swarms can vary from less than one square kilometre to several hundred square kilometres. There can be at least 40 million and sometimes as many as 80 million locust adults in each square kilometre of swarm.

Frequently Asked Questions (FAQs) about locusts

*8:

Zhang, part of a delegation of Chinese experts sent to help the south Asian country combat the locusts, advised the use of chemical or biological pesticides instead.

China will not send ducks to tackle locusts in Pakistan, says expert | World news | The Guardian

 

*9:

という記事をどこかで読んだのですが、どれだかわからなくなってしまいました。