ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

9.11後に「イマジン」は規制されていない、敵は本当にあるのかブルータス

【4/14 一部英語訳を訂正】

 

今日気になったツイート。

 

 

このことについてはSnopesが既に検証していて*1、結論だけ書けば「イマジンを含めどの曲も放送規制の義務はなかった」なのですが、ツイートするにはいまいち文字数がまとめられなかったので、手短に記事にしたいかと思います。

 

 

 

***

 

会社は「禁止」を否定している

このウワサは以下のようなものです。

 

In the wake of the September 11th terrorist attacks in the United States, Clear Channel Communications came under fire for an internal memo of a list of 150 "lyrically questionable" songs by everyone from the Animals to the Zombies (plus everything by Rage Against The Machine) which it "banned" its stations from playing.

アメリカでの同時多発テロ攻撃を受けて、 Clear Channel Communicationsは、(イギリスのロックバンド)アニマルズからゾンビーズ(加えてレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの全て)までといった、「不適切な歌詞」の曲の再生を「禁止」するリストという内部メモについて非難を浴びました。

Clear Channel Communications' List of 150 "Banned" Songs - CelebrityAccess

 

Clear Channelは、アメリカのおよそ1200のラジオ局をマネジメントする組織です。上記記事では、150を超える曲のリストが掲載されています。このリストが、Hits daily doubleという音楽メディアのニュースレターで公表されたのち(現物存在せず)、多くのメディアが一斉に否定的に反応をしたようです。

 

しかし、Clear Channelは、リストの存在は否定しなかったものの、「禁止」するものではないという声明を、2001年9月18日に出しています。

 

“Clear Channel Radio has not banned any songs from any of its radio stations. Clear Channel believes that radio is a local medium. It is up to every radio station program director and general manager to understand their market, listen to their listeners and guide their station’s music selections according to local sensitivities.

Clear Channelは、ラジオ局のかけるいかなる曲についても禁止をしていません。Clear Channelは、ラジオは地域に根差したメディアであると信じています。すべての番組編成者とゼネラルマネージャーは、この市場について理解し、リスナーの声に耳を傾け、そして、地域にあった感性に応じて、ラジオ局の音楽について提示していく必要があります。

Wayback Machine

 

そのため、実際にリストの中の曲を流した局もあるようです。一方で、「禁止」でなくとも、このようなリストを作ること自体が「芸術的表現の抑圧の始まり」ではないかと心配する向きもありました*2。 

 

「禁止」ではなく「自粛」

NYTによれば、このリストは、

 

They said that a smaller list of questionable songs was originally generated by the corporate office, but an overzealous regional executive began contributing suggestions and circulating the list via e-mail, where it continued to grow.

関係者によれば、元々「不適切な曲」の少数のリストが本社によって作られたが、熱心な地域の幹部たちが提案し始め、リストをEメールで配布し始めた。

THE POP LIFE; After the Horror, Radio Stations Pull Some Songs - The New York Times

 

ということで、「番組編成者の間で広まった草の根の努力のよう(''a grass-roots effort that was apparently circulated among program directors.'')」だそうです。しかし、「イマジン」のような曲までリストに入っていたことから、その選定基準*3に、政治的な疑いの目が向けられたのでしょう。

 

しかし、この傾向は特別なことではなく、9.11直後、アーティスティック関係は、アメリカでは一種の「自粛」のような状態でした。

 

With a heightened sensitivity now prevalent, radio stations and music video outlets have tempered their playlists, opting to not play songs with references and themes to violence, murder, suicide and terrorism.

ラジオ局やMV市場は、現在センシティブな状況のため、暴力、殺人、自殺、テロに関して言及したりテーマであったりする曲を再生しないことを選択しています。

Arts: Music industry responds to terror

 

そもそも、リストがなくとも、ラジオ局は音楽の選曲に多かれ少なかれ神経質になっていました。

 

In the weeks following the attacks, alternative radio stations across the nation didn't play songs such as Sugarcult's "Stuck In America" and Jimmy Eat World's "Bleed American."

テロ後の数週間、全米のラジオ局は、シュガーカルトの「Stuck In America」や、ジミー・イート・ワールドの「Bleed American」のような曲を流しませんでした。

前掲

 

In the meantime, the station decided not to broadcast some songs even though they did not make the list, such as ''When You're Falling,'' a collaboration between Peter Gabriel and Afro-Celt Sound System that had fictional lyrics too eerily similar to the truth.

そのあいだ、WAXQ-FMはそのようなリストを作らなかったにも関わらず、ピーター・ガブリエルとアフロ・ケルト・サウンド・システムがコラボした「When You're Falling」のような、不気味なほど現実に似ている歌詞の曲は流すことをやめにしました。

THE POP LIFE; After the Horror, Radio Stations Pull Some Songs - The New York Times

 

In New York City, adult top 40 station WPLJ-FM initially tried to avoid playing overly upbeat music, along with a few songs with lyrics that might offend.

ニューヨーク市にある、WPLJ-FM は当初、過度にアップビートな曲を回避したり、攻撃的な監視を含むいくつかの曲を流すことを回避しようとしました。

CNN.com - Radio stations retool playlists after attacks - September 20, 2001

 

日本においても、震災後、多くのCMが差し替えられ、ACの「ぽぽぽぽーん」になっていったことは記憶にあると思います。航空会社が機内で飛行機事故の映像を流さないように、とSnopesは述べていますが、この動き自体は(成否はともかく)それほど不自然なことではないでしょう。

 

「自粛」をするのは誰なのか

私がわざわざこのような揚げ足取りのような形で取り上げたのは、くだんのツイートでは、そうやって芸術が迫害されていくことを「政治家」が「真っ先に」するというような形で話していますが、それはちょっと違うのではないか、と思ったからです。

 

9.11後の「イマジン」などの「不適切な曲」リストについては、少なくともわかる範囲では政治家など関係なく、業界の「自主的」な選択でした。くだんのリストについては批判も多かったわけですが、しかし、業界が時勢に「配慮する」方法については、一定の理解が示されているようです。

 

Many in the media and the music industry say they understand the changes that have been made...."You have to respect their decision, they didn't do it to make money," he said. 

多くのメディアや音楽業界はこの変化について理解を示しています。(中略)「彼らの決心については尊重しなければならない。金儲けをしなかったわけだから」

Arts: Music industry responds to terror

 

もちろん、その感度が高すぎるのは困るとも述べているわけですが、その方向性は極端ではないという認識です。

 

資料が手元にないので記憶で書くのですが、例えば戦中の日本でも、いわゆる「敵性音楽」については、実は行政が公的な圧力をかけるよりも前に、音楽団体が先に規制をかけていたという事実がありました*4

 

これが意味するところは複雑ですが、ともすれば我々は単純な二項対立で、「規制する側/される側」と見立て、一方を政府、一方を芸術家たちなどと捉えがちですが、物事はそれほど単純ではないのではないでしょうか。現在の日本を見てみても、「自粛」を要請しているのは果たして誰なのか、ときどきその輪郭が私には揺らいで見えます。

*1:

Clear Channel Banned Songs

*2:

Nina Crowley, the executive director of the Massachusetts Music Industry Coalition, a free-speech organization, worried that this was just the beginning of suppression of artistic expression and that politicians and corporations that have been trying to restrict access to popular music may expand and perpetuate this list.

THE POP LIFE; After the Horror, Radio Stations Pull Some Songs - The New York Times

 

*3:

歌詞の内容やタイトルだけでなく、曲調なども関係していたようです

*4:

戦争はラジオにのって―1941年12月8日の思想 (1985年)

歌と戦争―みんなが軍歌をうたっていた

あたりに記載があったと思います。ただいま図書館が軒並み閉まっていてすぐに調べられないので…