太宰治の小説に『男女同権』というものがあるのですが、ある老詩人の「男女同権」についての講演という体でのお話で、「新憲法」によって男女が平等になったことをお祝いするという内容です。しかし、老人は幼少より女性にいじめられており、彼にとっての男女同権は、男性の権利を取り戻すということであり、最後は「私のこれからの余生は挙げて、この女性の暴力の摘発にささげるつもりでございます」と締める、なかなか皮肉のきいた話です*1。
というわけで、現代でもこの「男女平等」が少々いきすぎではないのか、みたいな話が転がっているわけですが、今日は男性はついにイタリアンにも入れなくなったという話。
しかし男はイタリア料理食べる権利もない時代きてんのな! pic.twitter.com/yDUa6MXIzA
— araichuu (@araichuu) 2016年9月17日
どこぞやのイタリアンの店の前に掲げられた看板のようで、「男性のみ」の入店をイラストで断っています(女性のみ、もしくは女性とくればOK)。これについて「男性差別だ!」と賑わせているわけです。
まあしかし、相手の主張も聞いてみて判断するのが「民主主義」でございますので、この店のことについて色々と調べてみました。
ConTERRAZZA新宿というお店
写真の看板には店名も入っておりまして、「ConTERRAZZA新宿」というお店だそうです。
ぐるなびをリンクに貼るのもなんですが、説明によれば、今年の7月6日にオープンしたばかりの新しいお店だそうで、ぐるなびにも、「歌舞伎町のイメージを覆す、女性に優しいレストラン」として、「男性のみの入店不可、女性に同伴いただければ入店可」というメッセージが書いてあります。理由としては、「男性の目を気にせず心行くまで満足したいという要望」にこたえるためだとか。お店によれば「日本初!」なのだとか。ふむふむ。
店舗は歌舞伎町にあるようで、そこが活動範囲の女性層をねらったものでしょうか、みたいな提灯記事もあります。
店側が公的に出している「女性のみ」の理由は「男性の目を気にせず心行くまで満足したい」だけですね。
前の店舗もイタリアン
さて、この店舗の場所をGoogleストリートビューで見てみると、なぜか別の店が表示されます*2。
店名は「KaBrio」。むむ、イタリアっぽい名前ですね。早速調べてみると、食べログに情報が残っていました。
コメントを見てみると、2015年8月11日オープンとあり、「4月30日をもちまして閉店となりました」と記載があるので、わずか8ヶ月ほどで閉店をしたことになります。うーん、あっという間ですね。
いろいろレビューをしているページがあるのですが、それらによると、ここの店の売りは、
①ピッツァよりヘルシーなピンサ(Pinsa)*3
②現地の5つ星ホテルやリストランテで修業を重ねた、イタリア人のピザ職人、チャンチョーロ・マリアーノ氏*4
③コンビを組むのは、都内の名だたるイタリア料理店で研鑽を積んだ加藤シェフ*5
宣伝はよくしていたみたいで、ラジオNIKKEIでも紹介があったようですし*6、2015年8月26日放送の「グッド!モーニング」内でも特集されていたようです*7。なかなか力が入っていたにも関わらず、1年も経たないうちに閉店とは、なにがあったのでしょうか。
ピンサは商標登録されている
実は、先ほどリンクに載せた「ナポリピッツァ食人協会 青年部長」のブログでも指摘されているのですが、この店が売りにしている①ピンサについては、この店の開店前に既に商標登録されています。
登録日は2015年8月7日で、「KaBrio」の開店前です。類似群コードを見る限り、ピザなどの食品及び提供する施設で使えないようになっているため、この「KaBrio」は「ピンサ」が売りのはずなのに、店名にも商品名にも「ピンサ」が使えない、という状況になっているわけです。
よって、現在確認できる食べログの「KaBrio」のメニューには、「ピンサ」が存在しておらず*8、全て「窯焼きピッツァ」に変更されています。アーカイブが残っていないので何ともいえませんが、当初はあったであろうメニューが、商標の関係で外されたと考えるほうが無難でしょう。
で、この商標をとったのは「株式会社PINSERE JAPAN」。「Pinsa De Roma」というピンサ専門店を経営している会社です。
こちらは、2015年10月10日オープンとの事で、「KaBrio」よりも後の出店です。にも関わらず、「KaBrio」は早期に閉店し、ピンサデローマは*9、2号店をオープンできるほどの盛況振りです*10。
つまり、可能性として、「KaBrio」は商標争いで負けたために、早期閉店をせざるをえなくなった、ということも考えられます。
このイタリア人は何者か
さて、「KaBrio」の売りである、イタリアピザ職人「チャンチョーロ・マリアーノ氏」ですが、開店直後の色々な記事には写真つきでお見かけするのですが*11、それ以降はぱったり現れません。現在確認できる食べログのトップページにも、彼の名前や写真はおろか、イタリア人シェフの存在さえ匂わすものがありません。
彼は日本に十年以上住んでおり、関西弁がしゃべれるそうですが*12、調べてみると、大阪であるイタリア料理店を開いていたようです。その店の売りは本格ピッツァ。本筋には関わらないので店名などはあげませんが、オープンしたのは2012年の終わり。しかし程なくして閉店したようです。
つまり何を言いたいかというと、マリアーノ氏は特に「ピンサ」の専門家でもなんでもなさそうだし、イタリアでも有名ではなさそうだということです。ピンサデローマが「MARCO MONTUORI」という有名な専門家を監修に招いたのとは対照的です*13。彼がどうして店からいなくなったのか、なにか複雑な理由がありそうです。
運営している会社が一緒
そして、この閉店した「KaBrio」の店舗に、そのまま開店した「ConTERRAZZA新宿」ですが、運営会社が一緒です。
「KaBrio」
三信商事株式会社(東京23区)キッチンスタッフの正社員/『トラットリア KaBrio(カブリオ)』/求人情報|飲食店の求人・転職ならクックビズ*14
「ConTERRAZZA新宿」
三信商事は新宿メトログループなので*15、要はこの二つの店舗は「新宿メトログループ」が運営をする飲食店、ということになります。ついでに言えば、この店舗が入っているビルは「第一メトロビル」で、新宿メトログループの物件です*16。
さあ、読者諸君、自分をこの物件を任されたプロジェクトリーダーだと思ってください。前の店舗は諸般の事情で、宣伝にあれだけ力を入れたにもかかわらず、利益を出す前に大幅に早く閉店してしまいました。いつまでも税金だけ払って空き物件を抱えているわけにも行かず、あなたは早急にここをどうにかしたいわけです。どうしましょうか?
まずあなたが考えなくてはいけないことは、余計な経費をかけないということです。だったら手っ取り早いのは、同じ飲食店を入れることです。飲食設備が揃っていますから、居抜きで借りるにはもってこいです。
そしてあなたは思いつきます。同じイタリアンであれば、飲食設備も内装も、何もかも変更する必要はないわけです。店にはピザ窯だってある。しかし、結局、流行りにのった「ピンサ」は大手企業に奪取され、ただの窯焼きピザでは客足をつかむことはできなかった。普通のイタリアンでは、「KaBrio」の二の舞になることは目に見えていますし、上司はGoとは言わないでしょう。ただのイタリアンではない、何か付加価値が必要です。その付加価値の一つ目が食べ放題です。
そして、もう一つの付加価値が、「女性のみ」というコンセプトです。恐らく「KaBrio」経営時代に、客層が女性に偏る傾向があったのでしょう。女性だけにターゲットを絞ったところで、売り上げに影響がないと判断されたのでしょう。また、「日本初」ということを謳えば、それだけで宣伝効果になりますし、肯定・否定に関わらず、反応してくれる人も増えるでしょう。このコンセプトは、費用が一切かからない割に、効果はどうもありそうだ。そう考えたあなたは、「男性入店禁止」という目をひく宣伝を考え、企画をしていったわけです。
…とまあ、上記は完全なる妄想ですが、そんなに大きく外れてもいないんじゃないかなあという気がします。
今日のまとめ
①話題のお店は7月にオープンしたてで、その前もイタリアンが入っていた。
②前の店は「ピンサ」「イタリア人シェフ」が売りであったが、「ピンサ」は商標の関係で撤退せざるをえず、「イタリア人シェフ」も何らかの理由で退店した。
③二つの店は同じ会社が経営しており、経費を浮かせるために、同じイタリアンをいれ、耳目を引くコンセプトをつけたと考えられる。
結局、新宿メトログループがやっていたことは、事実を事実以上に見せるという古典的な手段です。まるで本格的な「ピンサ」が食べられるようであり、あたかもイタリアで有名なシェフが調理に携わっていると喧伝し、ついでに「加藤シェフ」という誰かもわからないシェフの名前を大きく打ち出し、お客を集めようとしていたわけです。つまり、本物志向で売りに出したら、メッキがはがれてしまい、早期閉店ということになったんでしょう。
その意味で、今の店の「男性入店禁止」というコンセプトはわかりやすいものです。果たしてこの効果がいつまで続くかはわからないですが、うまく時流にのれれば成功するのではないでしょうか。しかし、結局は、店の味とかサービスとか、基本的なところがダメなのであれば、早晩それも瓦解するでしょう。
それにしても、私が悲しく思うのはマリアーノ氏の存在です。彼は大阪での自分の店が失敗した後、再起をかけてこの「KaBrio」に望んだでしょう。「ピンサ」なんてもしかしたら作ったこともないかもしれないのに、流行りにのって作らされ、経歴もずいぶん誇大的に発表された。内心は忸怩たる思いだったかもしれないですが、もう一度自分の夢にかけたわけです。それが会社の都合であっけなく店は閉店をします。そこにどんなやりとりがあったかは想像するしかないですが、およそ円満とはいえない別れ方だったでしょう。彼がイタリアにしろ日本にしろ、小さな幸せを見つけていることを祈るばかりです。
*2:ちなみに、確認した限りでは、この「KaBrio」の前は「しゃぶから」、その前は「茜どき」という店だったそうです。新宿メトログループによれば、閉店ではなく「業態変更」なんだとか。まあ要するに数年おきにとっかえひっかえしている、なんとも採算の合わない店舗なんでしょう
*3:ピッツァじゃないよピンサだよ!-全国ピッツェリア巡り226店舗目 - ナポリピッツァ食人協会 青年部長
*4:イタリアのブームをいち早く食べる!『Trattoria Pizzeria Bar KaBrio(トラットリア ピッツェリア バール カブリオ)』オープン! | 美味案内
*5:同上。しかしながらこの「加藤シェフ」は苗字だけのため、いまいち誰を指すのかわかりません。有名なイタリアンの「加藤シェフ」の候補は二人。
○加藤政行
○加藤超也
しかし、どうもこんな店に関わっている感じはしません。
*7:[グッド!モーニング (2015年8月26日放送回) ]の番組概要ページ - gooテレビ番組(関東版)「サキドリ!トレンド」内にて
*8:http://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13186452/dtlmenu/
*9:ピンサロみたい・・・といわないように
*10:Pinsa De Roma 本店 - タイムライン | Facebook
*11:先にあげた「KaBrio」の記事のほかにも、
ローマで話題の「Pinsa(ピンサ)」を食べられるお店がオープン!|WEB Domani通信
【厳選ぐるめナビ】古代ローマ起源のピザを堪能「トラットリア ピッツェリア バール カブリオ」新宿 - 政治・社会 - ZAKZAK
など
*12:「日本に来て10年近くになるそうですが、それまでずっと大阪にいたため関西弁を憶えてしまったとのこと」
ローマで話題の「Pinsa(ピンサ)」を食べられるお店がオープン!|WEB Domani通信
*13:Marco Montuori | Pizza chef
*14:ちなみにこのページのソースを見ると「本場イタリアのピザ職人が焼き上げる「ピンサ」が自慢のイタリアンバルでキッチン募集」という文言が残っています
*16:同上。「1976年■第一メトロビル完成」の文言が見えます