ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

イオンでATMが使えなくなるのは「不正確」か、世の中に不満があるなら

日本ファクトチェックセンター(以下JFC)は、ずいぶんと幸先の悪い出だしになっていて、他人事ながら心配です。

 

ちょっと気になったのが次の記事。

 

「イオンでATMやクレジットカードが使えなくなると店員が説明している」というツイートが拡散していますが、内容が不正確です。イオン銀行で10月7日から11日まで、ATMやネットバンキングなどが休止になりますが、イオンカードのクレジット払いは通常通りです。ツイートに関連した世界的な陰謀論も、一部で語られています。

ファクトチェック:「イオンでATM、クレジットカードが使えなくなる」は不正確|日本ファクトチェックセンター(JFC)

 

いわゆる陰謀論というヤツで、JFCはイオン銀行のHP及びコメントをもって「不正確」としていました。この記事はなかなか荒れているんですが、私が気になったのは、「何を誰に伝えたいのか」がよくわからないな、という点でした。

 

というわけで、今回のツイートを、自分だったらどうやってアプローチするかなと考えながら検証し直してみました。ちなみに私はGoogleからもYahooからもお金をもらっていません。

 

【目次】

 

 

誰が言い出したのか

当該ツイートを細かく見ていると、変な表現がいろいろと気になります。例えば、「池田 世界規模で銀行が……」と始まっているので、素直に考えると、「池田某」なる人物の言葉を引用しているということになります*1。末尾の「98%」というのもよくわかりません。確度なのか、達成率なのか…。

 

ただ、注目を集めているのはこのツイートだとしても、言い出しっぺはこの人じゃないのだろう、という推測ができます。そうすると、そこらへんの初出を探りたくなります。

 

今回のイオン銀行のATM停止のお知らせが正確にいつ出されたかは定かではありませんが、8月2日にはホームページ上で掲載されている旨が載っているというツイートがあるので、遅くとも2か月前には告知されていたようです。また、イオン店内で、ATM停止に関する放送もしょっちゅうかかっていたとか。

 

9月9日には、「明日から」という誤りのある形ですが、イオン銀行が「全ての業務を停止」するということに絡んで「なにかありますかね」というツイートがちょっとだけバズってました。後述するQFSとイオン銀行の関係は、どうもここら辺から始まっているように見えます。

 

DSとQFS

さて、話を続ける前に、その界隈での用語を知らないとなりません。

 

まず、DS。「ディープステート」の略称ですが、Wikipedia的にはこんな感じ。

 

ディープステート(英: deep state、略称: DS[1])、または闇の政府[2][3]とは、アメリカ合衆国の連邦政府・金融機関・産業界の関係者が秘密のネットワークを組織しており、選挙で選ばれた正当な米国政府と一緒に、あるいはその内部で権力を行使する隠れた政府として機能しているとする陰謀論である[4][5][6][7][8]。「影の政府」や「国家の内部における国家」と重複する概念でもある。

ディープステート - Wikipedia

 

世界を闇で牛耳っている組織、といったところでしょうか。トランプ政権は彼らによって倒された、というような感じで、これを信じている人たちにとっては悪の組織です。

 

で、QFS。「量子金融システム」の略で、説明としてはこんな感じ。あっちゃこっちゃしてるので、私の方でまとめました*2

 

従来のSWIFTシステム*3に代わる金融システム。量子コンピュータによって制御され、全てのハッキングから守られる。QFSは「量子善意知性体」という生き物が物質化したシステムであり、不正な送金などはブロックできる。そのため、DSに関わる人物や団体は、QFSのシステムを阻止しようとしている。

 

何を言っているかわからないかもしれませんが、書いている私もよくわかりません。おさえておきたいのは、界隈の人たちにとって、QFSは正義の味方であり、悪の親玉DSを退治する聖剣だという部分です。QFSは私たちの知らない間に、現在のSWIFTから変更されており(あるいはされている途中)、決戦の日は近いという感じでよく語られています。

 

イオン銀行のATM停止はQFSへの入れ替え

そのため、銀行のシステムが停止する、という事実は、界隈の人たちにとっては、QFSとすぐに結びつきます。

 

先ほどの9月9日のツイートに戻ると、「なにかありますかね」という呟きは、要するに銀行のシステムがQFSに取って代わられる予告のようなものだと捉えられているわけです。9.11と引っかけて、11日に何かが起こる、なんて呟きも見かけます*4

 

あわせて9月は、その界隈で「そろそろ何かが起こる」という感じの呟きが増えていきます*5。株式市場の不安定な動きや、他の国の銀行の停止の話とか、安倍元首相の国葬とか、エリザベス女王の崩御とか、まあいろいろ話題には事欠かない月でした。で、彼らにとってみれば、そういった不安定な動きというのは意味があって、すべてDSを葬るためのものだったんだよ…!というわけです。

 

9月23日には、以下の動画を紹介したツイートがややバズってます。

 

www.youtube.com

 

この動画(これ自体は9月20日付)の中で、彼は「48時間以内に食料調達、銀行からの引き出しをして、数日間の大混乱に備えるように」*6「世界規模の大停電が起きる」というようなことを言っています。それは、QFSとは言っていませんが、何かのシステムの入れ替えが起きるのだとか。彼はその理由を、ドイツからの情報として、通りに兵士がいる様子のビデオを同時に映しています。ちなみに何も起こってませんね。

 

日本ではこの動画が「アメリカ」の「ニュース速報」だとしてツイートされていますが、この「NESARA GESARA QFS」というチャンネルは個人運営のものであり、もちろん公共性のあるものではありません*7。ちなみに、このチャンネル自体も、QFSを信奉しているものであります。

 

9月27日には、イオンに行ったら、「イオン銀行の件が館内アナウンスされていた」という内容のツイートが、2500弱いいねされていました。なかなか興味深いのですが、このツイートだけ読んでも、ただのイオン銀行のATM停止のお知らせにしか読めないんです。でも、この方をフォローしている方は思想を共有しているので、すぐにQFSと結びつき、リプ欄はそんな感じになってます。ATMを停止することをわざわざアナウンスするなんて、これは何かある…みたいな。さながらイオン銀行はQFSの救世主といった雰囲気でしょうか。

 

NESARAとQFS

もちろんこれは9月に始まったことではなく、もう何年も前から似たようなことが言われ続けています。

その原型になっているのは、NESARA(GESARA)というものです。これは、90年代にアメリカのHarvey Francis Barnardによって提唱された経済改革案だそうで、複利廃止とかあるんですが、重要なのは金本位制による通貨の発行という点です。HarveyはNESARA研究所なるものも設立し、グッドウィンという人物がそれを広めていきます。

 

NESARAはその後、「国家経済安全保障・改革法」として追加条項付きで成立し、ジョージ・W・ブッシュ政権と最高裁によって弾圧されたと主張するシャイニ・キャンディス・グッドウィン(別名「ワンネスの鳩」)によるカルト的陰謀論の主題としてよく知られるようになった。グッドウィンの陰謀メールは数ヶ国語に翻訳され、ネット上で多くの支持を得ている。

NESARA - Wikipedia

 

グッドウィンはHarveyの主張を拡大的に解釈して、債務帳消しみたいな感じにしていくんですが、いずれにせよ、既存の通貨を否定していくという点が注目です。世界規模の徳政令みたいな感じでしょうか。終末論と似ていますが、ポジティブな感じで捉えられているのが特徴です。

 

日本においてもNESARAは要するに十数年も話題にのぼっていたわけで、実現すれば銀行が停止したりするから、ATMが止まったりするたびに、すわNESARAか!みたいな投稿も増えていきます。QFSは、そこに登場した、新しいシステムの概念、というわけです。言葉としては新しいですが、既存の通貨を否定し経済が新体制になるという考え方としては、もう二十年以上前のものをベースとして言われ続けてきているんですね。

 

ざっと調べた感じで、QFSのことが日本で話題に上がり出したのが2018年8月ごろとなりますが、このころ、量子コンピュータと金融分野に関するプレスリリースがいくつかありました。

 

NTTデータは2018年8月17日、量子コンピュータを金融ビジネスに適用するための検討を開始する。リサーチアンドプライシングテクノロジーのAIファイナンス応用研究所と協業し、同日付けで検討を開始する。協業の実績を基に、金融における量子コンピュータ活用のユースケース実現を目指す。

NTTデータ、量子コンピュータの金融業務への適用でAIファイナンス応用研究所と協業 | IT Leaders

 

MDR株式会社(本社:東京都文京区本郷,以下 MDR社)は、株式会社三菱UFJ銀行(本社:東京都千代田区,以下 三菱UFJ銀行)と共同研究に関する契約を今般締結し、量子コンピュータの金融分野における活用にむけた検討を開始しました。

量子コンピュータ利用の共同研究に関する三菱UFJ銀行との契約締結のお知らせ|MDR株式会社のプレスリリース

 

本稿では、量子コンピュータが暗号の安全性低下を通じて金融サービスのセキュリティに与える影響と、金融機関が今後検討すべき事項について整理する。

(日銀レビュー)量子コンピュータが金融サービスのセキュリティに与える影響とその対策 : 日本銀行 Bank of Japan

 

Googleトレンドで調べてみると、2017年11月と、2019年10月に「量子コンピュータ」の大きな山があります。

 

2017年11月は、IBMの発表*8でしょうか。その後、いくつか「量子コンピュータ」がメディアを賑わせたこともあり、かつ金融関係の発表が続いたため、QFSなる言説が生まれたものと推察されます*9。陰謀論の流行り廃りは、当然と言えば当然ですが、社会的な他の流行に引っ張られる傾向があります。

 

誰に向けての「ファクトチェック」か

そのため、JFCがとりあげたツイートは、そう言った界隈の方たちの期待の高まりを受け、満を持して呟かれた「イオン銀行」ネタということになります。「銀行が停止」というネタは、十年以上の重みがあるわけですから。当該ツイートのツイート主はなかなかのフォロワー数ですので、そこから、思想を共有する方たちには「ついに来たか…ガタ!」という感じで広まっていったのでしょう。その後も、イオン銀行のATMが停止する張り紙の画像を貼りつけて、「言ったとおりになりましたね!」という感じで報告するツイートも散見されます。前述した経緯を確認しないと、なかなか当該ツイートの意味はつかみにくいでしょう。

 

今回のこの陰謀論は、陰謀論ネタの中でもかなり外れ値に属していると思います。なので、事実の訂正は容易です。というか、「普通の人」にとってみたら、訂正すら必要のない情報になります。だってイオン銀行すよ…。となると、「普通の人」が今回の件を無条件に信じる可能性はかなり低いです。そのため、わざわざファクトチェックをする必要性は薄い。

 

しかし、「イオン銀行のATMが止まる」というのは事実です。その事実がある限り、信奉者たちにとってみれば、公言される理由は信じる必要がありません。JFCは、「今回のシステム更改は「サービス向上のため」」という理由をイオン銀行側から引き出していますが、それは彼らにとって「ファクトチェック」にはなりません。だってQFSの進捗は、銀行の業務内容の停止とか、株価の上がり下がりとか、ウクライナとか、そういった形に姿を変えなければ現れない、隠されたものですから。イオン銀行が馬鹿正直に言うはずがないでしょう。

 

では、このファクトチェックは誰に向けて何のために書かれたものなのか。それが問題になってきます。界隈の信奉者たちはこのチェックでは考えを翻すことは難しいですし、その考えから遠い人々はそもそもチェックが必要ない。つまり、対象がよくわからず、非常に中途半端になってしまっているわけです。陰謀論を扱うというのはこういうことです。本当に陰謀論を正したいのなら、その背景にあるQFSやDSについて検証をしなければ、何のチェックにもならないのです*10

 

今日のまとめ

①イオン銀行のATMなどの停止については、少なくとも8月上旬には通知がされていた。

②DSやQFSを信じる人たちにとって、銀行のATMが停止するということは、QFSへのシステム移行を意味している。

③9月の様々な世界情勢は、QFSなどを信じる人々によって、システムの変革へと紐づけて理解されている。

④また、QFSという言葉が出る前から、同じような主張をするNESARAなる言説が20年ほど前から存在している。

⑤そのため、今までの経緯及び9月下旬にかけての世界情勢の動きがからみ、いくつかのQFSを信じる人々の呟きが拡散していき、イオン銀行の停止の意味がより拡大的に解釈され、JFSのとりあげたツイートが広がる下地になったと考えられる。

⑥JFCの記事は、発信対象が不明確のため、中途半端な印象を受けてしまう。

 

私は少佐的な「個人的推論にのっとった捜査方針」で記事を選定し、書いているので、便宜上「ファクトチェック」という言葉を使っていますが、あんまりお好みではありません。私がブログを書き始めたころ一般的でなかったその言葉は、今やいろいろ過積載となってしまっていて、ちょっと使いにくくなりつつあります。

 

ただ、少し思うのは、「ファクトチェック」を「点」だけで捉えようとすると、リーチする層が限られてしまうのではないかな、ということです。今回の件は「イオン銀行のATMが停止する」という「点」でしたが、そこに「DS」や「QFS」といった別の点があり、それらがどのように結びついて今回の件に至ったか、その流れがあるわけです。この「流れ」は、意識してまとめないと可視化されないので、私は記事を書くときはそこに留意しています。疑問に思った人が、時間が経ったときにもわかるように、いわば石碑的に残ることが大事なのではないでしょうか。例えば今回の陰謀論は、単体では信奉する人たちの考えを変えさせることは難しいですが、彼らの「○月○日に何が起こる」という主張がことごとく外れていっている流れを残しておくことで、将来そこから抜け出そうと思った人のよすがにはならないか、とも考えるわけです。そのとき、「イオンに聞きました」だけでは少々弱い。それでもいいんですけど、それならそれで、記事の更新頻度が少なすぎる*11ので、陰謀論的なものも取り上げるならば*12、数を残すことも大事かと思います。

 

ただ、JFCの活動を揶揄する向きもありますが、基本的には私は彼らの活動自体は歓迎すべきと感じます。ファクトチェック機関はいくつかありますが、これもまたメディアのひとつなので、複数がひとつの事象を検証していく方がよりよいでしょう。みなさんの嫌いな朝日や産経だけの世界を想像して頂けるとよろしいんじゃないかと思います。特に、痴漢の現行犯の記事静岡県内の水害画像の記事を読んで、専門家に話を聞けたり関係者に取材ができるというのは大きなアドバンテージだなと感じました。私のような個人は、そもそも門前払いのところも多いので羨ましい限り。スタートアップの時期はいろいろあると思うので、早くよりよい体制が築けるように願っています*13

 

*1:

この「池田某」は、過去ツイートを追っていくと、見当はつけられなくもないのですが、確たるものもないので今回は省きます

*2:

こちらを参考にしました。

インターネットに可能性はあるの? 量子金融システム(QFS)って何?何が変わる?①

QFS(量子フロアメンテナンスシステム)①

 

ただ、初期の方の説明しているサイトなんかをみると、そこまでスピリチュアルな感じではなく、暗号通貨とかブロックチェーンとか、流行りの言葉で「科学的」な解説をしていたので、ここら辺は変化していっているように思えます。

*3:

これは存在する。界隈の人たちとの説明は違うかもしれませんが。

国際銀行間通信協会 - Wikipedia

*4:結構面白いのは、そういう呟きをする人は、意味ありげに書くだけで、「QFS」とか「DS」とかいう単語は出さない人も多いんですよね。やっぱり組織に知られちゃいけないからですかね…

*5:まあ、一年中そんな感じではありますが…

*6:

We are now hearing that you have 48 hours left to get in food surprise get money out of your bank accounts and get ready for some massive upheavals over the next few days.

*7:

イギリス英語が指摘されていますが、チャンネルの説明欄を読むと、イギリス育ちのアメリカ人、という感じなのでしょうか

*8:

IBM、50qubitの量子コンピュータを実現 クラウドサービスは17→20qubitに - ITmedia NEWS

*9:

どちらが先かはわかりませんが、英語圏ではいまだにNESARAの方が強く、QFSは日本発祥、もしくは日本でよく流行っているように見受けられます。

*10:

JFCは、記事内に一応「量子金融システム(QFS)と呼ばれるものに絡めた陰謀論も飛び交っている」と記載はありますが、内容については全く触れられていません。

*11:

本記事執筆時点(10/10)で、10件。最初の投稿が9/28なので、12日間で10件。1日1件にも満たないことになります(実際は初日に数を稼いでいるのでもっと間隔が空いている)。いわゆる「軽い」検証ならば、数をたくさん残しておくことも意義の一つと思います。例えば、ファクトチェックメディアの「リトマス」は、記事自体の更新はそこまで多くないですが、編集長のネット上の情報検証まとめ@jishin_demaさんのtwitterはほぼ毎日言説の検証を行っています

*12:

今回、少し腰を据えて陰謀論を漁ってみましたが、これを放置し続けるのはよくないなとは思いました。人口比では少ないかもしれませんが、絶対数が多いのではないかということ、カルトと結びつきやすいこと、反ワクチンなどの政治的団体ともつながりができやすいことなど、かなり気になりました。ただ、ファクトチェックは根本的な解決にはならないな、とも感じます。好き好んで自分への反対意見を読みにはこないと思うので…。いつの時代も、根底にあるのは世の中への不満なんでしょう。

*13:

とは言っても、既存メディアを扱わないとわざわざ明言するのは悪手だったなとは思います。検証が大変になるし、はっきりした結論が出ないことの方が多いので、扱わない方針自体は経営的にはアリだとは思うんですが、それを文章にせんでも...。

何より、メディアの検証って記事として面白くなるので、やりがいがあるんですよね。

例えば、私もNHKの黒タイツ報道を検証した記事は、個人でもここまで調べられるということを示せたと自負しております。

 

www.netlorechase.net

 

検証対象に含めないのは、単純にもったいないなと思います。