ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

JASRACは美術・文芸分野にも進出するのか、今日は推測多めの記事

JASRACは利用者側からするととても評判の悪い団体ではありますが、こんなニュースが話題になっています。

digital.asahi.com

新理事になった浅石道夫が、会見で「美術も文芸もJASRACで全部(許諾を)取れちゃうとなれば、利用者には一番よい」と発言し、美術や文芸分野への進出も意欲を示しており、これを受けてネットでは、二次創作が全面的に禁止されてしまうのでは、という意見がとびかっています。

 

二次創作に打撃か、JASRACの新理事長が絵画やマンガ、小説など音楽以外の著作権管理への進出に意欲 | BUZZAP!(バザップ!)

 

その部分の法律的な如何はちょっとわからないのですが、私は、そもそもこの報道は正しいのか?というところに疑問をもっています。このJASRACの会見の動画なり全文が入手できればこの話は終わりなのですが、どうもそういうものはないようなので、各種メディアの報道をつなぎあわせて、推測をしていく記事になります。今回の話は残念ですが、すっきりと解決しない感じです。

 

 

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私がこの報道に対して疑問をもつ理由は2つ。

 

1つ目は、この報道が朝日新聞オンリーであるということ。数日経てば追記事を他メディアが出す場合もあるのですが、4日ほど経ちますが、この記事は朝日のみです。

 

2つ目は、1つ目と関連するのですが、この記事内容が、7月の会見を元にしている、ということです。

 

音楽著作権管理で圧倒的なシェアを持つ日本音楽著作権協会(JASRAC)の浅石道夫・新理事長(65)が7月、会見を開き(後略)

 

JASRACは元々、会見をしょっちゅうする団体ではありません。定例記者会見はプレスリリースを見る限り*1年に1回だけですし、あとは最高裁の判決を受けてとか*2、そういうイベントごとのときにしか開きません。

 

なので、「7月の会見」というと、浅石道夫が新理事長になったおりの会見である、と考えるのが妥当だと思われます*3。行われたのは2016年7月13日。この会見に対しては、いくつかのメディアが記事にしています。

www.musicman-net.com

japan.cnet.com

itpro.nikkeibp.co.jp

 

上記の記事内容を集約するとこんな感じ。

 

・「改革と挑戦」を行っていく。

・権利者が不明な孤児著作物(オーファンワークス)を、著作権の集中管理団体に許諾権限を与える「拡大集中許諾」の導入構想。

・日本芸能実演家団体協議会、日本レコード協会、JASRACの3団体による集中管理契約スキームとして「音楽集中管理センター」の設立を協議*4

・放送事業者の動画配信事業については、事業が確固たるものになってから相応の対価徴収について考えたい。

・定額制動画配信サービスの音楽利用料については、権利者側にとって不本意な水準で運用されているとして、使用料規程のあり方について協議している。

・権利者団体とエンドユーザーが対立する構造について、権利者側へ譲歩を要求する一部事業者*5への批判。

フェアユースの導入については否定的。

・音楽著作収入の構造変化については、カラオケの著作権収入の増大などを例に、まだ伸びしろがあると説明。

 

読んでいただくとわかるのですが、このときの会見の模様を伝えた記事には、「美術・文芸分野」に関する話題が一言も出てきていないんですね。動画配信事業云々よりもよっぽど話題になる事柄だと思うのですけど。

 

それが、3週間経ってから出された朝日の記事では、上記には一切触れず、「美術・文芸分野」云々の発言を大きく取り上げています。これはどういうことなんでしょうか。

 

もうこれは推測になるのですが、鍵になるのは先に記事をあげた「音楽集中管理センター」の構想ではないでしょうか。日経コンピュータの記事にはこう書いてあります。

 

 理事長の浅石氏は、いわゆる権利者不明作品問題を利用できる体制を構築するうえで通信業界や放送業界に期待することはあるか、という質問を受けて、「音楽分野の権利者団体3者で集中管理の窓口を作りましょうという構想を提案している。この構想を広げるということが考えられる」とした*6

 

太字にした「構想を広げる」というところですが、ここが朝日が記事にした「美術・文芸分野」にあたるのではないか、というのが本稿の推測です。ただ、このことを、会見直後の記事で誰も取り上げていないのは、

 

①発言はあったが、文脈として「美術・文芸分野の進出への意欲」と解釈するまでには至らなかった

②記事にしようとしたが、発言に対してなんらかの圧力がかかった

 

という推測の推測ができます。②は陰謀論者が好きそうですが、うーん、そんなにうまくいくかなあという感じがします。

 

個人としては①説を推します。今回の記事の記者は、過去のツイートを拝見する限り、著作権問題については「ライフワーク」と称していますし*7、また、最後にコメントを述べている福井健策氏は、著作権延長に反対の立場をとっていて*8、その点ではJASRACと対立関係にあり*9、そういう面から見ても、今回の記事は、わざわざ浅石氏の発言の揚げ足をとった、「問題提起型」の記事ではないのかな、という印象を受けました。確かに、「オーファンワークス」よりは、世論に訴えやすい題材だと思います。

 

個人的には、JASRACの活動は、「著作権」を商品として扱う経済活動と考えるならば、至極正当だと思います。「著作権」という権利は、経済的な側面があまりにも大きい分野です。そういう権利はこの資本主義の中で発達・複雑化してきたのであり、こういう利権がらみの団体が出現するのは、倫理的にはわかりませんが、致し方ないのかな、という感じです。

 

 

 

というわけで、個人の見解としては、いま巷で騒がれているような「美術・文芸分野への進出」を組織的にJASRACが検討しているという訳ではないと考えます。また、浅石氏個人においても、それほど「意欲」をもって進めようということではないのではないでしょうか。口が滑ったか、リップサービス的な。

 

だからといって、私は朝日の記事が悪いとは思いません。このような思惑をもつ人間がおり、未来があるという可能性を示し、議論を促していくのはよいことでしょう。それもメディアの役割だと思います。ただ、センセーショナルな部分が取り上げられ、そういう「強調された情報」だけが一人歩きしてしまっていることは、うーん、仕方がないんですかねえ。

 

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というわけで、今日は、推測多めの記事でした。「朝日が悪い!」「JASRACが悪い!」とならないように、まとめをなくしましたので、ご面倒でもご一読いただき、「ああ、妄想垂れ流してるな」と思ったら、速やかにブラウザを閉じていただければと思います。

 

*1:プレスリリース - 日本音楽著作権協会(JASRAC)

*2:JASRACと独占禁止法 続編~「その後」と「この後」 唐津真美|コラム|骨董通り法律事務所 For the Arts

*3:この前提が崩れると、本稿は意味をなさないのですが、この新理事長会見以降の会見があったようには、誰も記事にしていないので、まあそんなことはないでしょう

*4:これは「クラウドサービスの対応のため」と「オーファンワークスを利用するため」の2通りの書き方があり、ちょっとどっちなのかが不明です。どっちもなのかな

*5:きっとエイベックスとかですかね

http://mainichi.jp/articles/20151215/dde/012/200/006000c

*6:先ほど注釈したように、MUSICMAN-NETの記事では、この集中管理のつくるわけを「クラウドサービス対応のため」としていて、理由にブレがあります

*7:このツイートなんかは、彼の立場がよくわかると思いました。

赤田康和 on Twitter: "文化庁とJASRACなどの著作権団体は「原著作物の収益性に大きな影響を与えない場合」という例外について、分かりやすい基準を急いで作り、示すべきだ。捜査機関の暴走を止める意味と、収益に影響を与えない2次創作を守る意味がある。"

*8:

福井健策 - Wikipedia

彼の所属する団体自体は、著作権延長への拙速な議論を避ける、とのことなので、必ずしも「延長反対」一色ではないのですが、福井氏自身は過去のツイートを拝見する限り、延長へのデメリットをかなり強調しているので、そうとって構わないでしょう

*9:とはいっても、ネット上のアレルギー的なJASRAC反対論者ではありません。専門家らしく、公平なものの言い方をされているな、という印象です。

JASRACの「包括契約自体は悪くない」--独禁法違反について弁護士に聞く - CNET Japan