JASRACが音楽教室への著作権料を始める、という報道が色々と賑わせていますが、そのことに対する宇多田ヒカルの呟きが人気を集めています。
もし学校の授業で私の曲を使いたいっていう先生や生徒がいたら、著作権料なんか気にしないで無料で使って欲しいな。https://t.co/34ocEwCj8K
— 宇多田ヒカル (@utadahikaru) 2017年2月4日
さすがヒッキーという感じですが、細かいところが気になる私は「学校の授業で」という部分が気になりました。んん?音楽教室と学校の授業は同じなのか?
教育現場の演奏は例外
今回は著作権の中でも、いわゆる「演奏権」、もしくは楽譜などの「複製権」と呼ばれる部分の話かと思われますが、教育現場ではどうなんでしょうか。
学校における例外措置に関して主に記載があるのが、著作権法第35条です。
第三十五条 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、公表された著作物を複製することができる(後略)
授業で使用する場合*1、例えば楽譜をコピーして生徒に配布するのはOKですよ、ということになります*2。
「演奏権」に対しても、第38条に以下の記述があります。
第三十八条 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金(いずれの名義をもつてするかを問わず、著作物の提供又は提示につき受ける対価をいう。以下この条において同じ。)を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。
学校の授業は、
①入場料をもらっていない
②演奏する人に報酬を支払っていない
③営利を目的としたものではない*3
を満たすので、演奏することに手続きは必要ありません。なので、音楽の授業で合唱や演奏したり、音楽鑑賞のために市販のCDを流すことは手続き無しで認められています*4。公の教育機関については、著作権法はその文化的・教育的価値から、例外を認めているのです。
なので、著作権法が改正されない限り、小学校や中学校などの公的な教育機関では、授業において宇多田ヒカルの曲は過去も未来も、無料で歌ったり演奏したりしてもいいわけです。
徐々に権利を拡大してきている
今回の記事は、JASRACから公式の発表があったわけでなく、どうも朝日のすっぱ抜きのようですね。
今回は、ヤマハや河合といった大手の音楽教室を対象にしており、「個人運営の教室は当面除外する方針」とのこと。記者は赤田さんという方ですが、著作権問題に詳しく、以前、私も彼の記事をブログに使いました*5。
栗原さんという弁理士の方の説明がわかりやすかったのですが、音楽教室が公的な教育機関と違うところは要は営利目的かどうかという部分です。「演奏権」は「「特定少数」に対して演奏する分」には効きませんが、音楽教室は、
(承前)誰でも申し込めば生徒になれ、生徒数は全体としてみれば多数である以上「不特定多数」である(ゆえに、演奏権の許諾が必要である)という解釈の元に、JASRACは行動を取ったものと思われます。
JASRACが音楽教室からも著作権使用料を徴収しようとする法的根拠は何か?(栗原潔) - 個人 - Yahoo!ニュース
とのこと。だから、「個人運営の教室は当面除外」なのかもしれません。
栗原さんは、2004年の社交ダンス教室における演奏の許諾が必要という判例をひいていますが*6、判決の要旨の「社交ダンス教室」を「音楽教室」に置き換えてみると、今回の件は「法律的」にはあまり逸脱したものではない、と感じます*7。
第二審判決(名古屋高等裁判所)
[判決要旨]
1. 社交ダンス教室の顧客は、著作権法上「特定かつ少数の者」ということはできず、社交ダンス教室内における録音物の再生演奏は「不特定かつ多数の者」に対するものであるから、著作権法22条にいう「公の演奏」にあたる。
実はあまり話題になりませんでしたが、2016年4月から、JASRACは「歌謡教室」においても、演奏の許諾が必要だとしています。
JASRAC側の言い分としてはこうです。
Q.歌謡教室の演奏利用は、どうして2016年4月から手続きが必要になったのですか。
業務上のカラオケ利用では、1987年から飲食店でのカラオケ歌唱、1989年からカラオケボックス、2012年からカルチャーセンターでの歌唱の教授について、それぞれ手続きをいただいています。
一方、歌謡教室(カラオケ教室)については、許諾手続きを保留してきましたが、同じカラオケ利用であっても歌謡教室(カラオケ教室)の手続きは保留、との状況を解消する必要があったことから、2016年4月より手続きをいただくこととなりました。ご理解を賜りますようお願い申し上げます。
今まで保留してやったんだぞ、という態度がなかなかステキですが、素人考えでは、「歌謡教室」の演奏権と、「音楽教室」の演奏権にさほど違いはないと思うので、今回の「音楽教室」の話は、この「歌謡教室」の拡大版だということでしょう。話題にならなかったのは業界規模の違いでしょうね。「音楽教室」が反対するなら、「歌謡教室」のことも思い出してあげてと個人的には思ってしまうのですが…
昨年の7月に就任した浅石理事長は改革派で、「日本における音楽市場にはまだ伸びしろがある」として、様々な規定の見直しに意気込みを見せていました*8。「音楽教室」につながる一連の規定の見直しは、彼の肝いりによるものでしょう。
今日のまとめ
①「学校の授業」での演奏は、著作権法の範囲内で認められており、使用許諾は発生せず、使用料もかからない。
②2004年の「社交ダンス」での演奏に許諾が必要という判例もあることから、JASRACは規定の見直しをすすめ、カルチャーセンター・歌謡教室に続く形で、今回の「音楽教室」の件が出てきたと思われる。
宇多田ヒカルの発言の真意はわかりかねますが、今回の記事で言いたいのは、JASRACによって権利を保証されているはずの著作者が、この件に関して異議を唱えているという事です。「著作権ヤクザ」なんて蔑称ももらっているJASRACですが、私はこの団体は「著作権原理主義者」なんだろうなあと思います*9。
法律的な解釈をするなら、社交ダンス教室で認められた権利が、「音楽教室」に及ばないのは公平性に欠けます。原理的につきつめれば、JASRACの言い分は正しいのでしょう。だけどそこまでしなくても…というのが人情です。もちろん、著作物はレコード会社など、歌手本人の問題だけではありませんが、いったい誰のための権利なのか、とモヤモヤしてしまいます。だからこそ、こうやって著作者の声が上がるというのは、これからも必要なことなんでしょう。
*1:正確に言うと、学習指導要領で定められた教育活動ですね。運動会や文化祭、卒業式なども入ります。しかし、小学校の場合のクラブ活動は適用範囲ですが、中高の場合は使用許諾が必要になります
*2:一クラス単位(50人を上限)ですが
*3:
*4:ただ、レンタルショップで借りたものをコピーして使う…となると、グレーになってきそうです。あくまで購入したものを使う、ということでしょうか。
レンタルCD、レンタルDVD、ダウンロードした音楽の多くは、レンタル店やサイトの利用規約によって、個人的に楽しむ以外の目的で権利者の承諾なくコピーすることはできないとされています。
*5:
JASRACは美術・文芸分野にも進出するのか、今日は推測多めの記事 - ネットロアをめぐる冒険
前回はこの内容に追随するメディアはほぼなかったようですが、今回はスクープですね。
*6:
*7:
単純には置き換えられないようですが。
一方で、音楽教室は、形態がさまざまです。生徒が決まった時間にレッスンを受けなければならない教室もありますし、完全にマンツーマンのみの教室もあります。このような場合にも『公衆』にあたるのかどうかは、裁判例からは明らかにされていません
でもそしたら、歌謡教室だって一緒じゃねえのと、素人は思ってしまうんですけどね。
*8:
JASRAC新理事長に浅石道夫氏が就任--「権利者と利用者、エンドユーザーを結ぶ懸け橋に」 - CNET Japan
*9:一応ぐぐってみたら、すでにそういっている人がいた。著作権料は発生するだろうか