ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

スウェーデンの教科書に書いてある「子ども」の詩の本質はなにか、スミレの花を

子供の育て方については百家争鳴という感じでしょうが、「スウェーデンの教科書より」という、こんなツイートがバズっていました。

 

 

画像を書き出すと、以下のようになります。

 

批判ばかりされた子どもは、非難することをおぼえる

殴られて大きくなった子どもは、力にたよることをおぼえる

笑いものにされた子どもは、ものを言わずにいることをおぼえる

皮肉にさらされた子どもは、鈍い良心の持ち主となる

しかし、激励をうけた子どもは、自信をおぼえる

寛容にであった子どもは、忍耐をおぼえる

賞賛をうけた子どもは、評価することをおぼえる

フェアプレーを経験した子どもは、公正をおぼえる

友情を知る子どもは、親切をおぼえる

安心を経験した子どもは、信頼をおぼえる

可愛がられ抱きしめられた子どもは、世界中の愛情を感じとることをおぼえる

 

なるほど、素敵な言葉だとは思いますが、どうもこの国はスウェーデンとかフィンランドとか聞くと、条件反射的に「バンザイ!」とやっちゃう感じがあるので、そもそもの出所も含めて、いったいどんな詩なのか、調べてみました。

 

 

***

 

ドロシー・ロー・ノルトの言葉

画像の紙に掲載されている引用元の「あなた自身の社会」というのは、以下の書籍になります。

 

あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書

あなた自身の社会―スウェーデンの中学教科書

  • 作者: アーネリンドクウィスト,ヤンウェステル,Arne Lindquist,Jan Wester,川上邦夫
  • 出版社/メーカー: 新評論
  • 発売日: 1997/05/01
  • メディア: 単行本
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今から20年以上前の本ですが、こちらはいわゆる「社会科」のスウェーデンでの教科書として使われているもの*1を翻訳したものになります。

 

確かに、こちらのP155には、ツイートにあるものと全く同じ文章が掲載されています。

 

f:id:ibenzo:20190417235430p:plain



 

ところが、上記には、引用元として、「ドロシー・ロー・ノルト」の名前が挙がっています。

 

en.wikipedia.org

 

ドロシー・ノルトは、アメリカの作家・家族療法のカウンセラーです。日本だと、下記の本が有名でしょうか。

 

子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)

子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)

  • 作者: ドロシー・ローノルト,レイチャルハリス,石井千春
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2003/09/01
  • メディア: 文庫
  • 購入: 38人 クリック: 291回
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ということなので、まず1つ目として、これはアメリカの作家の作った詩である、という点に注目が必要です。

 

半世紀以上前の言葉

「子ども」という日本語訳がタイトルでつけられていますが、原題は「Children Learn What They Live」というもので、「子どもは生き方で学ぶ」とかが妥当でしょうか?

 

この詩の初出は、1954年に、ノルトがカルフォルニアの Torrance Herald紙に載せたものが原型です。おお、半世紀を有に超えるほど昔ですね。当時の新聞も見つけました*2

 

f:id:ibenzo:20190417211317p:plain

https://libarch.torranceca.gov/archivednewspapers/Herald/1954%20Nov%201%20-%201955%20March%2031/PDF/00000466.pdf より

 

こちらの画像を書き出しますと、以下の通りです。

 

If a child lives with criticism, he learns to condemn...
If a child lives with hostility, he learns to fight...
As a child lives with fear, he learns to be apprehensive...
If a child lives with pity, he learns to feel sorry for himself...
When a child lives with ridicule, he learns to be shy...
If a child lives with jealousy, he learns to be enviou...
If a child lives with shame, he learns to feel guilty...

***
If a child lives with encouragement, he learns to be confident...
If a child lives with tolerance, he learns how to be patiente...
If a child lives with praise, he learns to be appreciative...
If a child lives with acceptance, he learns to love...
If a child lives with approval, he learns to like himmself...
If a child lives with recognition, he learns it is good to have a goal...
If a child lives with fairness, he learns what justice is...
If a child lives with honesty. he learns what truth is...
If a child lives with security, he learns to have faith in himself and those about him...
If a child lives with friendliness, he learns the world is a nice place in which to live.

WITH WHAT IS YOUR CHILD LIVING?

 

現在の日本語版にはない節があったり、後述するノルトが作った「完全版」と比べると、単数形になっていたり*3ともろもろの違いがあります。

 

ただ、そもそもこの題名「*** Learn What They Live」は、当時はやっていた考え方のようで、ノルト以前にも、いろいろな人が使用して持論を展開していました。

 

“People learn what they live” was said in 1938 by Dr. William Heard Kilpatrick of Columbia University Teachers College. “The single principle to guide all teachers is that pupils learn what they live as in their hearts they accept it” was said in 1946 by Dr. William T. Melchior of Syacuse University’s School of Education.

 

「人間は何で生きるかで学ぶ」とは、1938年にコロンビアの教職大学のWilliam Heard Kilpatrick博士によって言われたものです。シラキュース大学の教育学のWilliam T. Melchior博士は、1946年、「全ての教師を導く唯一の原則は、生徒が心の中で何を受け入れるかで学ぶということだ」と言いました。

The Big Apple: “Children learn what they live”

他にも「They Learn What They Live; Prejudice in Young Children, (1952)」「Discipline: Children Learn What They Live (1954).」という本の題名で使われたりと、ノルトはそういった学問の流れの中で、紙上に「Children Learn What They Live」を書いたのです。

 

以上のように、2つめのポイントは、この話が半世紀以上前の新聞紙上にあらわれていた、ということです。

 

再生産される「子ども」

さて、ノルト自身は、この「子ども」の詩をどのような思いで書いたのでしょうか。彼女は1972年に、その詩を著作権で保護し、完全版を作り*4、1998年に同名のタイトルで本を出版しています。

 

Children Learn What They Live: Parenting to Inspire Values

Children Learn What They Live: Parenting to Inspire Values

 

 

その前書きで、この詩をめぐるいろいろな経緯を彼女は述懐しています。

 

この詩を紙上に掲載したとき、彼女は12歳の娘と9歳の息子の母親で、成人教育プログラムの講師や保育園の保護者教育の責任者などを務めていました。まさか彼女は自分の詩が「世界の古典になる運命とは思わなかった(I had no idea the poem was destined to become a world classic.)」と回想しています。

 

ノルトは、当時の親から子どもへの教育は、「何をすべき・すべきでない(what to do and what not to do)」という言葉のみによって語られ、「子どもたちを導く概念(The concept of guiding your children)」は広く知られてはいなかった、と語っています。ノルトのこの考えはヒットし、アボット・ラボラトリーズ社によって詩の短縮版が病院を通じて多くの両親たちに伝わり、教師や保護者教育の場で、文字通り世界中に使われることになったのです。

 

ところが、この大きな広まり方は別の問題を引き起こします。詩の改変です。

 

The poem has been modified, excerpted, and adapted many, many times—usually without my knowledge. Sometimes my words have been changed to suit a particular purpose. One day I walked into a bookstore to discover, “If a child lives with books, he learns wisdom.” The poem has appeared under many different titles: “Children’s Creed,” “Parents’ Creed,” “What a Child Learns,” or in Japan, the incongruous “The Learning of the American Indian” (the interpreter apparently believed that the poem was Native American parenting wisdom).

 

この詩は何度も何度も、修正・抜粋・改変をされていました。ときには、私のことばがある特定の目的によって書き換えられることもありました。あるとき、私は書店に行くと、『もし子どもが本と共に生きるなら、知識を得るでしょう』というタイトルに出くわしました。この詩は、多くの違ったタイトルでもって現れます。「子育て◯箇条」「親の◯箇条」「子どもたちは何を学ぶか」など。日本では、『アメリカインディアンの教え」という奇妙なタイトルの本が出版されました*5(翻訳者は、この詩がアメリカインディアンの子育ての知恵であると考えたようです)。

 

彼女の詩は再生産を続け、「雑誌の中」や「誰かの部屋の壁」や「冷蔵庫」において、作者が語られないか、もしくは「詠み人知らず」として、まさに何かの古典のような形で世界に広がり続けることになったのです。

 

3つめのポイントは、ノルトの詩は、スウェーデンの教科書に載る前から、すでに全世界に広がりを見せていた、というところです。

 

愛は内からやってくる

ノルト自身は、ある意味この改変を楽しんでいる向きもあるようなのですが、やはり彼女との考えと相違するものもあるようで、特に最後の節については見解を異にしています。

 

At one point someone changed the last line to “If children live with acceptance and friendship, they learn to find love in the world.” I feel it is incorrect to guarantee love or encourage the seeking of love in the world. Love comes from within. A loving person generates love, and it flows from one person to another. Love is not a treasure or a commodity to be found. The final line that I wrote for the poem is “If children live with friendliness, they learn the world is a nice place in which to live.” This creates an optimistic, positive expectation for children as they explore the world around them.

 

ある時点で、誰かが最終節を「もし子どもが受容と友情でもって生きるならば、彼らは世界に愛を見つけるだろう」と改変しました。愛は内から来るものです。愛をもつ人間は愛を生み出し、そして人から人へと流れていきます。愛はどこかで見つけられるよな宝物でも商品でもありません。この最終節を私はこう書きました。

「もし子どもが人の好意の中で生きるならば、彼らは世界を居心地のいい場所と学ぶだろう」

この言葉は、子どもたちが世界を冒険するとき、楽観的で前向きな期待を生み出すものです。*6

 

 

ここで、今回のツイートの文章に戻りますが、この文章の最終節はこうなっています。

 

可愛がられ抱きしめられた子どもは、世界中の愛情を感じとることをおぼえる

 

全く一緒ではないものの、「世界中の愛情」という言葉は、「love in the world」を連想させます*7。おそらく、スウェーデンの教科書は、ノルトのオリジナルではない方の詩を採用してしまった、ということになるのでしょう。

 

どちらがよい意味かというのは価値観の違いでしょうが、少なくともおよそ作者の意図とは違うものが、スウェーデンの教科書には掲載されているということです。これが4つめのポイントです。

 

自分の頭で考えろ

今まで見てきたように、この「子ども」の詩は、半世紀以上前につくられたものであり、なおかつ世界中に改変されながら流布され続けている代物です。果たして、教育に力を入れるスウェーデンが、言い方は悪いですが、こんな手垢のついた詩を「ありがたやありがたや」という意味で掲載したのでしょうか。

 

この「社会科」の教科書はいくつか章があるのですが、「法律と権利」「あなたと他の人々」などといった章立ての中の第5章に「私達の社会保障」というものがあり、この詩はその第3項「家族での生活」という中に収められています。

 

その中で、教科書は家族について「親近感、思いやり、連帯感、相互理解」を感じるものとして書いたあと、こう付け加えます。

 

あなたは、ここに述べられたような、家族についての積極的な評価に抗議したくなるかもしれません。あなたは、幸福な家族もあれば、そうでない家族もあることを知っています。若者のほとんどは、家族から離れて何もかも自分でできるように早く大きくなりたい、という欲求を感じているものです。一部の人々にとっては、その気持は非常に切実なものです。彼らは、拘束や圧迫、仲たがいや喧嘩、そして、うまくいっていない家族から離れたがっています。

「あなた自身の社会」P154

 

そして、この教科書には、項ごとに「課題」が記されているのですが、この「子ども」の詩について、こんな「課題」が示されています。

 

あなたは、詩「子ども」のどこに共感しますか。激励や賞賛が良くないのはどんなときですか。この詩は、大人にたいして無理な要求をしていませんか両親が要求にたいして応え切れないのはどんなときか、例を挙げましょう。

同上 P154

 

いかがでしょう。この教科書において、「子ども」の詩は、手放しで礼賛されているものではありません。あくまで教科書は、「親」の立場に立ったとき、あなたならこの詩の内容をどう考えるか、ということを促しているのです。決して、これをロールモデルにしろ、と言っているわけではありません。そこを取り違えて、「やっぱりスウェーデンはすごいな!」とだけ感心していると、ろくな大人にはなれないぞ、と、この詩を通して語りかけているわけです。

 

今日のまとめ

①ツイートの詩は、アメリカの作家・カウンセラーのドロシー・ロー・ノルトが1954年に新聞紙上に発表したものである。

②この詩は世界中に改変を続けながら広まっており、特に最終節については、スウェーデンの教科書は作者の意図とは違うものを掲載している。

③スウェーデンの教科書は、あくまでこの「子ども」の詩を読んで、子どもたちが「親」の立場に立ったときにどう考えるか、ということを促すためのものであり、このように教育すべき、と主張しているわけではない。

 

大きい主語で語るとあれですが、私がこのツイートに対する反応を大変日本的だな、と思うのは、どうも我々は、語感がよさそうな言葉を読むと、金科玉条のようにありがたがってしまって、それ以上思考を停止する傾向があるんでないかなあということです。私がスウェーデンの教科書を読んでいいなと思ったのは、その批判的精神ではなく、「世の中にはいろんな立場があるんだよ。まあちょっとその立場で考えてみてよ」というオープンな問いの立て方です。そこには便利な鶴の一声はありませんが、確かに自由ではあるかもしれません。どちらの生き方をよしとするかは、その人の人生観ではありますが。

 

最後に、この記事を書きながら思い出した、小林秀雄の一節*8で締めたいと思います。

 

例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それはスミレの花だとわかる。何だ、スミレの花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるのでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。スミレの花という言葉が、諸君の心のうちに這入ってくれば、諸君はもう眼を閉じるのです。それほど、黙って物を見るという事は難しいことです。

 

 

 

*1:

”Ditt eget samhälle" SAMS2, Stockholm, Almqvist & Wiksell, 1991

スウェーデンはコミューン制で、教科書もそのコミューンがどれを採択するかによるので、当時であっても、スウェーデン国民全員が上記の教科書を使っていた、というわけではありません。

*2:

ただしこの新聞は1955年1月6日の日付になっているので、本当の初出でない可能性があります。リンクのPDFを見る限り、「1954%20Nov%」とあるので、1954年11月20日なのではないかと思ったのですが…。後述するように、ノルト自身が1954年と言及しているので、そちらの日付を採用します。

*3:

これは、「Child」と単数形にしてしまうと、「he/she」で受けねばならず、ジェンダー的に合致しないということで、「Childlen/they」に変えたということです。

*4:

彼女自身が時代の流れに合わせて、書き足したり削ったりしたものです。以下から読めます。

Children Learn What They Live -- Complete version.

*5:

下記の本は、当該ツイートのリプ欄にも、「出典はこれではないか」ということでいくつか書き込みがありました。

アメリカインディアンの教え (扶桑社文庫)

アメリカインディアンの教え (扶桑社文庫)

 

ただ、ノルト自身も語っているように、この本は章立てはノルトの「Children Learn What They Live」のそれぞれの節をとっているものの、なぜかそれを、『What The White Race May Learn From The Indian』という1908年の100年以上前の本とからめて書くというかなりアクロバチックな構成になっているという意味不明な本です

*6:

このノルトによるイントロダクションは、

 

子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)

子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)

  • 作者: ドロシー・ローノルト,レイチャルハリス,石井千春
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の序文に、日本語訳が収められています(試し読みでも読めちゃいます)。ただ、ちょっと意訳し過ぎかな…というキライがあったので、私は逐語的に訳しました。上記の本の方が読みやすいは読みやすいです。また、上記は詩のタイトルを「子は親の鏡」としています。

*7:

ちなみに、先述した『アメリカインディアン~』も、この「love in the world」節を使用しています。

仲間の愛のなかで育った子は世界に愛をみつけます

加藤 諦三 (2009-10-30). アメリカインディアンの教え 新装版 (Kindle の位置No.26-27). 扶桑社. Kindle 版.

 

ざっと見た感じ、日本語ではこの「世界中の愛情」バージョンの方が流布しているように思えます。

*8:

 

考えるヒント3

考えるヒント3

 

「美を求める心」より。手元に本がなかったので、以下のページから引用させてもらいました。

読書:『美を求める心』(小林秀雄作) | Luomiliang's Blog