さて、今日は名言シリーズ。
"If it's a good idea…go ahead and do it. It is much easier to apologize than it is to get permission.(良い考えだと思うならさっさとやっちまいな。許可を貰うより後で謝る方が簡単なんだよ)
— Shogo Numakura 沼倉正吾 (@ShogoNu) 2020年3月6日
プログラム言語『COBOL』を開発した米国海軍准将グレース•ホッパー、通称Amazing Hopperの言葉。 pic.twitter.com/e63PVPE5HL
大変楽なことに、この「It is much easier to apologize...」の名言については、既に遡って調べているサイト*1があり、リンクを紹介するだけでもよいかなあと思ったのですが、日本ではほとんど話題になっていないので、とりあえず情報を残す意味でも記事にします。要約するなら、「意味を与えたのはホッパーかもしれないが、初めて言ったのはホッパーではない」です。
1846年が最古
さて、一番古い用例は、今のところ1846年に出版されたAgnes Strickland*2による「Lives of the queens of England, from the Norman conquest.」という本です。Agnes Stricklandはあまり有名ではありませんが、ビクトリア朝の伝記を多く手掛けた作家のようです。実際は姉妹で書いていたようですね。
くだんの名言は、バルベリーニ枢機卿*3がモデナ公爵夫人に、結婚問題について助言したセリフの中に出てきます。
But, in truth, the cardinal Barberini … did frankly advise the duchess of Modena to conclude the marriage at once; it being less difficult to obtain forgiveness for it after it was done, than permission for doing it.
しかし実際には、バルベリーニ枢機卿は(中略)率直にモデナ公爵夫人に,
すぐに結婚をさせるよう助言した。「行動の後で許しを請うのは、行動するときに許可をもらうより簡単です」
Full text of "Lives of the Queens of England: From the Norman Conquest" P39
興味深いことに、この発言には注釈が付いており、「Earl of Peterborough, in the Mordaunt Genealogies.」の言葉として掲載されています。
恐らく、17-8世紀のイギリスの貴族・政治家のチャールズ・モードント*4のことかと思われるのですが、残念ながら彼の言葉として紹介されているのは、現時点ではこれしかありません。
しかし大事なことは、1846年の時点でさえこれは誰か別の人の言葉(格言)だ、という認識があったようだということです。
1894年の新聞
次に挙げられているのが、ペンシルバニアの The Pittsburgh Pressの1894年2月4日の新聞です。いたずらばかりする少年たちのお話なのですが、JoeとBertが、「臆病者」と呼ばれるのが嫌で、無作法を知りながらもいたずらをしてしまった、というくだりの中で登場します。
The boys, let me add, every one had respectable parents and who would not, for an instant, have allowed such a prank had they known of its exsitence: but it is easier to beg forgiveness after the deed is performed.
付け加えるなら、少年たちは、誰にでも立派な両親がいて、彼らはそのようないたずらを知っていたとしても、すぐに許すことはなかったでしょう。しかし、何かをした後で許しを請うのはもっと簡単です。
The Pittsburgh Press Feb,04,1894 P12
文がじゃっかん違いますが、これもまた、引用のような形で示されています。
1966年の南部教育報告書
1903年にはEdward Kennardの「A Professional Rider」の中に、「一度結婚したら、事前に父親に許可を求めるより、許しを請う方がはるかに容易い(Once married, it would be infinitely easier to ask her father’s forgiveness, than to beg his permission beforehand.)」という引用があるようですが*5、今回の名言に近い形で出てくるのは、1966年の「Southern Education Report」という教育雑誌のようです*6。
ようです、というのは、このSouthern Education Reportを直接確認できないうえに*7、Quote investigator自身も、2012年に発行された「The Dictionary of Modern Proverbs*8」に、1966年8月29日号が出典とされている旨を確認しただけなので、実際の現物を少なくともネット上では誰も確認がとっていないからです。ただ、記事にはこう書いてあったそうです。
Hernandez began advertising for bids on the mobile classrooms even before the money to pay for them had been approved. ‘It’s easier to get forgiveness than permission,’ he explained.
Hernandezは簡易教室の宣伝を、そのお金の承認が下りる前に始めました。「許可を得るよりも謝った方が簡単だ」と彼は説明しました。
1980年のマーフィーの法則
1980年には、マーフィーの法則の中に、名言として収められています。
STEWART’S LAW OF RETROACTION:
It is easier to get forgiveness than permission.スチュアートの反逆の法則
許可を得るより謝った方が簡単だ。
マーフィーの法則って懐かしいですね。
1982年、ホッパーの名言
そしてようやく1982年、”アメージンググレース*9”、グレース・ホッパーがLake Forest Collegeで行った演説に、この名言が出てきます。
掲載されたのは、1982年12月10日のシカゴ・トリビューン。「Computer pioneer high on high-tech generation」という見出しで、グレース・ホッパーの業績をたたえています。くだんの名言は、彼女が学生たちに語った言葉として出てきます。
“Always remember that it’s much easier to apologize than to get permission,” she said. “In this world of computers, the best thing to do is to do it.”
「いつも覚えていてほしいのは、許可をもらうよりも謝ってしまう方が簡単だということです」彼女は言いました。「コンピュータの世界において、それが最善の方法です」
Chicago Tribune CHICAGO, ILLINOIS Friday, December 10, 1982
そして、若者たちを激励するように、「次の行を書きたい(to write the next line)」者だけが私たちを揺り動かすのだ、と続けています。
というわけで、初出はグレース・ホッパーではないのですが、ただ、現在この言葉が彼女のものとして扱われているのは、やはり今までの業績を鑑みてということであるかと思いますので、彼女にふさわしい言葉とはいえるかもしれません。そうでなければ、ただのことわざどまりだったでしょうから。
今日のまとめ
①「許可をもらうより…」の初出は今のところ1846年であるが、そのころから「引用」という形で示されており、格言的な使われ方をしていた。
②しかし、この名言を名言たらしめたのは、グレース・ホッパーの業績であるとはいえるだろう。
名言を調べるときに気になるのは、確かに初出ではあるのですが、意外にこの「誰が広めたか」というのも大事な要素になってきます。例えば、恵方巻の起源は大阪の芸者たちというのが最も可能性が高そうですが、どうして現代にこれほどまでに定着していったのか、そっちの理由の方が気になったりもします。
また、摩天楼の語源を調べた時も書いたのですが*10、意外に語源と言うのは初出ははっきりしなかったりするものです。なぜはっきりしないかというと、誰かひとりが発明した、というわけではなく、同時代に複数の場所で生まれた、というような場合もあるのだろう、ということです。今話題になっている「だいしゅきホールド」も、散々叩かれているようですが、初出と広まったきっかけというのは分けて考えたほうがよいかと思います。そうしないと、「俺が考えたんだすごいだろ」になってしまうので。
*1:
Quote investigatorは、古今東西の名言の起源などについて調べるサイトで、なかなか便利です。
*2:
*3:
Francesco Barberini (1597–1679) - Wikipedia
*4:
チャールズ・モードント (第3代ピーターバラ伯) - Wikipedia
*5:
A Professional Rider - Mrs. Edward Kennard - Google ブックス
孫引きです。
*6:
https://www.tandfonline.com/eprint/IX8ZMU2M7TQRHYHBXQD8/full?target=10.1080%2F00947679.2019.1664186&
*7:
https://catalog.hathitrust.org/Record/000638621で存在は確認できますが、オンライン上では見ることができません
*8:
*9:
ツイート主は、”Amazing Hopper"を通称としていましたが、恐らく”Amazing Grace"の誤りでしょう。そうでないと、歌の「アメージンググレイス」と合わなくなってしまいます
*10: