少し時間が空きましたが、今日はこの「元木昌彦の深読み週刊誌」という記事を検証します。
こうした状況では、「患者を選別せざるを得ない」というのだ。ベルガモでは、70歳以上の集中治療室の受け入れを全て断っている。そこの医師は「人工呼吸器の数が足りない以上、若く、助かる見込みの高い患者を優先する」と語っている。
ミラノで生活するヴィズマーラ恵子は「地元の新聞では、一部の病院で、『70歳以上の患者さんに対しては、大量のモルヒネを投与して安らかに逝っていただく』措置を取っているという内容が報じられています」。新手の「姥捨て山」が、コロナの名のもとに堂々と行われているということである。
新型ウイルス蔓延「イタリア凄惨」70歳以上の重症者はモルヒネで安楽死、葬式禁止で棺山積み : J-CASTテレビウォッチ
私はこの編集者を存じ上げませんが、「深読み」とは名ばかりの、浅薄な記事の書き方に思うところがありましたので、上記の内容がどの程度真実味があるのかを検証しました。
週刊現代の記事内容
どうやらこの記者が読んだのは、週刊現代4/4号のようですので、元記事を確認します。ヘアヌードの載ってる週刊誌なんて初めて買ったかも(育ちがいい発言)。
記事タイトルは「イタリア新型コロナ・パンデミック」「70歳以上の感染者は死んでもらうしかない」と、おどろおどろしい言葉が並んでいます。くだんの「深読み」が参照したのは以下の箇所。
ベルガモにある別の病院では、70歳以上の患者の集中治療室受け入れをほぼすべて*1断っている。病院の医師は、悲痛な面持ちで語った。
「わが国では、70歳以上で新型肺炎が重症化した場合、2人にひとりが亡くなっている状況です。(中略)人工呼吸の数が足りない以上、若く、助かる見込みの高い患者を優先して治療しなければなりません。
週刊現代 2020年4/4号 P47
ミラノで生活するヴィズマーラ恵子氏も言う。
「地元の新聞では、一部の病院で、『70歳以上の患者さんに対しては、大量のモルヒネを投与して安らかに逝っていただく』措置を取っているという内容が報じられています。すべての病院がそうでないとは思いますが、要は治療法が見つからず、できる限り苦しまないような処置をするしかない、と判断する医師も出てきているのです。
前掲 P48
週刊現代は「やりきれない現実を取材した」とはあるものの、現地に行って取材したわけでもなさそうなので(まるで取材したように見えますが)、どこのメディアから引用してきたのかを見てけばよいわけです。
70歳以上は集中治療室に入れないのか
調べればすぐ出てくると思ったのですが、イタリア語が不得手で、どうもそのものズバリという内容が出てきません*2。というか、週刊現代がイタリア語記事からちゃんと拾ってくるとは思えないので、英語記事も対象に含めてみます。
「70歳以上の患者の集中治療室受け入れをほぼすべて断っている」については、3月18日のWSJの記事が元ネタでしょうか。
There aren’t enough ventilators to intubate all patients with Covid-19 who have severe breathing trouble. The intensive-care unit is taking almost no patients older than 70, doctors said.
重度の呼吸器疾患を抱えるCovid-19の患者に挿管する十分な人工呼吸器*3がありません。集中治療室では70歳以上の患者はほとんど受け入れられないと医師らは述べた。
'Every Day You Lose, the Contagion Gets Worse.' Lessons from Italy's Hospital Meltdown.
これは、ベルガモにあるPapa Giovanni XXIII Hospitalのことです。
もうひとつの候補に、イギリスのタブロイド紙である3月20日のDailyExpressの記事があります。
CORONAVIRUS cases in Italy have become so widespread among the younger population that doctors have been ordered not to help patients over-70 if they need to use respirators, British nurse Connor McAinsh revealed.
イギリス人看護師の Connor McAinshは、イタリアのコロナウイルスの症例がより若い層にも広まり、70歳以上の患者が人工呼吸器を必要とする場合でも使用しないと医師から命じられたことを明らかにした。
Connor McAinshはベルガモのGavazzeni Hospitalに勤めており、こちらも候補のひとつと考えられそうです*4。
トリアージのガイドライン
複数の病院で「70歳以上」という年齢制限が設けられているのは、恐らくSIAARTI(イタリア麻酔集中治療学会)が3月6日に出した、集中治療のガイドラインに支えられているのでしょう。
La Siaarti, la Società italiana di anestesia analgesia rianimazione e terapia intensiva, ha diffuso un documento di 15 pagine, rivolto a colleghi ed esperti, per dare indicazioni su come agire in tempi di estrema emergenza.
Siaartiは、同業者や専門家向けの15ページのガイドラインをリリースし、極端な緊急事態に対処する方法を示しています。
Coronavirus, la Siaarti ai rianimatori: Per le terapie privilegiate la maggior speranza di vita
このガイドラインでは、15の提言がされているのですが、中心になるのは、集中治療のアクセスの基準として優先的だった「先着順(first come, first served)」ではなく、「平均余命(maggior speranza di vita)」が優先されることについてです。
Può rendersi necessario porre un limite di età all'ingresso in TI. Non si tratta di compiere scelte meramente di valore, ma di riservare risorse che potrebbero essere scarsissime a chi ha in primis più probabilità di sopravvivenza e secondariamente a chi può avere più anni di vita salvata, in un’ottica di massimizzazione dei benefici per il maggior numero di persone.
集中治療室に入るために年齢制限を設ける必要性があるかもしれません。それは単純な価値の選択という問題ではなく、最大限多くの人を救うという観点から、最も生存の可能性が高い人、そしてその次に余命がよりある人のために、不足しているリソースを配分するということです。
RACCOMANDAZIONI DI ETICA CLINICA PER L’AMMISSIONE A TRATTAMENTI INTENSIVI E PER LA LORO SOSPENSIONE P5
前書きで書いているように、このガイドラインはどちらかというと「災害医療(medicina delle catastrofi)」に属するものであり、まさにトリアージ、緊急的な措置となっています。
ただこのガイドラインは、年齢のみによって優先事項を決めるものではない、ということは強調されています。チリのメディアなんですが、イタリアの保健センターのICU副所長のMarco Restaがインタビューに答えています。
Gran parte de las muertes por coronavirus en Italia corresponde a ancianos. ¿Es cierto que la atención médica para personas mayores de 80 años ya no es una prioridad?
Es un problema de recursos, no de prioridad. La prioridad sigue siendo ayudar a todos. En cambio, los recursos requieren un uso correcto en función de los resultados esperados de ese tratamiento. Lo que se está viendo es que los pacientes mayores de 70 años, incluso si están intubados y son llevados a tratamientos intensivos, no sobreviven.
--イタリアでのコロナウイルスによる死亡の多くは高齢者です。80歳以上の治療はもはや優先事項ではないというのは本当ですか?
これは優先順位ではなく、リソースの問題です。優先事項は、全ての人を助けるということです。その代わりに、治療の予想される結果に基づきリソースを正しく使う必要があります。70歳以上の患者は、挿管されて集中治療を受けたとしても、生存できません。
そもそも人工呼吸器をつけるということは侵襲的な場合もあり、かなり身体に負担をかける治療です。場合によっては延命治療のような形になることもあるでしょう。
ただ、「70歳」という年齢は特にガイドラインに定められているわけではなく、絶対ではありません。Papa Giovanni XXIIIの麻酔科医のChristian Salaroliは、3月9日のCorriere Della Sera紙に、細かい「ルールが決まっているわけではない」としながらこう答えています。
Se una persona tra gli 80 e i 95 anni ha una grave insufficienza respiratoria, verosimilmente non procedi. Se ha una insufficienza multi organica di più di tre organi vitali, significa che ha un tasso di mortalità del cento per cento.
80~95歳の人が重度の呼吸不全を起こしている場合は、(延命的な)治療を続けることはないでしょう。患者が3つ以上の多臓器不全を持っている場合、それは100%の死亡率を意味します。
上記の記事は3月上旬のものになるので状況は変わっているのかもしれませんが、先ほどのWSJの記事でも、「患者が65歳か70歳を越える場合、挿管されない傾向になってきた(we got indications that, if patients are over 65 or 70, they won’t get intubated)」という証言もあります。
AFP通信はフランスの集中治療室長、ベルトラン・ギデ医師の言葉を借りて、
ギデ氏が集中治療室に入院させた85歳の患者は基礎疾患もなく、それまで全く健康だった。一方、たとえ40代でも、深刻な肝硬変にもかかわらず飲酒を続けている患者を受け入れる余地はないだろうと同氏は説明した。
と、イタリアが指針で出したような一律な年齢制限の方法は単純すぎると指摘しています。それはイタリアの現場の医師たちもわかってはいるでしょう。「70歳以上」という基準を語る病院で、どの程度それが厳格に考えられているかは考慮のうちに入るかと思います。
つまり、集中治療の選択をイタリアの医師たちが迫られていて、そのファクターに年齢が大きく関わっていることは事実でしょうが、それはあくまで多くの人を救うための選択であり、全てのケースにおいて年齢のみで機械的に判断されているというわけではないだろうということです。「70歳以上の感染者は死んでもらうしかない」などといった見出しで書きたてられることは、彼らの本意ではないでしょう。
安楽死は認められているのか
もう一つ「深読み」が挙げているのが「70歳以上の患者さんに対しては、大量のモルヒネを投与して安らかに逝っていただく」というミラノ在住の方の言葉です。
この内容のソースを週刊現代は地元の新聞としていますが、ネット上ではなかなかドンピシャのものが見つからず(イタリアの地元紙なんて探しにくい)見つけたら教えてほしいのですが、一番近かったのはこの記事だけです。集中治療室の女性医師の証言として提供されたものです。
Si toglie lo scafandro al 70enne iniziando la morfina e facendolo morire (70enne che fino al giorno prima curava i nipotini ) per metterla a qualcuno di più giovane", rivela. E tanto dovrebbe bastare a convincere chi ancora stenta a comprendere la gravità di questa emergenza.
医師は70歳の患者から防護服を脱ぎ始めます。70歳の老人は、他のもっと若い誰かに呼吸器を譲るためにモルヒネを投与され、死に向かっていくのです。その70歳の誰かは、昨日まで孫と楽しげにしていた人でした。
ただこれは、「安楽死」ではないだろうと思います。そもそもイタリアでは、医師のほう助による安楽死は認められていません。代わりに、2018年1月に、「尊厳死」についての法律は施行されました*5。
「70歳以上の患者さんに対しては、大量のモルヒネを投与して安らかに逝っていただく」のが事実であるならば、いくら緊急事態とは言え、犯罪になってしまいます。一次ソースを確認できないので何とも言えませんが、少なくとも公式的な見解ではないでしょう。
恐らく、下記の記事のような状態だったのだろうとは推察できます。
クレモナは、ロンバルディア州にある人口約7万3000人の街である。この街の病院の医師たちは、ビジオリさんに挿管処置を行うべきかどうか判断を迫られた。
「挿管しても効果はない、と彼らは言った」とマンフレディさんは言う。ビジオリさんは鎮静剤による眠りについたまま、亡くなった。
妻のイレアナさんも感染がわかり入院中だ。しかし、誰もまだ彼女に夫の死を伝えていない。
「以前だったら『患者たちにもう何日かチャンスをあたえてあげよう』と言っただろう。しかし、いまはもっと厳格にならざるを得ない」とジャコモ・グラセッリICU室長は語った。
つまり、延命治療を中断するような形での処置だったのではないか、ということです。この状態を「70歳以上の重症者はモルヒネで安楽死」などという見出しで煽情的に語ることは、ジャーナリストとして絶望的に言葉のセンスがありません。
今日のまとめ
①70歳以上の患者が集中治療室に入れない、という状態は、イタリア麻酔集中治療学会が出したガイドラインを根拠としているものと考えられる。
②ただしそのガイドラインに厳格な年齢制限があるわけではなく、あくまで最大限多くの人を救うための、医療リソースの優先順位を決めるためのものであり、「70歳以上の感染者は死んでもらうしかない」などという見出しは現場の医師たちからすれば不本意だろう。
③「70歳以上の重症者はモルヒネで安楽死」については、イタリアは安楽死を認めていない国であり、現実にそぐわない。延命治療の中断による鎮痛剤としてモルヒネが使われたのではないかと思われる。
この「元木昌彦の深読み週刊誌」という記事は、その名の通り色々な週刊誌の記事を読んだ筆者の感想が書かれているのですが、文字通り「感想」で、そこら辺のおっさんが居酒屋で管を巻いてしゃべるのとあまり違いはないように思われます。「新手の「姥捨て山」が、コロナの名のもとに堂々と行われている」なんて、私はイタリアの医師たちに伝えることなどできません。
医療関係者でなければ、一連の新型コロナウイルスの現状について直接的な改善の関与をすることは難しいでしょう。ならば、ジャーナリストと名乗る人ができることは、事実に誠実に向き合うことなのではないでしょうか。時事や毎日のお行儀のよくない見出しについていくつか呟きましたが*6、マスコミは少々ストーリーありきで語りすぎではないでしょうか。医療関係者も含め、今回の騒動でがんばっている人々は、君たちのサカナになるために生きているわけではないことを、彼らはときどき忘れてしまうようです。
*1:細かいところですが、元木氏はここを「全て断っている」と書いているので、ここらへんも記者として甘すぎます。
*2:
週刊現代の「わが国では...治療しなければなりません」という医師の言葉そのものが載っている記事は見つけられませんでした。集中治療室に入ると2人に1人が助からない、という話はロイターなどの記事に見えます。
They know that one out of two patients in intensive care with the disease caused by the virus is likely to die.
コロナウイルスに罹患して集中治療室に入った場合、2人に1人の患者はほぼ助からないことを医師たちは知っています。
Special Report: 'All is well'. In Italy, triage and lies for virus patients - Reuters
*3:人工呼吸器と一口に言っても色々種類があるようなんですが、今回はこの訳語で統一します
*4:
初出はDailyExpressではなく、itvなのですが、
実はこの記事の中では、動画で看護師がコメントしているものの、70歳以上云々については触れられていません。
*5:
国民の8割がカトリック教徒のイタリアで1月31日、尊厳死を認める法律が施行された。
読売 2018/2/2
*6: