ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

コロナウイルスに最初に警鐘を鳴らした医師の「遺書」はウソっぽい

最初にコロナウイルスの肺炎に警鐘を鳴らした一人とされ、2月7日(6日)に亡くなった李文亮医師の遺書が公開されたという話があります。

 

李氏には妻と5歳の息子がいて、今年6月に妻が第二子を出産予定だった。李氏が死去した7日、妻がSNSで声明を発表した。

〈 私は付雪潔、襄陽出身で李文亮医師の妻です。私はどなたからも寄付を受け取りません。ネット上で流れている、私が援助を求めているという情報は、事実ではありません。

李文亮医師と私たちに手篤くしていただいた社会各界の方々に感謝します! 同時に、私は李文亮の「私は去る」という原稿を完成させます!

涙なしには読めない…武漢肺炎に最初に警鐘を鳴らした医師の「遺書」(近藤 大介) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)

 

ところが、既に指摘している方がいらっしゃるとおり*1、どうもこの「遺書」はウソくさいというのがホントのところのようです。

 

簡単に「遺書」が出てくるまでの流れをまとめました。

 

 

***

 

2月7日に李医師が亡くなる

当初、李医師の死亡報道については混乱が見られました。BBCがそこらへんの経緯をよくまとめています。

 

2月6日の早いタイミングで彼の死が報道され始めます。

 

WHOツイート

 

しかし、後にGlobalTimesは報道を訂正します。

 

But Global Times then carried a report from Wuhan Central Hospital saying that Dr Li's heart had stopped beating at 21:30 local time (13:30 GMT) and he was given resuscitation treatment. Dr Li was currently in a critical condition, it said.

しかし、その後、GlobalTimesは武漢市中央病院から、李博士が現地時間21:30(GMT13:30)に心停止し、蘇生治療を受けたという報告を行いました。李医師は現在重篤な状態にあります。

Coronavirus: Chinese media confusion over doctor's death - BBC News(2月6日19:07のキャプチャ)

 

医師やジャーナリストの証言では、この報道に関して政府機関が介入したという情報もあります。

 

正式な死亡日時としては、2月7日AM2:58として報告されています*2

 

 

2月7日に萍語文氏が「我走了…」を公開

WeChatのパブリックアカウントの「萍語文」氏が、《我走了,帶著一張訓誡書》という文章を発表します。

 

元々の文章は既にないようですが、転載されたものは今でも読めます。

 

xueqiu.com

 

これは現地時間?の2月7日7:50に投稿されており、萍語文名義になっています。これは、「天还没亮,我走了!」と始まっており、現代ビジネスのまとめてる訳とは少々違います。妻が公開した云々の話でもありません。

 

少し時間は前後するのですが、Facebook上で転載されたときも、「萍語文が李文亮の気持ちで書いた(萍語文/以李文亮醫師心情擬書寫)」とした2月8日の投稿も見られるので、最初は萍語文氏が書いたものという認識があったでしょう。

 

同日に李医師の妻?が寄付を断る旨を発表

その後、李医師の妻の付雪洁さんは妊娠をしていて、援助を必要としているという情報がネットを流れたようなのですが、「付雪洁」名義のアカウントがそれを否定する投稿を2月7日にします。

 

 

f:id:ibenzo:20200215154421p:plain

https://tw.news.yahoo.com/%E6%9D%8E%E6%96%87%E4%BA%AE%E9%81%BA%E6%9B%B8%E7%98%8B%E5%82%B3-394%E5%AD%97%E8%BC%95%E9%81%93%E6%88%91%E8%B5%B0%E4%BA%86-062508633.html より

本人付雪洁,是李文亮医生的妻子,本人声明我们不接受任何人捐款。网上流传的本人求助信息均为不实信息。

私は李医師の妻である付雪洁本人です。私は誰からの寄付も受け付けないことを宣言します。援助が欲しいというインターネット上で広まっている噂は虚偽のものです。

 

実際の投稿は見られなさそうなのですが(Weibo?WeChat?)、メモのような画像には続きとしてこうあります。

 

感谢社会各界对李文亮医生及对我们家人的关怀!

李医師と私たち家族のことを思ってくれた人々に感謝します!

 

このアカウントが本人であれば、この文章については本物である可能性があります。

 

同日にWeChatの公開アカウントが「遺書」として公開

既に記事はないものの、先ほどの李医師の妻の付雪洁さんと、萍語文氏の文章を改変して、「传真联播」というWeChatのアカウントが「李文亮妻子发布其手稿《我走了》」公開します。それは、以下のように始まります。

 

2月7日,李文亮医生的妻子付雪洁在社交平台发布声明称:不接受任何个人捐款,网上流传的关于她本人的求助信息均为不实信息。同时我把我丈夫李文亮的《我走了》完成全稿!

2月7日に、李文亮医師の妻である付雪洁はSNS上に声明を発表した。「個人的な寄付は寄付は一切受け取りません。インターネット上で広まっているそのようなウワサは全てうそです。同時に、私は夫の李文亮が書いた「我走了」のすべてを公開します!

捉谣记:李文亮医生妻子发表丈夫生前“手稿”?谣言! より

 

この始まり方は現代ビジネスの記事にそっくりですね。記者の方はこちらのもの(こちらを元に流布されたもの)を参照したのでしょう。この話が拡散されていったということのようです。上記の投稿はWeChatの運営により削除されています。

 

 

2月8日にウワサが否定される

恐らく中国でもこの話が広まったと思われるのですが、かなり関連したものが削除されているようなので、詳しくはわかりかねます。しかし、上記のような内容で、この李医師の「遺書」が違うであろうことが、2月8日ごろから否定され始めます。

 

扬子晚报の紫牛新闻の記者は、李医師の同級生の医師に、生前に彼が「遺書」を書いたかを聞きに行っていますが、否定しています。

 

胡祥表示,“传真联播”所发文章为假,原文是微信公众号“萍语文”7日所发文章《我走了,带着一张训诫书》。

胡祥は、「传真联播」が公開した記事は虚偽であり、原文は“萍语文”が7日にWeChatで公開した「我走了,带着一张训诫书」だと述べた。

捉谣记:李文亮医生妻子发表丈夫生前“手稿”?谣言!

 

しかし、その後もこの話は李医師の「遺書」として生き続けている、というところです。それは、李医師のこれまでの経緯も含め、中国での言論の不自由さも関係しているでしょう。

 

今日のまとめ

①現在、李医師の「遺書」として公開されている文章は、彼の死を悼んで作られた別の人の創作である可能性が高い。

②ただし、現代ビジネスが引用の際に書いたような、李医師の妻が「援助は必要としていない」という文言については、事実の可能性がある。

 

一応、「ウソっぽい」と断定していないのは、現在の時点で実際に確認できる情報が少なく、他のメディアの引用をせざるをえないからです。実は「萍語文」は本人で、死後、自動的に投稿されるようになっていた…とかみたいな展開だったら、「遺書」も本物かもしれませんが。

 

李医師は今回の件で、良くも悪くも新型コロナウイルスの偶像になっているようです。日本でもよくあることですが、ご家族の気持ちを思うと、心が痛みます。

 

*1:

たかよし on Twitter: "現代の記事に出てくる遺書は萍語文氏の作品が改変されてネットに流されたもの?
https://t.co/ObxcuupCN4
https://t.co/YdDhan4fnB"

など

*2:ただし、現在の中国の言論家たちの間は、政府側の情報操作を疑ってか、最初に心停止したとされる2月6日を彼の死亡の日として、「國家言論自由日」などと名付けているようです