ネットロアをめぐる冒険

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韓国では食べ残しを再利用してもよいのか、事実と事実の数珠つなぎ

更新ができないと言っていたにも関わらず、今月3回目の更新です。本命の方は進んでいるのですがまだまだです。

 

さて、気がつくと最近、韓国ネタばかり書いているのですが、どうも気になってしまうので仕方ありません。こんな記事がありました。

 

韓国のレストランではキムチやトマトやチョコレートなど複数の食材を再利用できることが判明し、物議を醸している。(中略)これは韓国の国家行政機関である食品医薬品安全処が「ビュッフェレストラン等の衛生ガイドライン」として告知しているもので、たとえ残飯でも食材の再利用は韓国において合法な行為である

【衝撃】韓国で「一度客に出した料理の再利用」が合法に / キムチやライスなど次の客に食わせることが可能「残飯の再利用か」 | バズプラスニュース Buzz+

 

ほんまかいなと思って調べました*1

 

 

***

 

ガイドラインの記述

早速、Buzz+が挙げている、「ビュッフェレストラン等の衛生ガイドライン」を確認してみましょう。

 

なぜか発行元である食品医薬品安全処(以下食薬処)から発見できなかったので、仁川広域市のサイトから拝借しました。2018年10月15日付で通達されています。

 

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「뷔페음식점 등 위생가이드라인」

http://field.incheon.go.kr/program/fileDownload.do?fileNo=617502

 

ガイドラインは、主にビュッフェ形式の飲食店向けの、衛生管理や食品の再利用について基準を示しています*2。「食品の再利用に関する基準(음식 재사용 관련 기준)」というタイトルで、以下のように再利用について書いています。

 

식품 접객업자는 손님에게 진열 · 제공되었던 음식물을 다시 사용하거나 조리하거나 또는 보관하는 등 재사용 할 수 없음 다만, 위생과 안전에 문제가 없다고 판단되는 식품으로 위생적으로 취급하면서 다음에 해당하는 경우에는 재사용 할수 있음

食品を扱う接客業は、 お客様に陳列・提供された飲食物を再利用したり、調理したり、又は保管するなどといった再利用ができませんが、衛生上、安全に問題がないと判断された食品で、衛生的に取り扱いながら、次に該当する場合には、再利用することができます。

 

で、該当する食品については、Buzz+の書いてあるものと変わりはほぼありません。

 

조리 및 양념 등의 혼합 과정을 거치지 않은 식품으로서, 별도의 처리없이 세척하여 재사용하는 경우 (상추, 깻잎, 통고추, 통마늘, 방울 토마토, 포도, 금귤 등 야채 과일 류)

調理や調味料などをまぜる過程をしていない食品として、別に処理をすることなく洗浄して再使用する場合(レタス、ごまの葉、とうがらし、にんにく、ミニトマト、ぶどう、きんかんなど)

 

외피가있는 식품으로서, 껍질 채 원형이 보존되어있어 기타 이물질과 직접적으로 접촉하지 않는 경우 (바나나, 귤, 리치 등 과일 류, 땅콩, 호두 등 견과류)

外皮があり、殻のまま保たれていて、他の異物に直接接触していない場合(バナナ、みかん、ライチなどの果物類、ピーナッツ、くるみなどのナッツ類)

 

건조 된 가공 식품으로서 손님이 덜어 먹을 수 있도록 진열하는 경우 (땅콩, 아몬드 등 안주용 견과류, 과자류, 초콜릿, 빵류 (크림 도포・충전 제품 제외))

乾燥した加工食品として客がよそって食べられるように陳列する場合(ピーナッツ・アーモンドなどのおつまみナッツ、菓子類、チョコレート、パン類(クリームが塗布・充填されたものは除く))

 

뚝배기, 트레이 등과 같은 뚜껑이있는 용기에 집게 등을 제공하여 손님이 먹을만큼 덜어 먹을 수 있도록 진열 · 제공하는 경우 (소금, 향신료, 후춧가루 등의 양념류, 배추 김치 등 김치류, 밥)

土鍋、トレイなどの蓋がある容器にトングなどを提供して客が食べる分だけよそって食べることができるように陳列・提供する場合(塩、香辛料、胡椒などの薬味類、白菜キムチなどキムチ類、米)

 

薬味なんかは日本でも再利用してる感じかもしれませんが、野菜なんかも再利用するのか…とは思ってしまいますね。

 

一応、洗浄についてはただの水洗いではなく、次亜塩素酸を使用するなどの旨が記載されています。

 

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2009年から始まっている

よく言われるのが、韓国には「パンチャン(반찬)」の文化があるということです。パンチャンはいわゆるメインにつく小皿料理ですが、韓国では多く盛り付けることが美徳みたいなとこがあるようで、食べきると次から次へ継ぎ足されてしまい、結果あまってしまうというようなことがあるんだとか。日本の食品ロスは調理段階の過剰除去が大きく、韓国では食べ残しが原因として多いんだそうです*3

 

こういう食べ残しを再利用する習慣はどうも慣行的に行われていたようなんですが、2008年8月に放送されたKBSの「消費者告発(소비자고발 )」MBCの「不満ゼロ(불만제로 )」などで、あまりにも不衛生な食品再利用の現場が告発され*4、世論が食品の衛生について敏感になってきた、ということがあったそうです。

 

で、食薬処などが主体となって、「食品を再利用しないための運動協約締結式(남은 음식 재사용 안하기 운동 협약 체결식)」が開催され、2009年に食品衛生法施行規則を改正しました。

 

食品の再利用に関する韓国国内法は、食品衛生法(식품위생법)第44条「営業者の遵守事項(영업자 등의 준수사항)」及び、食品衛生法施行規則(식품위생법 시행규칙)第57条で指示されている遵守事項の別表17第7項に依拠します。

 

식품접객업자는 손님이 먹고 남은 음식물을 다시 사용하거나 조리하거나 또는 보관(폐기용이라는 표시를 명확하게 하여 보관하는 경우는 제외한다)하여서는 아니 됨

お客様が食べ残した食べ物を再利用したり、調理したり、または保管(廃棄用という表示を明確にして保管する場合は除く)してはならない

국가법령정보센터 | 법령 > 본문 - 식품위생법 시행규칙別表17(별표 17)

 

なので、法的には韓国では食べ残しの「再利用」については原則禁止となっています。ただ、まあきっといろいろあったんでしょうが、あわせて例外となる基準が設けられています。

 

そこで基準として出されたことは、先程のガイドラインと大差ありません。

 

□ 어떠한 경우 식재료를 재사용할 수 있나요?

□どのような食材を再利用することができますか?

(中略)

1. 조리·가공 및 양념 등의 혼합과정을 거치지 않은 식재료로서, 별도의 처리 없이 세척하여 재사용 하는 경우

2. 외피가 있는 식재료로서, 껍질 채 원형이 보존되어 있어 기타 이물질과 직접적으로 접촉하지 않는 경우

3. 뚝배기, 트레이 등과 같은 뚜껑이 있는 용기에 반찬을 담아 집게 등을 제공하여 손님이 먹을 만큼 덜어먹을 수 있도록 제공하는 경우

1.調理・加工及び調味料など、混ぜる過程を経ていない食材で、別の処理をせず、洗浄して再使用する場合

2.外皮がある食材で、皮のまま形が保たれており、他の異物に直接接触していない場合

3.土鍋、トレイなどの蓋がある容器におかずを入れてトングなどを提供し、お客様が食べる分だけよそって食べることができるよう提供する場合

남은 음식 재사용 금지 관련 기준 시행 상세보기 > 알기쉬운안전이야기

 

上記の引用は韓国消費者院(한국소비자원)による見解ですので、公式のものと思って良いでしょう。

 

なので、Buzz+の記事を読むと(「食材を再利用できることが判明し、物議を醸している」)、あたかも最近わかったことのように思えますが、約10年前から知られていることではあります。

 

8月の事件がきっかけ

 

では、なぜこの話題が再燃されているのでしょうか。きっかけは、今年8月に内部告発があった、あるビュッフェレストランでの食品の再利用の問題です。

 

海鮮ブッフェ店「TODAI」の元調理師らは、「プロとして良心が痛んだ」として、残り物再利用の実態を告発した。(中略)ランチタイム終了後に残り物の蒸しエビやさしみなどをゆでて、ディナータイムで提供するいなり寿司や巻き寿司の具として使用していたという。また、サーモンのさしみや酢豚、揚げ物はそのまま巻き寿司の中に入れていた。

韓国の有名ブッフェ店、残り物を再利用も「問題なし」と主張...|レコードチャイナ

 

店側としては、客の「食べ残し」ではなく、「陳列」品の再利用なので、食品衛生法上は問題がない、という立場を当初はとっていました。(食薬処もそのような判断を当初しています)。確かに施行規則には「客が食べ残した食べ物を再利用したり」とあるので、ビュッフェのような陳列スタイルは例外として解釈できるのではないか(もしくは前述の3番めの基準に該当する)、ということですね*5。しかし、世論に押される形で謝罪し(当該店は閉店)、このような「再利用」の方法を見直すとしています。

 

この理屈は韓国国内でも不可解とされたようで、「ファクトチェック」ということで、記者が調べる体の記事もありました。

 

[앵커]

이렇게 보면 규정을 위반한 것은 아닌 것 같은데, 다른 음식들이야 이렇게 하는 것이 충분히 이해가 가지만 생선회 같은 경우는 '신선도'가 생명아니겠습니까?

[기자]

그렇습니다. 이 규정은 그런데 이런 내용도 담고 있습니다.

"부패, 변질되기 쉬운" 음식과 "냉장, 냉동 보관, 관리를 해야하는" 음식은 재사용이 안된다는 내용입니다.

같은 규정인데 집게로 덜어 먹는다는 방식에 초점을 맞추면 생선회 재사용이 된다고 해석이 되고, 반면에 부패와 변질 가능성에 무게를 둔다면 재사용이 안된다는 해석도 할 수는 있습니다.

【キャスター】

このように見ると、規定に違反したわけではないようで、他の食品たちについてこれを行うことは十分に理解できますが、刺身のような場合は、「鮮度」が命ではないでしょうか?

【記者】

そうです。この規定は、しかし、このような内容も含んでいます。

「腐敗・変質しやすい食品、冷蔵・冷凍保管・管理が必要な食べ物は再利用ができない」という内容です*6

同じ規定のトングで取り分けて食べる方式に焦点を合わせると刺身の再利用ができると解釈され、一方、腐敗と変質する可能性に重きを置くなら、再利用はできない、という解釈もできます。

[팩트체크] '뷔페 생선회' 재사용, 위법 아니라는 식약처…규정 보니 | JTBC 뉴스

 

つまり、当時の韓国の法律では、ビュッフェスタイルの刺し身については、解釈次第で再利用の可否が変わってしまう、というわけです。なるほど、これはいただけないですね。

 

当局も世論の高まりを受けて、この問題に対処したのが、冒頭に挙げた「ビュッフェレストラン等の衛生ガイドライン」です。ここでは、今までと違って明記されていることが3つあります。

 

1つ目は、刺し身や寿司などの食品について明確に再利用を否定したこと。

 

Q1 뷔페음식점에서 손님에게 진열 제공된 생선회를 초밥의 원료로 사용할 수 있나요?

ー진열되었던 생선회, 초밥, 김밥 류, 게장 등은 미생물 증식

Q1 ビュッフェレストランで陳列して提供した刺し身を、寿司の原料として使用することはできますか。

ー陳列された刺し身、寿司、おにぎり類、ケジャンは、微生物の増殖の懸念が高く、再利用することはできません。

 

2つ目は、廃棄の時間の目安を決めたことです。

 

음식물이 담긴 진열 용기 채로 공용 집게와 함께 교체하고, 2 시간 이상 진열 된 음식은 전량 폐기
남은 음식물을 새로 교체하는 음식물에 담아서 같이 제공 금지

食べ物が盛られた陳列容器で、同じトングで交換し、2時間以上陳列された食品は、全量廃棄する。
ー残った食べ物を、新たに交換する食べ物につめて提供することの禁止

 

3つ目は、提供する食べ物同士の間隔を20cm以上あけるという陳列に関することです。

 

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このようなガイドラインを設けることで、今回のTODAIが起こしたような再利用は、ルール上はできなくなった、ということです。ただし、これはガイドラインの改訂と受け取れるので、この件に関してはまだ罰則はないものと考えられます。施行規則自体が変わるのはもう少し先でしょうか*7

 

 

日本で再利用は禁止されているのか

さて、そんな韓国の食文化ですが、日本では食べ物の再利用は禁じられているのでしょうか。

 

料理の使い回しということで思い出すのが、2008年の船場吉兆の事件です。

 

牛肉の産地偽装や総菜の不正表示が相次いで発覚した高級料亭「船場吉兆」(大阪市中央区)=民事再生手続き中=は2日、昨年11月の営業休止前まで、本店の料亭で客の食べ残した食事を別の客に再び出していたことを明らかにした。

asahi.com(朝日新聞社):船場吉兆、食べ残し料理を別の客に - 食品不正

 

そういえばささやき女将なんていたな…なんて思いますが、この記事の中で、厚労省は「使い回し」についてこのように答えています。

 

厚生労働省によると、食品衛生法は、腐敗などで健康を損なう恐れがある食品の販売を禁じているが、食べ残しの使い回しを禁止する規定はない。同省監視安全課の担当者は「同法では、調理側が料理を使い回す事態をそもそも想定していないため、違法行為ではないが、不適切だ」と話している。

 

当時の意見ですので、現在どのように解釈されているのか知りませんが*8、法律上は日本でも食べ残しの再利用は禁じられていなかったわけです。結局、日本で食べ残しの再利用をしないのは、規範意識や文化の違い、ということが考えられそうです*9

 

ということを考えると、根強く慣行として使い回しの文化が残っている韓国において、再利用を何が何でも禁止するのではなく、「ある程度安全な再利用」をガイドラインとして規定していくことは、リスクヘッジとしては理にかなった方法ではないかな、と感じます。

 

 

今日のまとめ

①2008年の報道番組をきっかけに、韓国で食品の再利用に関して世論の高まりがあり、2009年に食品衛生法施行規則が改正されるに至り、原則として食品の再利用はできなくなった。

②ただ、その際のガイドラインとして、「1.処理をせず洗浄したもの」「2.切断していない果物など」「3.蓋がついていてトングなどで取り分けるもの」に関しては再利用を認めていた。

③2018年8月にビュッフェレストランで起こった刺し身などの再利用の告発を受けて、食薬処は「ビュッフェレストラン等の衛生ガイドライン」を出し、生物など腐敗しやすいものについては再利用が禁止され、また陳列された食品が2時間を超えた場合は全量廃棄することが明記された。

④日本でも使いまわしに関する法的規制は特にないものと考えられ、食品の再利用に関しては文化的な側面が大きいように感じる。

 

よいか悪いかといった心情的な判断を別にすれば、食品の再利用という観点は、昨今の食品ロス問題に通ずるものがあると思います。特に韓国は食べ残しの多い国で、その食品ロスをどのようにしていくかは大きな課題になっています。小林(2016)*10によれば、廃棄物処理の対策として、飼料化の工場の建設や、生ゴミの従量課金制などの施策に取り組んでいる旨がありました。日本は高度な焼却システムがあるために、食品リサイクルはなかなか進まないのですが、韓国は逆にそのようなシステムが弱いために、リサイクルを推進せざるを得ないといった面があるようです。日本も見習うべきところがあるでしょう。

 

韓国の話題は、現在の日本において色眼鏡なしに見ることが甚だ困難なニュースソースのひとつと考えられます。今回のBuzz+の記事は、悪意のある書き方だとは思いますが、書かれているひとつひとつの事実については、そこまでトンチンカンではありませんでした。事実と事実をつなぎあわせても、そこから得られる解釈がいつも公正なものになるとは限らないことを、読む側も書く側も気をつけるべきなのでしょう。

 

 

*1:

リンクは貼りませんが、当該記事を「悪質なデマ」と断ずるツイートがプチバズりしていましたが、本記事を読めば分かる通り、「デマ」とまでは言い切れないかと思いますし、内容も少々不正確です。書き方は微妙ですが、Buzz+は恐らく何かの韓国メディアの記事を翻訳したようで、そこまで内容がぶっとんでるわけではありません。書き方はアレですが。

*2:

このリーフレット、テキスト化されていないので、Google翻訳アプリのカメラ機能で読み込んで翻訳して…という手間な作業を挟みました。テキスト認識によっては、ちょっとおかしなところがあるかもしれません。

*3:

「韓国における食べ残しに関する食品廃棄物制度の分析」小林富雄 2016 P2

https://www.jstage.jst.go.jp/article/amsj/24/4/24_46/_pdf/-char/ja

*4:

woman.chosun.com

*5:

似たような再利用に関する裁判も見つけました。

부산지방법원2017고정2327

こちらは、客に誤って出したチャーハンを再利用して別の客に提供したことが食品衛生法違反に問われていました。しかし、ラップでくるまれ「未開封」であることから、「食べ残し」とは判断されず、無罪になっています。

*6:

ただこの条文らしきもの、法令の中では検索できませんでした。いろいろ引用されているので、何かにあるとは思うんですが。

*7:

식약처는 계도 기간을 거쳐 진열된 음식을 재사용할 경우 영업정지 15일에서 3개월에 처하는 시행규칙을 만들 예정입니다.

食薬処は一定時間がたった食品を再利用した場合、営業停止15日~3ヶ月に処する施行規則を作成する予定です。

"2시간 이상 진열된 뷔페 음식, 재사용 금지"…시행규칙 개정

*8:

詐欺罪などに問われるのではないか、みたいな意見はありました。立件は難しそうですが。

ビジネス法務の部屋: 料理の使い回しはモラルか違法行為か?

*9:

他の国の法体系はどうなっているのかな、というのを調べるのも面白そうです。

*10:

https://www.jstage.jst.go.jp/article/amsj/24/4/24_46/_pdf/-char/ja