長い調査が終わらないので、今日もつなぎの記事です。
さて、みなさんはおっぱいは好きですか?(強引な導入)
こんなツイートがバズってました。
「日本人は何故おっぱいが好きなのか」
— ヒロ (@hiro_wing_x) October 12, 2018
ってある番組でやってて、離乳の時期が世界平均で4.2歳なのに対し、日本は平均1.5歳で離乳するためもっとおっぱいが吸いたかったと無意識に思うらしく、その為日本人にはおっぱい好きな人が多いと知って妙に納得
この番組がなんなのかは知りませんが*1、私が気になったのは、離乳の世界平均が「4.2歳」であるという記述です。
私は算数が大変苦手なのであんまり大きいことは言えないのですが、どんな調査でもって世界の平均を「4.2歳」にしたかはわからないにしろ、その調査の中には、7歳とか、8歳とかで離乳をした集団がそれなりにいないと、この平均の数は出てこないのではないか、というところに疑問を抱きました。小学生になっても乳離ができていないというのは、そんなにメジャーな感じがしないんですけどもね…。
というような、今日はおっぱいの話です。
世界中に広まっている「4.2歳」説
この「4.2歳」の話はもはや常識のような形でそこかしこに引用されています。
4歳と聞いて思い浮かぶのは・・・4,2歳
42歳ではありません、4歳と2ヶ月です*2。
この年齢は、WHOとユニセフが公表している卒乳の世界平均です。
先日びっくりする数字が目に入ってきました目
世界の卒乳の平均はなんと4歳2カ月なんですって!!
このような個人のブログだけではなく、医療機関もこの数字を採用しているところがあります。
世界各国の卒乳年齢の平均は4.2才です。
かつて母乳大国日本の戦時中の乳離れ調査では平均2才、子供によっては3才から9才まで飲んでいたとの記録があります。
では、世界単位で考えたら、母乳をやめる時期の平均は何歳ごろでしょうか。
実は、母乳を飲まなくなる時期の世界平均は4.2歳!
日本だけではなく、英語圏でもこの話題は目にすることが出来ます。
The average age of weaning in the U.S. is three months. However, the average age for weaning worldwide is 4.2 years.
離乳のアメリカの平均時期は3ヶ月です。しかし、世界の平均は4.2歳です。
WHO reports that the world average duration of breastfeeding is 4.2 years.
WHOの報告では、世界的な授乳の平均は4.2歳ということだ。
Breastfeedingーhow long? NCT information sheet
こんな広告めいた画像もあります。
WHOにもユニセフにもない
しばしば「4.2歳」の根拠として挙げられるのが「WHO」や「ユニセフ」のデータだということです。
ところが、WHOにもユニセフの公式ページには、この数字が示されたデータを発見することが出来ません。
そもそも、「離乳」を考える前提条件として、WHOは「母乳育児」について推進する立場をとっていることを知らなければなりません(これはユニセフも同じです)。
Exclusive breastfeeding is recommended up to 6 months of age, with continued breastfeeding along with appropriate complementary foods up to two years of age or beyond.
母乳のみの育児は、生後半年まで、適切な補助食品と共に母乳育児をすることについては、2年もしくはそれ以上続けることが推奨されます。
なぜ母乳育児を推進するのかといえば、母乳が完全栄養食であること、免疫力を高めることなどを挙げています*3。また、WHOやユニセフがメインターゲットとするような途上国においては、粉ミルクなどは、それを溶かす水などからの汚染といった問題もからんでくるでしょうし、前述の栄養や免疫と言った立場も、主に途上国での乳幼児の死亡率の高さからくるものと考えられます。
なので、もちろんWHOは各国がどの程度まで「母乳育児」を行っているのかを調査しています。6ヶ月までの完全母乳育児を行っている割合は38%です。
http://www.who.int/nutrition/global-target-2025/infographic_breastfeeding.pdf?ua=1
んん? 世界の4割程度しか6ヶ月の母乳育児を行えていないならば、そもそも「4.2歳」の離乳の平均って、高すぎじゃないですかね。
各国のデータをWHOのサイトから見ることができるのですが、そもそも結果を見る限り、2歳を上限としてしか見る事が出来ません。
http://www.who.int/nutrition/databases/infantfeeding/countries/jpn.pdf?ua=1
WHO自体は調査対象の「授乳中の乳幼児(Children ever breastfed)」は「0~4.9歳」までとしていますが、「過去24ヶ月間に生まれた子どものうち、母乳を受けた子供の割合」の指標に置き換えられてしまいます*4ので、結果として2歳より上の指標を我々は見る事が出来ないのではないか、という気もしますが、ちょっとそこら辺はよくわかりませんでした。また、調査対象が5歳未満になるなら、平均が「4.2歳」になるのも、ちょっと偏りすぎてはいないかい、という感じもします。
これはユニセフについても同様で、ユニセフも「2歳」以上の母乳育児を推進しており、各国の母乳育児の期間の調査もあるのですが*5、そもそもユニセフは「過去24ヶ月に生まれた子ども(Children born in the last 24 months)」が分母としては最大になるので、この調査で平均が「4.2歳」になることはありえません。
各国の母乳育児の期間
私は神様でも悪魔でもないので、絶対にWHOやユニセフが「4.2歳」という数字を過去数十年の中で出していないとは断言できないのですが、少なくともこの現代の世界情勢において、母乳育児を「4.2歳」まで続けることがスタンダード、というのは、言い難いものがあると思います。
では、他の国では、どの程度の期間、母乳育児が行われているのでしょうか。
ちょっと古い調査ですが、1995年のアメリカのMuriel Sugarmanが行った179名を対象とした調査では、離乳の平均年齢は「2歳6ヶ月から3歳」で、レンジとしては「1ヶ月から7歳4ヶ月まで」が結果としてあったことが報告されています*6。
オーストラリアでは2010年に母乳育児に関する調査が行われていますが、対象が「24ヶ月までの52000人の子どもを全国から無作為に抽出した(About 52,000 children aged up to 24 months were randomly selected nationwide. )」*7なので、それ以降の年齢について調べていません*8
面白いとこでは、日仏米の離乳の比較を行った研究もあります。2012年。
こちらで、離乳の各国の適切だと思われる時期は、日本は10.5ヶ月、フランスは5.7ヶ月、アメリカは9.2ヶ月という結果になっています。おや、日本が一番遅いですね…。これは、実際に授乳を続けている期間からも明らかで、フランスは極端に授乳期間が少なくなっています*9。
あれ、ということは、ツイートの発言に従うなら、いちばんおっぱいが好きなのはフランス人なのかしらん。
ちなみに、日本の離乳食の完了時期は「13~15 か月」の割合が最も高く、
「平成 27 年度 乳幼児栄養調査結果の概要」P9
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000134460.pdfより
これは10年前の調査に比べても、離乳の完了時期自体が遅くなっていることを示しています。厚労省の「授乳・離乳の支援ガイド」でも、離乳の完了時期を「生後12ヶ月から18ヶ月ごろ」としています*10。なので、そのTV番組がいっていたという、日本の離乳時期が「1.5歳」というのは、平均というよりは、ガイドの目安の18ヶ月を指しているのではないか、と推察されます。
世界的にみてどうか、というところはわかりませんが、いわゆる先進国において、「4.2歳」という数字は、現実離れしているものだということでしょう。
「4.2歳」の初出
恐らくにはなりますが、この「4.2歳」が広まるきっかけになったのは、Ruth Lawrenceの「Breastfeeding: A Guide for the Medical Profession」だと思われます。
Breastfeeding: A Guide for the Medical Profession, 8e
- 作者: Ruth A. Lawrence MD,Robert M. Lawrence MD
- 出版社/メーカー: Elsevier
- 発売日: 2015/11/09
- メディア: ペーパーバック
- この商品を含むブログを見る
こちらは第8版まで重ねているようですが、いくつかのサイト*11で、1994年版のものの中に、「4.2歳」の記述があると指摘されています。
The average time of complete cessation [of breastfeeding] worldwide is 4.2 years.
世界の離乳時期の平均は4.2歳である。
(Lawrence 1994:312)
この文章の前には、ごく少数の例として、離乳の時期が1歳以下であることや、ムスリム世界では2歳まで離乳を行わないことなどが語られていて、その後に出てくる文章です*12。しかし、とても残念なことに、Lawrenceはこの4.2歳のソースを提示していません。
4.2歳に近い数字があるとすると、人間を生物学的に捉えた中での離乳時期の話になるでしょうか。
Katherine A. Dettwylerは、『Breastfeeding: Bicultural Perspectives』の「A Time to Wean」という章の中で、人間の自然な離乳時期についての考察を書いています。民族学的な見地から1930年頃から報告があるようで、Sheltonは1931年に「3歳~5歳」、Wickesは「3歳~4歳」(1953)、1945年以前の64の研究をまとめたというClellan Ford(1964)は、「3歳~4歳」で、中央値を「2.8歳」としているそうです*13。
Dettwylerは生物学的な見地からの過去の研究結果もまとめていて*14、Holly Smithによれば21種の霊長類は第一大臼歯の生えたころに離乳をするそうで、それと照らし合わせるなら5.5歳~6歳。他にも妊娠期間と授乳期間が一致し、且つ成人の大きさに区別されるということから妊娠期間の6倍と考え4.5歳*15が離乳の時期であるという話なんかもあります。Dettwyler自身はそのような過去の研究結果から、人の自然な離乳時期の範囲を2.5歳から7歳としました。間をとったら4歳ぐらいになりそうですが、もしかするとLawrenceは上記のような研究のどれかを見たのかもしれません。
今回の調査では、「4.2歳」の正確な初出を確かめることが出来なかったのが痛いのですが、少なくとも1994年当時から、ソース不明の「4.2歳」という「世界平均」の数字が存在したことは確かです。Dettwylerが暗に指摘しているように、その数字は過去の何かの調査結果が無批判に引用されただけ、というようなところではないでしょうか。
今日のまとめ
①離乳時期の世界平均が「4.2歳」という結果を、WHOやユニセフの公式のページからは見つけられなかった。
②恐らく、Ruth Lawrenceの「Breastfeeding: A Guide for the Medical Profession」(1994)の引用が広まったものと考えられるが、Lawrence自身は引用元を明らかにしていない。
③ソースが不確かではあるが、何らかの研究結果で「4.2歳」という平均値が出された可能性はある。ただ、現代の諸調査と比較すると、少なくとも現代の先進国においては不釣り合いな数字の様に思える。
Dettwylerも引用した記事の中で書いていますが、果たして「世界」の離乳時期の平均をとることにどれほどの意味があるのでしょうか。「離乳時期」については、文化的要因が大きく絡むことをいろいろな研究で指摘されていますが*16、そういうことを考慮せずにいろいろな国の年齢をごちゃまぜに平均化したとしても、そこから得られることというものは少ないと感じます*17。
かように世の子育て情報の正しさを見極めることは困難です。その困難さは、育児に関するファクトが、時代ごとに変わっていってしまうというところにあると私は感じます。現在は母乳長期化推進時代ですが、一昔前はそうでもありませんでしたし、そのために世代ごとに子育ての考えは大きく変わってきてしまっています*18。ただまあ、みんながこもっている情報のお城はただの仮住まいなんだと思えば、少しは気楽にはなりませんでしょうか。この記事を子育て世代の方が読むのかどうかはわかりませんが、情報の渦から抜けて、たまにはさくらんぼを。
*1:
たぶんちゃんと調べればわかるんでしょうが、今回の記事には関係なさそうなので(ちゃんとしたソースを提示していたとも思えないし)省略しました。気になる人は調べてみてください。
*2:ただ、4.2歳は4歳と2ヶ月なのか?という疑問もありますが、ここではあんまり深くは問いません
*3:
BREASTFEEDING THE GOAL
http://www.who.int/nutrition/global-target-2025/infographic_breastfeeding.pdf?ua=1
*4:
this indicator will be replaced with the indicator "Children ever breastfed: proportion of children born in the last 24 months who were ever breastfed", when more data become available.
*5:
Infant and young child feeding - UNICEF DATA
上記の中の、Continued breastfeeding (12-23 months)なんかのデータが参考になります。
*6:
Weaning Ages in a Sample of American Women Who Practice Extended Breastfeeding
http://www.whale.to/a/weaningages.pdf
もしくは
Weaning ages in a sample of American women who practice extended breastfeeding. - PubMed - NCBI
Sugarmanは生物学的な離乳の時期はもっと遅くなるだろうという過去の研究を例に、この平均年齢に収まるのは、文化的要因がからむことを推察しています。
*7:
2010 Australian National Infant Feeding Survey P2
https://www.aihw.gov.au/getmedia/af2fe025-637e-4c09-ba03-33e69f49aba7/13632.pdf.aspx?inline=true
*8:これは他の調査でも同様です。古いですが2001年のもの。
4810.0.55.001 - Breastfeeding in Australia, 2001
*9:
こういう記事もありますが、
In France, breast is definitely not best | Fiachra Gibbons | Opinion | The Guardian
フランスで母乳育児をするというのは大変そうです。
*10:
「授乳・離乳の支援ガイド」P41
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/dl/s0314-17.pdf
ちなみに日本においても、H17の調査では対象が「0~4歳」でしたが、H27では「0~2歳」に変わっています。
*11:
Worldwide Average Age Of Human Weaning -
など(内容は同じですが)。この項は上記リンクに寄稿しているDettwylerの話を中心に行うため、ほとんど上記のサイトと結論が同じになってしまいます。英語が読める方はそちらをご参照ください。一応、ソースの補強を行ってはいますが。
*12:
ただし、私は原典をあたることができませんでした。なぜならばKindleで7000円オーバーするからです…孫引きになることご容赦ください。
*13:
Dettwyler(1995)P44
http://kathydettwyler.weebly.com/uploads/3/0/9/1/30918011/atimetowean.pdf
私は全文確認できなかったのですが、ハフポスによれば、彼女自身は平均離乳年齢を「2.8歳~3.7歳」であるべきだろうと同著書の中で述べているそうです。
'Time' Breast-Feeding Story: What Primates Teach Us About Weaning Age | HuffPost
*14:
ただしこれは1995年のもので少々研究としては古いことをご承知おきください。
*15:
この説も根強いようです。
The Lactivist Breastfeeding Blog: Myth Busting - Average Age of Weaning 4.5 Years
上記の記事を書いた人は、Dettwylerの「2.5歳~7歳」という結論の間をとった数字ではないか、というようなことを指摘しています。
*16:
Weaning from the breast(2004)では、離乳の歴史的背景について述べています。
先程も引用した日仏米の比較した
Japan–France–US comparison of infant weaning from mother's viewpoint
では、母乳をやめるに至った理由の文化比較が述べられています。
*17:
また、Dettwylerは、そもそも「離乳」の定義が難しいことを指摘しており、たとえば出産後数回しか飲まなかった乳児をカウントするのか、カウントするならば大きく平均を下げるために、その数字の不確実性について書いています。
*18:
過去記事でもハチミツの離乳食の変遷について書きました。