ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

朝日の「隠れ待機児童ワースト10」の気になるところ、オープンソースの共通化

朝日のこんな記事が目に付きました。

 

digital.asahi.com

 

朝日新聞が87の自治体を調べ、「隠れ待機児童」のワーストランキングを作ったものです。もちろん記事の主意は、現在の「待機児童」の数が実態に合っていないものなので、その課題を浮き彫りにするものではありますが、私としては、この「ワーストランキング」がとても気になりました。

 

私個人の意見としては、このランキングの問題点は大きく2つあり、①人口比が全く違う都市でランキングをつくることの意味②「隠れ待機児童」の定義のあいまいさをあげます。記事にするまでもないかと思いツイートしたのですが*1、内容をまとめたいと思い、検証してみました。

 

 

***

 

 

ランキングを人口比で考えてみる

朝日新聞が調査した「隠れ待機児童」のワーストランキングを転載すると以下の通り。

 

順位

自治体

隠れ待機児童数

待機児童数

1

横浜市

3257

2

2

川崎市

2891

0

3

東京都港区

2510

171

4

大阪市

2264

325

5

東京都杉並区

1853

29

6

福岡市

1723

89

7

札幌市

1667

7

8

さいたま市

1434

0

9

東京都江東区

1402

322

10

東京都大田区

1272

572

 

これを、各市区町村の、就学前児童数*2の人口比に合わせてランキングしなおしました。

 

元順位

自治体

隠れ待機児童数

待機児童数

就学前児童数

 人口比

3

東京都港区

2510

171

18662

13.450%

5

東京都杉並区

1853

29

29083

6.371%

9

東京都江東区

1402

322

33405

4.197%

2

川崎市

2891

0

81790

3.535%

10

東京都大田区

1272

572

38674

3.289%

8

さいたま市

1434

0

67189

2.134%

6

福岡市

1723

89

85874

2.006%

7

札幌市

1667

7

85758

1.944%

4

大阪市

2264

325

125693

1.801%

1

横浜市

3257

2

182511

1.785%

 

こうしてみると、「隠れ待機児童数」としてはワースト1だった横浜市は、その就学前児童数の人口から考えると、まったく順位が逆転していることがわかります。これは単純に、隠れ待機児童数÷就学前児童数でパーセンテージを出したので、正確だとも思いませんが、目安にはなるでしょう。少なくとも、単純な人数だけのランキングだけでは現状はつかめないと思います。

 

「隠れ待機児童」の数え方は正確か

朝日新聞が、どうやって「隠れ待機児童」の数を出しているかですが、これは横浜市を例に取るとわかりやすいです。

 

私は横浜市の待機児童関係の統計の出し方は細かくて好感がもてると思うのですが、平成29年4月1日現在の、待機児童数の状況は以下の通りです。

f:id:ibenzo:20170709000951p:plain

出典:http://www.city.yokohama.lg.jp/kodomo/kinkyu/file/2904taikijidousuu.pdf

 

保留児童数(詳しい定義は過去記事参照)が「3259人」で、待機児童数が「2人」なので、引き算をすると「3257人」。ランキングの横浜市の数字と一致するので、朝日新聞にとって「隠れ待機児童」とは、「(保育園利用申請者数ー利用児童数)ー待機児童数」ということになります。

 

ネット上で、この数字が即座に確認できるのは、川崎市*3、福岡市*4、札幌市*5、さいたま市*6、大阪市*7です。政令指定都市については情報が拾えますが、東京23区は、公に発表している資料がなさそうなので*8、これは取材をして確かめたのでしょう。

 

その証左として、6月に、日本共産党の東京都議会議員団が東京都の待機児童数について詳細に調べた資料があるのですが(日本共産党東京都議会議員団)、朝日の調査はこの数とほぼ一致します*9

 

共産党の資料を読むと、以下のような表の構成になっており、

f:id:ibenzo:20170709004024p:plain

 ※B~Iは自治体に保育の利用申し込みがされ、認可保育園、認定子こども園、地域型保育事業を利用できなかったが待機児童数(国定義)に含まれない子どもの理由別の人数。

 と但し書きがついています。やはり「隠れ待機児童数」とは、横浜市などが使用している「保留児童数ー待機児童数(国定義)」ということになるようです。ここら辺の定義は一致しているように見えます。

 

新定義と旧定義が混在している?

ところが、少し混乱するのが、平成29年3月31日付で、厚労省が「待機児童」の新定義を出していることです。

 

www.asahi.com

 

もう少し詳細を知りたければ、厚労省の「保育所等利用待機児童数調査に関する検討のとりまとめ*10」を読めばいいのですが、待機児童数の調査をする時に、「求職中かどうか」「育休取得者の復職の意思」などを、一律に提出時の書類で処理している市区町村もあれば、都度聞き取りを行っている市区町村もあり、対応がバラバラすぎるので統一したいという事です。

 

で、実はこの新定義は2018年度からの適用なんですが、朝日の記事にもあるとおり、「対応可能な自治体は17年4月から適用する」とあり、場合によっては新定義で待機児童数を計算しているであろう自治体もあるんですね。

 

たとえば、横浜・川崎・さいたま・大阪なんかは、旧定義のままの運用ですが、同じ政令指定都市でも、千葉市や仙台市、広島市、京都市なんかは新定義と旧定義、両方の数を並列して統計を出しています*11。しかし、札幌市は特に明記がされていないので不明だったり、23区についても、杉並区のように「育児休業を延長した方や、求職中のひとり親家庭を含める」とした、新定義に近い算出をした区もあれば、やはり明記のない区も多いです。新定義・旧定義のどちらで運用するかは現段階では自治体任せなので、朝日が調査した数は、この新定義・旧定義のどちらのパターンも混ざった数であるという可能性があります。

 

また、「求職中」に関する部分は自治体によって表現が様々で、川崎市や横浜市のように「自宅で求職活動をしている方」限定にしている場合もあれば、大阪市や仙台市のように「保護者が求職活動を休止していることの確認ができる場合」と休止の有無を確認するような自治体もあり、これもごちゃまぜになっています。

 

これはもちろん朝日の瑕疵ではないのですが、大事なことは、「待機児童」の定義が自治体によってバラバラであるように、「隠れ待機児童」の定義もまた、自治体によって変わってくる、ということです。新定義と旧定義のどちらかにそろえたランキングを提出しているなら流石という感じですが、恐らく自治体にメールなり何なりで問い合わせた数をそのまま使っているんじゃないかなあという気がします。そうでないにしろ、ランキングの数の集計には、どちらの定義を用いたかという旨が書いてあるとより親切なのではないかと思いました。

 

「隠れ待機児童ワースト10」に何の意味があるのか

今回私が感じたのは、このランキングにいったい何の意味があるのかという部分です。

 

「隠れ待機児童」も「待機児童(国定義)」も、保育園に入りたかったのに入れなかった子どもの数であることに変わりません。しかし、殊更「隠れ待機児童」だけの数でもってランキングを作ったことに私は違和感を覚えます。

 

これが、「隠れ待機児童+待機児童」という、「待機児童」全体を含めたランキングならわかります。横浜市は待機児童が2人と少ないですが、「隠れ待機児童」も含めればトップになる、というような。そうすると、実はランキングも変わってきて、たとえば岡山市なんかは、「隠れ待機児童+待機児童」は1459人なので*12、さいたま市の数よりも多くなります。

 

しかし、「隠れ待機児童」のみのワーストランキングを作ることの意味は何があるんでしょうか。このランキングでは、極端な話、「待機児童」が2000人いたとしても、「隠れ待機児童」が100人だけなら圏外になってしまうという点です。この逆転現象は実際に起こっていて、例えば前述した岡山市は、「隠れ待機児童」が646人に対し、「待機児童数」は849人となっており、実は岡山市の「待機児童数」は、朝日のランキングにいるどの自治体よりも高くなります。

 

私には、朝日のランキングはまるで、数を誤魔化してました自治体ランキングみたいな感じがします。これが読者の知りたい情報なんでしょうか。

 

今日のまとめ

①「隠れ待機児童数」のワーストランキングは、就学前児童数の人口比で考えると必ずしも順位どおりにはならない。

②「隠れ待機児童数」の定義は、「(保育園利用申請者数ー利用児童数)ー待機児童数(国定義)」となっているように見える。

③ただし、2017年4月1日より、「育休中」を待機児童に含めるなどの新定義を運用している自治体もあり、旧定義と混在した結果のようで、数が不正確である可能性がある。

④「隠れ待機児童」ワーストランキングでは、その自治体全体の「待機児童数」がわからず、読者のニーズと異なるのではないだろうか。

 

朝日は比較的昔から待機児童問題について紙面を割いており、いい記事も多いです*13。今回の記事の主意も、冒頭に書いたように、「待機児童」の数に隠れた実態があるという点であるので、いっそのことこのランキングはいらなかったんじゃないか、と思うぐらいです。

 

過去に横浜市の「待機児童」の定義がこっそり変わっていたことを指摘しましたが、

 

www.netlorechase.net

 

こういう数のカラクリはどこにでも起こっているわけです。今回調べて思ったことは、その統計などの情報に辿りつく難易度が自治体ごとに大きく違う点です。横浜市は「横浜市 待機児童数」でググれば出てきますが、たとえば北九州市は「北九州市 待機児童数」でググっても、新聞記事がひっかかるばかりで、今年の行政のデータに辿りつくことができません。もう少し行政の情報のオープンソース化、というものが進めばよいのになあというところで、今回の話はオシマイです。

*1:

ネットロアをめぐる冒険 on Twitter: "朝日の「隠れ待機児童」の記事にはいくつか問題点があると考えます。
①人口比を無視したワーストのランキング。
→例えば横浜市370万人と港区24万人を同列に扱ってもよいものか?(続く)
https://t.co/iCwM7gWjot"

*2:

基本的に2017年4月1日現在の各市町村の就学前児童数を使用しましたが、「就学前児童数」として集計していない場合は、各市の人口から「0歳~6歳」の人口を単純に足し算しました

*3:

http://www.city.kawasaki.jp/450/cmsfiles/contents/0000030/30622/H29.04taikijidoujyoukyou.pdf

*4:

http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/57500/1/hoikusyonyuusyomousikomijoukyou.pdf

*5:

http://kosodate.city.sapporo.jp/material/files/group/1/290401taikizidou.pdf

*6:

http://www.city.saitama.jp/003/001/015/001/p009567_d/fil/taiki170401.pdf

*7:

大阪市:大阪市の保育所等利用待機児童数について(平成29年4月1日現在) (…>大阪市内の保育所・保育サービス>保育所)

*8:たとえば港区ではどうしても平成29年4月1日現在の資料を見つけられませんでしたが、平成28年の転がっている資料を見ても、「隠れ待機児童」数の要件ごとの人数が出ていません。

https://www.city.minato.tokyo.jp/kodomo/kodomo/shinseido/documents/dai2s23.pdf

23区は頑なに細かい統計を出さないのですが、何か理由があるんでしょうか

*9:港区の「待機児童」の数が、共産党は「164人」、朝日は「171人」で出していて多少ずれがあるのですが、これは恐らく後述する、「待機児童」の新定義の含め方の問題ではないでしょうか

*10:

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11901000-Koyoukintoujidoukateikyoku-Soumuka/0000159936.pdf

*11:

千葉市

https://www.city.chiba.jp/kodomomirai/kodomomirai/unei/documents/2904taikijidou.pdf

仙台市

保育施設等の入所状況について|仙台市

広島市

広島市 - 2017年6月6日 平成29年4月1日現在の保育園等入園待機児童の状況について

京都市

http://www.city.kyoto.lg.jp/hagukumi/cmsfiles/contents/0000219/219460/290519.pdf

*12:

http://www.city.okayama.jp/contents/000295006.pdf

*13:

最近のであれば、同じ記者さんですが

www.asahi.com

の、入園率での実態調査を考えた記事は着眼点が面白かったですね