今日はコンパクトなツイート検証記事。
ツイートしたのが1583日前ってとこからわかって欲しいけどこれは古いデータで、お前らが孕む孕む簡単に言いすぎるから1級から準1級飛ばして確か2級まで落ちたからな。いい加減にしろよ。 https://t.co/rP9jsrXThc
— 歌犬 (@singingdog31) 2016年9月7日
「孕む」という漢字をみんな簡単に読めるけど、これ漢検1級の漢字なんだからな、というツイートがバズったことを受けて(2012年のツイートなんですけどね)の、みんなが「孕む孕む簡単に言いすぎるから」、「2級まで落ちた」というツイート。
私は実は、漢検準1級を取ったことがあるのですが(自慢)、確かに1級は手も足も出ないという感じでした。その中でも、「孕む」は、いろいろな二次創作の影響でか、確かに読みやすくなったのかもしれませんが、そんなことってあるんでしょうか。
漢検1級の基準
漢検1級の出題内容及び審査基準は、日本漢字能力検定協会のサイトによると、以下の通り。
レベル:常用漢字を含めて、約6000字の漢字(JIS第一・第二水準を目安とする)
審査基準:常用漢字の音・訓を含めて、約6000字の漢字の読み書きに慣れ、文章の中で適切に使える。*1
6000字って、まあすごいですよ。「財産を饕餮する」「美しい丫頭」とか読めますか。「ワイガシラ」って読みたくなる*2。
それはともかく、「漢検1級」の特筆すべき点は、JIS規格の「第二水準」*3まで含めるところです。実は「漢検準一級」以下は、JIS「第一水準」及び常用漢字までが出題範囲になるので、原則として、「第二水準」の漢字は、読み書きともに出題されないということになります。
それを考えて「孕」を調べてみると、「孕」はJIS「第二水準」の規格に含まれることがわかります。
「JIS-X0208-1997 コード表」
http://www.pcinfo.jpo.go.jp/site/4_news/pdf/zenkaku.pdf(PDF・5ページ目)
ということは、「孕」は、読みだろうが書きだろうが、漢検1級で出題するしかないのです*4。2級になったら、常用漢字になってしまいます。
審査基準は変更されている
とまあ、ここで話を終わってもいいのですが、実は漢字検定は過去に出題の基準を改定しています。
平成24年度からの審査基準改定について | よくある質問(漢) | 日本漢字能力検定
平成24年度から審査基準を改定しているんですね。これはなぜかと言うと、平成22年に、常用漢字表の改訂が行われているからです。
文化庁 | 国語施策・日本語教育 | 国語施策情報 | 内閣告示・内閣訓令 | 常用漢字表(平成22年内閣告示第2号)
この改訂は、主に196字の漢字が新たに常用漢字として付け加えられたというものです。
なので、漢字検定も、これにあわせて検定の審査基準を変更したわけです。新たに漢字が増えたのですから、今まで1級対象だったものが準1級でも出題されるようになるなど、下の級での出題範囲が増えたということになります。
それでも「孕」は変わってない
しかしながら、上記改訂のページにあるように、準1級は「JIS第一水準」目安であり、それ以下の級は「常用漢字」が目安なので、「JIS第二水準」の「孕」は残念ながら、この改訂前でも1級であったことがうかがえます。
いや、漢字検定の長い歴史の中でもしかしたら、「孕」が1級の座から陥落した時期があるのかもしれないとも思いましたが、1997年の日本漢字能力検定協会のホームページのアーカイブには、以下のように書かれています。
【1級】
●程度常用漢字を含めて、約6000字の漢字の音・訓を理解し、文章の中で適切に使えるようにする。
●領域1 読むことと書くこと
常用漢字の音・訓を含めて、約6,000字の漢字を読み、その大体が書ける。*5
6000字のカヴァーのためには、JISの第二水準まで含めないとだめでしょうから、ずーっと昔から「孕」は、漢検1級の座を保持しているということになります*6。
漢字検定は1975年から開始されいるので*7、もしかするとその20年ぐらいの間に「孕」が2級だった時があるのかもしれませんが、まあ、二次創作なんて言葉もなかった時代、そんなことはないでしょう。
今日のまとめ
①「孕」は「JIS第二水準」の漢字であり、「第二水準」が出題範囲の漢検1級の漢字として、読み・書きともに出題されている。
②過去の歴史を遡ってみても、漢検1級の出題範囲は「6000字」と変わらないことから、「孕」は常に漢検1級の漢字として認識されていると思われる。
今回のツイート、真偽はともかく、個人的にはいいところついてて面白いなーと思いました。しかしながら、「はらむ」と訓読みだけ出来ても仕様がないわけで、たとえば「孕」を含む四字熟語として、「嫗伏孕鬻(うふうよういく)」なんて言葉も出てきます。読めないし書けない。
それに、どうも淫靡な響きでもって使われる「孕む」ですが、もちろん本義は懐妊を指すわけです。
漢字起源説 漢字の起源と由来を探る甲骨文字の旅: 「孕」 この字を作った発想はすごい 漢字の由来*8
そこから、様々な新事象が生まれ出ずる比喩となり、もう少し尊い意味であったはずです。漫画家のみなさん、「らめー」とばかり描いてないで、「孕鬻させて!」とでも描いて、漢字の豊かさに触れましょう。
*1:各級の出題内容と審査基準 | 漢検の概要 | 日本漢字能力検定より抜粋要約
*2:ワイガシラは「あとう」と読みます。少女のこと
*3:JIS第2水準(じすだいにすいじゅん)とは - コトバンク
*4:念のため、10級~2級までの出題範囲のPDFも置いておきます。
http://www.kanken.or.jp/kanken/outline/data/outline_degree_national_list.pdf
もちろんこの中に「孕」はありません。
準1級と1級がないのは、要するに第一水準・第二水準を網羅することになるからです
*6:ちなみにこのJISの規格は1978年からだそうです。
漢検の審査基準に「JIS第二水準」という表現が登場するのは2000年から。
もしくは、
http://web.archive.org/web/19970121181847/http://www.kanken.or.jp/kanji001.htm
に「当協会が漢字能力検定をはじめてほぼ20年」とあるので
*8:本当は白石先生の『字訓』あたりを参照したかったのですが、そうそう毎日図書館に行くわけにもいかないので…