『シン・ゴジラ』と『君の名は。』が大ヒットしていますね。私は『シン・ゴジラ』は観ましたが、なにやら賛否あるみたいですけど、素直におもしろかったです。
で、このラインナップが、1954年の映画のラインナップと重なっているんじゃないかと話題です。
そして、この年も、配給成績で、『ゴジラ』は『君の名は』に敗北していて、また2016年でも同じことになりそうだ、というようなオハナシです。
ソースはアサ芸さんですが*1、各所で言われているので、まあ大きな間違いはなかろうとは思うのですが、果たしてそんなにシンクロしているのか、というところをみじかーく調べてみました。今日はあんまりたいした話ではないです。
二つの映画の興行収入を比べてみた
興行収入(当時は配収)は、ネットではWikipediaに掲載されているのですが、「ソースはWikipediaです」というのもなんなので、昔のキネマ旬報をあたってみました。
『戦後キネマ旬報ベスト・テン全史1946~2002』(キネマ旬報社)によれば、1954年度(54年4月~55年3月)の興行ベスト・テンは、邦画では以下の通り。
①君の名は・第三部(3億3015万)
②忠臣蔵(2億9064万)
③七人の侍(2億6823万)
④紅孔雀(2億4182万)
⑤二十四の瞳(2億3287万)
⑥月よりの使者(1億6491万)
⑦宮本武蔵(1億6341万)
⑧ゴジラ(1億5214万)
⑨ハワイ珍道中(1億5017万)
⑩哀愁日記(1億4641万)
これを観ると、結構『ゴジラ』は、『君の名は』と、水をあけられているのがわかります。
『ゴジラ』は11月、『君の名は』は4月の最終週から上映されています。そもそも上映時期はかぶっていないんですね。
初動の1週間について、主要3館での入場人員は、『君の名は』が12万2212人。『ゴジラ』が24万6012人と、こちらは『ゴジラ』が勝っています*2。上映館が違うとはいえ、明らかに『ゴジラ』のスタートダッシュはよかったのでしょう。
しかし、話題性で言えば、『ゴジラ』は『君の名は』の足許にも及びません。ラジオドラマのヒットから、そもそも話題に恵まれていた『君の名は』は、「ミス・君の名は」が開かれたり*3、九州のロケでは見学者が殺到してボートが転覆したり*4と、さすがの盛況っぷりです。
なので、1954年時に、『君の名は』と『ゴジラ』が熾烈な興行成績争いをしていたかというと、そうではないということです。むしろ『君の名は』がライバル視していたのは、東宝の『七人の侍』で、これは上映時期もかぶり、「「七人の侍」と「君の名は・第三部」決戦記」という特集も組まれたほどです*5。このころ、映画業界では、ゴールデンウィークを書き入れ時とするようになってきており、わざわざ大作をあてて、興行収入の増加を目論んでいたみたいです。『ゴジラ』はその上映時期からも、『君の名は』ほどのヒットを望まれていたわけではないことがうかがえます。
『君の名は』『ゴジラ』の評価は低かった
さて、興行的には大ヒットの『君の名は・第三部』でしたが、映画評としてはかなり散々な出来栄えだったようです。「この第三部はもはや引き伸ばしの感を免れない」「メロドラマらしい甘美な情緒もない」「些かあほらしくなって来る」と、なかなかかわいそうな論評が目立ちます*6。
また、この年は、先ほどの『七人の侍』や『二十四の瞳』など、かなりの名作ぞろいで、そういうものと比較しても、やはり質は落ちると受け取られていたようです。
一方の『ゴジラ』も、当時の評判は大して高くもありません。
たしかにこの特殊技術は、日本映画には珍しくよくやった、と賞めたくなる。しかし、残念なのは、この折角の努力が、映画として充分に実を結んでいないことである。つまり、空想恐怖映画としてのつくり方がよくないのである。*7
映画評の論調としては、「特撮はすごい」けど、「話がダメ」というパターンのようです。「とくに、ゴジラという怪獣が余り活躍せず、「性格」といったものがないのが、おもしろさを弱めた」というものもあり*8、アメリカ映画であったような『キング・コング』を期待した観客からは、ちょっと理屈っぽくて細々した市井の展開に不満がもれたようです。
ただ、どの論評も「企画だけのおもしろさはあり、一般受けはするだろう」*9、「特殊技術を駆使する空想科学映画で、予想どおりの好成績を収めた」*10などと、大衆受けはするだろうということは述べています。当時の観客としては、そういう「新奇なもの」としての娯楽を受け入れやすい傾向にあり、そういうものが興行的には成功していったということになるんでしょう。
例えば、興行ランク的に『ゴジラ』の次につけた『ハワイ珍道中』も、「出来ばえは平々凡々、安易などたばた喜劇」「そのギャグはきわめて陳腐」*11と酷評されながらも、ここまでの成績を収めたのは、「ハワイ・ロケ」という目新しさと、「イーストマン・カラー」の色つきフィルムとしての魅力があったためでしょう。『ゴジラ』は当時、そういう「新奇なもの」として見られていたようです。
今日のまとめ
①1954年当時の『君の名は』と『ゴジラ』は上映時期も違い、興行的にも大きな隔たりがあった。
②『君の名は』も『ゴジラ』も、映画評としては低評価だった。
そうはいっても、この2016年にまた『ゴジラ』と『君の名は』という名前の映画がヒットするというのは、面白い偶然であることは事実です。東京オリンピックともからめて、「歴史は繰り返している」と言いたくなる気持ちはとってもよくわかります。
しかし、こと映画に関していえば、観客の目というものは肥えてきたんではないでしょうか。当時は酷評された『ゴジラ』も『君の名は』も、現代の『シン・ゴジラ』『君の名は。』としては絶賛されているわけです*12。我々人類は進歩しているのである、と安易に考えたところで、今日はここまで。
*1:「シン・ゴジラ」が“また”負ける!?大ヒット「君の名は。」との時空を超えた因縁とは? | アサ芸プラス
*2:『キネマ旬報』No.106(1954年12月上旬号)P67
同上No.93 (1954年6月上旬号)P83
東宝系と松竹系で映画館が違うので、単純に比較は出来ないのですが。
*3:朝日新聞1953年12月10日東京夕刊1P「手のやける心臓ムスメ「ミス・君の名は」審査会
*4:朝日新聞1954年4月5日東京夕刊2P「ききすぎた宣伝 見学者で大混乱」
*5:『キネマ旬報』No.92(1954年5月下旬号)P51 ちなみにGWの結果は、『七人の侍』の方が上でした。この頃は『ローマの休日』も上映され、なんともうらやましい時代です。
*6:『キネマ旬報』No.93(1954年6月上旬号)P50 ほか、新聞の記事でもあったのですが、ちょっとコピーするのを忘れてしまいました。
*7:『キネマ旬報』No.106(1954年12月上旬号)P47
*8:朝日新聞1954年11月3日東京夕刊2P
*9:同上
*10:『キネマ旬報』No.106
*11:同上
*12:『君の名は。』はリメイクではないですが、まあ、言葉の綾で