ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

【追記その2】高野山の猫禁止にまつわるエピソードの真偽について、本日はスピード重視

岩合光昭の世界ネコ歩き (写真文庫)

【6月28日追記】

金剛峯寺に問い合わせしたところ、さっそく返信が来ました。対応が早いのが素敵ですね。ちなみに金剛峯寺にしたのは、やっぱり総本山として元締めっぽいからです。

 

あくまで、テレビでの放映された見解は無量光院の僧侶の見解であり、「金剛峯寺の立場としての明確な回答はいたしかねる」とのことでしたが、個人的な意見として以下のように回答を頂きました。

 

猫の入山禁止の件ですが、明確な決まりがあったわけではなく、文献もございません。あくまで実生活を送る僧侶たちの間での口伝えであり、一種のジョークのようなものであったと思われます。

 

この回答から推察できることは、

 

①「猫の入山禁止」説は現代の高野山の僧侶の間では共有されている

②ただし、女人禁制のような明確な戒めではなく、冗談めかして語られているもの。

 

ということです。推測を重ねるなら、②のように冗談のように語られるのであれば、それだけ昔から高野山は猫がいて、僧侶の間でも飼っているかはともかく、親しみある存在だったのではないでしょうか。だからこそ、既に書いたように、明治の浄規では、不浄の観点から、わざわざ猫を取り上げて飼育の禁止という項目を立て、それが時代がくだり、「猫の禁止」だけが情報として残り、「いやだってかわいすぎるから」というような尾ひれがついて、都市伝説のように僧侶間で伝わっている、というところではないでしょうか、というのが今回の私の見解です。

 

詳しく調べるなら、この「猫の入山禁止」のエピソードが果たしてどの程度昔から高野山で伝わっているのか、エピソードのパターンがどのていどあるのか、というところを探れると、元ネタにたどりつけそうですが、実地のフィールドワークが必要になりそうなので、まあ、いつか年を取って暇でもできたら調べてみたいと思います。

 

しかし、いずれにしろ、「世界一受けたい授業」のような伝え方だと、まるで明確な法規でもって「猫の入山が禁止」されていたように捉えられるので、伝え方としては誤解を招きますね。そうではないことは、今回の回答や、私が調べた動物と高野山の関係から十分推察ができると思われます。

 

【追記終わり】

 

 

高野山というと女人禁制の歴史が有名ですが、実は他にも禁止された動物がいた、というのが話題になっています。

 

j-town.net

 

なんと、猫の入山が禁止されていたんですね。これは、6月24日に放送された「世界一受けたい授業」で、実際に高野山の僧侶として活躍しているスイスの方からの問題。

その理由として、

 

あまりのかわいさから修行の妨げになるという理由で 入山が禁止されていたのです。

 

とのこと。これがネット上で話題になっています。

 

話題になっていますが、私はこのエピソードに少々疑問を抱いていて、今回資料が少なめで恐縮なんですが、誰かが指摘する前に、スピード重視で記事に仕上げたいと思います。求む詳しい情報。

 

 

***

 

確かに、猫は禁止されていたようだが…

昨年、ご遷化されてしまいましたが、元高野山奥之院維那の日野西眞定センセイが、高野山のタブーの歴史という事をまとめておられているパンフがネット上で見られます。

眞定センセイは、「1906年(明治39年)」に、金剛峯寺座主密門宥範が示した浄規(タブーのこと)の条目を挙げられています。

 

第五条 山内に於て鳥獣魚肉等の販売並びに之れが取扱を為さざること

第六条 婦女は努めて店頭に於て業務に関係せしめざること

第八条 遊芸に属する歌舞及三絃・太鼓・鼓は禁止すること

第九条 鶏並に猫を飼養せざること

「高野山の結界と女人禁制などのタブー」*1

 

「鶏なみに」じゃないですよ、「鶏ならびに」 ですよ。つまり、鶏と猫は飼ってはいけないと決められていたわけです。一方で、高野山は犬は尊ばれており、これを眞定センセイは、「弘法大師空海を高野に導いたのは二匹の犬であった」からだとしています。

 

ところが、なぜ「鶏」と「猫」を並列して禁止しているかがわからない。「猫が可愛いから」なら、「鶏」も可愛いからでしょうか? 恐らくそうではないでしょう。そして、このタブーが果たしてどの程度古いのかはいかんともわかりません。

 

眞定センセイは、著書の『高野山の秘密』(扶桑社)の中でも、この鶏と猫の禁止について取り上げています。

 

面白いのは、鶏猫の飼育禁止ですが、これは犬だけは飼うことを認めていたのです。高野山では、高野山開山の伝承にも関連する犬は飼育することを許されていました。動物は神の使いであるという信仰があったのです。

高野山の秘密 - 日野西眞定 - Google ブックス

 

うーん、センセイ、知りたいのは犬のことじゃなくて、どうして猫と鶏が禁止されてたってことなんだけどなあ。

 

 

そもそも高野山では動物を飼えない

しかし、眞定センセイの話で気になるのは、「犬だけは飼うことを認めていた」というくだりです。引っくり返せば、猫と鶏に限らず、犬以外の動物はそもそも飼えなかったのではないか、ということになります。

 

和歌山県観光連盟のウェブサイトには、高野山についてこう書かれています。

 

その中で四つのタブーが行われていました。代表的なのは女人禁制でその他に、肉や魚を持ち込んではいけない、動物を飼ってはいけない(ただし一種類の動物は山の神の使として飼うことが許されました。高野山では犬です。)、大きな音を立ててはいけない、といったもの。これらは仏教の戒律ではありません。

新・紀州語り部の旅 - 紀北 高野町 | 和歌山県観光情報

 

眞定センセイは、前掲書の中で、そもそも高野山の禁忌は、密教独自のものではなく、「日本の山岳霊場に共通するタブー」だとしています。空海は入山した後、真っ先に「結界」を張っており、山中他界、要は聖域として設定したわけです。なので、畜生道のものたちを飼うなどもっての他ということになるんでしょう。その例外は、高野山においては「犬」だったというわけです。なので眞定センセイは、比叡山では「猿」、鳥取の大山では「狼」が飼うことを許されていたり、奈良の春日大社は鹿が神の使いとなったり、山の神の使いは場所によって変わってくることも示しています。

 

 

もう少し資料をあたるなら、1904年(明治37年)の『高野山名所図会』には、禁忌のことが細かく書かれています。

 

禁畜諸禽獣(諸禽獣ヲ畜ベカラズ)

諸禽獣を畜ふ事を禁ず、但し狗を畜ふことは禁制外たり、その故事は種々あれども先づ下の如き理由に外ならず、即ち紀伊国名所図会に(以下略・空海が犬に連れられてきたという逸話)

国立国会図書館デジタルコレクション - 高野山名所図会

 

他にも、「牛は入れない」とか「三又の熊手は使ってはいけない」とか、ちょっと真偽不明のタブーも書いてあります。『高野山名所図会』は、『紀伊国名所図会』*2を引用していますが、とするならば、江戸後期にはすでに、犬以外の動物を飼うことは許されない旨が、一般的には認知されていたということになります。これは「あまりのかわいさから修行の妨げになる」からではなく、聖域に不浄のものを入れるわけにはいかない、ということが理由でしょう。

 

もっと細かく言うなら、番組では「入山が禁止」としていますが、諸々の資料で見つかるのは「飼うこと」が禁止だということです。動物が入っちゃうのを止めることはできないですよね。

 

【追記】猫が不吉だという俗説

ここにもう一つ面白い話があります。

『高野之伝説:神秘の山』という1926年出版の本があるのですが、そこには高野山で忌み嫌われている動物があると書かれています。それは、「・牛・猪・猿・・白鷺・鳶」だそうです。ニワトリとネコがはいってるじゃありませんか!

 

『高野説物語巻三巻』に収められた話だそうで、元禄三年(1690年)の出来事。

 

古より今に至るまで一山大師の嫌ひ物七種あり、是等は禅定を害するとて、庭鳥白鷺猿猫猪鳶是なり、此のうち一色にても出る時は必ず火事か悪事あること疑ひなし

国立国会図書館デジタルコレクション - 高野之伝説 : 神秘の山

 

この七種のうちどれか一種類でも出ると、「火事か悪事」が起こるんだそうで。元禄三年に起こったという話は、風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話で、実際にお読みいただければと思いますが、こういう動物が出てくると、どうも不吉な予感を覚えたらしいですね。というか、結局この話では猫を殺しちゃってるし、かわいがっているようには思えません。

 

『高野之伝説』の著者はこう続けます。

 

猫がゐたから火事だ、牛がきたから悪事がある、明治の末年頃までも古老は、この猫とか牛とか鶏とかなどの入山を以て、火事が起るといふことを、堅く信じたもので、よくかく云ひ聞かされたものであつたのだが、大正の御代腥□山を侵すに方りて、この伝説は、信じられなくなつたのは悲しいよう。

国立国会図書館デジタルコレクション - 高野之伝説 : 神秘の山

 

著者はこの「迷信」は大正の世では既に信じられなくなったことを述べていますが、そもそも「牛肉は食ひ」「鶏肉は噉み」「猫は飼ひ」「女性は栖住し」「電燈あり」「電話あり」といったこの「現代」において、「禁忌物語りは昔の夢と一笑にだも値ひせぬ」と皮肉めいて書いています。しかし、高野山の信仰は、そういった「清濁」を併せ呑む懐が深いものだとも記しています。

 

ということは、そもそも、「鶏」や「猫」が山に入ること自体が不吉なことである、という俗説があったということになるのでしょう。果たしてこの俗説がどの程度歴史のあるものかはわかりませんが。

 

なぜ猫と鶏が禁止なのか

眞定センセイがパンフにあげたタブーの資料は出典がよくわからないのですが、眞定センセイの挙げる資料は、「動物全般」ではなく、「鶏と猫」に限ってのことが少々不思議です。

 

というわけで、ここからは私の妄想です。

 

この浄規の年代は1906年です。太政官布告によって「自今僧侶肉食妻帯蓄髪等可為勝手事」と唱えられたのは1872年。僧侶に対する規制が国家政策的に緩んでから30余年です。果たして、それがどの程度、高野山の僧侶たちにも及んでいたのかはなんとも不明瞭ですが、女人禁制なども解かれ、少々いろいろなことがおろそかになっていた時期ではないんでしょうか。

 

「鶏」は飼育もある程度容易で、卵も産むし肉にもできます。これは生臭坊主たちがこっそり飼っていてもおかしくありません。改めて「タブー」にするということは、裏を返せばタブーにしなければならない状態になっていた、と考えることもできます。金剛峯寺座主によって改めて提起されたこの浄規は、そういった現実を反映しての具体的なタブーだったのではないでしょうか。

 

この説が正しいとなると、「猫」を飼う僧侶もけっこういたということになります。どうして猫を飼うかというと、それはやっぱりかわいいからであって、そうすると修行の妨げになるから禁止して・・・あれ、そしたら番組の内容が正しくなりますね。うーん、猫を禁止した理由のソースを誰かください。少なくとも、今手元にある資料からの推察では、「猫」を具体的に禁じたのは、明治以降ということになるんでしょうかね。そうすると、番組がいう「昔」は、明治以降となります*3

 

今日のまとめ

①鶏及び猫を飼うことが禁止されていた資料が確かに存在する。

②ただし、高野山はそもそも犬以外の動物を飼うことが禁止されていた。これは聖域に不浄のものをいれないためであると思われ、「かわいさ」云々は関係ないだろう。

③「猫」や「鶏」が入山すること自体が不吉だという俗説があり、明治時代ごろまでは信じられていたようだ、という説がある。

④どうして「猫」と「鶏」を具体的に挙げて禁止したかは不明だが、推測するに、「猫」と「鶏」を飼う僧侶が多かったため、改めて禁止しなければならない状況だったのではないか。

 

現役のお坊さんのお話に対する反証なので、今回の話はあんまり自信がありません。ぜひ、番組で言う「昔」がいったいいつの時代の話で、そのことが書いてある資料はなんなのか、ソースを示して欲しいところです。知っている人がいたら教えてください。

 

【おまけ】

現在確認中のこと。

○以下の国会図書館のデジタル資料を閲覧する。

国立国会図書館デジタルコレクション - 神秘の霊峰高野山の伝説

この本の章立てに、「三 ・牛・猪・猿・鷄・白鷺・鳶の禁忌物語と火事問題 ​」とあり、内容が気になるところです。なにかヒントになるようなことが書かれているかもしれません。読めたら追記します。

追記しました! 

 

○金剛峯寺に問い合わせる。

答えてくれるかはわかりませんが…

 

*1:

http://www.reihokan.or.jp/magazine/pdf/no-97.pdf

*2:

江戸時代後期に和歌山城下の書肆・帯屋伊兵衛(高市志友)によって企画された紀伊国全体に関する地誌

紀伊国名所図会 文化遺産オンライン

 

お読みになりたい方は、国会図書館からどうぞ。

 

国立国会図書館デジタルコレクション - 紀伊国名所図会. 後編 中巻

この巻に高野山のくだりが載っているようですが、くずし字を読むのが疲れました

*3:他のツイートによっては「江戸時代までは猫禁止」という文言があるものもありますが、少なくとも番組では具体的な時期までは述べていませんでした