ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

オーストラリアで狂犬病ワクチンは「禁止」されているか、不確か祭り

愛知県で狂犬病の発症者が出たニュース*1に合わせて、こんな情報を見ました。

 

・オーストラリアでは狂犬病のワクチン接種が禁止されている。

・理由は、狂犬病が入ってきたらすぐに感染がわかるようにするため。

・発症した犬がいたら地域の犬は処分される*2

 

結論だけ書くと、上記の情報は「おおむね正しそうだけど真偽不明もある」なんですが、今日は、こういう話のときにどうやって私が調べているか、という「検証指南」みたいな感じで記事を書いてみようかと思います。とてつもなく長くなったので、そんなの興味ないよという人は、いつも通り「まとめ」だけ読んでください。

 

【目次】

 

 

 

①日本語で検索しよう

・単純なキーワード検索

オーストラリアの話だから、よし英語で検索…とやり始めるのもよいのですが、意外に日本語でまず検索するとよかったりします。

 

「オーストラリア 狂犬病 禁止」で検索をかけると、例えば以下の獣医師の方の文章が見つかります。

 

また、オーストラリアなどで、狂犬病の予防接種が“禁止”されていることを、“動物愛護”が目的だと勘違いしている人もいるようですが、それは違います。
 それは、日本で鳥インフルエンザの時に、なぜ鶏に対してワクチンをうたなかったかと同じ理由だそうです。
 つまり、「中途半端に抵抗力を持っていると、病原体が侵入したときに、その侵入を見過ごしてしまう危険性がある」という理由です。

 そのため、あえて個体それぞれを抵抗力を低い状態にしておき、万が一病原体が侵入してきて、症状が出た個体がいたら、速やかにその犬とその地域の犬を、まとめて速やかに隔離し、必要に応じて殺処分する、という考え方です。

院長のコラム/「狂犬病注射をしない」ということの意味

 

だいたい今回の情報と同じことが書いてありますね。ちなみにこれを、Waybackmachineにかけると、いつからある情報かがわかります。2008年8月20日*3が一番古いので、遅くともそのころからある話だということがわかります。

 

ただ、ページ内に記載がなくても、他のページに日付が書いてあることも多々あるので、そうやって調べてみると、今回のこの記事は2006年12月22日に書かれたことが分かります*4。奇しくも、前回、日本で狂犬病が発生した年ですね。

 

 

・初出を調べる

情報と日付がわかったところで、今度はGoogleで2006年よりも前にこの情報がないかを調べてみます。ご存じの方が多いとは思いますが、Googleは日付指定で検索ができます。

 

f:id:ibenzo:20200523235710p:plain

 

ここの「期間を指定」で*5、終了日を前日の「2006年12月21日」までで選ぶと、一応、それより前の検索結果が出ます。もちろん、Googleのクロール判定なので、すごく高い精度というわけではありません。

 

しらみつぶしに見ていってもよいのですが、時間が惜しい場合は、個人ブログっぽいページはとばして、団体か政府機関が書いているようなページだけでも見ていきます。そうすると、なかなか面白いページに行き当たります。

 

日本獣医師会のページで、新聞に掲載された「狂犬病 無駄な予防接種をやめよ」という意見に対しての反論記事なんですが、その元々の記事にこんな記載があります。

 

にもかかわらず,なぜ毎年,犬にワクチンの接種をしなければならないのか.現に,狂犬病のない英国,アイルランド,北欧諸国ではこうした措置はとっていない.それどころか豪州とニュージーランドでは禁止されている.

http://nichiju.lin.gr.jp/mag/05605/06_05.htm

 

 この記事は平成15年(2003年)3月27日の朝日に掲載されたそうなので、「オーストラリアでワクチン接種が禁止されている」という話はこのころからあることがわかります。

 

・バイアスをとる

もちろん、これ以上遡る努力をすることも大事ですが、もうひとつ気にすることは、自分のバイアスをなるべく正常にすることです。

 

とかく「検証」をすると、疑ってかかるものですから、頭の中では8割ぐらい「この話は嘘だろう」と思いながら見てしまいます。そうすると、意外に有用な情報も見落としたり、曲解したりしがちです。私も散々失敗してきました。

 

例えば、前項の日本獣医師会のページですが、同年4月17日に掲載された反論記事では、予防注射の有用性への反論はあるものの、「オーストラリアが禁止」についての誤謬訂正はありません。紙面の都合で省いた可能性はありますが、まずひとつ「おや?」と思うところです。

 

また、最初に載せた2006年のものも、獣医師の方によるものです。まあ、どんな職業にもトンデモな人はいるものですが、素人の我々よりは専門職の方の意見の方が正しい場合が多いでしょう。なので、この「オーストラリアで禁止」の話の信ぴょう性は低くもないのかな、という気になってきます。となると、英語で本格的に調べる前の姿勢として、「そんな話は嘘だろう」と、「無い」ものを探す行為ではなく、「もしかしたらあるのかもしれない」という姿勢でもって探すことになります。本当に些細な差なのですが、これが結構、大事な情報を見落とさない上で、重要なことになります。

 

②英語で検索しよう

・Wikipediaを活用する

さて、「Australia rabies vaccination prohibit」みたいな感じでいきなり調べてもいいんですが、英語が大変堪能な方はよろしいのですが、私のようにいつもGoogle翻訳に頼ってるような人間が調べる時は、いろいろ技を駆使しながら調べる必要があります。

 

ひとつは日本語を英語に訳すとき。「狂犬病」はまあ、「rabies」で辞書的にも決まりなんですが、「これなんて言ったら自然なんだろう?」という言葉は結構あります。そういうときは、私はWikipediaを使っています。

 

例えば、「狂犬病」を英語にするのであれば、「狂犬病」のWikipediaページを開きます。それで、他言語版のところの「English」をクリックします。

 

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そうすると、以下のページが開き、

 

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見出しが「Rabies」なので、「狂犬病」は「Rabies」と訳すのがよさそうだ、とわかります。

 

・検索の候補を活用する

で、そのままベタ打ちで調べてみてもよいんですが、Googleのサジェスチョンも結構使えます*6

 

例えば今回であれば、「Australia rabies vacc...」と入れかけると、いくつか検索候補が出てきます。

 

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この中にどんぴしゃの検索があるとよいのですが、今回は「犬」のことかなあと思って、「australia rabies vaccine dog」で調べてみます。だめだ、検索結果の英語を読むのも苦痛だ、という人は、Chromならそこも日本語翻訳して*7しまって見てください。

 

さて、検索結果を眺めると、どうも「オーストラリア以外の国へ行く/から帰る」時の話が多そうだなという印象を受けます。国内で飼う場合の情報を知りたいので、どれかなあと色々見ていると、その中に、ペット保険のページですが、こんな記述があるサイトを見つけます。

 

There are two categories that pet vaccinations are divided into: core and non-core vaccines.

Core vaccines, according to the World Small Animal Veterinary Association (WSAVA), are those which every dog or cat must receive...Non-core vaccines are those required based on the context in which the animal lives. 

ペットへの予防接種は「コアワクチン」と「ノンコアワクチン」の2つの種類があります。

コアワクチンは、WSAVAによれば、全ての犬猫が接種しなければなりません。(中略)ノンコアワクチンは、動物の生活上記に基づき必要とされるワクチンです。

Ultimate guide to pet vaccinations | RSPCA Pet Insurance

 

ということは、「コアワクチン」に「狂犬病」が含まれたら今回の話は全くの嘘だし、「ノンコアワクチン」に含まれていれば、「禁止」までは言いすぎだ、ということなのかな、と推測できます。で、さっそく中身を見てみると、

 

【core vaccines】

canine distemper virus
canine adenovirus
canine parvovirus

【Non-core vaccines】

parainfluenza virus
bordetella bronchiseptica
leptospira interrogans

 同上

 

と書いてあります。いちいち訳しませんが、狂犬病は、コア・ノンコアどちらにもありません。このページには、狂犬病のことがこう書いてあります。

 

Although Australia is considered to be rabies-free, it still affects many countries in the world where the vaccine is considered ‘core’, like in the United States. Luckily, this is not the case in Australia, so the vaccine is not necessary unless your dog is planning a trip overseas.

オーストラリアでは狂犬病の発生はないと考えられているものの、アメリカのように、いまだに多くの国ではこの狂犬病ワクチンが「コア」だと考えられて影響を受けています。幸いにもオーストラリアはそのような事態ではないものの、犬と一緒に海外旅行を計画しない限り、ワクチン接種の必要はありません。

同上

 

つまり、ここで確実に言えそうなのは、「オーストラリアで狂犬病ワクチン接種の義務はない」ということになります。ただ、「禁止」されているかどうかはまだわかりません。

 

③公的機関を検索する

とはいっても、これは保険会社のページなので、公的な発信ではありません。確実な情報が欲しいところです。

 

先ほどの英語の検査結果を眺めていると、どうもオーストラリアの狂犬病に関しての管轄は保健省(Department of Health)*8か農業・水資源・環境省(Deparment of Agriculture Water and the Environment 以下農業省)っぽいことがわかります。

 

試しに農業省を覗いてみると、なかなかドンピシャの記述があります。

 

Rabies vaccines are not available for general use in Australia. There are strict controls on the use of rabies vaccine in Australia. Rabies vaccine can be used by registered veterinarians when preparing dogs and cats for export . 

狂犬病ワクチンはオーストラリアでは通常利用することができません。本国では狂犬病ワクチンは厳しい管理下におかれています。狂犬病ワクチンは、登録された獣医師が、犬猫を輸出する際に使用することができます。

Information Pack for Vets - Companion Animal Exports to countries other than New Zealand - Department of Agriculture

 

なるほど、これを「禁止」という表現をしていいのかはわかりませんが、オーストラリア国内で狂犬病ワクチンをうつことは、条件がそろわなければ難しいということですね。ここまでくると、オーストラリアで狂犬病ワクチンが「禁止」という言説は、正しそうだという感じになります。

 

 

④検索範囲を絞っていく

・サイト内検索を行う

「禁止」の話はなんとなくわかりましたが、その理由や、「発症した犬がいたら地域の犬は処分される」という話が本当なのかはまだわかりませんので、もうちょっと調べる必要があります。

 

農業省が「狂犬病」にかかわりが深そうだとわかったので、今度は農業省の中を「rabies vaccination」でサイト内検索をかけてみます。公的機関のページは普通はサイト内検索ができる枠がありますが、なければ、Googleの「site:」を使うとよい*9ですね。

 

そうすると、「Emergency Animal Diseases Bulletin No. 110 - Rabies virus」というページが引っかかります。狂犬病について詳しい記述があるページです。その中にこんな文を見つけます。

 

Australia’s policy if the rabies virus enters the country is articulated in the AUSVETPLAN. The policy is to eradicate rabies virus in order to protect the health of domestic and wild animals, and humans.

狂犬病ウイルスがオーストラリア国内に侵入した場合の方針は、AUSVETPLANに明記されています。この方針は、家畜や野生動物、そして人間の健康を守るために、狂犬病ウイルスを根絶するというものです。

Emergency Animal Diseases Bulletin No. 110 - Rabies virus - Department of Agriculture

 

恐らく探し求めていたものはこのAUSVETPLANなのではないか、とワクワクしてきます。

 

・重要そうなキーワードを拾う

では、今度はAUSVETPLANで検索をかけます。

 

AUSVETPLAN contains the nationally-agreed approach for the response to emergency animal disease (EAD) incidents in Australia. The plan is captured in a series of manuals and supporting documents, as listed below.

AUSVETPLAN には、オーストラリアにおけるEADインシデントへの対応について、州が合意したアプローチが含まれています。この計画は、以下のように、一連のマニュアルと支援文書にまとめられています。

AUSVETPLAN Manuals and Documents – Animal Health Australia

 

上記のように、特定の病気ごとにマニュアルが分かれており、その中に「狂犬病」が存在します。

 

・AUSVETPLAN Disease Strategy Rabies(Version 3.0, 2011)

 

ところがこのPDFは全63ページ。なかなか読むのに苦労しそうです。こんな時に役に立つのがGoogle翻訳。ページだけではなく、ファイルもGoogle翻訳は訳してくれます。

 

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PDFは無駄に改行しているので大変読みにくくなるのですが、まあ、なんとなくアウトラインがわかってきます。この時に頭から読むのは大変なので、目次を確認し、関係がありそうなページから読み始めるのがよいです。今回であれば、「予防接種の有無」「予防接種をしない理由」「発生後の動物の処分」に関することを見たいので、「Vaccination」や、「Policy and rationale」といった項目を見ていきます。

 

予防接種についてはこのように記述されています。

 

Currently, it can only be used for vaccinating animals for export, so in the event of a rabies outbreak, the vaccine would have to be approved for domestic use. This would be done through the Australian Pesticides and Veterinary Medicines Authority (APVMA) and the Australian Government Department of Agriculture, Fisheries and Forestry.

現在は輸出用のワクチンとしてしか使用できないため、狂犬病が発生した場合には、国内での使用を承認しなければならない。これは、オーストラリア農薬・動物用医薬品局(APVMA)とオーストラリア政府の農水林業省*10を通じて行われる。

P22

 

この文からも、オーストラリアでは狂犬病ワクチンが国内用としては承認されていないことがわかります*11。これは確かに「禁止」かもしれませんね。

 

その理由についてはこの文書では触れられていないのですが、マニュアルなので、発生した場合の対応は細かく書いてあります。いくつか対応があるのですが、その中に、

 

• seizing, and quarantining or destroying infected animals;
• tracing, seizing, and quarantining or destroying dangerous contact animals;

・感染した動物を追跡、押収、検疫もしくは処分する。

・感染可能性の高い接触をした動物を追跡、押収、検疫もしくは処分する。

P30

 

とあるので、当たり前ですが、感染した動物、もしくは感染した動物に接触した動物は処分される可能性があります。しかし、動物の扱い方として、以下のような文言もあります。

 

If the animal cannot be safely captured or confined, and therefore constitutes a risk to people or other animals, it should be immediately destroyed.

安全に捕獲・監禁することができず、人や他の動物に危険を及ぼす場合は、直ちに処分しなければならない。

P35

 

では、コントロール可能な動物は直ちに処分されないのではないか?と考えることができます。あわせて、「動物の処分」については、以下の但し書きがあります。

 

Although the destruction of some animals may be necessary during rabies control programs, care must be taken in any policy that involves widespread destruction of animals. Experience has shown this to be ineffective, costly and unpopular.

狂犬病対策プログラム中に動物の処分が必要な場合もあるが、動物の広範囲な処分を伴う政策には注意を払わなければならない。経験上、これは効果がなく、費用がかかり、支持されないことがわかっている

P36

 

On a case-by-case basis and only where security can be assured, the CVO may decide, in consultation with the diagnostic team, that a suspect animal (an animal not known to have been exposed to rabies, but showing clinical signs requiring differential diagnosis) may not be immediately destroyed.

状況に応じて、安全が確保できる場合に限り、CVOは診断チームと協議の上、疑わしい動物(狂犬病に曝露されたか不明だが、鑑別診断を必要とする臨床症状を示す動物)を直ちに処分しないことを決定することができる。

P37

 

そのため、AUSVETPLANでは、「感染した動物」及び「感染が確実な動物」はおおよそ処分が決められているものの、それ以外については判断の余地があるということになります。ということは、「発症した犬がいたら地域の犬は処分される」というのは少々言い過ぎだという話になりそうです。

 

どうして「処分」が、感染症拡大防止の第一に来ないかというと、「狂犬病の効果的な対応の基本はワクチン接種」「野生動物の場合、大量処分によって縄張りの変化が起き喧嘩の増加などで感染率上昇につながる」といったことがあるようです。また、他のAUSVETPLANの感染症のマニュアルを読んでみると、なるほどなということが書かれていました。

 

Due to welfare, social, or financial impacts, or the value of the animal, the threat of euthanasia may deter owners of domestic animals from reporting potential exposure or suspicion of disease, particularly if the animal is clinically healthy.

福祉的、社会的、経済的な影響、もしくは動物の価値のために、安楽死を行うということの脅威は、特に臨床的に健康な動物の場合には、家畜の飼い主が病気の可能性や疑いを報告することを躊躇させることになりかねません。

Australian bat lyssavirus Version 3.0, 2009 P27

 

確かに、「処分」が第一に来てしまうと、見た目が元気な犬や猫まで処分されることになり、わざと隠したりする飼い主がでてくるかもしれません*12。なので、このような理由からも、「発症した犬がいたら地域の犬は処分される」という表現は不正確でしょう。

 

⑤情報をつなげて推測する

しかし、「どうしてオーストラリア国内の狂犬病ワクチンが禁止されているのか」については、いまいちいい答えが見つかりません。本当に、「狂犬病が入ってきたらすぐに感染がわかるようにするため」なんでしょうか。

 

どこかのオーストラリアの省庁のサイトに「狂犬病の予防接種をしてないのはね…」と書いていてくれれば有難いのですが、そういうのが見つけられない以上、自分の調べられた情報をつなぎあわせ、今度は推測をしていくという作業が求められます。

 

先ほどは素通りしましたが、最初の獣医師の記事では、「禁止」の理由を、鳥インフルエンザの感染拡大防止の動きと関連付けています。

 

また、オーストラリアなどで、狂犬病の予防接種が“禁止”されていることを、“動物愛護”が目的だと勘違いしている人もいるようですが、それは違います。
 それは、日本で鳥インフルエンザの時に、なぜ鶏に対してワクチンをうたなかったかと同じ理由だそうです。

院長のコラム/「狂犬病注射をしない」ということの意味

 

確かに、鳥インフルエンザの時にはそんな話がありました*13。ワクチンを打つことで、実際の広がりが見えにくくなってしまうという話は、動物感染症などの国際基準を作る国際獣疫事務局(OIE)でも,、鳥インフルエンザワクチンの文書で指摘されています。

 

A vaccination campaign which is not managed appropriately is likely to result in the virus becoming endemic. Therefore, a monitoring program should be implemented in vaccinated populations to determine whether virus is still circulating in these populations; 

適切に管理されていないワクチン接種キャンペーンは、ウイルスの流行を引き起こす可能性があります。したがって、ワクチン接種を受けた集団でウイルスがまだ循環しているかどうかを判断するために、モニタリングプログラムを実施する必要があります。

OIE information document on avian influenza vaccination P6

 

他の動物感染症に目を向ければ、2018年に久しぶりに発生が確認された豚コレラ*14も同様で、農林水産省は予防的ワクチン接種について、「野外感染豚とワクチン接種豚との区別ができず、防疫に支障を来す」*15「万一の発生の際に清浄性確認等の防疫活動に支障を来すおそれがある」*16としており、似たような感じです。豚コレラの場合、飼育豚にワクチン接種をしてしまうと、「清浄国」ではなく、「ワクチン接種国」になってしまうため、ワクチン接種にはかなり消極的な姿勢でした。鳥インフルエンザや豚コレラは、いわゆる「摘発淘汰」型の対策を日本ではとっている、ということです。

 

このような動物感染症の防疫対策が、オーストラリアの狂犬病に対する防疫対策と類似している、という主張なのでしょう。しかし、経済動物の防疫と、主にペットとしての犬が問題になる狂犬病を、同列に見てもよいのか、という疑問はあります*17

 

先ほどの獣医師の記事では、狂犬病の予防対策が大別して2つあることを示し、

 

1.病原体の侵入阻止(検疫)
2.病原体に対しての免疫力向上(予防接種)

 

のうち、日本は両方をとっているが、オーストラリアは検疫で水際作戦を行っていることを説明しています。先述した日本獣医師会の反論記事にも、似たことが書いてあります。

 

狂犬病の発生防止対策は大きく分けて二つある.一つは英国や豪州などで取られている水際作戦で,動物検疫の厳密実施だ.この場合,国内のイヌには予防注射をしないが,入国するイヌには免疫獲得の事前確認が必要になる.野生動物は輸入が禁止される.
 だが,病原体が検疫をすり抜けた場合は大打撃を受ける.最近,英国や豪州で,狂犬病にきわめて近いリッサウイルスが入り込み,感染症を起こしていることが明らかになっている.

会 報

 

続けて記事では、日本ではそれほど検疫体制が厳しくない旨が書いてあります。ということは、日本とオーストラリアは、そもそも狂犬病の防疫体制の立ち位置がちょっと違うだろうと推測できます。その立ち位置の違いからもう一度資料を眺めて検索をしてみると、ちょっとずつ違う情報が頭に入ってきます。

 

WHOは、清浄国においては検疫体制を重視し、予防接種については「オプションとして位置づけている」*18と書いています。また、OIEは陸生動物衛生規約で、狂犬病の清浄国判定において、予防接種の有無は判断に影響を与えていないこと*19を記しています。これは、豚コレラなどとは違う条件で、「清浄国」であることと予防接種を行うことは関係がなさそうです。これは汚染国において、狂犬病に対する予防接種などのワクチン接種の対策がかなり有効であることに関係している気がします(推測)。

 

また、今まで見てきたように、オーストラリアの狂犬病対策は、過度の摘発淘汰型ではありません。管理されている犬などに対しては、隔離などの措置に留められます。これは日本の狂犬病対応ガイドライン2013とそう大きく変わりありません*20。予防接種を行わないことと、感染が確認された時の行動様式に、大きな違いはなさそうに見えます。

 

オーストラリアは本土において狂犬病が大きく流行したことがありません(リッサウイルスは除いて)。日本は過去の狂犬病の流行を予防接種を用いたことで根絶した経緯があります。そもそも歴史的に立ち位置が違います。オーストラリアが狂犬病を予防接種ではなく、検疫と摘発淘汰の形をとるのは、そのような歴史的経緯もあるからではないでしょうか*21

 

大変長々と書いてきた情報を整理すると、

 

  • ワクチンをうつことで逆に流行の発見が遅れるといった懸念はある
  • しかしそれは経済動物の場合が例示としては多く、狂犬病の場合に当てはめていいのかは不明
  • 狂犬病洗浄国で予防接種の義務はなく、洗浄判定にも影響がない
  • 豪州と日本の狂犬病発生時の対応に大きな差はなく、予防接種の実施とガイドラインに関連性が見いだせない
  • 豪州は日本と違い、予防接種による狂犬病根絶ではない、検疫と摘発淘汰の形で根絶した経緯が重要視されている(もしくは踏襲されている)のではないか

 

ということになり、「オーストラリアで狂犬病ワクチンが禁止されているのは、狂犬病が入ってきたら見つけやすくするため」という理由は、誤りではないものの、一次的な理由とは言い難いのではないか、というのが私の推論です*22。推論なので、断定しないように気を付けつつ、専門家の方の見解を聞きたいところです。

 

 

今日のまとめ

 

①オーストラリアでは狂犬病のワクチン接種が禁止されている→おおむね正しい

豪州では、原則として国内向けの狂犬病ワクチンが認可されていないため、その状況は「禁止」といえなくもない。(ソース:・AUSVETPLAN Disease Strategy Rabies(Version 3.0, 2011)P22、Information Pack for Vets - Companion Animal Exports to countries other than New Zealand - Department of Agriculture

②理由は、狂犬病が入ってきたらすぐに感染がわかるようにするため→真偽不明

鳥インフルエンザや豚コレラなどの経済動物の防疫として、ワクチン接種を積極的に行わない理由としては存在する(ソース:第30回牛豚等疾病小委員会資料など)。しかしそれと狂犬病を同列にしてよいかが不明。

豪州は狂犬病の発生自体が極端に少なく、また、強力な検疫で狂犬病を防疫しており、流行を予防接種で根絶した日本と立ち位置が違う。また、豪州と日本の狂犬病発生時の対応に大きな違いはなく、「感染がわかるようにする」が主な理由とは言い難く、歴史的背景やそもそも清浄国であることの方が理由としては強いのではないか。

③発症した犬がいたら地域の犬は処分される→不正確

広範囲の淘汰は、飼い主による飼い犬の隠匿の可能性、大規模な淘汰自体の効果の不確実性が指摘されており、推奨されていない。また、接触した犬などは隔離も選択肢にあり、直ちに処分されるわけではない。(ソース:・AUSVETPLAN Disease Strategy Rabies(Version 3.0, 2011)P36,37 Australian bat lyssavirus Version 3.0, 2009 P27)

④今回の情報の発端は、2006年、前回日本で狂犬病が発症された際の獣医師の個人記事が元になっているのではないかと思われる。

 

これでもある程度道筋をつけて削ぎ落したのですが、なるべく、私が検証をするときの時系列をそのまま書き出してみました。もし初めから読んだという奇特な方がいらっしゃったら(いらっしゃる?)、とても辟易したかと思います(特に⑤なんかは)。これをtwitterを読むたびに行っていたら、とてもじゃないけどやってられませんよね。なので、私はいつも、全ての情報は不確かなのだから、話半分で聞いておくのが衛生的だなあと思っています。

 

*1:

愛知県豊橋市は22日、フィリピンから来日した人の狂犬病発症を確認したと発表した。

 来日前に同国で感染したとみられる。日本国内で人が狂犬病を発症したのは2006年以来、14年ぶり。

国内14年ぶり狂犬病発症 来日者、フィリピンで感染か 愛知・豊橋(時事通信) - Yahoo!ニュース

*2:

ただ、元ツイートのリプ欄では、ツイート主は訂正しています

*3:

院長のコラム/「狂犬病注射をしない」ということの意味

*4:

にほんまつ動物病院

*5:

昔はアプリ版でも使えたのですが、最近はPCから(もしくはPC表示)でないと選べないのがめんどくさい

*6:

ちなみに今回は、「ban」「prohibit」などをキーワードに入れてもうまく検索できません

*7:

パソコンであれば、ページの翻訳はアドレスバーに表れるのですが、検索結果画面では出ませんので、画面上で右クリック→「日本語に翻訳」を選ぶか、Google翻訳の拡張機能を入れておくと便利です。スマホはいまいちうまくいきません。

*8:

ちなみに保健省からのアプローチはちょっと煩雑になります。

 

保健省には「Rabies, Australian bat lyssavirus and other lyssaviruses」というページがあり、狂犬病やリッサウイルス(リッサウイルス感染症とは)についての概要が書いてありますが、その中に、公衆衛生上の対応として、専門家向けのガイドラインがあるよ、という情報が載っています。

The rabies and ABLV Series of National Guidelines document developed by the Communicable Diseases Network of Australia provides information guidance for health professionals in responding to possible exposures to rabies/ABLV, and is available from The rabies and ABLV Series of National Guidelines (http://www1.health.gov.au/internet/main/publishing.nsf/Content/cdna-song-abvl-rabies.htm).

Department of Health | Rabies, Australian bat lyssavirus and other lyssaviruses

 

そこのページに行くと、こんな文を見つけます。

 

In Australia, rabies is subject to quarantine controls under Commonwealth biosecurity legislation - currently the Quarantine Act 1908.

オーストラリアでは、狂犬病は連邦のバイオセキュリティ法(現在は検疫法1908年)に基づく検疫管理の対象になっています。

Department of Health | Rabies Virus and Other Lyssavirus (Including Australian Bat Lyssavirus) Exposures and Infections

 

で、今度はバイオセキュリティ法や、それに基づく方策(ACT Biosecurity Act CONSULATION PAPER)を見に行くわけですが、狂犬病が対象に含まれていることや、場合によっては感染した動物を処分できることなどはわかるものの、ちょっと詳しいことがわからなくなってきます。英文も長いし。たどり着けるはたどり着けるのですが、やたら面倒くさくなるので、これは失敗アプローチです。よくあります。

*9:

Google検索で特定のWebサイト内を検索する方法 | できるネット

*10:

たとえばこういう国ごとの省庁の訳語については、日本の省庁が出している文書なんかのページを参考にします。

例:

https://www.mext.go.jp/component/a_menu/sports/detail/__icsFiles/afieldfile/2014/04/18/1333135_5.pdf P257

オーストラリアは省庁再編が2020年2月1日行われたので、この名称は旧ですね。

政府組織を18省から14省に改革、2020年2月1日始動(オーストラリア) | ビジネス短信 - ジェトロ

*11:

先ほどの農業省の引用で一文飛ばしたのですが、この管轄は a State/Territory Chief Veterinary Officer という獣医局の中でもえらい人のようです

*12:

もちろんこれは狂犬病の場合であり、他の感染症の場合の優先度は違うでしょう

*13:

中国では10月から養鶏場の鶏などに鳥インフルエンザ用の新しいワクチンを打ち始めました。しかし、このワクチンは鳥の症状は抑えられるものの感染を完全に防げるものではないと見られています。するとこれまではインフルエンザの症状が出ると鳥を処分することでそれ以上広がらないよう 封じ込めてきたわけですが、ワクチンで見かけ症状が上わからなくなると、かえって感染が拡大するリスクがあると専門家は懸念しています。

「動物園でも鳥インフルエンザ対策」(くらし☆解説) | くらし☆解説 | 解説アーカイブス | NHK 解説委員室

 

*14:

の名称は変わったそうですが、わかりやすさを優先したので…

*15:

食料・農業・農村政策審議会 家畜衛生部会 第30回牛豚等疾病小委員会

令和元年6月7日

https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/eisei/usibuta_sippei/30/attach/pdf/index-10.pdf

 

*16:

https://www.maff.go.jp/j/syouan/douei/csf/pdf/basic_qa.pdf

*17:

また、狂犬病の感染リスクや致死率などの程度の違いもあります。

*18:

また 2013 年に公表さ れたWHO 狂犬病に関する専門家協議では,清浄国は狂犬病の侵入を防ぐため,特定の哺乳類,特に食肉目と翼手目の輸入を禁じたり,その国の獣医部局が許可した方法に よってのみ輸入を可能とする措置を講じることができるとしている。ペットとして獲得した野生動物における狂犬病 事例の増加から,野生動物に関しても規制を強化すべきで あるし,サーベイランスを徹底し,狂犬病の侵入をいち早 く検出できる体制を整備すべきであるとしている。清浄国におけるイヌへの狂犬病ワクチン接種に関してはオプションとして位置付けている

清浄国における狂犬病対策はどうあるべきか(山田 2014) P2

*19:

Country or zone free from infection with rabies virus

1. A country or zone may be considered free from infection with rabies virus when:

...

2. Preventive vaccination of animals does not affect the free status.

狂犬病ウイルスに感染していない国または地域

1.国または地域は、以下の場合に狂犬病ウイルスに感染していないとみなされます。

(中略)

2.動物の予防接種は清浄国の判定に影響を与えません

Access online: OIE - World Organisation for Animal Health

 

*20:

  狂犬病発症犬から咬傷または掻傷を受けた犬に対しては、狂犬病予防
法第 9 条にもとづき、隔離措置を行うのが原則となる。

狂犬病対応ガイドライン2013 P21

 

 隔離犬が観察期間中に死亡した場合や、その状態等から狂犬病に罹患
していることが強く疑われる場合には、致死処分とし、ウイルス検査
を実施する。

同上 P22

 

*21:

というか、洗浄国において、予防接種を義務付けている国の方が珍しいのでは。(例:イギリス、ハワイなど)。洗浄国なのだから(しかも豪州は過去の発生件数も少ない)、そもそも予防接種が必要がない、という考え方もできます。感情論でなく、定量的な狂犬病の予防接種と防疫の関係についてもう少し議論が深まってほしいところです。

こちらの論文は参考になります。

A Comparative Review of Prevention of Rabies Incursion Between Japan and Other Rabies-Free Countries or Regions - PubMed

訳はこちらのブログを参照。

[文献:犬] 狂犬病フリーで維持するために必要なのは予防接種より検疫やサーベイランス強化と国民の啓発(レビューも掲載)(PMID: 30584198) : 動物医療ジェネラリストのぼっちジャーナルクラブ

 

上記なんかを読むと、費用対効果の問題もあるんじゃなかろうかとも思えてきます。

ただ、今の日本の管理が緩くなっている現状では、検疫体制の強化のみで狂犬病対策を行うことは民衆の心理的にも難しいのではないかと思いました。

*22:

また、近隣の汚染国からの不法な犬などの動物の侵入がオーストラリアでは懸念されており、そのような確率の高い地域では、あらかじめ予防的にワクチンを接種した方がいいのではないか、という研究もありました。

Culling not the sole answer if rabies enters Australia

https://www.une.edu.au/connect/news/2016/09/culling-not-the-sole-answer-if-rabies-enters-australia