定期的に話題に挙がっているのですが、200年ぶりに「新しい青」が生まれたという話が、またツイッター上でバズっていました。
青顔料史上200年ぶりの新色。
さかのぼること2009年。オレゴン州立大学で電子工学に関連した実験を行なっていたとき、黒色酸化マンガンをその他の化合物と混ぜ、およそ1,200度で熱したところ、偶然にも美しい青色の顔料が生まれました。
記事内にある通り、発見されたのは2009年、ライセンスの取得が2015年とちょっと古い話題ですが、日本では2017年ごろから定期的に話題に挙がっています。
ただ、2017年に専門的な方からの指摘*1があった通り、この「新しい青が200年ぶり」は少々不正確な表現です。今回は、開発者のサブラマニアン教授のコメントもとれたので、裏をとるような感じで記事を書きました。文中、さも当然のように化学用語を並べますが、並べているだけのときもあります(不勉強)。細かい間違いはご容赦ください。
【目次】
「新しい青」のニュースの変遷
この「新しい青」、YInMnブルー(インミンブルー、と読むらしい)が開発されたのは2009年。いろいろなところで書いてある通り、新しい顔料を作る目的ではなく、別の研究過程で誤ってうまれたものです。
サブラマニアン教授の研究チームは強磁性・強誘電性・強弾性を併せ持ったマルチフェロイック物質を探し求めていました。その中で博士研究員のアンドリュー・スミス氏がペールホワイトのイットリウムと黒い酸化インジウム、そして黄色いマンガンを混ぜた灰色の物質を小さなお皿に入れ、約1200度もある釜戸の中に置くと、12時間後にお皿の中の化合物が熟れたブルーベリーのような、美しい青い色彩に変わっていたとのこと。
200年ぶりの新しい青「YInMnブルー」はどのようにして研究室から生まれたのか?そして新しい「赤」は見つかるのか? - GIGAZINE
この論文の発表当時はそこまで話題になりませんでしたが、2015年に使用のライセンス契約をとってから、大学からの発表があり、メディアが記事にし始めたという感じです。
大きかったのは、Crayola社が、同社の24色クレヨンからタンポポ色を廃止*2する代わりに、このYInMnブルーの色を加える、いう2017年5月のニュースでしょう。
クレヨラはこの色素を、クレヨンの新色として年内に発売すると発表した。
このニュースが、YInMnブルーの存在を広めることに一役買ったことでしょう。
余談にはなりますが、まるでいくつかのニュースは、実際にこの「YInMnブルー」を使ったクレヨンを発売するように見えますが、実際は、
It's important to note that Crayola's color is only inspired by YInMn because the pigment can't be added to paints and materials just yet.
大事なことは、クレヨラ社のこの色は、ただYInMnブルーにインスパイアされただけであり、YInMnの顔料は塗料や素材に使うことが出来ない、ということです。
Crayola Gives The People What They Want: A New Blue Crayon : NPR
ということであり、あくまでも「YInMnブルー」に似せた色*3だということです。これはちょっとがっかり…
いつから「200年ぶり」が使われているか
なぜ「200年ぶり」という枕詞を使われるかというと、1802年に作られた*4コバルトブルーとの対比のようです。
2009年当時に記事にしたのはNYT。
So it was a pleasant surprise to chemists at Oregon State University when they created a new, durable and brilliantly blue pigment by accident.
そのため、オレゴン州立大学の化学者たちが、耐久性に優れ、鮮やかな青色の新しい顔料を偶然にも生み出したときの喜びは、嬉しい驚きでした。
By Happy Accident, Chemists Produce a New Blue - The New York Times
ここでは「200年」の文字は見えません。
いつごろ「200年」が見え始めるかというと、私が探した限りでは、2016年6月のartnetの記事。
Existing blue pigments include ultramarine, made from ground lapis lazuli, and toxic alternatives such as cobalt blue and Prussian blue, making OSU’s discovery a major breakthrough, and the first new blue in over 200 years.
既存の青色顔料には、ラピスラズリを原料とするウルトラマリンや、コバルトブルーやプルシアンブルーのような毒性のある製品があり、OSUの発見は大きなブレークスルーとなり、200年以上ぶりの新しい青色の発見となりました。
明確にコバルトブルーを出してはいませんが、ここらへんで200年の話が出てきています。もしかするとこの時期に、サブラマニアン教授がコバルトブルーを引き合いにインタビューを受けたのかもしれません。
この「200年」の話を決定づけたのは、やはりTelegraphの記事でしょうか。
Children will be able to colour the sky a different shade for first time in 200 years, after scientists created a vivid ‘new blue’ and Crayola announced it is turning it into a crayon.
科学者たちが鮮やかな「新しい青」を生み出し、クレヨラ社がそれをクレヨンに変えると発表した後、子供たちは200年ぶりに空を違う色合いに彩ることができるようになります。
First new shade of blue discovered for 200 years to be turned into Crayola crayon
これは、現在日本語でも見られるYahoo!ニュースの記事の元*5にもなっているのですが、Telegraphは1802年に作られた「コバルトブルー」を出して、それ以来の「新しい青色顔料(new blue pigment)」だとしています。ここら辺の報道を機に、「200年」は、YInMnブルーを紹介する定型句のようになっていきます。
「新しい青」なら結構ある
しかし、冒頭に紹介したTogetterの方が指摘している通り、「新しい青」い色なら、顔料に限定*6しても結構たくさん開発されています。
ColourLexという面白いサイトがあって、この中に、青い顔料の開発や発見を時系列にそろえたページがあります。
例えば、セルリアンブルー*7は、上記のサイトではコバルトブルーよりもちょっと後、1805年で表記されています。他にも、フタロシアニンブルーは、1930年ごろに見つけられています*8。
「新しい無機青色顔料」もある
YInMnブルーを、「無機顔料*9」として見た時に、青色として200年ぶりなのではないか、という書き方をしているところもあります。
インミンブルーは1802年にコバルトブルーが発見されて以来、200年ぶりの新しい青い合成無機顔料です。
https://www.instagram.com/p/CAUtnS5npq-/?utm_source=ig_embed
オレゴン大学も、2018年には、確かにそんな表現をしています。
One of Subramanian’s most celebrated achievements was his 2009 discovery of YInMn blue, the first inorganic blue pigment in more than 200 years.
サブラマニアン教授の著名な業績のひとつは、2009年にYInMnブルーを発見したことです。これは、200年以上ぶりに見つかる無機青色顔料です。
Chemist who discovered YInMn blue named AAAS Fellow | College of Science | Oregon State University
Wikipediaには便利なことに、「無機顔料」リスト*10があるんですが、そこで見てみると、コバルトブルー以後に生まれたマンガン顔料系の無機顔料として、マンガンブルーが挙げられています。
Manganese blue is a modern synthetic pigment which was in production from the 1930s until the 1990s. It is not in use anymore due to environmental concerns.
マンガンブルーは、1930年代から1990年代まで生産されていた近代的な合成顔料です。環境問題のため、現在は使用されていません。
https://colourlex.com/pigments/pigment-timelines/timeline-blue-pigments/
これはTogetterの指摘で知ったんですが、近年では複合酸化物系顔料*11という種類の無機顔料があり、カラーインデックス*12を見てみると、PB36などと表示されて、結構見つけることができます。
ちょっと違う青色を出す、ということなら、近年その辺の研究は盛んなように見えます。
ただ、コバルトブルーもそうですが、毒性のある物質を使うことが多く、安全性や安定性という点*13から、コバルトブルーと比較して、「200年ぶり」と表現したんじゃないか…と、メディア側の取り違えを疑い、最初はそのように私もツイートしました。
教授に聞いてみた
しかし、サブラマニアン教授のツイッターを覗いてみると、「200年ぶり」の表現をリツイート*14していたりして、むむ、本人も認めているのか…という感じでした。
ということで、開発者のサブラマニアン教授本人に直接聞いてみたところ、快くお返事をくれたので、以下引用しながらまとめてみます。私はあんまり知識がないので、間違いがあれば優しく訂正してください。
今回のYInMnブルーの特徴は、そのナノレベルの構造にあるようです。
Any company can make modification of the known gemstone chemistry and claim new pigment. If I modify ruby chemistry and make a new red compound it is new composition but not new family of red pigments. YInMn blue was never seen in nature or as gemstone!
— Mas Subramanian (@Mas_OregonState) 2020年5月28日
どんな会社でも、よく知られた原石の化学的性質を変化させて、それを「新しい顔料だ」と主張することはできます。もし私がルビーの化学的性質を変化させて、新しい赤の化合物を作ったとしたら、それは新しい組成ではありますが、新しい赤色顔料のfamilyではありません。YInMnブルーは、自然界や原石においても存在してないものです。
そのため、PG36のような複合酸化物はどこかに似たFamily*15の組成的な変形であり、そこがオリジナルを持たないYInMnブルーとは違う、ということでしょうか。
マンガンブルーについても、教授は以下のように述べています。
The blue pigment you are referring to is based on apatite structure which is inorganic. But were known as gemstone. It was actually fossil and known from Middle Ages! Please read the article I sent you!
— Mas Subramanian (@Mas_OregonState) 2020年5月28日
あなたが参照した青色顔料は、(六方晶系の)無機的なアパタイト構造をベースにしています。しかし、それは原石由来として知られています。実際には化石であり、中世には既に存在していました。送った記事を読んでみてください!
というわけで、すすめられたResearchGateの論文*16をアブストだけ読んだのですが、うーん、難しい…理解できたなりにまとめると、中世から、マストドンの象牙を加熱することでオドントライト*17を作成していたようで、今回の研究では、以前から指摘されていたものとは違い、その化学組成が、Mn5+を含んだ組成変化を示していることを明らかにした、ということのようです。うーん、難しい。YInMnブルーも同じようにマンガンイオンが関係しているのですが、マンガンブルーなどとは似ていない構造をしているそうです。
それと合わせて、他に勧められた、Scienceの「In search of BLUE」という特集では、YInMnブルーの特徴についてこう書いてあります。
In minerals, too, blue is a special case. Subramanian discovered that YInMn's color is created by a manganese ion surrounded by five oxygen atoms in a structure resembling two three-sided pyramids glued together at the bottom, a geometry rarely seen in natural minerals.
鉱物の中でも、青は特殊なケースです。サブラマニアンはYInMnの色は、5つの酸素原子が、2つの三面ピラミッドの底が互いに接着したような形のような構造でマンガンイオンを囲んで形成されており、これは天然鉱物の中でもめったに見られない形状です。
お借りした論文の図を載せるならば、こんな感じ。
Mn3+ in Trigonal Bipyramidal Coordination: A New Blue Chromophore - PubMedより
私の理解の範囲で教授の話をまとめると、YInMnブルーは、その構造から新しいfamilyの青色顔料であり、他の青色の組成の由来をもたない。そのような発見は、1802年の純粋なコバルトブルー(CoAl2O4)以来だ、ということのようです。この話は、先に指摘していたTogetterでの、
どうも、スピネル型の結晶構造の類似点、複雑な固溶体を作りだせる構造様式、色味の類似性から、アルミン酸コバルトのコバルトブルー(C.I.ピグメントブルー28)と対比すべきものであり(以下略)
「新しい青」は作れない
教授自身も、「単純化して読者をひきつける」ためにメディアは「新しい青」という表現を使ったんだろう、と述べています。そして、色というものは「電磁スペクトルの一部(part of the electromagnetic spectrum)」であるために、「新しい青」を誰も発見することなどできないだろう、とも言っています。まあ確かに、それはそうですよね。
これは、YInMnブルーについてライセンス契約を結んだShepherd社も、YInMnブルーの製品ページで、「YInMnブルーは新しい色なのか」という質問に以下のように答えています。
So in that way, YInMn isn’t a new ‘color’. It is a new color in that it is a new chemical composition that by itself has that unique color as compared to other color pigments.
そのために、YInMnは新しい「色」ではありません。それは、それ自体を他の色の顔料と比べた際に、他に例を見ない新しい化学組成だという点で、「新しい色」なのです。
Shepherd社は、そのような化学的に新しい顔料の商用化は「10年~20年」ごとだと言っており、その中でも特に「青」となれば、いずれにせよ、珍しい出来事であるのは間違いないでしょう。
今日のまとめ
①YInMnブルーの発見は2009年。
②2017年のTelegraphの記事が、コバルトブルーと対比させて「200年ぶり」とした表現が広まった。
③教授によれば、あくまで「新しい化学組成の無機青色顔料」であり、他の鉱物などの構造とは独立している組成が、コバルトブルー以来だという認識のようだ。
④そもそも、「新しい青を発見」という表現は科学的には妙な話ではある。ただ、そうであっても、大変めずらしい話ではあるだろう。
もう少し知識のある方ならば、もしかするとこの教授の話についても反論する余地があるのかもしれませんが、私としてはここらへんでギブアップです。
それにしても、これほどの発見でありながら、なかなか広い利用を見込んだ製品化は難しいらしく、特許の取得やらなんやらでロイヤリティはほとんどないのだとか。そう聞くと世知辛い感じもしますが、やっぱり「新しい青」という響きには、黄色とか赤にはない、なんだかロマンがありますね。
*1:
「200年ぶりの新しい青」への疑問とエジプシャンブルーについて。 - Togetter
*2:
Crayola Announces Retirement Of 'Dandelion,' Yellow Crayon : NPR
*3:
Translating the pigment to a crayon was a complicated process. “Our scientists did a totally kid-safe version that mimics the color of YInMn Blue,” said Holland. “They’ve been able to replicate it using crayon ingredients.”
顔料をクレヨンに置き換えることは、複雑なプロセスでした。「科学者たちは、YInMnブルーの色を模倣した、子どもにとって本当に安全な色を作りました」とホランドは述べています。「彼らはクレヨンの成分を使用してそれを複製することができました」
Crayola's Miraculous New Superblue Crayon Officially Has a Name—And It Will Blue Your Mind
ともあるので、やはりYInMn自体は使われていない、という認識でよいでしょうか。
*4:
それ以前にも中国の陶磁器など、「コバルトブルー」はあったわけですが、「純粋な」CoAl2O4としてのコバルトブルー、という意味です。
*5:
「新しい青」200年ぶりに発見、クレヨンとして年内発売へ(The Telegraph) - Yahoo!ニュース
*6:
溶剤に溶ける着色剤を染料、溶けないものを顔料といいます。筆記具以外では、染料は繊維を染めるために、顔料は塗料や化粧品などで用いられています。
*7:
〘名〙 (cerulean blue セルリアンは caeruleus 「青の、濃青の」から) 錫酸コバルト(CoO・nSnO2)を焼成して作る緑がかった青色の顔料。また、その色。空色。
*8:
そこに、1930 年ごろ、偶然にできた化学の顔料、青色顔料の王が乗りこんでくる。フタロシアニンブルーである。フタロシアニンと呼ばれる有機分子は金属イオンと非常に結合しやすく、こういった金属結合フタロシアニン誘導体は「金属フタロシアニン」と呼ばれる。有機化合物であるが、分子間の結びつき(相互作用)が非常に強く、水や多くの有機溶剤にほとんど溶けないので、顔料として用いられる。
*9:
顔料は、大きく「無機顔料」と「有機顔料」の2つに分けられます。無機顔料は、天然の鉱石や金属の化学反応によって得られる酸化物などから作られる顔料で、有機顔料は石油などから合成した顔料です。無機顔料は、さらに「天然鉱物顔料」と「合成無機顔料」の2つに分かれます。
*10:
List of inorganic pigments - Wikipedia
*11:
複合酸化物系顔料(Complex Inorganic Color Pigments)は、金属酸化物の複合体であって安定且つ均一な結晶構造を有する無機化合物の一つです。
*12:
6000 種類以上の色素・着色材(顔料と染料)および関連化合物について、効用や色合いに基づくカラーインデックス名 (、Colour Index Generic Name、Colour Index Generic Names) と、化学構造に基づくカラーインデックス番号 (、Colour Index Constitution Number、Colour Index Constitution Numbers) が与えられ、それらの商品名・化学的性質・製造法などが掲載されている。
*13:
Togetterでも指摘されている通り、インジウムは日本では特定化学物質になってしまって、そこらへんはどうよ、というかんじもあるようです。
*14:
*15:
これがちょっと正確に訳せそうもないので、そのまま使います。「族」とか?
*16:
*17: