最近TLに「欧米人はアジア人と比べて唾液量が多い」という話が回ってきて、ほえーと調べてみたら、こんなサブウェイの逸話を見かけました。
またパン生地についても「欧米人と違い、日本人は唾液が少ない」ことから1999年に国内専用の「しっとり生地」を採用するなどして新規顧客の獲得に成功している
それってどうなんですかねえ、と思って調べてみました。
2011年の放送の話だが…
Wikipediaにも脚注として載っていますが、この話は2011年10月23日のガッチリマンデー!!の中で放映されたそうです。
そう、サブウェイが考えた作戦は、とにかく「日本にあわせる」というもの。
最初に目をつけたのが、パン。
アメリカから輸入して使っていたパンは、なぜか「硬くてパサパサしてる」と、日本では評判が良くなかったんです。
でも同じパンを使っている本国アメリカでは、そんな声はない…。
そこで、詳しく調べてみると、意外な理由が!**さん:日本人は欧米人に比べると、唾液の量が少ないという事がわかったんですね。
唾液の量が少ない日本人は同じパンでも、パサパサに感じていたんです。
というわけで、日本人向けのしっとりパンに変更。
なるほど、と思うのですが、この「日本人は欧米人に比べると、唾液の量が少ない」という話がどこから出てきたのかがわかりません。
ということで、今回は手っ取り早くサブウェイに「①上記の話は事実か②事実ならば何の調査を元にしたのか」というお問い合わせしてみました。が、返答はつれなく、当時の担当者が退任されたとのことで詳細はわかりかねるとのこと。うーん、パンを変えるなんて、結構大事なことだと思うんだけど…
唾液量は何によって変わるか
仕方がないので、そもそも「唾液量」は、現在の科学(医学)において、何によって変化するのか、専門書を読んでみました。
唾液の組成に関して影響を与える要素は12あるそうで、
1.唾液の種類
2.唾液分泌速度
3.刺激時間の長さ
4.刺激の種類
5.血漿濃度
6.試料採取の連続性
7.バイオリズム
8.食べ物
9.唾液腺の疲労度
10.ホルモン
11.加齢
12.遺伝
『スタンダード生化学・口腔生化学』2003 学建書院 P205 より
が、挙げられています。
「唾液の種類」とは、「①全唾液」「②純唾液」の2つになります。「全唾液」は、「各唾液腺から分泌し、口腔内に貯留する唾液*1」のことで、安静時の分泌量は700mlー800ml/日だそうです。純唾液は、その中でも、無菌状態で取り出すような唾液のことを指すんだそうです。
しかしながら、1日の唾液理の分泌量については幅があり、
こうして、1日の全唾液分泌量は、合計すると約500~600mL/日となり、多くの教科書に引用されている1500mL/日よりもはるかに少ない。
『唾液 原著第3版―歯と口腔の健康』Michael Edgar2014(医歯薬出版)P40
唾液は、正常な状態では1日に1~1.5L程度分泌され、刺激が加わらない安静時唾液は、700~800mL程度分泌される。
『徹底レクチャー 唾液・唾液腺』日本唾液腺学会 2016(金原出版)P17
成人の1日の総唾液分泌量は1.0~1.5Lといわれてる。しかし分泌量には大きな個人差があり、また同一個人であってもそのときの体温、血圧、体液量(浸透圧)などが影響する。
『基礎歯科生理学第5版』森本俊文編 2008(医歯薬出版) P406
と、500mL~1500mLまであります。一般的にはどうやら1L~1.5Lというのが通説となっているようですが、あまりにも個人差や環境・体調の変化によって影響されてしまうので、定まっていないのではないか、というのが読んだ感想です。
安静時の唾液の量に大きな変化をもたらすものの一つに、「唾液分泌速度」があり*2、この速度の変化に重要な要因*3としては、
①水分量
②採取時の体位
③光の存在
④採取前の刺激
⑤日内リズム
⑥年内リズム
『唾液 歯と口腔の健康』P34 より
が挙げられます。
と見てきたように、いくつか読んだ現代の医学の本の中で、唾液量が「日本人は欧米人より少ない」としたものはありません。ただ、「遺伝」という項目があり、これがもしかすると「人種」間によって唾液分泌量に差が出るという意味と捉えることは可能かとは思いました。ただし調べた本の中には、それが明確に語られるところはありませんでした。
唾液と人種に関する研究
研究ベースでなにか唾液と人種の関係について論じたものがないかなあと思って調べてみると、いくつかありました。
嶋崎(2013)*4によれば、遺伝的に近縁の韓国人と日本人の口腔内の唾液細菌の構成を見たときに、
日本人の口腔常在細菌叢は韓国人に比べより歯周炎を引き起こしやすい構成を呈しており、それが日本人の歯周炎有病率の高さを反映している可能性が高い。
嶋崎(2013)P5
と考察しています。唾液の中の細菌の構成が人種間によって変わる、ということでしょう。
K.E. Cichy(2017)*5では、アフリカ系アメリカ人の家族関係のストレスによる唾液中のコルチゾールの比率について調べており、アブストしか読めていないのですが、より多くストレスを報告したアフリカ系アメリカ人はコルチゾールの生産量が低くなるという関連があり、ヨーロッパ系アメリカ人にはその相関が見られなかった、というものです。これも唾液中の構成の話です。
似たような人種間の差を見る研究として、Anjum Hajat(2017)の、コルチゾールが社会的格差や人種・民族差において相関があるか調べたものがあります*6。こちらも、コルチゾールの比率と人種に関係がありそうな結果が出ているようですが、唾液量自体の話ではありません。
逆に、唾液量と人種の違いを見た研究としては、R E Jones(1995)があります*7。いわゆる白人とアフリカ系アメリカ人との唾液線の流量の相関を見たものですが、結論としては、
These findings suggest that there are no dramatic age, gender, or racial effects that influence unstimulated and stimulated parotid and submandibular salivary flow rates.
これらの見解が示唆することは、耳下腺及び顎下腺の唾液流量は、刺激・非刺激を問わず、年齢・性別・人種の影響を劇的には受けないということだ。
Jones(1995)*8 P135
としています。年齢や性別まで相関を否定しているところが気になりますが、こちらは人種による唾液の流量の相関がないことになっています。
もう一つは、直接の研究ではありませんが、アジア人と白人による唾液・血漿中のデシプラミン濃度をはかった、というPi EH(1991)のものです*9。唾液の量ではないものの、デシプラミンという薬剤を接種後、血漿や唾液の比率に人種間の差があるのかを見ており、結果としては、唾液中のデシプラミン濃度に、個人間で有意な相関があったものの、アジア人と白人の間に差はなかった、ということだったそうです。
PubMedを「Saliva」などで絞ってつらつら眺めてみたものの、めぼしい人種間の唾液量に関する研究はこの程度でした*10。私は専門家ではないのでアブストと結論を読んだだけですので、情報があれば頂きたいのですが、眺めた感じだと、人種間による唾液の中の構成に差はあるという研究は存在するものの、唾液量自体に差があることを示す研究はないんじゃなかろうか、という推論です。
気になる記述
このアジアと欧米で唾液量の違いがあるのではないか、という話は、日本だけでは無いようで、Redditにも似たような質問をしている人がいました。
I'm not sure how to phrase this... Is it true that Caucasians generally produce more saliva than East Asians?
なんて言っていいのかわからないんだけど…一般的に白人が東アジア人よりも多くの唾液量であるというのは本当ですか?
質問者はスポーツイベントでアジア人と接することが多いそうで、日本に来た時に、日本人は、「七面鳥がとても乾燥していて( the turkeys were so dry)」、食べられなかったという逸話を披露しています。そして、中国人の水泳チームの一人の言葉として、「白人はより多い唾液量をもっている(White people produce more saliva)」と言われてそんな質問をしたそうです。この話が事実とすると、「白人とアジア人の間で唾液量が違う」という話はなかなか大きい広がりを見せていることがうかがえます*11。
他にも若干気になる記述として、口腔の骨格の違いから唾液量を述べているものもありました。
また、日本人の骨格は、白人に比べて口腔内が狭いので舌が口の天井に張り付きやすく、新鮮な唾液が出にくい傾向にあります*12。
というように、経験則やらなんやらで漠然と信じられてはいるものの、本当にそうなのかどうか、というところは今回は決めきれませんでした。
今日のまとめ
①2011年10月の放送で、サブウェイは「日本人は欧米人に比べると、唾液の量が少ない」ためにパンを変えたという旨を発言している。
②調べた限りでは、人種によって唾液内の構成が変わるという研究はあるものの、総量や流量が変わるとしたものは見つけられなかった。また、それを否定した研究も存在する。
③日本だけではなく、他の国でも似たような話はあり、完全に否定するには決定打に欠ける。
個人的には、食文化の違いが根底にあり、その原因をサブウェイは唾液量に求めたわけですが、それだけじゃないだろうなあと思います。用いられるスパイスとか、食べられているものとか…にわとりと卵になりそうですけど。
今回の教訓としては、公的な発言も完全ではない、ということです。そもそも時代の流れで、昔信じられていたことが変わることもありますし。そうすると、我々はいつもあいまいな情報の中であいまいに生きているだけなんでしょう。
*1:前掲書 P204
*2:
『スタンダード生化学・口腔生化学』P204
*3:
ちなみに小さい要因としては「性別」「年齢(15歳以上)」「体重」「唾液線の大きさ」「精神的影響ー食物の連想や視覚」「機能的な刺激?」が挙げられています。
*4:
「日本と韓国の国際比較による成人口腔保健に関わる病院・環境および社会背景要因の解明」
https://kaken.nii.ac.jp/en/file/KAKENHI-PROJECT-22406034/22406034seika.pdf
*5:
「RACIAL DIFFERENCES IN ASSOCIATIONS BETWEEN FAMILY NETWORK STRESSORS AND SALIVARY CORTISOL」
https://academic.oup.com/innovateage/article/1/suppl_1/11/3897732
*6:
Socioeconomic and race/ethnic differences in daily salivary cortisol profiles: The Multi-Ethnic Study of Atherosclerosis
*7:
Major salivary gland flow rates in young and old, generally healthy African Americans and whites
*8:
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2607773/pdf/jnma00391-0053.pdf
*9:
Saliva and plasma desipramine levels in Asian and Caucasian volunteers. - PubMed - NCBI
*10:
逆に、性差や健康状態による唾液量の変化についてはいくつか研究が見つけられました。
BMIとの関係↓
"Correlation Assessment of unstimulated whole saliva flow rate with anthropometric indices"
性差↓
"Gender difference in unstimulated whole saliva flow rate and salivary gland sizes"
年齢↓
"Meta-Analysis of Effects of Age on Whole Salivary Flow"
*11:
中国語で調べるともっと出てくるかもしれません
*12:
本当に口腔内が日本人は狭いのか調べてもよかったのですが、ちょっと疲れました。