インドの話が続きますが、今回はヒョウが出たという話。
2月7日に、インド南部の学校にヒョウが侵入し、ケガを負わせたという事件がありました。ところが、せっかく捕まえ、「動物園のおりに入れられた」ヒョウが、何と3重のおりからひょうひょうと脱走してしまったということ。ソースは産経。
今回わたしが引っかかったのが、「3重のおり(記事内では「柵」)」という表現。実はこの表現、産経以外の日本のニュースでは特にしていないんですね。
5人負傷させたヒョウ、動物園から脱走 インド 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News
時事通信ニュース:5人負傷させたヒョウ、動物園から脱走 インド
上記の記事では、「鉄製のおりに入れられていた」ヒョウは、「幅の狭い鉄棒の間をすり抜けた」のではないかということは書いてあるのですが、特に檻が3重だったとか、そういうことは書いてありません。
産経は「共同通信」、他は「AFP」からの記事提供のようです。どうもこの二つの記事配信の違いのような感じなのですが、果たして「3重のおり」は存在するのか、そこんところを、「細かいところが気になるのがボクの悪いクセ」という感じで調べていきたいと思います。
英語圏ではどうなっているのでしょうか。
CNNでは、「フェンスを飛び越えた」証言があるとか*1。むむ、新たな証言。
Dailymailでは、「鉄の檻の狭い柵の間から」ぐいぐいと出たんだとか*2。これはAFPに近いですね。
BBCは、えさやりの後の閉め方が不十分で、そこから出た可能性がある、と書いています*3。
しかし残念ながら、どのメディアも「3重のおり」であるという表現を使用していません。
ならば、地元メディアのインド系のニュースをあたってみましょう。
TheNewindianExpress。2月15日。
'School' Leopard Escapes From Rescue Centre in Bengaluru - The New Indian Express
逃走したことは書いてありますが、どうやって逃げ出したかまでは言及していません。
次にThe Hindu。2月15日。
「檻の隙間から身体をすり抜けさせたのではないか」という説を載せています*4。これもAFP系の情報ですね。AFPはもしかするとこのThe Hinduから情報をとったのかもしれません。
しかしいずれにせよ、まだ「3重のおり」の話は出てきません。なんだなんだ、もしかして最近流行りの捏造か?
さて、英語圏では、BBCの報道が一番情報量に富み、ヒョウが入れられていた檻の写真も掲載しています。ちょっとお行儀が悪いですが直リンクします。
BBCは写真のキャプションに「檻の扉の下に隙間がある」と書いています*5。確かに、隙間って言うか、ヒョウがゆうゆうと通れそうな隙間があいています。檻の柵の隙間はいかにも細くて、さすがに通れないんじゃないかと思いますが、このぐらいの隙間が本当に空いていたなら、簡単に脱出できそうです*6。
んん、しかしこの檻、ちょっと3つ扉があるように見えません?
手前の半開きの扉、真ん中のドアっぽい扉、それから一番向こうの柵みたいな扉。もしかしてこれが3重のおりのことなのか?
けれども、BBCは記事内で特に「3重のおり」についての記載をしていません。それにこの写真、果たして「3重のおり」といえるような構造なのかちょっと疑問です。そう見えなくもないけど、断言できないというか…。
果たして産経(共同)は、この写真を見て、勝手に自分たちの記事に「3重のおり」という表現を付け加えたんでしょうか。
もう一度産経の記事に立ちかえると、「地元メディアが伝えた」という表現を使用しています。ということは、やはりインドの記事を参考にしたということでしょうか。もう一度詳しく探してみます。すると、興味深い記事がありました。
「誰かがヒョウを逃がしたのか?」というセンセーショナルなタイトルが踊る、The New Indian Expressの記事です。2月16日。TheNewIndianExpressは「当局は柵の隙間から抜け出た」と説明しているが「動物保護のスタッフがこっそり逃がしたんじゃないか」*7といっているわけです。
なぜなら、このヒョウを捕獲した施設では、「三つの障壁があるから」、助けなしに脱走は難しい、と書いてあります*8。おお、なにやらそれっぽい表現が出てきたじゃないですか!
さて、どんな障壁かというと、
①堀
②電気柵
③高い壁
の3つです*9。うーん、どうです、これが正解じゃないですか?
しかし、これを「3重のおり」と訳すのは、かなりの意訳な気がします。というかもはや誤訳です。そこまであからさまな間違いをするのかなあという気もしますが、まあ、たまにはあり得るかも知れません。
結局、このヒョウの話、実は全ての情報がちょっとずつ間違っているんです。
たとえば、2月7日に襲われてケガをした人の人数は「3人」「5人」「6人」と、報道するメディアによって人数に差があります*10。
他にも、捕獲したヒョウをどこに保護していたかということでも、「動物園」「レスキューセンター」と、表現に開きがあります*11。
つまり、本当の意味で正しい情報を持っているメディアが存在していないということです。これは、インド側がもつ情報がかなり不正確である、ということなんでしょう。だから、「3重のおり」なんて表現も生まれてしまうのかもしれません。かようにして、伝聞で伝わる海外のニュースはネットロアのように広がっていくんでしょう。
・検証の結論
というわけで、今回は以下のようになります。
①「3重のおり」の表現は産経=共同通信の情報のみである。
②海外においても、「3重のおり」という表現は存在しない。
③BBCの記事写真を見る限り、檻には3つの柵があるように見えなくもないが、BBC自体はそのような表現を使用していない。
④ただし、「3つの障壁」という意味で、保護していた動物園内に、堀や電気柵と言った対策がしてあったという事実はあるようだ。
⑤被害者の人数にもばらつきがあり、インドのメディア自体も正確な情報を持っていない。
今回ヒョウを保護していた動物園(レスキューセンター)の職員の証言にもアヤシイところはあるようですし、もしかすると不憫に思った誰かが森へ帰そうとしたのかもしれません。日本ではクマやイノシシが人里に現れるように、インドではヒョウが人里に現れて、新たな問題を出しているんだそうです。どこの国も、自然との共存は大変です。
*1:male leopard jumped over the fences at the Bangalore's Bannerghatta Zoo, according to a witness account
*2:
The 100lbs male squeezed out of the narrow bars of an iron cage at the Bannerghatta zoo
*3: the leopard escaped when attendants opened the cage to feed it, possibly when the cage door was not properly shut.
*4:The leopard is believed to have squeezed itself through the treatment cage.
*5:Images from inside the leopard's enclosure show a gap underneath the door
*6:しかし後述しますが、「矛盾した証言が山ほどある」と嘆くほど、スタッフの信頼度は低いので、この説も正しいのかどうかは不明です。
*7:did forest officials surreptitiously release it in the wild?
*8:But the rescue centre has three barriers.
*9:The centre has three levels of security, with a moat, a solar fence (it being elephant country) and a high wall.
*10:3人:CNNや産経 5人:AFP 6人:BBC といった感じでバラバラです。
*11:動物園:Dailymail,CNNなど レスキューセンター:The New Indian Express
まあ、これは「Bannerghatta Zoo」の中に「rescue centre」があるのかもしれないですけどね。